第129羽
突然明るくなった室内にまぶしそうな表情を見せていたユリアちゃんは、明るさに慣れると俺たちの姿に気が付いたようだ。
「レビさんちゃん……?」
半泣きの表情を浮かべながらも、ベッドから立ち上がり駆け寄ってくると、俺の足にしがみついて泣きじゃくる。
「うわぁああん! こわかったよー!」
ようやく見知った人間の顔を見て安心すると共に、それまでの恐怖で感情があふれてしまったのだろう。
「ティア、ラーラたちも呼んできてくれ」
「はい、先生」
アシスタント少女を使って他の連中を呼びに行かせると、俺は泣きじゃくるユリアちゃんの頭を優しく撫でる。
「もう大丈夫だからな。俺たちと一緒にお母さんのところに帰ろうな」
「うん……、ひっく。……かえる」
しゃくり上げながらもユリアちゃんが
「おやおや、可愛い顔が台無しではないですか。そんなときにはハイ、干し梅。これを食べて元気を出すのです」
ティアに呼ばれてやって来たラーラが横から手を差し出し、その指に持った干し梅をユリアちゃんの小さな口に放り込んだ。
「ううぅ……、すっぱい……」
ユリアちゃんの顔が悲しさとは別の理由で歪む。
どうしてそこで唐突に干し梅が出てくるのか、俺にはラーラの思考が全く理解できない。甘いチョコレートやアメじゃねえの、普通は?
「ん?」
俺の足にしがみつくユリアちゃんの肩で、何か小さなものがゴソゴソと動いた。
見れば、そこにいたのはモモンガに似た
「なんだお前、こんなところに居たのか?」
「キッ」
俺の言葉に返事をするかのような鳴き声をあげる。
そのまま俺の腕をつたってくると、まるでそこが自分の定位置だとばかりに頭の上へ居座った。
「あ……」
それを見てユリアちゃんが寂しそうな表情を浮かべる。
もしかしたらこのモモンガ、俺たちが来るまでの間、ユリアちゃんの側についていてくれたのかもしれない。
「先生、入口の方へ行っていた人たちが戻ってきます。どうしましょうか?」
ばら撒いた斥候の目を介し、状況を探っていたティアが訊いてくる。
「相手の人数は?」
「十人ほどです」
こっちの倍か……。
「隠れてやり過ごすのは……、無理だよなあ」
俺は研究室らしき部屋で拘束されている四人の姿を見て自己完結した。
どこかに隠れたとしても、あの四人を見れば侵入者があったことは一目瞭然である。相手もすぐに俺たちを探しはじめるだろう。
「強行突破っすか?」
エンジの問いに頷くと、手早く段取りを説明する。
とりあえずユリアちゃんが拘束された部屋へ全員が隠れる。当然研究室らしき部屋に拘束された四人が発見されれば、戻ってきたやつらも侵入者の存在に気が付くだろう。
そうすればすぐにでも手分けして捜索をはじめるはずだ。ユリアちゃんの部屋を確認しに来たタイミングで一斉に飛び出し、後は入口目がけて一直線に駆け抜ける。
上手くいけば、捜索のために敵が分散した隙を突けるかもしれない。
「ドアはどうします?」
「とりあえず、閉まってる風に見せかけておくだけで良いだろ」
ユリアちゃんが閉じこめられていた部屋の明かりを消し、蝶番の壊れた扉を立てて、一見扉が閉まっているように見せておく。
脱出の手順を確認していると、さほど間を置くこともなく敵が戻ってきた。
「――い! なんだこれは――――か!?」
「すでに――――かも――、手分けして――せ!」
立てかけただけの扉越しに、漏れ聞こえる敵の声。
「よし、合図したら飛び出して出口まで走り抜けるぞ。先頭はティア、ラーラとエンジは牽制を頼む」
小声で段取りを確認する俺の左右で、うなずく気配が感じられる。
「ユリアちゃん、ルイ。しっかりユキに捕まってるんだぞ」
ユキは背にふたりを乗せている。これでユキは戦力外となってしまうが、ふたりの安全を考えれば仕方ない。
そうしている間にも、コツコツとこちらに近づいてくる足音が次第にハッキリ聞こえ出した。
「よし、今だ!」
俺の号令を受け、ティアが魔法で扉を吹き飛ばす。
衝撃を受け、立てかけてあっただけの扉がものすごい勢いで吹き飛んでいく。近づいていたひとりの男を、ついでとばかりに巻き込みながら。
「なっ! なんだ!?」
「侵入者だ! いたぞ!」
当然、研究室らしき部屋にいた他の人間もこちらの存在に気づいた。
すぐさまティアが飛び出し、その後へ俺たちも続く。
ざっと見回した部屋の中にいた人数は全部で十人。そのうち四人は先ほど俺たちが拘束した人間たちだ。そして扉を吹き飛ばした時に巻き込まれたひとりを含め、合計五人が無力化されている。
残った五人のうちふたりは他の扉を開けている最中。そして残った三人が部屋の中央と入口への通路に立ちふさがっていた。
学者のような白衣をまとい、首からは平行四辺形を組み合わせた幾何学的な模様のペンダントをさげている。
ん? 確かアレはここに来る途中で案内してくれたフクロウが、足につかんでいたペンダントと同じモノだな。
なるほど。フクロウがここに忍び込んで持ち去ったか、それともモモンガが持ち出して渡したのかはわからないが、ユリアちゃんが捕らえられている場所の手がかりだったわけか。今さらわかったところで意味はないが。
「つ、捕まえろ!」
部屋の入口に立っていた男が叫ぶ。
悪いがこっちはこんなところに長居するつもりはないんでね。
俺が考えるのとほぼ同時に、銀髪チート娘が部屋の中央にいる二人へ向けて氷塊を放つ。
「ぐへぇ!」
みぞおちへ強烈な一撃を食らい、悶絶する二人を横目に俺たちは駆け抜けようとする。しかし、そこへ立ちふさがるのは入口付近へいた男。
「キ、キサマら!」
そのうろたえようから考えて、ティアの相手をするだけの実力はなさそうだった。
だが銀髪少女の放った氷塊がその腹へ向けて放たれる直前、男は持っていた物体を苦し紛れに投げつける。それは桜色に染まったソフトボール大のつややかな球体。
「
思わず口走った俺の目前で、男の投げた疑似中核とティアの放った氷塊がぶつかり合う。
その瞬間、可聴域ギリギリの耳をつんざくような不快音が室内に響きわたった。
「ちょ、なんかやべえっす!」
「これは……! 魔力が!?」
エンジとラーラがとっさに頭上へ目を向ける。
「なにが――」
問いかけようとした俺の言葉をかき消すように、部屋中の魔光照が破裂した。同時に魔法具らしき道具たちが一斉に小規模な爆発を起こす。
次いで、頭上の――天井よりもさらに上のあたりから、地響きが聞こえはじめる。
「まずいです、レビさん! 魔力が暴走してます! このままだと何が起こるか――」
「急いで脱出するぞ! ティア、明かりは!?」
「……だ、だめです! 魔力が制御できなくて……!」
ちぃ!
魔光照がひとつ残らず消失し、完全な暗闇となった内部は一メートル先すら見通せない。
俺は手探りで荷袋から電池式の懐中電灯を取り出すと、それを点灯して全員の無事を確認する。
魔法の灯りが使えない現状、これが唯一の光源だ。普段から魔法の灯りを使い慣れているティアたちは、おそらくこういった道具を持ち合わせていないだろう。魔力を一切使わない懐中電灯というのはこの世界で珍品と言っても良いレベルだし、そもそも魔法の明かりが使えれば無用の長物でしかないからな。
「行くぞ!」
俺は懐中電灯で行く手を照らすと走りはじめる。
頭上から響いてくる音にビクビクしながらも、俺たちは出口目指して全力疾走した。
「ヤベっす! ヤベっす! まじヤベっす!」
走りながらエンジが騒がしく叫ぶ。
それも無理はない。なんせ頭上では不気味な地響きがさらに音量を増し、天井からはパラパラと砂や小石が落ちてきて俺たちの顔に当たっている。
「まさか……、崩れるんじゃないだろうな?」
自分で口にしておきながら、それが事実を言い当てているような気がしてきた。
勘弁してくれよ。こんなところで生き埋めとか嫌だぞ。
「急ぎましょう! 出口はもうすぐです!」
ユキと共に先頭を走るティアが全員を鼓舞する。
おかしいな。なんであの娘はろくに光が届かない先頭をあんなスピードで走っていられるんだろう?
ユキの場合はまだわかる。もともと夜行性のネコである以上、夜目が利く。加えてネコには嗅覚という人間にない鋭敏な感覚もあるのだ。
しかしあのチート娘は人間だろう? 人間だよな? たぶん人間だと思うんだが……。人間離れしているが、人間だと思いたい。
俺もできる限りティアたちの前方を懐中電灯で照らすよう心がけているものの、それでもやはり先導する光としては心許ないはずだ。
まあいいか。今は悠長にそんなことを考えている場合ではない。
なんせ、小石どころか拳大の石まで天井から落ちて来はじめている。左右の壁からはピシリピシリとひび割れが入る音まで明確に聞こえてくるのだ。
「もう、もちそうにないな……!」
実際には大した距離ではないため、時間も二、三分程度のことだっただろう。しかし真っ暗な通路の中、たったひとつの懐中電灯を頼りに走り抜ける時間は実際よりも遥かに長く感じられた。
ゴトン、ピシリという音が、ゴン、ぐわしゃらという音に変化し、そろそろ本格的にまずいと思いはじめた頃。
「にゃあ!」
ユキがひと鳴きする。
「出口か!?」
「見えてきました! 出口です!」
ティアの声が響くのと、進行方向に鈍い月明かりが見えるのはほぼ同時。
「もうちょいだ!」
後方からはガラガラという不吉な音。振り返る余裕もなければ勇気もない。
俺は最後の力をふりしぼって走った。
「よっしゃ! なんとか――――って、うぁっと!」
ようやく暗い通路を抜け飛び出すと、勢いあまって前のめりになり転がる。
「あいたたたた……」
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ……、俺は大丈夫だ。……みんなは?」
「全員無事ですよ。ですが、ここも危険かもしれません。早く離れましょう」
生き埋めになることは回避できたが、今もなお岩山全体がゆれ動いている。どういう状況かはわからないが、地滑りや土砂崩れが起こってもおかしくないだろう。
加えて今はティアたちが魔法を使うこともできない。ほぼ間違いなく疑似中核のせいだろうが、原因がわかっていたところで俺たちに対処する術はないのだ。
この状態で土砂崩れに巻き込まれるのは危険すぎるということで、俺たちは急いでその場を後にする。
「あいつらは……、まだ生きてんのかね?」
岩が崩れて塞がれつつある入口を振り返って俺はつぶやいた。
あの中にはユリアちゃんを監禁していた一味がまだ残っている。いくら法で裁かれるべき犯人たちとはいえ、死んで欲しいほど憎む理由もない。もし救出が可能なら、助けてやりたいとは思うが……。
「魔法の使えない今、私たちにはどうすることも……」
さすがのチート娘も、魔法の力なしでこれに対処することは無理らしく、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「レビさんレビさん。かわいい女の子を監禁するような外道に情けをかける必要はないと思いますが、どうしてもと言うのなら、町に戻って警邏を連れてくれば良いのでは?」
まあ、そうだよな。殺すほどではないにしろ犯罪者であることは変わりないし、疑似中核を悪用している組織の可能性もあるのだ。俺たちがどうこうするよりも、その処遇も含めて警邏に任せた方が良いだろう。
なにより俺たちの目的はユリアちゃんをタニアさんの元へ送り届けることだ。犯人たちには悪いが、ヤツらの生死は二の次にさせてもらう。
その後、俺たちは端末での通信が可能な場所まで歩いて戻ると、タニアさんへユリアちゃん保護の報告をした。
「はい――、そうです。ユリアちゃんは無事ですよ。――ええ、今は緊張の糸が切れて眠ってます。――はい。いいえ、当然のことをしたまでですよ。――あと一時間くらいで着きますから。――ええ」
ティアと端末越しに話すタニアさんの声がもれ聞こえる。嬉しさに泣き崩れているらしいタニアさんへティアが優しい声をかけているその横では、ラーラが警邏へ端末で通報をしていた。
「はい――、そうです。生き埋めですよ。――ええ、どうせ幼い子供を監禁するような犯罪者ですから別に死んでも良いんですけど。――はい。いいえ、私としてはどうでも良いんですよ。――あと十時間くらい放って置いても良いですから。――ええ」
心底どうでも良さそうな表情で事のあらましを伝え、俺やティアに言われたから仕方なく救助の必要性を口にしていた。
「ええ――。本当に、ほんとーにどうでも良いんですけどね」
むぅ……。
やはりこのツインテ娘に連絡役を任せたのは失敗だったか……?
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