EP72.風邪で姫が甘々に

 数日後、明後日から約束の三連休が始まる平日の放課後の話だ。


 結局、白河小夜しらかわさよの言葉の意味を理解できなかった俺こと江波戸蓮えばとれんは、今日も小夜と夕食を共にしてのんびりと過していた。

 さすがにこの夢のような生活を初めてからもう二週間が経つので、そろそろ慣れて初めて来ている。


「…明後日には遊園地に行くことにはなってるが、まだ詳しくは決めてなかったよな?」

「そうですね…」


 EP69の時に約束してからもう一週間経つのに、まだ全然決めれていないんだよな…

 あの日はさすがに落ち着くことができなくて話せなかったし、その後もなんやかんやでその話がされることはなかった。


 理由としては、俺は持ち出そうとしたが悶えてしまい、小夜はそんな俺を気遣ったらしく、持ち出すことは無かった。

 しかし、そろそろ思い出しても耐えることが出来たかやっとの事で持ち出すことが出来た。


「それじゃあ決めるか。まずどこ行くかだよな〜…」

「どうしましょう…」

「………小夜?」

「はい……?」


 なんかさっきから小夜の声が小さくて儚げな気がするんだが…

 そう思って小夜を覗き込むと…ん?


「小夜、ちょっと失礼するぞ」

「はい…?…ふえっ…!?」


 断りを入れ、顔が赤い小夜の額に手を伸ばす。

 前髪を退かすため下からすくい上げるように触り、俺の額にも手を当てる。


「……熱いな。小夜、体温計はどこだ?」

「え…?え…っと…大丈夫ですけど…」


 どこが大丈夫なんだよ…!?

 さっきから小さくはあるが甘い声出しやがるし、目の焦点があってなくてとろんとしてやがるで、色々危ないんだよ!?

 あーもう!顔が熱くなってきた!


「…どこだ」

「え〜っとぉ…あそこです…あの小箱の中…」


 小夜がタンスの上に置いてある小箱を指さした。

 しかしその指をさす仕草も緩くて可愛いすぎるんだが…!?それも、こいつ無意識でやってるから余計にタチが悪い…


 煩悩退散煩悩退散…と頭の中で唱え続け、俺はタンスに向かい、小夜が指した小箱から体温計を取り出す。

 EP4の時に俺が使っていた額に向けてボタンを押すだけのスグレモノではなく、脇に挟んで測るものだった。


 え?これを小夜に?…いかんいかん、煩悩退散…


「…ほれ。さっさと測れ」

「はあい…」


 クッソ!喋り方まで甘くなりやがって…!?可愛いんだよ畜生!

 惚れた弱みというのをヒシヒシと感じてきて、煩悶するのをなんとか心の中だけで抑えている俺。


 そんな俺のことなんか気にしていないようで、小夜は襟を引っ張り……ひっ…ぱ…りぃ!?


「俺が見てるのに平気でやるなよ!?いや俺が見てるのが悪いんだけどな!?」

「ん〜…?」


 俺が慌てて顔を背けるが、小夜は甘い声を理由がわかってないように漏らすだけ…

 てか俺は俺で分かってたのになんで後ろ向かなかったんだよ…

 ああ…おつかれ、理性…過去最大の重労働をしてくれて悪いが、これからも頼むぞ…






 小夜の体温は【38.1】で、高温の中でもまだ低い方だった。

 風邪だろうか?…しかし、恐らく後にもっと上がってくるのだろう。


「ほら、支えてやるからベッド行くぞ…」

「はい…」


 全く…なんで風邪になった途端こうも甘い雰囲気になるのだろうか…

 昔の俺ならなんともないが、今の俺には大ダメージものである。


 俺は中腰になって、小夜の脇に頭を入れた。

 小夜が「ひゃっ!?」と悲鳴をあげたのは…気にしないでおく、すまん。


 甘い匂いがしたが頭を降り、小夜の片腕を掴んでゆっくりと歩き出す。

 この部屋も俺の部屋とおなじ1LDKなので、ある程度どれがどの部屋なのか分かっている。

 なので、迷いなく足を進めるんだが…肩にかかる体重が増した。


「…大丈夫か?だが、もう少しだからがんば──」

「すう……すう……zzz…」

「小夜?なあ?冗談だよな…!?」


 こいつ寝たな!?絶対に寝たな!?

 起こしたくても風邪だから起こせないこの状況が恨めしい…


 うーん…この体勢で運ぶなら足を引きずって少し痛いだろうしな…

 いやはやこんな状況で、俺はどうしたらいいんだろうかね…


 …いやな?一応一つだけ方法思いついてるし、俺なら多分実行自体は可能なんだけどな…?

 でもさすがにアレは、後々煩悶通り越して悶絶しそうなんだよなあ…


「…すう……高い…………抱っこ………zzz…」

「………」


 小夜が寝言を呟くが…その内容が今の状況で狙いすぎじゃないか?さすがにご都合主義過ぎないか、おい?

 えぇ…あれ、やる?このままベッドの外で寝かせると悪化するし…んー…







 数分考えた結果、俺はご都合主義な寝言に甘えることになった。

 ちなみに原因は、最終的に小夜の寝顔を見た瞬間理性が負けてエゴ自我を失い、イド欲望のまま動くことになってしまったからである。


 …本心はしたかったって、俺もそろそろ重症だろうな。


 というわけで、俺は小夜の脇から頭を抜いた。

 倒れそうになる小夜を優しく引っ張って、今度は倒れかかってきた背中を片手で支える。

 そして、もう片方の手を膝裏に忍ばせて小夜を持ち上げる。


 …そう、所謂[お姫様抱っこ]の形である。

 ちなみにずっと中腰からのこれだから、腰が悲鳴を上げてるのは内緒だ。


 俺は腰の痛みを奥歯を噛み締めて我慢し、おそらく寝室であろう部屋へ向かう。


 …そして問題発生、ドアをどう開くか…


 一つ、実は特技だった足上げであけるのは…

 小夜を持ち上げてるため途中で止まるし、バランスを崩しそうだし、よく考えたらドアノブを汚してしまうので却下。


 二つ、一旦離して普通に開けるのは…

 欲望と床の硬さ的に却下。


 というわけで三つ目。

 持ち上げながら、片腕を伸ばして開ける。


 …いや待って、負担エグイなこれ!?代わりに乗せた部分に血が集まって苦しいぞ…!?

 俺は顔を顰めるが、必殺奥の歯噛み締めで我慢する。


 なんとかドアを開くと、元々小夜から感じていた甘い匂いが一気に強くなった。

 頭がクラっとする…前までだったらなんてことないのに…


 しかし、予想通りそこは寝室でベットが置かれていた。

 俺はそのベッドに小夜を寝かせ、肩まで布団を掛けさせた。


 …ふう、とりあえずミッションコンプリートだな。

 さて、どうする…?もう夜も遅いしなあ…


 んー…そういえばあの時(EP2〜4)、こいつは付きっきりで俺を看病してくれたんだったよな…

 つきっきりで看病というのはかなりキツイはずだろう。

 もう半年以上前のことで貸し借りはないが…あの苦労を想像し、今になって気になってしまう。


 …ならば俺がする事はひとつだ、睡眠時間を犠牲に看病をしよう。

 勿論明日も学校だが、そんなのは知らん。

 今の俺は、小夜のためならなんだってやる覚悟だ。


 そういう訳なので、俺は看病をするために一回自分の部屋に戻るのだった…

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