第5羽

「ラーラ! そっち行ったぞ!」


 俺の声を受けて、小柄な体の少女がすばやく右手を目の前にかざす。


「ファイアアロー!」


 その小さな唇から唱えられた魔法は、またたく間に一本の炎を顕現させた。

 炎の矢は一瞬引き絞られたように身をよじると、間を置かずに敵へ向かって突進する。


 だが矢がもたらす顛末を確かめる余裕もない俺は、クセっ毛の男へ文句を言い放つ。


「エンジ! ちゃんと食い止めろよ!」


「無理言わないで欲しいっす! これでも頑張ってるっす!」


 第二階層へ降りた俺たちを待っていたのは、奇襲というモンスターたちの歓迎だった。


 第一階層でのウォーミングアップを怠ったツケが回ってきたのだろう。

 まだ体が本調子になっていないのに加え、即席パーティであるが故に連携の悪さが出てしまった。


 先頭に立つフォルスは既に五体の敵を引きつけるので手一杯に見える。

 接近されると弱いラーラを守るのは、前衛補助であるエンジの役目だ。


 俺か?

 当然俺はもともと数に入ってない。

 下手すりゃラーラの方が俺よりも強い。たとえそれが接近戦でもな。


「もう一体、行ったっす!」


 エンジからの警告が飛ぶ。


 さっきの敵はラーラのファイアアローでなんとか仕留めることが出来たようだが、これ以上はまずい。

 またも敵はラーラの方へ向かっていた。

 先ほど魔法を唱えたばかりの彼女は、その疲労から肩で息をしている。とっさに対応するのは無理だろう。


 その様子をチャンスと見て取った敵は、手に持った武器を両手でつかむと、体ごとぶつかるような勢いでラーラへ飛びかかった。


「しまった!」


 この位置からでは防ぎようがない。俺の叫びがむなしく響く。


 伸ばした手の先で仲間の少女が体をこわばらせていた。

 その光景がスローモーションのように俺の網膜に焼きつけられる。

 飛びかかった敵の凶器がゆっくりとラーラの脳天めがけて振り下ろされたその時。


 ピコン。

 妙に楽しげな音が響いた。


「痛ったあーい!」


 ラーラが頭を抱えてうずくまる。


 その後ろには、華麗に着地してたたずむオークがいた。


 【オーク】


 あんたも聞いたことくらいはあるだろう?

 ファンタジー物ではごくありふれたモンスターとしてよく描かれるモンスターだ。

 二足歩行をする豚や猪として表現されることが多く、物語によっては凶悪な魔物として、別の物語では知性を持った亜人として登場する。


 この世界のオークも二足歩行する豚の姿をしている。

 腹回りは丸々と太っており、体長は五十センチほど。

 その肌触りはつきたてのお餅を思わせるかのごとくにつややか、小さくつぶらな瞳、三頭身の愛らしい姿、そして手に持つのは赤と黄色のツートンカラーで彩られたピコピコハンマー……。


 一体どこのぬいぐるみだ!?


 そう。

 さっきのはオークが渾身の力をふりしぼってラーラの脳天に打ち下ろした、ピコピコハンマーのヒット音だ。

 当然、殺傷能力など……ない。あるわけがねえ。


 オークは再びピコピコハンマーを振りかざし、ラーラ向けて突進し――ようとして、床の出っぱりにつまずいた。

 こてん、と効果音が鳴りそうな様子でオークがこける。


 すぐに立ち上がったオークだが、こけた拍子にすっぽ抜けたのか、その手からはピコピコハンマーが失われていた。

 それに気付いたオークが、俺とラーラの方を見て不思議そうに小首をかしげる。


「可愛いのです……」


 ラーラの口からそんな言葉がこぼれた。

 正直に言おう。俺も同意見だ。


 オークはキョロキョロと周囲を見回していた。

 小さな体ごと右へ左へと動かしながらピコピコハンマーを探す。

 そのたびに頭の上にある小さな耳がピクピクと動いていた。


 いくら探しても見つからないのだろう。次第にその表情が暗くなっていくのがわかる。

 オークは俺たちの方を再び見ると、小さな瞳をうるませ、次の瞬間身をひるがえして一目散に逃げはじめた。


 あえて言おう。逃げる姿ですら可愛い。

 トテトテと効果音が鳴らないのが不思議なくらいの愛らしさだ。


 俺たちが逃げていくオークの姿にほっこりしていると、残りのオークを片づけたフォルス達がやってきた。


「すまない。二体も通してしまった」


 開口一番フォルスが謝ってくる。


「いえいえ。大丈夫ですよ。不意打ちでしたし、数も多かったですから仕方ありません」


「そうっす。オークくらいなら全然大丈夫っすよ」


「お前はもうちょい反省しろ」


 平気だと答えるラーラに便乗したエンジを一応たしなめておく。


「一撃受けてしまったんだろう? 念のため回復しておくよ」


 イケメンは行動もイケメンだな。イケメンなのは顔だけにしとけよ。

 というか剣技に優れた上に治癒魔法まで使えるというのは反則だろう。どっちか俺によこせや。

『天は二物を与えず』とか偉そうに言ったヤツ、ちょっとここまで来い。いいから来い。

 この男のチートっぷりを延々とその脳髄に送り込んでやった後、我が人生におけるこれまでの奮闘と悲哀について熱く語ってやるから。


 俺が脳内で名も知らぬ誰かに文句を言っている間に、フォルスはラーラへ治癒魔法をかけ終えたようだ。

 ラーラが少し照れながらお礼を言っている。


 ちっ。またフラグ立てやがったな、イケメンめ。

 オリンピック会場じゃあるまいに、どんだけあちこちへ旗立てる気だ?

 俺だって一つくらいは立てたいよ、フラグ。


 あ、言っとくけど別に俺はフォルスのことが嫌いなわけじゃないぞ。

 確かに顔もイケメン、能力もイケメン、性格もイケメン、立ち振る舞いもイケメンなこの男には嫉妬どころじゃないもっとどろどろしたものすら感じるが、それはそれだ。

 少なくとも俺に対して変な色眼鏡や偏見で見たりしないし、妙なレッテルを貼ったりもしない。こんな俺でも認めてくれる大事な友人だ。


 ただ、どこかのエロい人も言ってただろう?

『イケメンは敵だ。はたしてそこに理由など必要かね?』

 と。


 うん。至言だな。


 ということでヤツは俺の友人であると同時に、最大の敵でもある。

 熱血マンガ風に言うと『強敵ライバルと書いて戦友ともと読む』だ。

 その強敵が俺たち三人に向けて言う。


「少し油断していたかもしれない。ここからは気を引き締めていこう」


 まあ、油断したからといって死にはしないんだがな。

 あんたもいい加減気付いているだろう? このダンジョンに危険は無いって。






 前も話したよな。俺には魔力が無いって。

 加えて身体能力も至って普通。魔力ブーストが無い分、俺の運動能力は最底辺レベルだ。

 いろいろ試してみたがチート能力はひとつも見つからなかった。


 でもさ、俺には前世の記憶がある。

 しかも地球でも先進国である日本で生きていた頃の情報や知識があるんだ。

 だったら前世の知識を活かしてチートだ!


 とか普通思うだろ?

 でもその頃にはもう気付いてしまっていた。


「無理ゲー」


 だってあんた、携帯電話どころかホログラフィが一般家庭に普及した世界で、俺の持ってる知識がどれだけ役に立つってのさ?


 種明かしをするとだな、俺が生まれるよりもずっと前に俺みたいな転生者がいたんだよ。

 それもひとりじゃ無くて複数人。

 時代はバラバラだったが、それぞれが偉業を成し遂げた伝説の人物として知られている。


 一番有名なのは二百八十年ほど前に突如現れた勇者ヨシノリ・アベ。

 はい、ありがとうございます。完全に日本人です。


 当時魔王の侵攻により主だった国が軒並み滅ぼされ、魔王軍と彼らが使役するモンスターの影におびえながら生きるしか無かった人類。

 そんな人類を救い魔王を討ち滅ぼした歴史上最高の英雄だ。


 他にもいるぞ。

 魔王亡き後、統制から外れて各地で無秩序な破壊と殺戮を繰り返していたモンスター達。当初は軍隊や腕に覚えのある有志達――冒険者みたいな感じだったらしい――によってそのつど討伐されていたわけだが、そこに一石を投じた人間がいる。

 タカアキ・ヨシダ。はい、案の定日本人です。


 ヨシダさんはその膨大な魔力と自らの命を代償に、世界規模の大魔法を行使した。

 どういう魔法だったのかは本人以外に誰も解析できなかったそうだが、結果的にモンスターの脅威は払拭された。

 なぜかモンスターはその凶暴性を消失させ、意味もなく人間を襲わないようになったのだ。


 その後、二百年以上の月日が流れるにつれ、モンスターは外見も大きく様変わりする。

 より効率良く生存するためにそうなったのか、一部のモンスターにいたっては人間に愛される外見を手に入れる者まで出始めた。

 中には愛玩動物として飼われているモンスター達さえもいる。


 前世の知識がある俺からすれば、たかだか二百年そこらで外見含めてそこまで大きく変化、というか進化するなんて異常にも程があると思う。

 だがそこはそれ、ファンタジーの一言で自分を納得させた。

 そもそもこの世界の人にとって、そんな異常な変化も驚くには値しないことらしい。

 なんせ魔法一つで特撮ヒーローなみに変態する生き物がいる世界だからな。


 それっぽい偉人なら他にもいるぞ。

 電気を発明したヤツ。

 貨幣単位を『円』に統一して広めたヤツ。

 メートルやグラムといった度量衡をもたらしたヤツ。

 和食を再現して財をなしたヤツ。

 例の『出会いの窓』にしたってリョウコ・イシイという女性の発案によって設立されたものらしい。

 石井さんありがとう。おかげで助かってます。


『チートが無ければ前世の知識を使ってチートすれば良いじゃない』


 どっかの転生者がそう言ったかどうだかは知らないが、俺だって最初はそこに望みをつないだよ。

 内政チートとか農業チートとか、知識だけでも出来るチートはあるじゃないか、と。


 でも無理だったわ。


 あれもこれも全部、過去の偉人達(全部日本人)がやっちゃった後なんだよ。

 民主主義も銀行も化学肥料(魔法の力で無害)も、携帯電話もエアコンも納豆も、みーんな俺が生まれた時にはあったんだよ。

 ご飯がくっつかない『しゃもじ』とかまであるんだぜ!

『カバルマ』とか何だよその料理? って思ったらブルガリアの郷土料理だったよ!

 どこまで網羅してるんだよ! つけいる隙なんてもう無えじゃねえか!


 ちょっ! お前ら(過去の日本人)やり過ぎ!


 何でもかんでも手当たり次第に作ってんじゃねえ!


 後から来る人間(俺)のことも考えろ!


 少しくらいは開発の余地残しとけ!


 責任者どこのどいつだ! ちょっと出てこい!


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 ――――――ふう。


 すまん。取り乱した。


 というわけで前世の記憶と日本の情報や知識は、確かに無駄にはならなかった。

 だが、かといって特別役に立つこともなかったわけだ。


 まあ、たとえ先食いされてなくても、俺が同じ偉業を成し遂げられたかどうかは疑問だがな。

 専門家でもないのに味噌の作り方とか稲作のやり方とか、普通わかるわけがない。


 だいたいこんな感じっていうのは知っていても、実際にやってみるには具体的な知識がなさすぎる。

 試行錯誤すればいつかは出来るかもしれないけど、果たして何十年かかることか。


 味噌の作り方だって『加熱した大豆を砕いて発酵させる』くらいしか俺にはわからん。

 加熱の仕方ひとつとってもゆでるのか蒸すのか、それすらも知らん。

 書物やネットがなけりゃ、一般人の認識ってそんなもんだろ?


『テレビの存在とその使い方を知っている』というのと『テレビの構造を理解して作れる』という二つの間にある壁はひどく高い。

 多分その壁は専門家でなければ取り払えないほど強固でぶ厚いもんだろう?

 普通に考えれば素人がうろ覚えの知識で再現できるようなものがそうそうあるわけがない。


 ああ、話がそれたな。


 つまりは過去に転生だか転移だかしてきた日本人達(節操なし)によって、開発の余地はすべて消えていた。

 パイは平らげられた後だったのだよ、あけちくん。


 まったく。日本人ってのはいつからそんな節度のない民族になったんだ。


 あ、石井さんは別よ。

 ありがとう石井さん。あなたの偉業だけは毎年ちゃんと称えてますよ。

『こんにちは、お仕事』みたいな名前をパクろうとしないその気配り、すばらしいです。

 でも代わりにつけた名前が『出会いの窓』ってどうなんでしょう?

 もっと他に良い命名案は無かったんでしょうか?

 そこだけは非常に残念です。


 え? まだ話がそれてる?


 はて? 何の話してたっけ?


 ……………………。


 あ、そうか。このダンジョンについての話だったよな。

 すまんすまん。つい熱が入っちまった。


 このダンジョンもやはりというか何というか、日本人の仕業なんだよ。

 タカアキ・ヨシダの大魔法によってモンスターが無害化して以降、もともと各地にあったダンジョンはその意味を失ったわけだな。


 魔王もいないし、モンスターは無害になった。

 それまで魔王軍の拠点やモンスターのすみかとして使われ、人間にとっては危険が潜む場所だったダンジョン。

 だがその危険が無くなった時、どうなったのか。


 答えは単純。放置プレイだ。


 別に宝が眠ってるわけじゃないし、放っておいても危険はない。

 もちろん危険なトラップが手つかずのまま残っているダンジョンもあるし、野生化したモンスターがすみかにしているダンジョンもある。

 そんなダンジョンへ侵入すれば、いくらモンスターが無害化したとは言っても命を落とす危険はある。


 だがそれは森の中で野生肉食獣のテリトリーに迷い込んだときの危険と大して変わりない。

 そもそもうかつに手を出さなければ危険はないのだ。


 おまけに細い通路が縦横無尽に入り組んでいるというダンジョンの構造上、別の用途に使うのも難しい。

 塔のような地上の建築物ダンジョンであればまだしも、地下の洞窟ダンジョンだとなおさらだ。

 だから人間はダンジョンの跡地を二百年ちかく『野生動物の巣穴』程度の認識でいたんだ。


 ところが今から八十年ほど前、一人の少女が現れる。

 その名はミカ・エトー。はい、どこまで行っても結局日本人です。


 で、平和な時代に現れたエトーさんは気付くわけだ。


 『娯楽少ないわー』


 そこで彼女は利用されることもなく放置されていたダンジョンに目をつけた。

 その昔、命がけで繰り広げられていたダンジョンへのアタック。

 これを命の危険が伴わない娯楽にしてしまおうと。


 既に実用化されていた電気と魔法の複合技術に加え、それにより生み出された魔法具。

 それらを活用することで、ダンジョンはお子様からシニアまで楽しめるテーマパークへと生まれ変わった。


 ダンジョン内はきれいに整備され、いたるところが魔光照まこうしょうで明るく照らされる。

 出現するモンスターは殺傷能力のない武器で襲いかかり、各フロアには定期的に景品となる宝箱が配備された。

 モンスターを倒した数によってポイントが貯まり、ランキングが公表されたり、ポイントをアイテムに交換するシステムが調えられる。


 もちろんモンスターによって一定以上の攻撃を受けると死亡扱いとなり、ダンジョンの入口へ強制転移させられるが、その場合でも大きな傷を負うことはない。せいぜいかすり傷程度だ。


 モンスターの方も同様。

 人間に倒されたモンスターは瞬時に管理区へ転送され、健康状態のチェックを受けた後、問題がなければ再びダンジョンへ放たれるという仕組みとなる。


 七十三年前に初めてオープンしたダンジョン型テーマパークは、娯楽とスリルを求める人々に支持され、次々と各地で新しく開業していった。

 老若男女が楽しめるテーマパークだが、特に若い世代にとっては最大の娯楽となる。


「今日、ダンジョン寄ってかねえ?」


 学校帰りにそう言って仲間を誘う光景が、当たり前のようになっていた。

 日本で言うならゲーセンかカラオケってとこだな。


 大きく違うのは、消費するだけの娯楽施設じゃないってところだろうか。

 腕に覚えがあれば、入場料や通行パスで支払った額以上の景品を手に入れることが出来る。

 テーマパーク内では景品を換金することは出来ないが、街中には景品の買い取りをするお店もあるため収支を黒字にすることだって可能だ。

 競馬やパチスロみたいだな、そう言う意味では。


 どうでもいい話かもしれんが、福利厚生の意味もあるんだろう。

 貴重な娯楽施設ということで大抵のダンジョンには国からの支援があるらしい。

 他国には国営のダンジョンすらあるということだ。


 ん? どうした?

 ファンタジーの世界観が台無しだって?


 まあな。

 あんたの気持ちもわかるけど、文句を言うなら俺じゃなくてエトーさんに言ってくれや。

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