第2羽
「それで? 朝っぱらからフラフラと、どこをうろついていたんですか?」
ソファーの上に正座させられた俺は、相変わらずの仁王立ちポーズで見下ろしてくる彼女から詰問されている。
身にまとう服はシンプルながらも品のあるデザインで、襟元や袖口、ロングスカートの裾を飾るフリルが着る者の魅力をよりいっそう引き立てていた。
黙ってれば可愛いのに、その口から吐き出されるのは辛辣な言葉だ。
「余計なお世話です」
「なっ!?」
なんでわかった? 俺のは見えないんじゃあ?
「見えなくてもわかりますよ、それくらい。何年先生のアシスタントをしてると思ってるんですか」
また筒抜け?
「いや、でも……。お前」
「先生は顔に出すぎです。私じゃなくてもわかりますよ」
あきれ顔でエプロンドレスの中身が言う。
「あとは単純に人生経験の違いです」
年下に人生経験語られたー!
「言っとくが、ティアよりも俺の方が年上なんだぞ……」
「経験は年月だけで決まるものではありません」
はい、正論です……。
「それで? こんな時間まで仕事をほったらかしにしてどこに行ってたんですか?」
「えーと……、窓で仕事を探してた」
窓というのは『出会いの窓』のことだ。
出会いの窓は歴史も古く、人々の生活にも密接に関係している。
そのため『窓に行く』、『窓から連絡が来る』など、『窓』という表現はすでに固有名詞化している。
当然彼女も俺の言わんとすることをすんなりと理解していた。
「またですか。そんな時間があるなら本業の方に専念すればいいじゃないですか」
ため息をつきながら、ティアが両手を腰にあてて言う。
そういえば窓のアルメさんにも全く同じ事を言われたな。
「本業だけだと実入りが少ないんだよ」
「だったらお父様の援助を断らなければ良いでしょうに」
「そこはそれ……、なんつーか男のプライドというか……」
「プライドだけで生活は出来ません」
即座に切り捨てる銀髪少女。身もフタもねえな。
「いいですか、先生? 生きるというのは戦うということです。五つの心得、ちゃんと頭に入ってますね?」
「お、おう……」
こうなったティアはやっかいだ。下手に口答えせずにおとなしく話を聞いた方が良い。
「ではいきますよ? 最初は『ご』!」
「ご……、『ご』!」
あわてて復唱する。
「『ご飯は働いたものだけの特権である!』」
「『ごはんははたらいたものだけのとっけんである!』」
「続いて『く』!」
「『く』!」
「『来る仕事拒まず! 受けた仕事はやり遂げる!』」
「『くるしごとこばまず! うけたしごとはやりとげる!』」
「『つ』!」
「『つ』!」
「『辛い仕事も進んでやるべし!』」
「『つらいしごともすすんでやるべし!』」
「『ぶ』!」
「『ぶ』!」
「『ぶち壊せ! 怠け心と妥協心!』」
「『ぶちこわせ! なまけごころとだきょうしん!』」
「『し』!」
「『し』!」
「『死ぬ気でやれば何でもできる!』」
「『しぬきでやればなんでもできる!』」
……誰だよこんな五箇条考えたのは。
どっかのブラック企業じゃあるまいし、ひどい内容だな。
おまけに箇条書きして最初の文字を並べると『ごくつぶし』って……、明確な悪意を感じるっつーの。
「よろしいです」
ティアが満足そうに二度三度とうなずく。
そのたびによく手入れされた銀色のストレートヘアがふわりと揺れた。
空気の流れにのって、何とも言えぬ良い香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「労働意欲があるのはもちろん良いことですが、方向性を誤っては意味を成しません。先生には是非ともその意気込みを本来のお仕事に傾けていただきたいものです」
「でももしかしたら、もっと俺に向いた仕事があるかも知れないだろ?」
「飽きっぽい性格の人が良く言うセリフですね。そういうセリフはひとつの仕事をしっかりとやり遂げてからにするべきでは?」
透き通るような水色の目が俺に向けられる。
陶磁器のようになめらかなまぶたは心持ち下げられていた。いわゆるジト目というやつだ。
「うっ……」
もともとが整っている顔立ちだけに、感じるプレッシャーは他の人間よりも五割増しくらいに感じる。
普段の見栄えが良いからといって、それが常に見る者へ益をもたらすわけではない。
「し、しかしだな、ティア。仕事というのは人生を左右する大事なものなんだぞ。自分に合わない仕事をずっと続けて結局芽が出ないよりも、いろんな仕事を経験することでもしかしたら天職に出会えるかも知れないだろ? それに新しい仕事をすることで、今まで気付かなかった自分の才能に目覚めるかも知れないし。職場で新しい出会いがあったりとかさ。しかもその相手が実はお忍びで城から抜け出してきた王女様だったりしたら、成り上がり街道まっしぐらじゃない?」
「いい加減、壁を追いかけるのはやめましょう」
ティアの言う『壁』とは前にも説明した『見えない壁』のことだ。
自分勝手にありもしない障害や敵を想像して、それを打ち破る自分を夢想する少年期特有の妄想とその産物。
つまり彼女の言葉を翻訳するならば『いい年して中二病はみっともないですよ』ということになる。
「でも鍛冶屋の下働きをやめて魔法具開発の研究員になったバロットなんて、簡易保冷器の発明で特許収入ウッハウハだぞ。それに昔クラスメイトだったイリーナ。あいつなんてたまたま派遣先に居た男と恋仲になったら、実はそいつがアロンド市領主の長男だったって……、まんま玉の輿じゃねえか! くそお!」
「楽してお金もらうことばっかり考えてるじゃ無いですか! そんなギャンブルみたいな生き方ダメです! 地道にこつこつ働いていくのが一番ですよ!」
「だって、あいつらばっかりずるいじゃんかよー」
「よそはよそ! うちはうちです!」
おかんの名言出たー!
「ちなみに第一王女様はまだ八歳です。先生は八歳の王女様と出会って何をしたい、と?」
え? まさかのロリコン疑惑!?
ティアの視線が今まで以上に冷たい。
「あ、いや。さすがに八歳はないわー」
「では何歳からなら『あり』だと?」
え? 掘り下げんの? この話題。
つーか、これって下手な回答すると不名誉な称号ゲットしちまうパターンじゃね? そりゃごめんだぞ。
「う……、まあ自分と同じ年齢……くらいじゃないか? やっぱり」
地雷回避を最優先事項に掲げた俺は無難な答えを返す。
……なのにどうしてそんな不満そうな顔をするのかね? キミは?
「小さな女の子に手を出すのは確かに人としていろいろと問題がありますが、ある程度の年齢になれば多少の年の差は関係なくなるんじゃありませんか?」
「えーと……。結局何が言いたいの? お前?」
「いえ、別に……。先入観は自分の世界を狭めるだけという一般論をお話ししているだけです」
そのわりには不機嫌そうですよね?
あれ? なんで目をそらすの?
「と、とにかくです! 今の状況を先生はきちんと把握できてますか!?」
どもりながらティアが問いかけてきた。なんか無理やり話をそらされたような気もするが。
「状況?」
「そうです。先生の預金額、今どれくらい残っているか分かっているんですか?」
「へ? ……十万くらい?」
馬鹿にすんなよ。そんくらいは分かるさ。
俺の答えを聞いて、花蕾にも似たティアの小さな唇から再び嘆息がもれる。
「それが分かっていて、どうしてそんなに平然としていられるんですか?」
「え? そりゃ確かに多いとは言えないが、悲観するほどでもないだろ? 一ヶ月分の生活費には十分だし」
「甘い! 甘いです! 大甘です! かき氷をシロップで溶かして練乳たっぷりかけた上に果実の糖蜜煮をしきつめるよりもさらに甘いです!」
近い! 近い! 顔が近いってば!
「先々月、生活費が足りない時に七万円借りてますよね。その返済期限が今月末だということ、まさか忘れてませんよね?」
「え……? そう、だっけ……?」
「やっぱり忘れてましたか。ここのお家賃が四万五千円。返済に七万円。足していくらです?」
「十一万五千円です……」
「先生の預金は?」
「多分……、十万円は切ってたと思う」
「足りないじゃないですか」
「あ、でも来週になったら先月分の入金があるだろ? それを足せば――」
「甘ぁーい!」
いや、だから顔近いって!
「その入金額、いくらだと思ってるんですか?」
「え? 確か先月は大きいの二本と小さいの一本だから……、七万円くらいかな?」
報酬額はうろ覚えだが、大きい方は一本三万円、小さい方は一本一万円だったと思う。
だから合わせるとそれくらいにはなるはず。
それを聞いたティアは目を閉じて両手を胸の前で組むと、さっきとはうって変わって穏やかな口調で話し始める。
「ここで先生に悲しいお知らせがあります」
「な、なんでしょ?」
「今先生がおっしゃった『大きいの二本』ですが……」
「ですが?」
銀髪少女は次の瞬間、目を大きく見開いた。『くわっ!』とか効果音が聞こえてきそうな程見事な開眼だ。
「それは先々月の仕事が、納期遅れで先月にずれ込んだだけじゃないですか!」
「え? どゆこと?」
「もともと先々月分の仕事ということです! 報酬は既に先月入金分に含まれてます!」
「へ? じゃあ……、今月の入金分は?」
「小さいの一本分だけでしょうね」
「ちょ……」
「まったく、どうして先生はそんなに無頓着なんですか? 先生よりも私の方がお財布の中身を正確に把握してるなんておかしいでしょう。私は先生のアシスタントであって、マネージャーではないんですよ?」
落ち着け俺。整理しよう。
『問一 レバルトくんは十万円もっています。しごとのほうしゅうで一万円をうけとりました。そしてかりたおかねの七万円をかえしました。さらにやちんで四万五千円をはらいました。レバルトくんのてもとにはいくらのおかねがのこるでしょうか?』
えーと……、答えは『しゃっきんがのこる』……ウソぉん。
「足りてねえ!」
「ようやく気がつきましたか」
これはまずい。
家賃だけでも赤字ってしゃれにならん。食費をひねり出す余地もねえ。
まあ、いざとなったらなんだかんだ言ってもティアが食材持ちこんでくれるから、今までと同じで何とかなりそうたけど……。
でもそれだとますますティアに頭が上がらなくなるよなあ。
「こうなったら、とりあえず窓ですぐにお金になりそうな仕事を探すしか――」
「だからどうしてそうやって目先の小銭へ飛びつくんですか? 今まで本業をきっちりやってさえいれば、こんな風に困ることはないでしょうに」
「しかしだな、ティア。今月末にお金が足りないのは事実だろう? いくら今月がんばって仕事しても入金は来月だから間に合わないんだ。だったら即金でもらえる窓の仕事をだな、ふたつみっつばかりやってだな」
「そして来月も同じ事を繰り返すわけですか?」
ティアの目は冷ややかだ。
「きちんと本業に専念してくださるのなら、今月分は私が立て替えておきます。だから日雇いの仕事でぶらぶらとするのはもうやめてください」
自分のアシスタント、しかも年下の少女に生活費立て替えてもらうとか……、我ながらそれはひどい。
「いや、それは……、さすがに格好悪い」
「格好いいとか悪いとかじゃありません。見栄を張ってもお腹はふくらみませんよ!」
相変わらず現実主義だな、この娘は。
所帯を持った子持ちの主婦ならともかく、未来ある若人がそんなパッサパサに乾いた考え方してるなんて悲しいねえ。
「なあなあ、ティア。別に現実的なのが悪いとは言わんが、お前くらいの女の子って普通はもうちょっとこう……。なんつーか、夢見がちというかとか希望に満ちあふれているというか……、ふわふわーっとしてるもんじゃね?」
「……」
ふとこぼした俺の言葉にティアは押し黙る。
「そうですね……。確かに普通はそうかもしれません」
とたんにティアの声が弱々しくなった。そう言って自らを嘲るように小さく笑うと、細い両手で自らの体をそっと抱きかかえる。
薄い水色の瞳は足もとに向けられていた。
ああ、いかん。何をやってるんだ俺は。
この流れはダメなパターンだってば。
「ま、まあ、普通じゃないって言うなら俺の方が上手だがな。『普通じゃ無い』で俺に勝つのは十年早いぞ。はっはっは!」
あわてながら冗談めかして繕う俺に向け、ティアは困ったような苦笑を浮かべると口を開いた。
「でも仕事は普通にこなして欲しいんですが」
あれー? 話が元に戻った?
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