EP54.姫が聞く過去の話ver.2

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 白河小夜しらかわさよの誕生日の翌日、あと2日ほどで新学期が始まるといった感じだ。


 今日も今日とて俺は、ベランダに出てコーヒーを啜っていた。

 すると隣の部屋から人影が現れた。


「こんばんは」


 小夜だ、俺は「よお」と適当に挨拶をする。

 実は昨日の表情が脳裏に残っていて、心臓が高鳴りかなりうるさい。


 しかし表情に出してしまうと最後、かなりの羞恥と屈辱に苛まれるはずだ。

 だから俺は平然を装っていた。


「昨日はありがとうございました」

「おう」


 横目に見ると、早速だが小夜は昨日俺が送ったネックレスとブレスレットをつけていた。

 なんとなくむず痒くなり、咄嗟に視線を外す。

 自分でもなんともわかりやすいものだ、話を逸らそう…


「小朝さんは帰ったのか?」

「ええ…お騒がせしてすみません」


 数十分しか話していないが、癖の強い人だったなあ…

 まあ嫌ではなかったんだが…かなりめんどくさくはあった。


「母親か…」


 無意識にそんな言葉を発していた。


「…そういえばですが、先日にご家庭の話をされていましたね」

「…そうだったな。重苦しい話に巻き込んですまんかった」


 EP45の事だが、あれはあまり他人に聞かれていいものでは無い。

 小夜もさぞかし困惑していたと思う。


「いえ、その…」

「…いいんだ。俺はもう立ち直っている」


 鼻からでかい息を出して、コーヒーを一口。

 思い出して少し涙が出そうになっているのは、小夜には絶対に言えない話だ。


「…嘘をつかないでください」

「ん?」

「そんなに暗い表情で立ち直れているとは、私にはとても思えません」


 少し怒気のこもった声に俺は目を丸くする。

 実際怒っているのか眉を寄せていた…しかし、雰囲気はどこか柔らかいものがある…が。


「…はあ、もういいんだよ。姉弟、兄妹仲には恵まれているしな」

「そう言って、涙を流しているでは無いですか」


 反射的に頬に触れる。

 確かに濡れていた、無意識に泣いていたらしいが…何故だ?


「…こういう話になると、いつも涙を流していますよね。正月の時も、カフェの帰りの時も」


 詳しくはEP28とEP35をチェックだ。


「…気づいてたのかよ。ったく…」


 情けない話だ…別のことでだが、羞恥と屈辱がやはり襲ってくる。

 少しずつ苛立ちも覚えてきた。


「で?それがどうしたってんだ」

「いえ、なにも…ただ、立ち直れていないのなら、話はいつでも聞きますよ?無理に話さなくても、私は構いませんけどね」

「ちっ、そうかよ。しかしな、俺は簡単に──」

「ただ…」


 小夜は俺の断りを無理やり遮りやがった。

 しかし、俺は何も言えなくなった。





「私はちゃんと、見つけてますからね。あなたと初めて話した時から、そして今もずっと」





 ……………

 カフェの帰りに言われた言葉に、もう一句付け足して小夜は再度言ってきた。


 俺は言葉を失う、多分呼吸も忘れていたと思う。

 俺は舌打ちをし、同時に諦めの感情も浮き上がっていた。


「はあ…言ったからには、ちゃんと最後まで聞けよ」

「ええ、もちろんです」


 俺は涙を拭い、深呼吸をしてから口を開く。

 正直もう思い出したくはない過去の話を、俺は話し始めた───







 俺は、生まれた頃から影が薄かった。

 見つけてくれたのは、姉貴と同い歳の従兄弟だけ・・だった。


 つまり、''両親に見つけて貰えなかった''んだ。

 物心ついて少しした時には、この体質と可愛げのない性格のおかげで、もう両親からの愛想は尽かされていた。


 だから、両親は俺の存在をほとんど意識しないようになっていた。

 義務のため養育費や学費は払っていてくれたものの、他には何もくれずにずっと無視され続けていた日々。


 そこで俺は、親に認めてもらおうと…ちゃんと見てもらおうと、様々な努力を続けた。


 勉強は頑張って学年トップに常に立っていたし、運動だって陸上部エースと同じくらいの速さには走れて、かつかなりの技を手に入れていた。

 料理や家事だってがんばった…掃除は母親が常にやってたから、出来なかったけどな。

 他にも色んな知識を身につけたし、色んなスキルを習得した。


 しかし両親は…それでも全く、見向きもしてくれなかった。

 そして中三のある夏、父親に遂にこんなことを言われた。




『遠い学校で特待生になって一人暮らしをしてこい。もしならなかったらどこか別の遠くの学校でも良い。しかし、そうなったら金の仕送りは一切しない』



 それを聞いた時、ぷつん…と、俺の中でなにかが切れた気がした。


 …その時から俺は、もう何もかもやる気力が失せていた。

 ただ、勉強だけは頑張った…死にたくはなかったからだ。


 それから、無事特待生になって今の学校に通い、生活している…







 ──回想終了。


「こんな所だ…つまらん話をしたな」


 本当につまらない話だ。

 世界の人々は俺よりずっと苦労しているのに、こんなので俺は今もうじうじと引きずっている。

 本当につまらない。


 コーヒーを啜って横目に小夜を見た。

 小夜は、その碧眼から大量の涙を流していた。


 泣いていた。


「おいちょっと待て。なんでお前が泣いている?」

「そういう蓮さんだって泣いてるじゃないですかっ…ううっ…」


 再び頬に触れると、さっきと同じように濡れていた。

 それも、さっきより液体の量は多い。


「…はあ、ほれ」


 サイドテーブルに置いていたタオルをとって、小夜に投げる。

 小夜は受け取り、涙を拭った。


「蓮さん。少しこちらに来てください」

「はあ?なんでだ?」

「いいから来てください」


 有無を言わせぬような声に、俺は「お、おう」と頷いてしまっていた。

 ちなみに、このマンションのベランダは部屋の境に柵がされているだけで、セキュリティは万全と言えないものだ。


 俺は渋々立ち上がり、小夜に近づく。

 警戒し、少し距離はとっていた。


「もっと近づいてください」

「なんでだ?」

「いいから」


 少し無理矢理感があるが、やはり有無を言わせないような感じだ。

 渋々、言う通りに近づいた。


 すると小夜は俺の首あたりに両手を差し伸べた。

 その手は俺の首を通り抜け、少し上がったと思うと後頭部あたりに触れた。


 すると突然、俺の頭は小夜に引き寄せられ、額は鎖骨あたりにあてられて…は?


「ちょっと待て!小夜!」

「いいから…」


 俺は慌てていたが、小夜はそんな俺を優しく撫でていた。


 直に俺は落ち着いたが、正直かなりの羞恥心に苛まされている。

 小夜の心臓の音が少しだけ聴こえてくるし、自分の心臓もうるさくても頭が上手く回らない。


「蓮さん、これまでよく頑張りましたね…」

「………」

「今は好きなだけ…泣いていいんですよ?」


 その提案に、前までの俺なら絶対に拒んでいたと思う。

 しかし、今の俺は違ったようだった。


 お言葉に甘えて、俺は額の位置を小夜の首あたりにあげて、静かに涙を流し続けた。

 小夜は恐らく優しい眼差しで、俺をずっと撫でてくれていた。

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