EP76.電車の中で姫を守る

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 これから白河小夜しらかわさよお嬢様と遊園地デートだ。


 今日行こうとしている遊園地は有名すぎず、過疎りすぎずの無難なところだ。

 理由は俺が人混みが少し苦手なのと、待ち時間が長すぎてもあれだから…って感じだ。

 別に泊まっていく訳でもないしな。


 小夜も目立つ見た目はしているものの人混みは苦手らしく、俺の要望に嫌な顔ひとつせずに頷いてくれた。

 それでも少し申し訳ない気持ちになりつつも、今日はエスコートをしっかりしようと思う。


 駅の改札を通ってホームに来ると、丁度いいタイミングで電車が来る。

 さっそく乗ったが、通勤や登校する人との時間が被っているからなのか混んでいた。


 水族館のお出かけの時(EP19)の事件を思い出し、俺が先に入って小夜をしばらく開かないドアの方に居させる。


「痴漢野郎とかいたら直ぐにいえよ…」

「…!?…覚えていてくれたんですね…わかりました。ありがとうございます」


 小夜が目を見開いて俯いた。

 少しだけ見えている耳は赤い…待て、俺なんかした?


 そう思っているとドアがしまった。

 俺は警戒して小夜の正面に経つと、直ぐに電車は動き出した。


「…こう近くに居ると、蓮さんの背って高いですよね…」

「まあ、確かに高い方ではあるかもな…」


 この前測った身体測定の時、身長は183cmと去年より3cm伸びていた。

 中学の時に25cmくらい身長が伸びて、これは目立てるのか…?と思っていたピュアな心だった当時の俺。

 結局目立たないしぶつかりやすくなったしで、身長なんてもうどうでも良くなっていた。


「少しドキドキします…」

「悪い。人が少なくなったら離れる…」

「あーいえ、大丈夫です!怖い訳では無いので?」


 じゃあどういう意味なんだ?

 俺は首を傾げるが、小夜はまた俯くだけだった。







 その後、しばらく電車に乗っていた俺と小夜だったんだが…俺の心臓がそろそろ悲鳴をあげていた。

 幸い痴漢は大丈夫なようだが…人が全然少なくならないし、というか逆に増えるしでどんどん俺と小夜の距離が近づいていった。


 最終的には、少ししゃがんだら顔が当たるくらい近くなってた…という訳だ。

 小夜の顔も赤いし、俺も顔が熱いから同じ状況になってると思う。


「…蓮さん…」

「…なんだ…」


 言葉を発する時の息を微かに感じ、俺は顔を逸らしてぶっきらぼうに答えてしまう。

 あーもう…外に出ても理性フル労働なのかよっ…


「あの…この体勢って…」

「我慢してくれ…さっき言った通り人が少なくなったら離れるから…」

「いえ…いいんですけど…」


 俺は今、別の意味で人混みが嫌いになりそうになっている…

 何を隠そう、今は俺が小夜を壁ドンしているような体勢になっているからだ…!


 さっきまで座席の鉄柱を支えに耐えようと思っていたんだが、人が多くなりすぎて下がらざる追えなくなり、こうなった。


 それも、小夜を囲むようにしている形だから小夜の逃げ道は無いし、俺も後ろの人混みから小夜を守ることしか出来ない。

 つまりこの状況を打開する方法は今やないってことだ…キツすぎるわ…


「なんだか…蓮さんにこういうのされるのって、やっぱりドキドキしますね…」

「それなら早く人混みが無くなるのを祈るんだなっぐっ…」

「だ、大丈夫ですか!?」


 電車が揺れて、背中に一気に重さがのしかかってくる。

 それによって腕が曲がり、小夜との距離も縮まっていく。


 何とか踏ん張っているから触れ合わない程度にはなっているものの、あと一押し来たら完全にくっついてしまう…

 頑張れ俺…早く終われこの状況…

 あと二駅これとか…きっついんだよ…


 次の駅に止まり、反対側のドアが開く。

 多少人は出ていったが、それ以上人が入りさらに混んできた。


 仕方ないよな…俺らが降りようとしてる次の駅が学校とか会社とか集まってる街がある駅だもんな…

 やべえ…こういう状況全く考えてなかったから…今更後悔してきた…


「蓮さん…大丈夫ですか…?」

「まだギリ…触れないように務めるから、安心してくれ…」

「…別に触れてくれてもいいのに…」

「は?」


 今なんか聞き間違えたか?

 『触れてくれてもいいのに』とか聞こえた気がするんだけど…


 頭が混乱している中、反対側の扉がしまったようで、さらなる重力が俺を襲ってくる。

 俺は腕を必死に固定し、足を踏ん張る。


 電車が動き出す、このままいけばミッションコンプリートだ…

 もう既に腕も足も悲鳴をあげていたが、俺は心に鞭をうった。


 しかし、少ししたら電車が大きく揺れ、かなりの人混みだったのでみんなが一気にバランスを崩した。

 その結果、俺にとてつもない重力が掛かり、腕のバランスを崩した。


「なっ!?」

「蓮さん!?」


 俺は腕のバランスが崩れたが、咄嗟に腕を更に曲げて小夜に重力が襲うのだけを防ぐ。

 しかし、腕を更に曲げた結果小夜とのあった小さな隙間も埋まり小夜と完全に体がくっついてしまった。


「ッ!?悪い!」

「いえ…大丈夫です…」


 顔を引いて小夜を確認すると、真っ赤になった小夜が上目遣いで俺を見ていた。

 俺はその顔に言葉を失ってしまった。


「蓮さん…」

「…すまん…さすがに持ち直せそうにない…」

「………はい」








「………」

「………」


 あの後無事目的駅について、電車を降りた俺たちだったが、とても気まずい空気になっていた。

 仕方ないとはいえ、体と体が体に密着していたのだ。


 これまでそのようなことは経験…EP6の時にあるにはあるのだが、意識してあんな長時間はさすがに…って感じだ。

 双方無言のまま、道路を歩いていると、段々と遊園地が見えてくる。


「…あっ!見えましたよ!遊園地!」

「…そうだな…いくか」


 小夜は遊園地を見てテンションを上げ、なんとか立ち直ったらしい。

 俺はそんな小夜を見て苦笑したのだった。

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