第12羽
トリップから帰還したラーラを交えて戦闘時の立ち回りを確認した俺たちは、再び探索へと乗り出した。
さして時間もかからず、先ほど人骨モンスターと遭遇した地点までたどり着く。
そこには魔法で背骨を砕かれた人骨が三体分、散乱している。
ダンジョン内であれば、ダメージを受けたモンスターは瞬時に転送されて消え去る仕組みだ。
転送されずにこうして残骸が残っている――、それこそがこの場所の異常性を無言のうちに物語っていた。
「慎重に進むよ」
言葉少なくフォルスが注意を促す。
分かれ道では立ち止まり、死角からの奇襲を警戒しながら進んでいく。常に後背にも気を配り、余計な音を立てないように息を潜めて探索をしていった。
どれ位の時間がたっただろう。先頭を歩いていたフォルスがささやくような声で指示を出す。
「止まって」
前を向き武器を構えたフォルス越しに目をこらすと、暗闇の中で何かが動いているように見えた。
やがて乾いた積み木を打ちつけるような音が聞こえ始める。聞き覚えのある音だ。
静かな通路いっぱいに、危険をまとった無機質なノイズがこだました。
「こんどは二体か」
自らを鼓舞するように俺はつぶやく。
正面から姿を現したのは、先ほど俺たちに現実を教えてくれたあの人骨モンスター。それが二体。
フォルスが叫ぶ。
「エンジ! 一体頼む! 引きつけるだけで良い!」
「了解っす!」
そのやりとりが開始の合図となったかのように、人骨モンスター達が襲いかかってくる。
同時にラーラは魔法の詠唱準備に入り、俺はいつでも援護に入れるよう火炎球を握りしめた。
前回の失敗を踏まえ、フォルスは最初から両刃斧を手に持っている。
普通は人によって使う武器に得手不得手があるものだが、このチートメンは何を手にしても人並み以上に扱ってみせるのだ。武器適正オールA+とかなんだろうな、きっと。
人骨が大きく武器を振り下ろす。
フォルスはその軌道からほんの少し横へ体をずらしてかわすと、体勢を立て直す前の人骨へ向けて横なぎに斧を振り抜いた。
パキンという乾いた音と共に、円盾を持った人骨の片腕がヒジの部分から床に落ちていく。人骨が盾で防ぐ余裕もないほどの鋭い一撃だった。
武器を持ったもう一方の腕を引き戻して人骨が向き直った時には、フォルスの方も既に二歩ほど後退して斧を構えている。
その後もフォルスは無理をせず、相手の出方を観察しながら慎重に打撃を加えていった。
顔に焦りや緊張はうかがえない。
冷静に、自分のペースで敵を追い詰める戦士がそこにいる。
先刻は不覚を取った相手だけに多少の不安があったが、それも杞憂だったようだ。
見れば人骨モンスターの攻撃をしっかりと見極め、危なげない足さばきで戦いの主導権を握っているようだった。
フォルスの方は大丈夫そうだな。エンジの方はどうだろうか?
「おっと! うわっ!」
少々頼りない声をあげながら、エンジは人骨の攻撃を避け続けていた。
一応フェイントのようにときおり攻撃するそぶりを見せてはいるが、基本的には回避に専念している。フォルスの指示通り動いているらしい。
まあ、あいつの小剣では人骨みたいなのが相手だと、まともにダメージを与えられないから仕方ないだろう。そういう意味ではしっかりと役目をわきまえているわけだ。
最初は援護のために腰を落として構えていた俺とラーラだったが、結局手出しは必要なかったらしい。
フォルスは確実に人骨モンスターに打撃を加え、エンジは目前の敵を引きつけることだけに集中していた。
やがてフォルスが目前の一体を片付けてしまうと、その後はあっけなかった。
エンジに向かって攻撃をくり出している人骨の背後へフォルスは回り込むと、全力の一撃で人骨の背骨を叩き折る。なおも無様にあがいていた人骨の腕を砕き、頭を割ったところでようやくその動きが止まった。
「ふぅー! フォルスさん、さすがっす!」
そう言ってエンジが額の汗をぬぐう。
フォルスはひととおり周囲を警戒した後、俺とラーラの元へとやってくる。
「前回はそれどころじゃなかったけど、今回はしっかりと対応出来たと思う。あれなら二体同時でも問題なさそうだ。抑えるだけだったら三体まで大丈夫だと思うよ。エンジはどうだった?」
「そうっすねー。オレの方は一体がせいぜいっすね。二体は……、ちと厳しいっす」
「という感じかな。援護する時の目安にしてくれ」
フォルスは俺とラーラに顔を向けると、さわやかな笑顔を浮かべながら言った。
チッ、イケメンめ。頬を伝ってあごからポトリと落ちる汗すらも、その凛々しさを飾るアクセサリーだというのか。
……ん? 汗?
第四階層での戦いでも涼しい顔して敵の攻撃を受け流していた男が、よく見ればびっしょりと汗をかいていた。たかだか一分そこらの戦いでだ。
見ればエンジもひどく汗をかいている。
「汗……、すごいな……」
「ああ、そうだね……。やっぱり管理区域のモンスター相手に戦うのとは違うみたいだ」
俺のつぶやきにフォルスが苦笑いで応え、次いでエンジへ話をふる。
「エンジも汗がひどいね」
「全然大丈夫――、って言いたいとこっすけど。正直全然ヤバイっすね。やっぱあいつら頭とか首とか当たり前に狙ってくるっす」
端から見れば余裕をもって相手しているように思えても、実際には見た目以上に消耗していたらしい。この時ばかりはエンジの表情にも、普段貼り付いたままの軽薄さが浮かぶことはなかった。
片や安全だと最初からわかっているごっこ遊び。そして一方は命がかかっている殺し合いだ。
例え相手の力量が同じであっても、精神的な疲労はおそらく大きく違う。前衛に立つ二人へのし掛かる緊張感は並大抵のものではないのだろう。
「こうなると、頭の防具がないというのが辛いね」
フォルスの言うとおりだ。
テーマパークとしてのダンジョン内では、モンスター達が入場客へ致命傷を与えることはない。頭を狙ってくる敵もいるにはいるが、その場合でもピコピコハンマーを持ったオークのように危険を伴わない武器が用いられる。
俺は行ったことがないのだが、深い階層へ行くとモンスターが持つ武器も少しずつ本格的な物になっていくらしい。剣や槍といった殺傷能力のある武器を持つモンスターも出てくるそうだ。
だがその場合でも、モンスターは決して頭部や心臓といった急所を狙うことはしない。せいぜい手足に軽い切り傷をつける程度の攻撃だという。
そうなると必然、身につける防具もその前提で選ばれることになる。
重くて硬い金属鎧よりも、軽くて動きをさえぎらない軽装具が好まれるのは必然と言える。
もっとも顕著なのが頭部を護る装備だろう。
人間にとって心臓と並んでもっとも重要な部位であり、最大の急所でもある頭部。戦いに身を置くならば、その護りをおろそかにするのは愚の骨頂だ。
よくアニメとかで全身を金属鎧で包みながらも、頭には帽子すらかぶっていないキャラが描かれているが、あんなのは普通あり得ない。戦闘になったらあっという間に頭をかち割られて死ぬだろう。
だが頭部への攻撃を心配する必要がないダンジョンではどうだ?
むしろ視野を狭くし、首の動きを制限する兜などは邪魔者以外の何者でもない。護る必要がないならいっそのこと視野の確保を優先した方が良いだろう。
ということでダンジョンに来る人間は大半が頭へ何も身につけていない。せいぜいヘッドギアとかその程度だ。それも防御力を期待しての物というより、見た目が格好良いから、つまりファッションとして身につけているにすぎない。
特に女性の場合、髪型やメイクがくずれるからという理由で、九十九パーセントが装備なしだ。
俺たちのパーティでも、四人全員が頭の装備は身につけていなかった。
後衛の俺やラーラはまだいい。だが前衛のフォルスやエンジにとって、それは接敵する上で致命的な弱点となる。
その弱点をかばいつつ、命のやりとりをしなくてはならないのだ。集中力を要するのも無理はない。
やはりここは一筋縄ではいかない場所なんだと思い知らされた。
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