EP44.姫へお返し

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。


 ひな祭りから11日後、これだけで何の日かお察しだろう。

 今日この日、そこらに浮かれてる男共がうじゃうじゃ居るらしいが、そいつらと違って俺は別に浮かれてはいない。

 貰ったものを返す日、そんな普通の日だ。


 今日''偶然''料理したから、それを詰めたタッパーとお返しの品を持って、白河小夜しらかわさよの部屋に行く。

 インターホンを鳴らして、待っている間にホワイトチョコでも咀嚼する。

 んー、独特な味だな。


 そんな事を思ってたらドアが開く。

 インターホンを鳴らして約五秒、早いな。


「こんばんは」

「よお」


 無愛想に挨拶を交わし、まずタッパーを渡す。

 出来たてホヤホヤではないから、料理は少し冷めてしまっている。


「いつもありがとうございます」

「まあ、今日は''偶然''作る日だったのでな」

「ふふ、そうですね」


 そうだそうだ、事実なのだからその何故かムカつく笑顔を引っ込めろ。

 俺は小夜を睨むが、小夜は気付かないふりをして気にせず口を開く。


「そういえばですけど、来週から春休みですね」


 俺の睨みを無視して世間話の開始である、くそっ。

 それはそれとして春休みか…あ、そういえば続報があるんだったな。


「そうだな。で、来週の土曜辺りに姉貴が妹を連れてくるらしい」

「本当ですか?楽しみです。予定を空けておきますね」


 …それほど楽しみなものなのか?

 たしかに小夜は姉貴とは仲良くはなっていたとは思うが…


「お、おう…でも、姉貴はさておき妹は姉貴と性格がかなり違うぞ?」


 まあ、それでも姉妹仲は普通に良好だとは思うがな、不思議なこともあるもんだ。

 で、小夜は逆にその碧眼が輝いているんだが、なぜなんだ…?


「それは興味深いですね…具体的にはどんな性格なんですか?」

「どんな性格か…えっと…あいつ姉貴にばっかりで俺とは大して仲良くなかったしな…」


 …まあ、俺が影が薄いだけなんだがな。

 今のところ俺を普通に見つける人物は、小夜と姉貴と同い歳の従兄弟の三人だけである。

 よくよく考えると、唯一の男の従兄弟あいつすげえな。


「…強いて言うとするならば、姉貴よりは俺の方が妹と性格は似ている」


 一応説明しておくと、姉貴の性格は人懐っこく天真爛漫、俺の性格はそっけなくて騒ぐのは好きじゃないって感じだ。


「蓮さんと性格が似ているのですか?」

「本当にどっちかというとな、あんま似てはいない。妹はいつも冷静な性格で物静か、感情が表に出にくい。が、心は優しくて人助けとかは放っておけないタイプだ。そのギャップが可愛くt──ごふぉっごふぉ…いや、なんでもない」


 危ない危ない。

 思わず妹限定のシスコンを発揮するところだった…


 姉貴は俺にも妹にも距離感がおかしいが、俺は妹に対してしかシスコンはしていない。

 …すまん、大して仲良くないのにあれだよな…聞かなかったことにしてくれ。


「仲良くなかったのにやけに詳しいのはさておいて…蓮さんに限りなく似ていません?」

「はあ?」


 あんなかわ…優しい妹がこんな俺と似てるだと?

 んなわけないと思うんだがなあ…


「少し素っ気ないところはありますが、比較的落ち着いていて、半年前に私に傘を押し付ける時とか…こうして料理をおすそ分けしてもらっているとことか…そういう優しい面があります」

「…目に悪いだけで、別に妹のように献身的にはやってないから別だ」

「…そうですか」


 …なんか小夜が頬を膨らませてやがるけど…急にどうしたんだ?

 俺が首を傾げると、そっぽを向く…まあ無視でいいか。


「まあそんな感じだ。言い忘れてたが今小六だな」

「ってことは次に中学生ですか?」

「ああ…まあな」


 …もう中一か…ああいや、なんでもない。

 …ん?ちょっとまて…妹の話で何かを忘れているような…


「………」

「どうかしましたか?」

「いや…何か忘れてるような…」


 お返しの品を持ってない方の手で顎に手を…あっ…


「思い出したわ。ほいこれ」

「はい?…これは?」


 完全に忘れていたお返しの品を小夜に差し出す。

 中身は開けてからのお楽しみだ…ちなみに大きさは結構デカめ、そこそこ重いのに忘れてるとはな…


「ホワイトデーのお返しに決まってんだろ?一応バテレ…2の月14の日にチョコもらったんだからよ」

「…?えっ…いや、いいですよ?あの時もらいましたし…」


 ヤレヤレ、困ったもんだよ。

 俺はわざとらしく両手をあげて首を振る。


「あの時はお返しの品じゃねえ。周りの雰囲気に乗っただけだ。受け取れ。なんなら捨ててもらっても構わん」

「え、あ、はい…開けてもいいです?」

「どうぞご自由に」


 小夜は頷き、お返しの品の入った紙袋の中を覗いた。

 小夜は目を丸くし、そしてテンションが上がったようで同時に目が輝き、それを取り出す。


「うさちゃん!」


 いや子供かよ。

 と一瞬思ったが、まあ女なら仕方ないのだろうな、魔王様がそう言ってた。


 いやはや…喜んでいただけているのなら恐縮でございますお姫様…

 そんなくだらん思考を断ち切ると、小夜がおずおずも俺と視線を合わしてきた…恥ずかしかったのか?はっ。


「…あの、ありがとうございます」

「おう。あと、そのメガネ伊達で取り外し可能だから」


 正直、紙袋に入れるのめっちゃ気が引けたけど仕方ない。

 選んだ理由は口が裂けても小夜には言えんが、単純にチャットアプリの最初の会話、うさぎのスタンプを送ってきたからである。

 EP14をチェックしてくれ。


 小夜は「おお…」と感激の声を漏らし、わりと買うのが恥ずかしかったうさぎの人形に装着されてるメガネを取り外す。

 そして小夜はメガネをかけた。


「どうですか?」

「ふむ。悪くないな」


 姫らしく凛としてる雰囲気がある小夜のイメージがより強調されているな、というのが見て思った印象だ。

 まあ別に言うことでもないが…


 そして、咄嗟の思いつきで俺は念の為胸ポケットに入れている自分のメガネをかけた。


「おお、お揃いですね」

「ふん。まあ、本来俺も視力は悪い方だからな」

「なぜ外してるんです?」

「前髪がメガネで曲がって目にくい込んでくるから」


 それでも、正直コンタクトを初めてつけた時の恐怖はやばかったなあ…

 まあ、そんなことはどうでもいい。


「喜んでくれたようで何よりだ」

「ええ、ありがとうございます」

「んじゃ」


 そう言って俺は部屋に戻って、自室へと入った。

 …今気づいたんだけど、俺地味に小夜に贈り物するの初じゃ…いや、贈り物じゃない、返し物だ返し物…


 まあ、少なくともあと半月で贈り物はするんだけどな。

 俺はベッドの横に置いてある紙袋を見て、そう思ったのだった。

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