第8羽
エンジを追って俺達が足を踏み入れた通路には闇が横たわっていた。
さすがに未整備区画だけあって、
元々居た場所から差し込んでいた魔光照の光も、二十歩も歩いた頃には無いも同然だ。
ラーラが作った小さな灯りだけを頼りに俺たちは奥へと進んで行く。
静かな通路に俺達三人の足音だけが響きわたった。
ある意味新鮮な感じだな。
これまでダンジョン内ではどこに行ってもアナウンスの声と背景音楽、そしてダンジョン探索を楽しんでいる入場者たちの声があふれていた。
それは静けさとは無縁の場所だ。
だがこの場所にはアナウンスは届かない。
当然背景音楽を流すスピーカーも設置されていない。
まして俺達以外の入場者がいるはずもない。
俺達自身の発する音だけが、どこまで続くか分からない暗い通路を満たしている。
本来のダンジョンってのは、きっとこういうものなんだろう。
そんなことを考えながら俺はラーラの後ろを無言のままについて行く。
通路自体はそれほど長いものではなかったようだ。
一分ほど歩いた頃だろうか。通路は終わり、やがて開けた広間のような場所へとたどり着いた。
「おい、エンジ! 居るのか!?」
「こっちっす!」
俺の呼びかけに応え、暗がりからエンジが姿を現して近づいてくる。
「エンジ、勝手に一人で行動しちゃダメだろう」
フォルスがやんわりとたしなめた。
「すぐに戻るつもりだったっすよ」
「だからって……、危険じゃないか。ここは未整備区画なんだよ? 安全が確保された公開区画とは違うんだから」
いつも人当たりの良い話し方をするフォルスが、珍しく言葉を尖らせる。
確かにフォルスの言うとおりだ。
テーマパークとして改造されたダンジョンは、常時スタッフがカメラで監視をしている。
だからこそ万一トラブルが起こってもすぐに管理者へ助けを求めることが出来るのだ。
だがここが未整備区画となると、それをあてにすることは出来ない。
ここは安全が担保されている場所ではないのだから。
まあ、だからといって危険な場所だと主張するのも安直というものだろうが。
「しかしここは……、なんなんだ?」
誰にともなくつぶやく。
周囲を見渡してみると、ラーラが浮かべた小さな灯りに照らされて、広間の様子がおぼろげながら見えてくる。
装飾が一切ない無機質な壁や天井は、未整備区画だからだろう。
色とりどりの塗装できれいに――場所によってはきらびやかに――整備されたダンジョン内とは違い、天井も壁も無骨な岩肌が露出していた。
部屋の隅にはいつのものだか判断もつかない小動物の骨が転がり、天井の隅を見あげれば蜘蛛の巣らしきものも目に入る。
もしかしたら公開されている区画も、もともとはこんな状態だったのかもしれない。
部屋の中には大小様々なガラクタがあちらこちらに散らばり、その様子はおもちゃがひっくり返された子供部屋を思わせた。
ガラクタは散乱しているが、逆に言えばそれ以外に目を引くようなものは何も無い。
「何も……、無さそうだな」
「使い道がないから封鎖されてただけ、ということかな?」
「ぐるっと一周まわってみたけど、面白そうなものはなかったっす」
「何も触ってないだろうな? エンジ」
とりあえずトラブルが起こらなかったのは良かったが、未整備区画に無断で足を踏み入れたのがバレるとまずい。
見つからないうちにさっさとここから撤退するのは当然のこと、痕跡も残さないようにしなければ。
嫌だぞ。禁止行為ペナルティで出入り禁止とか。
ここの次に近いダンジョンは馬車でも三日かかるようなところにあるんだからな。
そんな場所だと気軽に行くことも出来なくなってしまう。
「さすがにそこまでバカじゃないっす。何にも触ってないっすよ」
「『そこまで』ってことは、多少バカって自覚はあるんだな」
「兄貴ひどいっす! もしかしてオレのこと嫌いっすか?」
「え? 何を今さら?」
「ちょっ! そこは普通否定するところっす!」
「常識の枷に捕らわれないのが俺のモットーだからな」
「兄貴の場合は存在自体が非常識っすからね」
「あんだとてめー! ツバメの雛つれてきてお前の頭に定住させっぞ!」
「オレの頭は鳥の巣じゃないっすー!」
とりあえず厄介事にならずにすんで安心した俺は、エンジをひやかしてストレスを発散させた。
そんな俺たちを見て笑い声をもらしていたフォルスが割って入ってくる。
「まあまあ、ふたりとも。とにかく何事もなくて良かったよ。あまり長居しても良い事なんて無さそうだから、そろそろ戻ろうか?」
「そうだな。じゃあ、足跡を消してちゃっちゃと戻ろう」
そう俺が返した時である。
フォルスの後ろからコトンと何かが落ちるような軽い物音が聞こえてきた。
「は?」
三人して音が聞こえてきた方を向く。
そこに居たのはひとりの小柄な少女だ。
ひざ下までの白いローブを羽織り、二つに縛った空色の髪の毛をゆらしながら両手でほこりまみれになったガラクタを抱えている。
うんしょ、うんしょ、とふらつきながらもガラクタを運ぶと、その手を離して床に落とす。
その場所を見ればいくつかのガラクタがよせ集められていた。
呆然とする俺達の視線をよそに、少女は再び離れたところにあるガラクタを拾い、また運び始める。
「あの……、ラーラさんや?」
「はいはい。なんですか、レビさん?」
「……何、やってんの?」
「お片付けです」
あっけにとられる俺たちの目の前でラーラは再びガラクタを運び始めた。
おいおい。勝手に触っちゃダメだろ。
完全に誰か侵入したってわかっちまうだろが。
なに?
俺とフォルスの心配と気遣いを現在進行形であっさりと無に帰しているわけか? チミは?
まずいかなー? まずいよねー。だって未整備区画だもん。
ごまかせるかなー? ごまかせないよねー。だって痕跡残っちゃったもん。
どうしよっかなー? どうしようもないよねー。だってもう手遅れだもん。
…………。
………………。
「なにやっとんじゃ、ゴラァー!!」
思わず叫ぶ俺の声に、驚いたラーラがガラクタを取り落とす。
「ちょっとレビさん! びっくりするじゃないですか!」
「こっちもただ今絶賛驚愕中だよ! お前何してくれちゃってんの!?」
ラーラの抗議をそのまま差し戻す。まずい、動揺しすぎで言葉遣いがエンジみたいだ。
「何って、さっきも言ったようにお片付けです。私こういう散らかってるのは我慢できないのです。何度かレビさんのお宅にもお邪魔しましたけど、レビさんもちゃんとお片付けしなきゃダメですよ? ティアさんが居る時はきれいなのに、彼女が居ない時のレビさん家はひどいです。ティアさん任せにせず、自分で整理整頓する習慣をつけた方がきっと良いです」
「俺の家のことは良いだろ! 忘れてんのか? 俺たちは今、未公開区画に無断で侵入しちゃってるんだよ! わざわざ侵入がばれるような痕跡残してどうすんだよぉ!」
「おお……」
俺の説明でようやくラーラも気が付いたらしい。
ぽむっ、と拳をもう一方の手のひらへ打ちつけていた。
「勘弁してくれよ……。考えが足りないのはエンジひとりで十分だっての」
俺は手のひらを額にあてて天井を仰ぎ見る。視界の端ではフォルスも苦い顔をしていた。
で、こういうときに限ってまた余計なことを言うのがエンジという男だ。
「まったくっす。足りないのは身長だけで十分っす」
ほらー。またこの男は変なスイッチ入れるしー!
「今、何が足りないと言ったのですか……?」
その暴言を聞き逃すはずもなく、ラーラがすぐさま臨戦態勢に入る。
彼女を取り囲むようにゆっくりと風が吹きはじめた。
少しずつ勢いを増したそれは、術者を中心にして竜巻のように周回していく。
風に吹かれてラーラのツインテールが上下に揺れ、ローブの裾がふんわりと重力に逆らい波打った。
「ブラストオブ――」
だがラーラが口から呪文を唱えようとしたその瞬間、それまで加速度的に勢いを強めていた風が突如打ち消された。
それはまるでブレーカーが落ちて照明が消えた時のような、突然の変化だった。
「え?」
予想外の現象にラーラが声を漏らす。
「何だこれは?」
横を見れば、フォルスも周囲をせわしなく見回してあせっているようだった。
「なんかヤバそうっす!」
いつも脳天気なエンジですら真剣な表情で警告を発している。
だが俺には何が何だか分からない。
「部屋中に……、魔力が!」
ラーラが叫んだその瞬間、頭の中がもやにつつまれたような感触に染められる。
視界はゆがみ、聴覚にはノイズが割り込んできた。
平衡感覚がおかしい。まるで泥酔状態になったようだ。
目を開いているはずなのに視覚はその役目を失い、猛烈なめまいに襲われる。
前後不覚の状態に陥り、フォルス達の安否を気にする余裕もなくなった俺は、何とか意識を保とうと必死に抵抗を続けた。
だが既に自分が立っているのか倒れこんでいるのかすらも判断できなくなる。
――――――。
それからどれ位の時間がたったのだろうか。
酩酊したかのような不快感が徐々に薄れていき、視覚も聴覚も少しずつクリアになっていくのが自分でも分かった。
やがて落ち着きを取りもどした後に、俺は初めて自分が床に倒れていることに気がつく。
周囲を見回すと、仲間の三人も同じように床へ倒れた体を引き起こしていた。
「みんな……、無事かい?」
「ああ……」
声をかけてくるフォルスに、弱々しく返事をする。
「ここ……は?」
いちはやく調子を取りもどしたフォルスが、周りを見渡して疑問を呈した。
俺も同じように周囲を観察し、それから妙な違和感を抱く。
「さっきの部屋とは……、違うな」
俺たちが倒れこんでいた場所は、先ほどと同じような部屋の中だった。
天井や壁の材質も同じように見えるし、長年放置されてきたであろう汚れ具合も同様だ。
だが明らかに広さが異なる。
今居る場所は先ほどの部屋よりもかなりせまい。
先ほどは灯りの魔法を使わなければ部屋の広さを認識できなかったが、今は灯りがなくても四方の壁を見ることが出来る。
暗さに目が慣れたというのもあるだろうが、声の響き方から考えても先ほどまでの広さはないとはっきり感じられた。
だからだろう。俺達がそのことに気付くのはそれほど難しいことではなかった。
どうやら何らかの仕掛けにより、俺達全員が強制的に転移をさせられたらしい――ということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます