EP89.ずっと姫は揉んでいたい

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 頬に柔らかい感触を覚え、今はそれに浸っている。


「………」


 むにっ…むにっ…むにっ…

 そんな音が鳴ってもおかしくない静かな空間。


 なんとなくだが、ずっとこうしててもいいような…そんな気がしている。


「…いつまで揉み続けるんだい?小夜」


 白河小夜しらかわさよの父親、正悟しょうごさんがジト目になりながらそう言った。

 ん?小夜は誰だ…だって?


 説明しよう!白河小夜は現に今、俺の頬を優しく揉み続けている金髪碧眼少女である。

 俺の頬を揉みながら、慈愛の優しい眼差しを向けてきて、とても愛らしい…そんな女である。


「…いつまでやるんでしょう?」

「なんで小夜も分かってないんだい?」


 正悟さん、気持ちはわかるぞ。

 小夜が分からなかったら誰でもわからんからな!もちろん、俺もわからん。


「…俺の頬を揉むのってそんなに楽しいのか?」

「…癖になりそうなほどには。何となくですが、ずっとこうしててもいいような気がしています」


 え、何。

 小夜、俺と全く同じこと思ってたの?すげーな。


「…蓮くんはいつやめて欲しい?」

「蓮さんは私と同じこと思ってますよね?」

「頬揉んでても心読んでくるってどういうことだよ」


 もう本気で怖くなってきたよ。


「…私も読めるようになるのかな」


 妹の瑠愛るあが興味深げに俺を見てくる。

 けどな?小夜や姉貴みたいに読んでこなくていいんだぞ?瑠愛?

 だって読まれる側からしたら本っ当に怖いぜ?別に嫌なのかって訊かれたら、否定しそうなのが悲しいところではあるがが。


「今度教えてあげますね」

「小夜?」

「嫌じゃないんでしょう?」


 もう諦めるわ!うん!


「正悟さん。心を読まれるってことは、蓮はもう絶対に浮気出来ませんね…」

「そうだねえ…逆に安心できるのかもね」

「なあ、本当に浮気ってどういうことだよ。俺は誰とも付き合ってないんだが?」


 偶然遭遇した黒神零くろかみれいと正悟さんがさっきから言ってる、[浮気]って言葉が本当によくわからん。

 俺って浮気しようにもできないぜ?体質的にもそうだし、そもそも付き合ってないし。


 そう思いながら尚も揉まれ続けている俺なのだが、視界に映った零の弟来斗らいとが信じられないような顔をしていた。


「え…これ付き合ってないの…?」

「本人たちが言ってるだけ。事実結婚はもうしてる」

「どういうことだよ!?」


 瑠愛もそんな目で見てきてんのかよ!

 あと事実結婚ってどこで覚えてきたんだよ!?今習ってんの地理だよな!?


「…蓮さん。いつまで揉んでていいでしょうか?」

「いや、俺に訊かれてもな…」


 一応お願いしてきたの小夜だからな…?

 てか、今思ったんだけどこれ絶対に外でやっちゃいけないやつだよな。

 …俺、影薄くて本当に良かったよ。


「…揉むかどうかはさておき、そろそろ移動しようか」

「「はい…」」


 正悟さんの呆れ気味な促しに、俺と小夜は頷くしか無かった。







「ペンギンって水陸でどっちも生きているから、幅広いテーマでデザイン出来そうなのよねえ…」

「だからなんで動物園まで来て謎の情報を手に入れているんですか?」


 小夜の母親である小朝こともさんにEP86と同じような疑問をぶつける。

 デザイナーだからって動物園に来たら動物を見て楽しもうよ!?って思わなくもない。


「まあたしかに、陸と水どちらとも生きていけるのは珍しいですよね。ペンギン、アザラシ、ラッコに…」

「結構いるくねえか?トドとか亀とかもそうだし、なんていうなら両生類って分類が居てだな」


 カエルやイモリ、ウーパールーパー…まあ、そもそも両生類の種類ってそんな思いつかんけどな。


「そっち系じゃないのよお。可愛くて表現しやすいのって少なくない?アザラシとかペンギンくらいしか主な例が無いわ〜」


 …ちょっとまって、俺達もデザインの悩みに引きずり込まれてんぞ?

 それと本当にデザインの仕事なのか?小朝さんがやってるのって。


「ペンギンさん…はやい…」

「早いよね。鳥類で飛べないっていうのを尻拭いするほどの技術だ」


 あっちを見てみろよ。

 瑠愛と来斗が健全な動物園の楽しみ方?をしてるいぞ!なんとなく兄の立場を奪われた気がするが!


「…蓮、なんか瑠愛ちゃんに来斗を奪われた気がしているんだが…なんでだろうな」

「零、気持ちはわかるぞ。てか、現に今俺もそう思ってたところだ」


 はっとなり、肩を組んで泣き合う俺と零。

 そんな俺らを、小夜は可愛らしく首を傾げて見ていた。


「…兄弟姉妹がいませんので、気持ちが分からないのですが…そんなに悲しいものなのでしょうか?」

「ごめんね小夜。兄弟が欲しかったのなら謝るよ」

「あら正悟さん。私たちの歳的にはまだ間に合うんじゃな〜い?」


 ストップだ!なんとなくR18指定されそうな内容に片足突っ込んでるじゃねえか!

 てか小夜の両親って若そうだよな…特に小朝さん、幾つなんだ?


「お父さんは42、お母さんは───」

「小夜〜?レディの年齢は隠すべきなのよ〜?」


 なんかすげえ殺気を小朝さんから感じる…

 てか正悟さん若えな、あんま覚えてないけど俺の父さんより10個くらい下じゃねえか?


「まあとりあえず、兄弟姉妹への感情は人による。俺たちみたいに大切に思うこともあれば、邪険に思うこともな」

「なるほど…興味深いですね」


 小夜の兄弟姉妹か…絶対美男美女にになりそうで怖いな。

 そう思っていたら、鐘の音が鳴った。


「ああ、もう閉園時間らしいね。帰ろうか」


 時間の流れはええな…たしかに昼の頭からきたから6時間もなかったけど、あっという間だった。


 そう思いながら、帰路を辿ったのだった。

 その時、何故か小夜に片頬をもまれながら。

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