第6羽
「見て見て、あれ」
「きゃー、かわいいー」
「持って帰りたーい」
戦闘を終えて話し込んでいた俺たちの近くへ、二十歳くらいにみえる女性三人組がやってきて騒いでいる。
彼女たちの視線の先には、俺たちが先ほど相手にしたオークとは別の集団がいた。
奴らはやはりピコピコハンマーを手にトコトコと歩いている。
一応ターゲット範囲外なので、こちらから近づかない限り襲いかかってくることはないだろう。
オーク達は時折愛らしい仕草を織り交ぜつつ、短い足を必死に動かして歩いている。
その姿に女性たちはたちまち虜になっていた。
黄色い声がダンジョンにこだまする。
うむ。華やかで良いことよ。
しかし若い女性ばかりが三人とはうらやましい。
それに引き替え、我がパーティのなんと色つやのないことか。
いくらイケメンとはいえ、フォルスは男。
もちろん俺は男に興味がない。
エンジも見た目は悪くない。顔もまあまあ整ってるし、黙っていればそれなりだ。
だがやはり野郎であることには変わりない。
そして最後の一人は……。
俺は視線をラーラに向ける。
俺の肩にも届かない小柄な体。
あどけなさを感じる幼い顔立ち。
空色の美しい髪は、耳の少し上でツインテールに束ねられている。
視線を少し下に向けると、未来への可能性に賭けるしかない慎ましやかな『幻の』双丘が目に入る。
いや、むしろ目に入れるほどの存在感はそこにないと言えよう。
再び視線を顔に戻すと、その青い瞳がまっすぐ俺を見つめていた。というか睨んでいた。
「なんですかな? ラーラさんや」
「いえいえ、なんだかとても不愉快な視線を感じたもので」
やれ恐ろしい。
女は自分への視線に敏感だと言うが、それはこんなちっこい様でも例に漏れぬらしい。
適当な言葉と愛想笑いでごまかす俺の横で、先ほどの女三人組を見ていたエンジが間の悪いことを口走る。
「可愛いっすねー。それに引き替えオレたちは野郎ばかりで色気がないっつーか、寂しいっつーか」
それを聞き捨てならぬ、といった勢いでラーラがかみつく。
「一応ここに女子がひとりいるわけですが……?」
「いや、この場合の色気っつーのは単純に性別が女という意味じゃないっす。なんていうんすか? ボンッ、キュッ、ボンッと体からにじみ出る大人の艶というやつっす」
おお、エンジ。それはダメだ。ラーラにその手の話は厳禁だぞ。
見ればラーラの眉毛がピクピクと動いている。
もしこの場面がマンガの一コマだったら、きっと彼女の後ろに『ゴゴゴゴゴ』とか効果文字が表示されてるに違いない。
不穏な気配をまとったラーラが、エンジの方に体を向けてゆっくりと両手を頭上にかざす。
その両手を台座に見立てたかのごとく、青みがかった球体の光が現れて宙に浮かびはじめた。
光はみるみるうちにふくれあがり、球体の表面を取り囲むように小さな稲光がほとばしっている。
「エレクトリックシャワー!」
ラーラが叫ぶと同時に、球体から無数の電撃がエンジめがけて放たれた。
「うわっ! ちょっ! いてっ!」
エンジは必死に回避を試みるが、さすがの回避能力でも電撃のスピードを見切ることは出来ないようだ。
いくつもの雷光を体のあちこちに食らっていた。
ちなみにダンジョン内では人間に対する攻撃がほとんど無効化される。
これは他人の成果を横取りしようとする不届き者に対する予防線だ。
対人戦闘において死亡判定が行われることは基本的にない。
それはパーティ内の仲間同士にも適用される。
しかしだからといって完全に攻撃を無効化するというわけでもなかった。
味方への誤射を全く考慮しなくて良いのなら、前衛の盾役を巻き込んで大規模な範囲攻撃魔法を放つなど、無茶な攻略方法も成り立ってしまうからだ。
それはあまりにも興醒めだとダンジョン運営側は考えたのだろう。
確かに味方への攻撃は物理、魔法を問わず、ほとんどダメージが与えられない。
だがその代わりに攻撃された側へは一応の衝撃――攻撃を受けた感触――が発生するようになっている。
おそらく今エンジが食らっている魔法もダメージは全くないだろう。
多少衝撃は発生しているだろうが、それも『うっとうしい』程度のものだ。
たぶんラーラが使える最大の攻撃魔法を直撃させても、デコピンを食らったくらいのダメージしか受けないはずだ。
「おちついて! ラーラ!」
あわててフォルスがラーラを止めに入る。
「止めないでください、フォルさん! このデリカシーのない男は相応の報いを受けねばならないのです!」
フォルスの手によって羽交い締めにされているため、その荒い鼻息とは裏腹にラーラは身動きが取れない。
身長差もあって完全に体が宙に浮いた状態だから、バタバタと手足だけを動かすので精一杯だ。
なんというか……。あれだ、必死に威嚇してるけど全然威圧感のない子猫みたいだな。
「フォルスさん。ナイスっす! そのまま保護をお願いするっす! 迷子センターはダンジョン入口っす!」
「だあー、れえー、があー、迷子かああー!」
さらにエンジが余計なことを言うもんだから、ラーラはもはや爆発寸前だ。
「ラーラ! 大丈夫です! あなたは魅力的な女の子ですよ! エンジは単にからかって遊んでるだけです!」
フォルスがあわてて火消しを試みる。
「……本当ですか?」
「ええ。あなたにはあなたの魅力があるのですよ。僕はもちろんエンジやレビィだってそれはちゃんとわかっています。そうですよね、レビィ?」
と言いながら、美丈夫が俺の方を見る。
こら、俺にふるな。
当然ラーラもフォルスにつられて俺へ視線を向けていた。
なんだおい。
俺に回答権パスすんなよ。
ここで下手な対応したらさっきの状態に戻るんだろ?
というか矛先がこっちに来そうで怖いんだが。
文字通りキラーパスか? 嬉しくねえぞ。
「あ、……そ、そうだぞ、ラーラ。お前は知らなかったかもしれないが、学校でも結構人気があったんだぞ。ファンクラブがあったくらいだしな。もっとお前は自信を持って良いんじゃないかなあ?」
日和見な答えでその場を濁した俺を、誰が責められようか。
少なくとも俺には責めることが出来ない。これは緊急避難である。
だがそんな俺の返答を聞き、ラーラの機嫌は少し持ち直したようだ。
「……ふふん。どうやら多数決で結論が出たようですね。多数派の意見は少数派の意見を常に駆逐するのです」
と、ドヤ顔でエンジを見る。
「わー、オレひとり悪者っすねー?」
黒髪はわざとらしく眉を下げながら言った。
どうやらエンジもこれ以上ラーラをいじるつもりはないらしい。
「ところでフォルさん」
「なんだい、ラーラ?」
「そろそろ……、降ろして欲しいのですが」
さきほどからフォルスがラーラを羽交い締めにしている。
されている方は腕と足をだらんとおろしている上に宙へ浮いているので、まるでお父さんが娘をだっこしているみたいだ。
「おとーさん、みえないー」「しょうがないな、そーら!」「わー! たかい! たかーい! いっぱい見えるー!」みたいな体勢だな。
「あ、ご、ごめん」
フォルスがあわてて娘(役)を解放した。
ラーラはまだ多少の不満を残しているようだったが、地に足がついて調子を取りもどしたらしい。
「まあいいのです。勝者は些細なことで目くじらを立てたりしないものです」
だったらエンジのちょっかいにいちいち反応するなよ。
なんて考えていると、ラーラの青い瞳が俺に向けられているのに気付く。
「レビさん、レビさん。さっき言った事ってホントですか?」
「え? さっきのって?」
「ファンクラブとかいってたじゃないですか。私、在学中にそんなの聞いたことなかったですけど」
「あ、ああ……。あれか」
ラーラファンクラブのことだな。
あれはなあ……。ファンクラブと言えば聞こえは良いが、実体はストーカー予備軍みたいなものだったしな。
まあ実際にストーカー行為を行うようなヤツはいなかったみたいだ。
クラブの方針も『小さなお友達は愛でるものであって、その手で触れるものではない』というだけに、直接ラーラに迷惑が及ぶような行為はファンクラブ内で禁止されていたと聞いていた。
そんなわけだからその活動も本人に気付かれない範囲で行われていたらしい。
愛らしいラーラを遠目に眺めてハアハアしたり。
ラーラのドジッ子っぷりを観察してハアハアしたり。
懸命なラーラの姿を見て応援しつつハアハアしたり。
……なんだ、ただの変態じゃないか。
一歩間違えれば犯罪者を量産しそうな団体ではあるが、本人に迷惑をかけてないから学校も周囲の人間も放置していたみたいだ。
結局ラーラが学校を卒業するまでこれといった問題も起こさず、こっそりと見守っていただけなのだから立派な変た……紳士派ロリコン集団だったのだろう。
だがそれをラーラ本人に明かすのは正直ためらわれるな。
「ふぁ、ファンクラブと言っても大きなお友達が(小さなお友達である)ラーラを見守るだけの(非合法スレスレの)クラブだったみたいだしな。これといって(人様に堂々と言えるような)活動はしてなかったみたいだぞ。知らなくても仕方ないだろう」
微妙にぼかして説明してみた。
読むなよラーラ! 括弧書きにしたところは読むんじゃないぞ!
「そうですか。それは残念です。そんな人たちが居たのなら、良いお友達になれたと思うのですが……」
そのセリフをファンクラブの人間達が聞いたら大変なことになっていただろうな。
接触禁止の誓いなんぞ、その瞬間に有名無実と化していただろう。
「でもでも、その人達とお友達になれなかったのは残念ですけど、おかげで少し自信が持てました」
うんうん。ちびっ子の笑顔は良いものだな。なんかほっこりするわ。
……え? お前だって十分ロリコンじゃないかだって?
いやいやいやいや、何言ってんのあんた?
俺はロリコンじゃないぞ。決してロリコンではない。
そこはしっかりと断言させてもらうからな。
確かにラーラは可愛いが、どちらかというと幼い……、あれ?
そうか、ラーラって俺と同い年だったよな?
見た目も実年齢も自分と同じくらいの相手なら、まあノーマルだよな。
見た目幼くて実年齢も幼かったら完全ロリ確定だよな。
じゃあラーラみたいに、見た目がロリで中身同い年というのはどうなんだろ?
逆に見た目は同い年で中身の年齢がロリなのは?
両方ローリアンか?
うーむ、よくわからなくなってきた。
どうでも良い命題で思考にふける俺の意識を引き戻したのは、やはりというかイケメンリーダーの声だった。
「じゃあ、落ち着いたところで先へ進もうか」
機嫌を直したラーラをはじめとして、もちろんその意見に反対する者は誰もいない。
俺はなんだかもやもやした気分のまま、フォルス達と第三階層に向けて歩いて行った。
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