第4羽
明けて翌日。俺は町の正門から歩いて十分ほどの距離にあるダンジョンへと向かった。
目的地の近くまで歩いて行くと、昨日聞いたばかりの声が俺に呼びかける。
「兄貴! こっちっす!」
声のする方向を見ると、軽薄な黒髪が俺に向かって手を振っていた。
その側にはふたりの人物が立っている。
「ああ、すまん。遅れちまったか?」
小走りで三人の元へ駆けよった俺は、一番背の高い男に向けてそう言う。
「いや、そんなことはないよ。まだ待ち合わせの時間には余裕がある。僕たちが早く着きすぎただけだよ」
男が笑顔で答えた。赤みがかった茶髪が太陽の光を浴びて淡く透ける。
彼の名はフォルス。数少ない俺の友人だ。
誰にでも優しく思いやりを持って接する彼は、魔力が無いからといって俺のことを馬鹿にしたりさげすんだりはしない。
俺が女なら間違い無く惚れているだろう反則気味の好青年である。
「ですです。まだ九時半ですから」
となりにいる少女が端末で時間を確認したあと、同意するようにうなずいた。
その動きでツインテールになった空色の髪が揺れる。
彼女はラーラ。フォルスと同じく俺の元同級生だ。
低い身長とその顔立ちで実際の年齢よりも幼く見られることが多いが、俺やフォルスと同じ年齢だったりする。
「兄貴も思ったより早かったっすね」
「ああ、ティアが準備してくれたからな」
昨日の様子から、今日はさすがのティアも来ないだろうと俺は思っていた。
しかし一晩明けてみればいつも通り彼女は我が家へとやって来る。
しかも昨日の不機嫌さなどどこへいったのやら平常運行である。これには俺も驚いた。
あふれんばかりに醸し出していたお怒りオーラもなりを潜め、不慣れな俺に代わってダンジョンへ潜る準備の大半をやってくれたのだ。
正直頭の下がる思いである。
おかげで思いのほか時間に余裕が生まれ、早めに家を出ることができたというわけだ。
「じゃあ全員集まったことだし、予定よりも早いけど潜ろうか?」
フォルスが全員に確認を取った。
特に決めたわけでは無いが、自然とフォルスがリーダー的な立ち位置に納まる。
そしてそれに誰も異を唱えることが無い。これが人徳というやつなんだろうな。
ま、このメンバーだと実力的にも経験的にもフォルスが抜きんでてるわけだから、むしろ彼以外にリーダーをやれと言っても無理だろう。
もちろん俺は選択肢にも入らない。自分で言ってて悲しいが。
「はい。わかりました」
「もちおっけーっす」
ラーラとエンジが答える。
「レビィも良いかい?」
「大丈夫だ」
俺の返事を聞いて、フォルスがうなずく。
「じゃあ行こうか。目標は第五階層。午後三時くらいには戻ってこよう」
そして俺たち四人はダンジョン入口へと続く門をくぐっていった。
「入場券をお買い求めのお客様はこちらにお並びくださーい!」
「二十階層までのパスがただ今期間限定で二割引! 四千円で販売中でーす!」
「たこ焼き美味しいよー! 今なら焼きたて熱々だよー!」
「ダンジョン探索記念のバッジはこちらで販売中でーす!」
門をくぐると、ダンジョン入口までの道を挟むように露店が並んでいた。
正面に位置するゲートでは、係員が入場券の販売をしている。
チェインメイルを身につけた一団が、ベンチに座ってたこ焼きを頬張っていた。
おそらくダンジョンへ潜る前の腹ごしらえをしているのだろう。
目の前を風船片手に駆けていく子供が横切っていき、その後ろからは母親らしき女性が子供を呼び止めながら追いかけていた。
「とりあえず、入場券は僕が全員分立て替えとくよ」
そう言いつつフォルスが入場券売り場へと歩いて行く。
「入場券くらい自分で買うっすよ?」
「あとでどうせ精算するんだから、ついでにその時でいいさ」
フォルスはそう言い残すと、さわやかな笑顔を残してひとり入場券売り場の列に並んだ。
「レビさん、レビさん。良いんでしょうか? なんだかいつもフォルさんに入場料出してもらってるような気がするんですけど」
白いローブを着たラーラが申し訳なさそうな声で訊いてくる。
「良いんじゃない? 儲けが出たらあいつの言うように精算の時に分ければ」
さりげなく視線をそらし、あさっての方向を見ながら俺は答えた。
まあ儲けが出なかったら、あとでとか言いながら結局自分が全部おごるつもりなんだろうけどな。あのイケメンは。
俺たちのふところが寂しいことくらい、フォルスはきっとお見通しだろうさ。
恩着せがましくされると腹も立つが、あのリアルチートはこちらのプライドを傷つけないよう自然にお金を出すのだ。
「じゃあ、今度食事をおごってくれよ。それでチャラにしよう」とか言うんだぜ、きっと。それでいて絶対に自分から「おごれ」と言い出すことはないんだ。
「おまたせ」
入場券売り場から戻ってきたフォルスが、俺たちに小さな薄い石片を手渡してくる。
俺はそれを受け取ると、ストラップで首から下げていた個人端末に吸い込ませた。
フォルス達も各々自分の端末へ石片を吸い込ませたあと、個人端末に魔力を通してその形状を変化させる。
フォルスとラーラは腕輪の形に、エンジは指輪の形に変化させていた。
個人端末はこの国の成人なら誰もが持っている魔法具だ。
身分証明書兼、財布兼、公共交通機関の乗車券兼、通信端末兼、預金通帳といった複数の機能をカバーする便利な道具である。
各個人が持っている魔力の波長を認証に使うことで不正利用を防ぐことが出来るし、フォルス達がやったように形状を思いのままに変化させることも出来る。
もっとも、魔力を持たない俺の場合、形状の変化や通信機能といった魔力を消費する機能は使えない。
だが身分証明書や預金通帳といった機能は魔力が無くても使用できるため、こうやって首から下げて持ち歩いている。
魔力の波長による認証が使えないので不正利用が心配になるところだが、そこはそれ、『魔力の波長が皆無』であることが逆に俺であることの証明になるんだとよ。なんだそりゃ?
単純に問題を先送りしているだけだが、魔力ゼロの人間が俺ひとりしかいない間は問題ないんだろう。
俺以外に魔力を持たない人間が現れたら、その時はその時で何らかの対応を迫られるんだろうけどな。
「準備は良いかい?」
フォルスの問いかけに各々が肯定のしぐさを返す。
そして俺たちは足並みをそろえ、ゆっくりとダンジョンの入口目指して歩いて行った。
ぽっかりと空いた入口の上にはカラフルな装飾をほどこされた看板が掛かっている。
その看板には大きな丸文字でこう書かれていた。
『ようこそ! 第七エトーダンジョンへ♪』
俺たち四人はダンジョンの通路を下層へ降りる階段目指して歩いていく。
ダンジョン内は五メートルおきに設置された
フォルスを先頭に、その後ろに俺、ラーラが続く。最後尾はエンジだ。
通路は大人が横に五人並んでも十分余裕で歩くことが出来る幅だが、戦闘中以外は出来るだけ一列になって歩くのがマナーだ。
フォルスの武器は片手持ちの両刃剣。剣を持たない方の腕には円盾が革のベルトで固定されていた。
体にまとうのは黒い革鎧だが、その内側には小さな金属の輪を組み合わせて補強した鎧下が垣間見える。
ラーラは魔法による攻撃や支援を主とするため、軽い素材で作られたローブを着ている。
心臓を防御する胸当てはさすがに身につけているが、防御力という面ではやはり貧弱だ。
打たれ弱さで言えばこの四人の中で下から二番目だろう。一番目が誰かは言うまでも無いよな。
そんな彼女の武器はナイフ。
もっとも、使っているのを見たことは一度も無いが。
エンジは一撃の威力よりも手数を活かすスタイルだ。
敵の攻撃は極力受け止めずにかわし、相手が一撃をくり出す間に二つ三つと打撃を返していく。
そのため身につけているのは最低限の防具だ。
胸、腹、股間、足のすねといった要所のみを革製の防具で覆っている。
攻撃をかわしきれない時は比較的頑丈に作ってある革製の籠手で防ぐ。
武器は小剣。両手にそれぞれ一本ずつ持ち、左を牽制に用いて右でアタックするスタイルだ。
最後に俺の装備だが、身につけているのは薄手の革鎧。
普通の革鎧だと重すぎて行動に支障が出るんだよ、悪かったな。
武器は一応ラーラと同じようなナイフを持っているが、たぶん魔法特化のラーラ相手にナイフだけで戦ったとしても勝てないだろう、うん。
ただのお守り代わりだ。
そんなふうに仲間の装備を流し見でチェックしていた俺が十字路にさしかかった時、目の前を小さな人影が横切って行った。
「あっちいってみようぜ!」
「まってよー」
「はやくこいよ! おいてくぞ!」
三人の子供が駆けぬけていく。
男の子ふたりに女の子がひとり。年はたぶん全員十歳くらいだろう。
「おやおや。楽しそうですね」
それを見たラーラが笑みをこぼす。
「あれ? もしかして今日は……」
フォルスがつぶやいたその時、ダンジョン内にハキハキとした女性の声が響いた。
『本日は当ダンジョンにお越しいただき誠にありがとうございます。本日はキッズデーとなっております。第一階層にはお子様用にカスタマイズされたモンスターのみが出現いたします。ビッグラットタウンにおきまして、本日限定イベントとしてビッグラットのつかみ取りを実施中です。豪華賞品をご用意しておりますので、お子様とご一緒にふるってご参加ください。なお、十歳未満のお子様は必ず保護者同伴でのご入場をお願いいたします。十歳未満のお子様のみでのダンジョン探索はお控えください。第二階層以降は通常通りの営業となっております。お子様連れのお客様は誤って第二階層へ降りないようお気をつけください。続きまして迷子のお知らせです。第二街区からお越しのタニア様、第二街区からお越しのタニア様。ユリアちゃんをお預かりしております。ダンジョン入口に設営の迷子センターまで――』
「そうか、キッズデーか」
「ああ、それでガキんちょが多いんすね」
アナウンスを聞いて思い出したようにフォルスが言い、それにエンジが言葉を返す。
「じゃあしょうがないね。さっさと第二階層に行ってしまおうか」
フォルスの意見に三人がうなずく。
第一階層で体をほぐそうと思っていた俺たちは、予定を変更して十字路をまっすぐ進み、正面の道を足早に歩いて行った。
俺たちが通りすぎた十字路には案内板が立てかけてあり、そこにはこう書かれていた。
『↑ 第二階層』
『→ ビッグラットタウン (イベント開催中!)』
『← ラビットガーデン (初心者向け)』
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