第八章 表と裏を都合良く使い分けるヤツには気をつけろ

第131羽

「招待状?」


 アヤが俺に問い返す。


 ユリアちゃんの行方不明騒動を発端に、カルト集団『偽りの世界』のアジトへ侵入するハメになったのがひと月ほど前のこと。

 ようやくいろんなゴタゴタが落ち着いた俺のもとに、一通の招待状が送られてきた。


「ああ。学都への招待状が来たんだよ」


 ここは町の外にあるアヤの拠点。夏に開催されたフィールズ大会の優勝賞品として彼女たちが手に入れた別荘の一室だ。


「それと私に何の関係があるの?」


 和服をまとえば男を魅了してやまないであろう端正な顔がコテンと傾く。


「招待してきたのが学都にいるおっさんでな。俺が以前、受賞式へ行ったときに会った――、えーと……、何ていう名前だっけ?」

「シュレイダーさんです、先生。選考委員会の筆頭と名乗っておいででした」


 横からティアが助け船を出してくれる。


「あ、そうそう。シュレイダーだ。そのおっさんが俺たちを招待して、あの時の――ダンジョンの中で体験した話をじかに聞きたいって言うんだよ」


 受賞式で会った時におっさんは詳しく話を聞きたがったけど、帰りの列車が翌日だという理由で俺はそれを断った。その時おっさんは「後日にまた」みたいなことを言っていたが、俺はてっきり社交辞令だとばかり思っていたのだ。

 ところが、おっさんは口にした通り出版社経由で俺に招待状を送ってきた。間に入って招待状を手渡してきた共悠出版のヤムさんも、不思議そうな顔をしていたな。


「それでどうして私にその話を?」


 アヤがさらに首をひねる。彼女にしてみれば疑問を抱くのも当然だろう。


 だがダンジョンでの出来事を書いた本には、アヤを正体不明の女性剣士として登場させている。しかも俺たちが絶体絶命のピンチとなったときに颯爽さっそうと現れて無双するおいしい立ち位置だ。謎に包まれた人物ということもあって、その正体に興味を持つ読者も多いという。

 シュレイダーとかいうおっさんもそのひとりだ。俺の本に出てくる正体不明の女性剣士に興味津々しんしんらしい。招待状には「ぜひ彼女も連れてきてくれ」とかなり強い調子で書いてあった。


「本当はフォルスも招待されてるんだけどな」

「彼はここのところ忙しく動いてるから、当分戻ってこないと思うわよ」


 アヤの次に活躍したイケメンチート男、フォルス。あいつが今何をしているのかは知らない。どうもあちこち飛び回っているらしく、声をかけようにも居所がつかめない有様だ。


「とにかく。私もしばらくはここでやらなきゃいけないことがあるから、学都まで行くのは無理よ」


 うーむ……。アヤにも都合というものがあるだろうし、無理を言っても仕方ないか。




 そういう事情もあって、仕方なく俺たちはアヤとフォルスを除いたメンバーで招待に応じることとなった。

 ダンジョンから生還したメンバーである俺、ラーラ、エンジ、ルイがシュレイダーからの招待を受ける。となると、当然ティアが大人しく留守番をしてくれる――わけがない。


 さすがに旅先でユキをも連れまわるのは問題が多そうなので、アヤに面倒を押し付けてきた。あのチート女なら成長したネコが相手でも軽くあしらった上で、うまくコントロールしてくれるだろう。引き合わせて早々に、ユキが腹を見せながら服従の姿勢を見せていたので問題はないはずだ。しかしあのネコ、どんどん野性味が薄れていってる気がするけど大丈夫だろうか?


 かくして俺たち四人と一体は列車に揺られて学都への旅路を共にする。

 前回学都に行った時は行きも帰りも滞在中もひどい目にあったものだが、さすがに毎度毎度あんなトラブルに巻き込まれてはたまらない。まあ、あれは全部ハーレイという名のさわやか面した強盗が仕組んでいたわけだしな。当然今回は何事も起こらず学都へ到着することができた。


 列車に揺られて過ぎ行く景色を堪能しつつゆったりとすごした二日間の旅。うんうん。本来はこうあるべきだよな。野宿することになったり、グラスウルフに襲われたり、アシスタントが無双したり、護衛とアシスタントのかもし出す冷たく息苦しい空気に圧迫されるような旅というのはどう考えてもおかしい。




「へえー。これが学都っすか。なんか頭よさそうな町っすね」


 駅舎から町へと出た俺たちの前に、普段自分たちが住んでいる町とは違った趣の風景が広がる。エンジがさっそく頭悪そうな感想を口にしていた。


「それではまずどこから攻めましょうか」


 言葉にすると物騒この上ないが、言っているのは子供にしか見えないちびっ子ツインテールである。しかも手に持っているのが学都のスイーツマップとくれば、頭の中を何が占めているのかは明白だろう。


「今日はもうじき日も暮れますし、まずは招待してくださった方へご挨拶に伺った方が良いのでは?」


 銀髪少女が、繁華街へ繰り出そうと勢い込むラーラを説得する。


「本当に宿取らなくてもいいのかなあ?」

「招待状に『滞在する部屋は用意する』と書いてありますので。下手に遠慮すると相手の顔をつぶすことになります。ここはご好意に甘えておいた方がいいでしょう」


 俺の疑問に良い所のお嬢様である自称アシスタントが答えた。こういったお付き合いは俺たちよりもティアの方が慣れているのだから、彼女の意見は素直に聞いた方が良いだろう。


「それは良いとして、招待されている場所ってどこかわかるか? 地図が必要か?」

「地図ならここにもありますが?」


 ラーラが自分の手に持った地図を差し出すが、それが俺の求める物ではないことは確認するまでもない。


「その地図、スイーツのお店しか載ってねえだろうが」

「失礼ですね。ちゃんとペットショップ巡り用の地図だってありますよ、ほら」


 空色ツインテールが、これまた役に立たない地図を取り出してドヤ顔で見せつけてくる。


「どっちみち載ってねえじゃねーか」


 その地図に載っているのは主に愛らしいペットの写真とお店の位置だ。ところどころ目印代わりに大きな建物や公共施設の名前が載っているが、少なくともこれから訪問する予定の個人邸宅がどこにあるかなどわかるわけもない。


「町の人に聞いてみましょう」


 俺とラーラのやりとりを聞いていたティアはそう言い残すと、近くのベンチに座っていた中年男性へと声をかける。

 いきなり声をかけられて戸惑っていた中年男性も、相手が若い女の子とわかったとたんに満面の笑みを浮かべた。ここからではふたりの会話も聞こえないが、ティアへ中年男性も楽しそうに答えているのが見える。

 おっさんが若い女の子に弱いのは、日本でも異世界でも変わらない。ましてうちの銀髪チート娘は容姿においても完全にチートである。おっさんじゃなくても鼻の下が伸びること間違いなしだろう。


 しかし、ずいぶん長いこと話してるな……。


「レビさんレビさん。なんだかティアさんの周り、人が増えてませんか?」

「そう言われてみれば、そんな気がしないでもないような感じっす」


 言われてみると確かに。人通りの多い場所だからたまたまかと思っていたが、どうもティアの周りだけ人口密度が高くなっている気がする。


 あれ、確実にティアを囲んでるよな。

 ティアの表情に困惑の色が見える。中年男性と話していたはずなのに、いつの間にか右から左から話しかけられて、その対応に追われているという感じだ。そうこうしているうちにも周囲へ集まる人数は増えていき、次第にティアが迷惑そうな表情を見せ始める。


 なんだありゃ?


 奇妙な光景に首を傾げていると、突然ティアがこちらに歩いてきた。しかもちょっと足取りが荒々しい。


「どうした、ティア?」

「ちょっと来てください!」

「え? ちょ、おい! いきなりなんだよ……!?」


 ティアは俺の腕を強引に取ると、突然のことに足元のおぼつかない俺を引っ張って人だかりへ再突入する。そして最初に話しかけた中年男性の前に立つと、周囲へ見せ付けるように俺の腕を両手でしっかり抱きしめた。

 おい、ティア。当たってる。当たってるって。何がとは言わないけど、見た目よりも大きめのアレが当たってるってば。


「このようにエスコート役は間に合っていますので、どうか皆さんお引き取りください」


 毅然とした態度でティアが周囲へ告げる。その姿ですら見る者になんともいえぬ凛々りりしさを感じさせるのだろう。俺たちを囲んでいるやつらが「おぉ……」と感嘆の声を上げていた。

 だがそれも一時のこと。すぐさま俺は、ティアが顔をしかめていた理由を理解する。


「じゃあさ、連絡先だけでも教えてくれないかな?」

「明日の夜は空いてる? おいしい和食を出すお店に案内してあげるよ」

「次の休みはいつ? 俺、仕事がシフト制だからいつでも君の都合に合わせられるよ」


 なんだこりゃ? こいつら何言ってるんだ?

 よくみれば周囲に集まっているのはどいつもこいつも野郎ばかり。しかも若い男が大半だ。


 あー、そうか。忘れてたわ。そういえば前回来たときも、ティアに寄ってくるナンパ男が後を絶たなかったっけ? 俺がすぐ隣にいてもお構いなしだもんな、ここのやつらは。

 追い払うのに苦労したのを思い出し、俺もティアと同様に顔をしかめる。


 半数くらいは俺の存在を見て立ち去っていったが、なんだかんだと結構な数が尚もティアの気を引こうと話しかけてきていた。

 そのすべてを無視し、ティアは最初に話しかけた中年男性へ向き合って口を開く。


「それで最初の話に戻りますが。シュレイダーという方のところへ行きたいのです。住所はここに書いてある通りなのですが、ここからはどう行けばいいでしょうか?」

「あ、ああ……」


 俺の存在に落胆していた中年男性は、気を取り直してシュレイダー邸への道を教えてくれた。

 とはいえ住所の書かれた招待状をティアから手渡されるときに、ちゃっかり手を握ろうとするくらいにはしたたかだったが……。当然真正のチート娘にそんな手が通用するわけもなく、するりとかわされていたのはいい気味だろう。


 目的地までの道を確認し終えた俺とティアは、その後も追いすがってくるナンパ男どもを振り切ってラーラたちと合流した。


「なんすか、アレは?」

「……説明するのも馬鹿馬鹿しい」


 モジャ男の疑問に答えることすら面倒になり、俺は説明を放棄した。

 ティアも俺同様に疲れた顔を見せていたが、気を取り直したように短く息を吐くとラーラへ注意を促した。


「ラーラさんも気をつけてください。この町では気を抜いているとすぐ男性に囲まれてしまいますので」

「ほほう。それはもしやナンパというやつですか?」

「ええ、ラーラさんも出歩くときは必ず先生かエンジさんと一緒に――」

「ちびっ子の場合はナンパというよりむしろ幼女誘拐の心配――痛ぇ!」


 忠告するティアの言葉にかぶせて軽口をたたいたエンジのすねへ、ツインテ娘の強烈なローキックが炸裂する。


「何か言いましたか? この失礼なステンレスたわしの燃え残りは?」


 痛みにもだえるクセッ毛男へ、ラーラが冷たい視線を送る。

 この男は学習能力というものがないのだろうか? いい加減、ラーラをからかうと手痛い反撃がやってくるということを学べばいいのに。


 確かにこの町をラーラがひとりで出歩くのは危険かもしれない。ナンパ云々関係なく食べ物に釣られてホイホイついていきそうだからな。もっとも、ラーラの場合はエンジの言うとおり幼女誘拐にしか見えないだろうが……。


「とりあえず、ひとりきりでは出歩くなよ。ラーラ」

「この私がルイを置き去りにして、ひとりでスイーツ探索に出かけるわけ無いで――」

「いや、ルイとふたりだけで出歩くのもなしだからな」


 ルイじゃ何の虫除けにもならん。


 まあ、そこまで心配する必要はないだろうか? いくら見た目が愛らしいからといっても、ラーラは若いというよりむしろ幼いといったほうが良いような外見である。この町の男共が見境ないのは確かだが、さすがにラーラをナンパするほど無節操だとは――。


「ねえねえ、君。そこのツインテールの君だよ。どこから来たの? 学都は初めて?」


 とか思っていた俺が馬鹿でしたよ!


 思った側からラーラがふたり組に声をかけられていた。

 はあ……。頭が痛くなってきたよ、まったく。ここのヤツら、守備範囲が広すぎるだろ。

 そもそも男連れの女をナンパしようとするとか、おかしいと思わねえのか? お前らチャレンジャー過ぎるわ!

 どうなってんだよこの町は……。なにが『学問のメッカ』だ。なにが『世界中の知が集まる都市』だ。学都じゃなくてナンパの都とでも改名しやがれっての!

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