第7羽

 それから俺たちは順調にダンジョンを攻略していった。


 攻略とは言っても簡単なものだ。

 地図は既に完成されているし、命の危険も無い。

 ダンジョン内に仕掛けられているトラップも、致命的なものは何一つないのだから。

 せいぜい天井からタライが落ちてくるくらいである。


 おまけに今回はチートリーダーのフォルスが先頭に立って敵を蹴散らしてくれる。

 これが第十階層くらいになるとさすがにこのメンバーでは厳しいが、今日の目標は第五階層。

 正直言ってガイド付きのバスツアーみたいな状態だ。

 襲いかかってくるモンスターもなんということはない。


 第三階層ではアイスゴーレムという名の雪だるま(頭部にバケツを装備)が襲いかかってくる。

 攻撃方法は雪玉投擲だ。

 当たれば冷たいばかりか、やがて溶けた雪で服が濡れてしまうという地味にうっとうしい攻撃である。

 だが物理的ダメージがあるかというと、それはまた別の話だ。


 大人(特に女性)は嫌がる相手だが、小さな子供達には大人気。

 第一階層と並んで第三階層がキッズデーの舞台として選ばれることが多いのも納得である。


 第四階層ではグレイウルフという名のモフモフわんこ(推定年齢生後二ヶ月)が襲いかかってくる。

 攻撃方法は甘噛みだ。

 人間の手や足をたどたどしい動きで捕らえ、必死に甘噛みしてくる。当然大して痛くない。


 だが恐ろしいことに、実はこのモンスターに倒される者が意外と多いのだ。

 人間の足もとへ必死にまとわりつくその姿は灰色毛玉そのもの。

 なまじ攻撃が痛くないものだからいつまでもその姿を眺めてしまうのだろう。

 愛くるしさに浸っていると、そのうちにじわじわと体力を削られて、あえなく死亡判定を食らうという何とも恐ろしい攻撃である。


 ちなみに被害者は圧倒的に女性が多い。

 愛らしい姿をいつまでも飽きることなく見ていたいという人間の心理を巧妙に突いたトラップといえよう。

 ペット雑誌の『ペットにしたいモンスターランキング』でも常にトップテン入りを維持し続ける強者である。


 こうして幾多の強敵っぽいモンスターを撃破してきた俺たちは、ようやく目的地である第五階層にたどり着いた。


「まったく……。毎回第四階層で死にかけるのは何とかならんのか?」


 俺はラーラに不満をたれる。


「ほんと、ほんと。恐ろしいモンスターでしたね」


 答えるラーラはご満悦だ。


 だがその姿はひどかった。

 ローブの至るところに雪玉で濡れた痕が残り、真っ白だったはずの裾や袖がわんこの甘噛みによって煤けたような色に変わってしまっていた。

 ダンジョンに入る時はきれいなツインテールにまとめられていた空色の髪の毛も、わんこの攻撃によってぼっさぼさになっている。

 やはりこちらも雪玉によって少なからず濡れてしまっていた。


 モンスターの攻撃を華麗に防ぐフォルスや軽快にかわすエンジ、そして一目散に逃げる俺と違い、ラーラは真っ向からモンスターへ立ち向かう。

 アイスゴーレムに対しては自分が濡れるのもお構いなしに、魔法で作り出した雪玉を投げ返して雪合戦を満喫……、もとい勇敢に戦った。

 髪やローブが濡れているのはその時の名誉の負傷である。


 グレイウルフに対しては満面の笑みを浮かべたまま、一身にその攻撃を受け止め続けた。

 フォルスが無理やりにもグレイウルフを追い払わなければ、確実に死亡判定を受けていただろう。


「やはりモフモフは素晴らしいものです」


 うっとりとして先ほどの戦闘を思い浮かべるラーラ。

 その足取りはまるで運動会で入場行進をする小学校一年生のように軽やかだった。


 だめだこいつ。


「だからって死ぬ寸前まで噛まれ続けることはないだろうが」


 あきれた俺が忠告すると、そこへエンジが口を挟んできた。


「あれえ? じゃあ兄貴は猫派っすかー? オレは犬派っすよー」


 お前は黙っとけ。ちなみに俺は両方愛でる派だ。


「いやいや、ダンジョンはやっぱり楽しいものです」


 ご機嫌ラーラ様はそうのたまう。


「フォルス。お前からもなんとか言ってくれよ」


「うーん。まあ楽しんでダンジョン攻略してるんなら、それはそれでいいんじゃないかな?」


 確かにこの四人の中でもっともダンジョンを満喫しているのはこのツインテールだ。

 娯楽施設なんだから間違ってはいないんだけど、日本のファンタジー世界観が染みこんだ俺からすればなんだか腑に落ちない。


 ともあれ、第三階層、第四階層と一気に駆け抜けてきた俺たちは、第五階層に降りると、攻略を前にいったん休憩を取ることにした。

 通常なら階層開始地点にある休憩所を使いたいところだったが、既にそこは満員状態だった。

 修学旅行生だろうか、同じ制服を着た学生達であふれかえっていたのだ。


「あっちにちょーやばい場所見つけたっすよー」


 どこで休憩しようかと思案していると、エンジが休憩に適した場所を見つけてきてくれたらしい。

 時々こいつの言葉遣いはわけがわからない。

 気にしたら負けなので、あえて突っ込んだりしないけどな。

 最近ようやくエンジの不思議語も理解できるようになったのだが、それはそれで正直あまり嬉しくない気がするのはなぜだろう。


 エンジが見つけたのはメイン通路から少しだけそれた場所だった。

 メイン通路よりもやや幅が狭い横道の、人通りが極端に少ない場所に不自然なくぼみがある。


 くぼみと言っても小さな穴というわけではない。

 通路の側面にあるそれは五メートルほど掘り進んだ新しい通路のようにも見えた。

 だが通路はそこで行き止まりとなっている。


「なんか妙な造りだな」


「でも休憩するにはちょうど良さそうだ」


 短い感想を述べる俺に、フォルスがそう返す。

 確かに人通りが多いメインの通路からは離れており、かといって離れすぎてもいないので移動の面倒くささもない。

 辺りを見渡してみても俺達以外に人が通る気配もないから、他の人の邪魔にもならないだろう。


 妙な造りをしてはいるが、俺達が腰を下ろして休憩するにはちょうど良い大きさのスペースが確保できるのは助かる。

 次の休憩所まで歩いて行くのもひとつの選択ではあるが、さすがにそろそろ疲れも出てきたところ。

 休める場所があるなら休んでおきたいというのが俺達の共通認識だ。ただしイケメンは除く。


 結局この場所で一休みすることになり、四人とも思い思いの位置で腰を落ち着ける。


「なんか飲み物でも買ってこようか?」


 戦闘で役に立たない分、パシリくらいは買って出る。

 それこそが俺の存在価値。マイジャスティス!

 ……自分で言ってて悲しくなった。


「さっき買っておいたよ。冷たいお茶でいいよね?」


 すぐさまフォルスが道具袋から四人分のお茶を取り出す。


「用意が良いっすねー。ありがたくもらうっす」


 エンジとラーラが遠慮なくお茶を受け取る。


「ほら。レビィも」


「ありがとよ。ほんっとお前って気が利くよな……。イケメンはそんなところもイケメンかよ。イケメンに死角は無しだな」


「自分のお茶を買うついでだよ」


 そう言ってフォルスがはにかむ。


「まったく……。顔良し、頭良し、腕良し、家柄良し、おまけに気遣いもできる。……はあ。このスーパーチート人め。俺は何一つもっていないというのに、お前はすべてをもっているというのだな。世の中のパッとしない男子のために少しは自重しろ。いや、むしろオレにそのチートをよこせ」


「無茶言わないでよ。それに僕だって他人を羨むことくらいあるんだよ」


「例えばどんなのがです?」


 興味をそそられたのか、ラーラが会話に割り込んでくる。


「例えばレビィの輝くような金髪とか。僕の髪の毛は地味な茶色だからね。正直羨ましい」


 フォルスの言うとおり俺の髪の毛は分不相応なほどきらびやかな金髪だ。

 自分じゃ見えないからあんまり気にしたことは無いがな。

 鏡で自分の姿に見ほれるようなナルシストな趣味も持ち合わせてないし。

 ちなみに瞳はフォルスと同じ濃褐色だ。


「よろしい。ではそのイケメン顔と交換だ!」


「あはは。そのうちにね」


 ゴトン。


「あ……」


 そんな風に俺たちが談笑していると、突然背後の壁から石材が床に落ちたような音がした。

 背後というのはつまり、くぼみとなっているこの場所の突き当たり部分だ。

 同時にエンジの口から漏れた声も聞こえてきた。


「え?」


「何?」


「ん?」


 ふり向いた俺たちの目に映ったもの。

 それは先ほどまでの行き止まりではなかった。


 ついさっきまで壁だった場所にはポッカリと大きな穴が空いている。

 だが穴というのは正確さに欠けるかも知れない。

 なぜならその穴の幅は通路のそれと同じであり、高さはこれまた俺達がこれまで通ってきた通路の高さと同じ位置だったからである。


 先ほどまでの状態を知らない者がこの光景を見たら、きっと何の違和感も持たないことだろう。

 まるで最初からこうなっていたかのごとく、自然に新しい通路がそこに現れていた。

 ついさっきまで行き止まりの壁だと思っていた場所は、ちょっと目を離した隙に奥へと続く通路になっていたのだ。


「おい、エンジ。お前なにやったんだ?」


「いやあ……、ちょっと壁に変な模様が見えたんで、いじってたっす……」


 エンジ自身も予想外だったようだ。目をぱちくりとさせて突然現れた通路を呆然と見ていた。


「あらあら、これは隠し通路というものですか?」


 ラーラが通路をのぞき込みながらのんきに言う。


「隠し通路、というより……。未整備区画という感じかな?」


 その通路には他の場所と違い魔光照が設置されていないらしい。遠くなるほどに暗闇へつつまれるその先を見てフォルスが推測した。


「今後拡張する予定で工事中ってところか? だからカモフラージュして隠してたんだろうな……。あっ、おいエンジ! 勝手に入っちゃまずいだろ!」


「未公開エリアを誰よりも早く見れるっす! 面白そうっす! ちょっと行ってくるっす!」


 俺の制止もお構いなしにズカズカと軽薄男が暗闇の通路を進んでいった。


「レビさん、レビさん。無許可で未整備区画に入るのは禁止行為のはずです。たぶん問題になります」


「だな。フォルス、俺たちも行こう。とっととあの馬鹿を連れ戻さないと」


「……仕方ないね」


 フォルスはあまり気乗りしないようだ。

 かといってエンジを放っておくわけにもいかないことは理解しているのだろう。

 つぶやきだかため息だかわからないような反応が返ってきた。


 一応警戒のためフォルスを先頭にして、ラーラ、俺の順にエンジが消えていった暗い通路へ足を踏み入れていく。

 俺達が歩みを進めるにつれて、ダンジョン内の背景音楽とアナウンス嬢の声が少しずつ遠ざかっていった。

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