EP74.慌ただしい姫との朝
朝が来た。
何かにもたれて座りながら寝ていたらしい俺、
…………………
……どこだ?ここ…
常夜灯なので窓から光が入っていても薄暗く、甘い匂いがするこの部屋は、俺の部屋と形状は似ているが、雰囲気や風景は全く異なっていた。
所々に可愛らしい小物やぬいぐるみが飾られていて、いかにもThe 女の子の部屋って感じである。
俺は今どんな状況に陥っているのか分からなく、軽く混乱していると、後ろから音がした。
モゾモゾと衣擦れの音がして、「ん〜…」と甘い声が聞こえてくる。
少ししたら「すぅ……すぅ……」と寝息のような音が聞こえて、俺はさらに混乱した。
まて…俺って今本当にどんな状況なんだ…?
恐る恐る後ろを振り向き、音の正体を視界に入れる。
……その正体は、金色の絹を川のように広げ、仰向けになって無防備な寝顔を晒している……
「!?」
俺は飛び退いて小夜と距離をとった。
全て思い出したぞ…風邪になった小夜を看病していたが、小夜が寝るまで一緒に居るという約束をした結果…
疲労が溜まっていた俺も、この部屋で一緒に寝てしまっていた…らしい。
俺は頭を抱える。
ベッドの中で添い寝、という訳では無いが… 許可もなしに女の部屋で寝るか?普通…
おい誰か!誰か俺を捕まえてくれ!俺はここにいる!
そんな願いも叶わず、飛び退いた時に鳴った足音のせいか、布団がモゾモゾと動き出した。
「ん〜…」と言う声がして、布団の中にいた小夜が起き上がり、姿を現す…
不味い…どうする!?いや、どうするもこうするも無い!出るんだ!この部屋から脱出するんだ!
俺は急いで出口に向か…おうとした途端、慌てていたせいで気がついていなかった足の痺れが働き、盛大に転けてしまった。
<ドーン!>という音と共に地面が揺れ、同時に顎に痛みが走る。
「いってぇ…」
「……蓮さん…?」
「…!?」
まずい!小夜が起きた!
起きたっていっても寝起きだからかその目はとろんとしていて、焦点はあっていない。
すると小夜は足を床に出して、ゆっくりと立ち上がった。
そしてこっちに向かって歩いてきて、転んだ体勢のまま顎を摩っている俺の前でちょこんと座る。
そして俺に手を伸ばし、頭に乗せた。
「…大丈夫ですか…?」
「……」
声が甘く、とてもだらしない表情になっているためおそらく寝ぼけているのだろうが…無意識に俺を撫でるの、やめてくれないか?
地味に小夜からは撫でられるのは初で、その手つきは優しく気持ちがいい…ちょっとだけだらけてしまいそうだ。
「痛いの痛いの…とんでけ〜…」
「ッ!?」
小夜が微笑んで可愛らしいセリフを吐き、俺はそこでフリーズした。
え…え…は?え、は…?
「…はっ……えっ…と、蓮さん?何故ここに?」
「………」
暫く頭を撫でられ、やっと小夜の意識が覚醒したらしい。
首を傾げて笑顔でそう訊いてくる…怖くて可愛い…が、俺はもうすでにフリーズしていて返事をすることができない。
「蓮さん?」
「………」
小夜が俺の異変に気づき、キョトンとした顔になって顔の前で「おーい」と手を振ってくる、可愛い…
そして俺の両肩に手を置いて揺らす…その仕草も可愛い…
そう、俺の頭の中はもうすでに小夜の色に染まっている。
さすがにあのギャップはきついからな、うん。
「蓮さーん」
「………」
「えいっ」
「ぬおっ!?」
小夜が人差し指で俺の頬を小突いた。
俺が昔水族館に行った時に結構な回数やったものだが…小夜がやるとこんなにも可愛いんだな…と一瞬思ってしまったが、なんとか意識は覚醒した。
「………」
「…蓮さん?なぜここにいるんです?」
「…すまん。昨日、風邪だったお前が寝るまで一緒にいるように言ったから、そうしようとしたんだが…寝てしまって、さっき起きた」
怖い笑顔になっている小夜に、俺が正直に原因を答えると、急に小夜は顔を赤くした。
オロオロと慌て始め、その目は泳いでいる。
「おい?」
「えっあ…すみませんっ!昨日はお世話になったようで…余り記憶に残っていなくて…」
「いや風邪のこと覚えてないのかよ!?」
俺は悶えたい気持ちを必死に抑えて理性と戦ってたのに!?
すごく心配になっていたのに!?
…まあ、俺は経験がないが、そういう人も実際にいるらしいし気にしないでおこう。
「本当にすみません…ご迷惑おかけしました…」
「いや…いつも世話になっているし、これくらいさせてくれ。こっちこそ勝手に寝てすまん」
「いえいえそんな…」
「いやいやこっちこそ…」
迷惑をかけたと必死に謝ってくる小夜と、勝手に女の部屋で寝てしまって必死に謝る俺。
もうキリがないのでどっちも悪いという結論を出した。
「で、体の調子はどうだ?まだだるいか?」
「いえ、お陰様で元気もりもりです!ありがとうございました」
「それならよかったよ。じゃあ、俺は一回部屋に戻るわ」
「はい。わかりました」
今何時かはしらんけど、昨日風呂入ってないし朝飯もまだだしなあ…
そう思って時計を確認すると…
「…小夜」
「はい?」
「すまん、完全に遅刻。もう9時だ…」
「えっ!?」
これまで頑張っていた俺と小夜の皆勤賞物語は、今日を機に幕を閉じたのだった。
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