第11羽

 全員がその結果を予想していたのだろう。運営者へコールがつながらないという事態にも取り乱す者はいなかった。


 そして俺たちは嫌でも現実を直視せざるを得なくなる。

 残された選択肢はただひとつ。進むのみ。


「みんな、所持品をいったん全部出してくれ」


 フォルスが静かに言う。

 ここから先は遊びではない。道具の類いも出し惜しみはせず、もっとも効果的な運用を心得るべきだ。

 今は個人の所有権に固執して良い状況ではないだろう。


「私は、傷薬が二つと予備のワンドがひとつ。後はとっておきの魔力回復薬がひとつです」


「オレは傷薬がひとつと投げナイフが三本、火炎球が二つ、それと靴下が一足っす」


 そう言ってエンジが黒い新品の靴下を取り出す。


「お前……、なんで靴下なんて持ち歩いてんだよ?」


「オレの戦闘スタイルだと靴下がわりといつもヤバイっす。穴が空いた時、履き替えるためにダンジョンへ入る時はいつも持ち歩いてるっす」


 確かに所持品全部出せとは言われたが、さすがに靴下はどうでも良い代物だったな。

 えーと、俺の番か。


「俺は傷薬が五つと煙幕球が二つ、閃光球がひとつと、まきびしが大体二十個くらいに――」


「見事に逃走用のグッズばっかりっすね」


「うるせー! 後は手持魔光照がひとつと、フォルスから預かってる予備武器が……、メイス、両刃斧、短槍、短弓、弓用の矢が三十本ってとこだな」


「僕は傷薬が二十に応急治療布が二巻き、魔力回復薬が三つ、速度向上薬がふたつ、火炎球が七つ、氷結球は五つ……、かな」


 すげえな。フォルスの所持品に比べれば、俺たちの所持品がいかにザコいかよくわかる。


「うお! ヤバイっす! 応急治療布とかチョー高級品っすよ!」


「フォルさんって、いつもこんなに持ち歩いてるんですか?」


 エンジとラーラも目を丸くしていた。


「二十階層あたりまで行くと、これくらい持って行かないとキツイんだよ」


 うへえ。二十階層とか、俺たちには無縁の世界だな。

 全員の所持品が場に出たところで、配分を決めていく。


「傷薬は各自五つずつ持っておこう。余った分はレビィが持っておいてくれ」


「あいよ」


「ラーラには魔力回復薬を三つ持ってもらおうか。いざというとき魔力切れでは命にかかわるからね。必要だと思ったら躊躇せずに使ってほしい」


「わかりました」


「火炎球と氷結球、それに速度向上薬を僕とエンジでそれぞれひとつずつ持って、残りの火炎球と氷結球は全てレビィに持ってもらう」


「いいのか?」


「僕とエンジは接近戦に専念する。ラーラやレビィのところへモンスターを通すわけにはいかないからね。その代わり今からはレビィも戦力として数えさせてもらう。今までのように余裕はなさそうだから」


 俺は黙ってうなずく。


「敵の数が多くて、僕とエンジだけでは抑えきれない時には火炎球や氷結球で援護を頼みたい。使用のタイミングはレビィの判断に任せる」


「わかった」


 なるほど、移動砲台になれということだな。


「あ、でも使う時には一声かけてほしい。サポート機能が働いていない以上、巻き添えになったら多分まともに被害を受けるだろうからね。ラーラも魔法を使う時は僕やエンジを巻き込まないようにくれぐれも注意して」


「はい。フォルさんを巻き込まないように気をつけます。どうしても巻き込まざるを得ない場合は、あっちのモジャ毛を犠牲に――」


 そう言ってラーラが黒髪のパーティメンバーへ視線を向ける。


「ちょ! それ冗談っすよね!?」


「……」


「そこで黙らないで欲しいっす! ねえ、何でオレと目を合わせないんすか!」


 うろたえるエンジをよそに、フォルスは配分をすすめていく。


「応急治療布は僕とレビィでそれぞれひとつずつ持っておこう。申し訳ないけど僕が一番負傷の可能性が高いからね」


「気にすんなよ、フォルスが持っておくのは当然だろ。お前が崩れたら俺たち全員一巻の終わりなんだから。第一これ、元々フォルスの物なんだし。俺たちが文句を言う筋合いはないよ」


「ありがとう。レビィにはエンジとラーラのフォローをお願いしたい。ふたりが自力で傷薬を使えない状況の時には頼むよ。命の危険があると感じたら応急治療布も使って構わない」


 そして所持品の分配を終えた俺たちは、食糧の確認に移る。


「ごめん。食糧の方では役に立てそうにない。持ってきたのはお昼ご飯だけだったから、今は手持ちが何もないんだ」


 申し訳なさそうにフォルスが頭を下げる。


「気にすんなって。俺は弁当の残りが少しあるな。ティアのやつ作りすぎだっての……。まあ、今回ばかりは助かったが」


 そう言って俺は自分の弁当箱を開く。お昼に食べきれなかったおにぎりが五つほど入っていた。


「あとはチョコレートとアメがあるくらいかな」


 ポケットからスティックタイプのチョコレートと、数粒のアメを出して目の前にならべる。


「オレは焼いたナッツとスナック菓子があるっす」


 続いてエンジが持っている食糧をならべる。

 俺の持っているチョコレートとエンジのナッツか……、両方とも栄養価の高い食べ物だからこういう状況ではありがたい。

 もっとも、腹はふくれないから空腹のほうは満たされないだろうがな。


「私は、まず干し梅と――」


 最後にラーラが手持ちの食糧をならべ始める。


「黒糖干し梅と、はちみつ干し梅と、しそ干し梅と、完熟干し梅と、はちみつ干し梅と――」


 おいこら。


「まてーい!」


「な、なんですか突然? びっくりするじゃないですか、レビさん」


「全部干し梅かよ!? どんだけ梅好きなんだよ! っていうか、はちみつ干し梅はさっきも出しただろうが!」


「失礼ですね! こっちはベロード産の梅を使ったはちみつ干し梅で、こっちのはティーン島で作られた生産数限定のはちみつ干し梅です! 一緒にしないでください!」


「そんな違いわかんねえよ! どうでもいいっつーの!」


「どうでもいいとは聞き捨てなりません! ティーン島産のはちみつ干し梅は干し梅愛好家垂涎の一品なんですよ! 確かにベロード産はちみつ干し梅の目がさえるようなすっぱさも私は大好きです! ですがティーン島産はちみつ干し梅のほどよい甘みと酸味、そのバランスに支えられたマイルドな味わい、口の中でとろけるような柔らかさ、ふっくらとした食感の果肉はまさに干し梅の王様! こう言ってはベロードの皆さんに失礼かもしれませんが、ティーン島産は別格なんです! あぁ、私を別世界へ誘うあの甘美な味わい……。舌の上でとろけるひとときの至福……。うふ……、うふふ……」


 空色ツインテールが拳を振り上げて力説する。

 なんだろう、途中から視線がどっかいっちゃってる。

 ティーン島産干し梅の味でも思い出しているのだろうか。目がにやけ、口元がだらしなく緩み、その小さな口からは一筋のよだれがこぼれ落ちていた。

 こんなの嫁入り前の女子が見せて良い表情ではないだろう。


 すぐ側に居ながらも、どこか遠い世界へトリップしてしまったらしいラーラを放置して、俺たちは目の前に並べられた食糧を見渡す。


「予想してたことだが、腹がふくれる物はあまりないな」


「そうだね……、でもレビィのおにぎりがあるだけ幸運だったんじゃないかな」


「さすが兄貴っす!」


 とはいえこの食糧の少なさでは、早々に体の動きが鈍るのは避けられないだろう。

 戦闘行動に耐えうるのは、せいぜい明日まで。それ以降はエネルギー不足で本来の力を発揮できない可能性が高い。


 このまま一箇所に留まり体力消費を最低限に抑えたとすれば、もって四日くらいだろうか?

 ま、どのみち早急な救助が期待できないこの状態で、それを選ぶわけにはいかないが。


 幸いなことに、水については魔法で作り出せる。味も素っ気もない蒸留水だけどな。

 ん? そう考えると塩分が補給できる干し梅というのは意外に貴重なのかもしれないな。

 まあ塩分うんぬんの前に空腹で身動き取れなくなるのが先だろうけど。


「遅くとも明日中には……、ここを出たいな」


 フォルスが眉を寄せて声をもらす。

 どうやらフォルスも俺と同じような考えに至ったらしい。


 どことも知れぬ未知のダンジョンで、俺たちは容赦無用のモンスターとだけではなく時間とも戦わなければならない。

 自然と厳しい表情になってしまうのも仕方がないだろう。


 俺は目の前にある弁当箱へ目をやった。そこへ鎮座ましますおにぎり様。この状況下では非常に頼もしく感じられる。

 弁当箱を持たされた時にはその数の多さに辟易したものだが、今となってはむしろ助かったと言うべきだろう。


 ふと弁当を受け取った時のやりとりが頭に浮かんだ。






「先生。おにぎりの具はプリンとババロアどちらが良いですか?」


 食後のデザートどうします? みたいな口調でティアが俺に訊ねてきた。


 いや、ちょっと待てよ。おかしいだろ。

 セリフの前半部分と後半部分がいまいち俺の頭でドッキングしてくれないんだが。


「……すまん、ティア。今なんつった?」


「なるほど、具はミルクゼリーがご希望、と」


「ちょっと待て! 念のために確認するんだが、お前が言っているのは何の具についてだ? 先ほど少しばかり耳をかすめた弁当の中身らしき名称を踏まえるに、ミルクゼリーとかいう代物とコラボしたという話は一度も聞いたことがないんだが」


「さすがは先生。時代の先駆者です。では残りの具はチョコチップクッキーですね」


「食えるか! そんなもん!」


「両方とも立派な食べ物ですよ? おにぎりに食後のデザート、と考えればさして抵抗もないかと」


「それは別々に食べればの話だろ! 同時に口の中へは入れちゃだめー!」


「普通でない先生は、召し上がり方もユニークでいらっしゃるのですね」


「俺がそれを望んでるみたいに言わないでー!」


 頭を両手で抱えてぐりんぐりんとローリングさせている俺を見て、多少は溜飲を下げたのだろうか。

 ティアは小さく笑って言った。


「仕方ありません。いささか不本意ではありますが、『普通』にお仕事をされている方が『普通』に召し上がるような『普通』の具材にいたしましょう。普通でない先生にはご不満でしょうけど、『普通』に働いていらっしゃる『普通』の人々が好むような『普通』のおにぎりをご用意します」


 やけに『普通』を強調しているのは明らかに当てつけだろう。

 まあなんだかんだ言って昨日あれだけ不機嫌な様子で帰って行ったにもかかわらず、今朝もこうして来てくれたのだからそれくらいは許容すべきか。


 とりあえず――若干気がかりではあるが――弁当はティアに任せて俺は装備を準備する。倉庫から取り出してきた革鎧を身につけようとして、はたと気がつく。

 あれ? 留め具ってどこにおさめたっけ?


 確か前回は……、ティアが片付けてくれたんだったか?

 じゃ、本人に訊くのが一番早いか。


 そう考えた俺はキッチンで弁当の準備に勤しむティアへ声をかけようとして……、眉をしかめた。


「なあ、ティア……。それは?」


「おにぎりです。おにぎり以外の何に見えるのですか? むしろ先生にはこれがおにぎり以外の何かに見えているのでしょうか? だとしたらこれから行く先はダンジョンではなく病院の方がよろしいかと考えますが」


 ティアがせっせと握っている三角形の白い物体。その一辺には持った手に米がつかないよう、焼き海苔が巻いてある。

 もちろんその正体は一目瞭然、誰がどう見てもおにぎりだ。


 大きさも一般的なものだし、具材には一抹の不安を抱いてしまうがそれは外見から判断しようがない。パッと見た限り不審な点はなく、むしろ美味しそうに見える。

 だが俺が問題にしているのはそこじゃない。


「それ……、何人分?」


 そう、俺の眼に映ったのはキッチンテーブルの上を覆い尽くすように並べられた、おにぎり、おにぎり、おにぎり、の横におにぎり、の後ろにおにぎり。無数に並んだおにぎりだった。

 おにぎりだけで三個小隊は作れそうな気がする。なんだか並べられたおにぎりが突撃命令待ちの兵士に見えてきた。


「私は先生のお弁当を作っています」


 こともなげに答えると、再び歩兵量産にとりかかるティア。


 多くねぇ?


 数、多くねぇ?


 おにぎりの数、多くねぇ?


 これ全部俺に食えってか?


「本来であれば先生のお仕事を全力でサポートするべく、この身にあふれんばかりのやる気と熱意と意欲と体力と技術を、おにぎり作りにぶつけていたらこうなりました。当然の結果です」


 つまり『私怒ってますよ』と、このおにぎりの数がティアの怒りを表していると言いたいのね。

 まあ、真面目にするって言った翌日から仕事放り出してダンジョン行きだもんなー。ティアが怒るのも無理はない。ないんだけど……。


「ふむ……、さすがに作りすぎました」


 改めておにぎり三個小隊を見回したティアは、少々ばつが悪そうに言う。


「全部食えとか……、言わないよな?」


「そうですね。先生にお腹を壊されては元も子もありませんし、あまったおにぎりはご近所様へお裾分けでもしましょう」


 全部食べろと言われなくてホッとする俺をよそに、ティアはそそくさと十五個ほどのおにぎりを包んでいく。


「はい、先生。お弁当です。どうぞ」


 そう言ってずっしりと重くなった弁当――というかちょっとした手荷物――を渡される。


「え、いや……、気のせいかな? 結構な数のおにぎりが目に入ったんだが」


 五個くらいならともかく、十五個とか……。

 大食い選手権じゃないんだからさ。無理だろ。食えねえよ。


 視線だけで訴える俺に向けて笑顔を浮かべると、彼女は握った拳を小さな顔の横へ持ちあげてこう言った。


「ふぁいと」






 結局お昼はおにぎり七つ食べたところで限界がきた。

 フォルスにひとつ、エンジにふたつお裾分けしたわけだが、こんな事になるんなら無理してまで消費する必要はなかったな。


 ちなみに具材はきちんとおにぎりに合うものが入っていた。

 定番の梅干しもあったし、濃く味付けした魚卵や肉、味付けして細かく刻んだ根菜や天ぷらが入っていて、非常に美味であった。


 あれほどまでの精鋭部隊を朝の短時間に三個小隊も生み出してしまうとは……、なかなか恐ろしい娘っ子である。

 俺のアシスタントなんかより料理人になった方が良いんじゃないか?

 まあそもそもティアの家柄を考えたら働く必要自体ないんだろうけど。


 とにかく結果的に助かっていることは間違いない。

 弁当が普通の量だったら、今頃俺達の目前にあるのはカロリーだけが取り柄のお菓子達だけであっただろう。

 ティアには感謝してもしきれない。

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