EP88.同士と姫が揉みたいもの

『…この男の子は誰なんだい?』


 俺、江波戸蓮えばとれんは原因もわからぬ窮地に立たされていた。

 俺が多分一番仲のいい男である黒神零くろかみれいと、動物園で偶然出会ったので立ち話をしてたんだが…


 白河小夜しらかわさよの父親である正悟しょうごさんが、怖い笑顔で零を見ていた。


「…えっと、どういう意味ですか?」

「…この子、同士の匂いがするよ」

「は?」


 同士?え、なんの事だ?

 そう思って小夜に視線を飛ばしたんだが、小夜も困惑した顔で首を横に振るだけだった。


小朝こともさん、正悟さんのこの様子って?」


 娘の小夜でも分からないのなら配偶者である小朝さんに任せるしかない…

 そう思って今度は小朝さんに視線を飛ばしたんだが…


「わからないわね〜…あ〜でも、何となくわかる気がするわ〜」

「どっちなんですか!?」

「''蓮くんの背中を叩く人''って言えばわかるかしら〜?」


 背中を叩く…?どういうことだ…?


「ああなるほど…僕は黒神零と申します。あなたは…?」


 いや零意味わかんのかよ!?じゃあ教えてくれよ…


「黒神くんか、私は白河正悟だ。小夜の父親をやっている」

「おお、白河のお父様ですか…同士、ということは…二人の関係を貴方もということですよね?」

「そうだよ黒神くん。話が早くて助かるよ」


 ん?なんか二人の方から不穏な空気が流れてきたぞ…?主に俺と小夜には特に都合の悪い方だ。

 ちょっと零の弟来斗らいとに救助を依頼しよう。


「おい来斗──」

「わかりませんよ」

「ら──」

「兄ちゃんのこの状態は俺にもわかりません」


 最後まで言わせてくれよ!?

 何故か悟りを開いたような表情をしているけど、どういうことなんだよ!?


「蓮さん?でしたか。俺の勘が言っています。この状態の兄ちゃんはもう止まりませんよ」

「どういう意味でだよ!?」


「黒神くん、学校でのお二人はどうだい…?」

「そこそこ良い感じだと思われます…そういえば、この前ショッピングモールでデートしたらしいですよ…?」

「おお…!それは中々面白いね…」


 なあ零、なんとなく怖いからそれ正悟さんに言わなくても良かったくないか…?

 すごく聞こえてくるし、小夜も真っ赤な顔で俺を睨んでくるんだよ…いや俺無罪ノンギルティーだから!零が勝手に見つけてきただけだから!


「兄さん…やっぱり小夜さんと付き合ってるんだね」

「お前も聞こえてたのか瑠愛るあ!?まだ付き合ってねえよ!」


「あれで付き合ってないの凄いですよね…さっさとくっつけばいいのに…」

「もう私は公認済みさ…蓮くんがその気になれば──」

「あんたらそれそんな大きな声で言っちゃダメな内容だろ!?雰囲気もクソもねえじゃねえか!?」


 『その気になれば』ってなんだよ!?小夜が俺のこと嫌いだったらどうしてくれるんだよ!?


「別に嫌いじゃないですけど、蓮さんがその気になればどうなるんです?」


 一番読んじゃいけないダメなところ読まないでくれるか小夜…

 そんなキョトンとしながら訊ける内容じゃねえんだよ…


 あと来斗と瑠愛?君たち俺を放棄して勝手に仲良くならないでくれるか?

 瑠愛はまだ渡すつもりは無いぞ来斗!!


「蓮さん…相変わらず瑠愛さんラブですねえ」

「…心読まないでくれるか?」

「…浮気か?」

「ちょっと蓮くん、詳しく話を聞こうじゃないか」


 零、だから浮気ってなんだよ…絶対その表情おちょくってるだろ。

 正悟さん、怖いッスよ…ちゃんと血の繋がってる妹ですからね!?


「江波戸くんってば可愛いわね〜…」

「何が!?」

「皆から応援されてるのに、ツンツンしちゃってるところよ〜。本当に可愛いわあ…」


 ごめん小朝さん、どういうことだ!?


「お〜い来斗。そろそろ行くぞ〜」

「あっ、わかったよ兄ちゃん。じゃあ瑠愛ちゃん、またね」

「来斗くん、また」


 来斗…なんでそんな易々と下の名前で瑠愛の名前を呼んでやがる…


「同じ苗字の蓮さんがいるので、仕方ないと思いますよ?」

「今日何回心読んでくるの!?」

「瑠愛さんの事になると特にわかりやすいですよ、蓮さんの顔」


 そうなの…?俺は自分の頬を揉んだ。

 小夜がその状況をじぃ〜っと見てるのに気がついたが…もう遅かった。


「蓮さん、頬触らせてください」

「は?」

「触らせてください」


 すまん、聞き取れてなかったから固まったんじゃねえんだよ…

 頬…頬?頬を触ってどうすんだ?


「いや、別にいいけど…」

「…では、失礼します」


 そう言って両手を俺の頬に近づける小夜。

 触れたかと思うと、むにむにと優しく揉み始めた。

 …なんだろ、微かに痛いが気持ちよく…なんとも言えない幸福感に陥ってしまう。


「…これで本当に付き合ってないんですよね…」

「そうだねえ…スキンシップはもう当たり前って感じか」


 零まだ居たの!?あとどういうこと!?

 相当小声だったから耳は比較的いい方な俺は聞こえたが、小夜は聞こえなかったらしい。


 …でも、耳がいいのになんで時々つぶやく小夜の小声は聞こえないんだろ…本当に小さいのか?小夜の小声。


「あ、蓮。先に言っとくが何故か僕達も同行することになった」

「なんでだよ!?」

「黒神くんとは中々楽しい話がまだできそうだから…ね?」


 いやしないでくださいよ!?

 そんなことを思いながら、ツッコミ疲れた俺は小夜に無言で頬を揉まれ続けるのだった。

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