EP41.姫と友達

「……ふう」


 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。


 成行きで白河小夜と帰宅を共にした後、俺は参考書片手にコーヒーを啜っていた。

 ……周囲の音しか聞こえなかった帰り道を思い出すと、何故だか俯いてしまう。


「はあ……」


 あいつから貰ったマフラーの中でため息を吐きつつ、俺は頭を振る。

 ここ最近、自分の心境に何が起きているのか全く分からない。


 そんなことを考えると、隣の部屋からガラスで出来たスライドドアを開く音が響く。

 ちらりと視線を向けると、この寒い中小夜が夜風を当たりにきたようだった。


 そんな小夜は、少し罰が悪そうな顔をしてこちらに視線を向けてきた。

 当然俺と目が合うわけで、何か予想外だったのか小夜はパチクリと目を瞬かせる。


「……蓮さん?」

「よお」


 そのまま確認するように名前を呼んできて、俺は一応反応してやる。

 すると小夜は、安堵したかのようにほっ、と息を小さく吐いた。


「少し気分が悪かったようですが、その様子だと問題は無いみたいですね」

「別に気分が悪かったわけじゃねえよ」


 小夜の言うことに心当たりがあった俺は、目を逸らしながらぶっきらぼうに返す。

 やはり自分の心境の変化に混乱中だし、その原因が小夜その人だったりするし。


 そんな小夜の表情はよく見えないが、心做しか暖かいような気がする。


「そうですか。あまり怒らない蓮さんが怒っていたので、少し心配でした」

「……普段、結構怒ってないか?」


 小夜は続けてそう言ってくるが、その言葉には少しばかり違和感を感じた。

 せっかちで舌打ちが多く、口調の悪いこの俺が『あまり怒らない』わけがないと思うが。


 しかし小夜は、首をふるふると横に振った。


「少なくとも私は、あんな風に心から怒ってる蓮さんのことは初めて見ましたよ」


 『心から』、ねえ……

 イマイチ自覚がないが、小夜からしたらそういう物なのだろうか。


「それで先程は私は助かりましたし。本当にありがとうございました」

「ああ……お前も災難だったな」


 続けざま先程のことについて感謝してきた。

 ただ、あれは完全に小夜が被害者だったので労っておく。


「お気遣いありがとうございます。……前にも似たようなこと、ありましたね」

「……ああ、あの時な」


 EP4の、逆恨みで小夜が虐められた時のこと。

 言葉として直接聞いてはないが、小夜の現状は普段の立場とあれで物語っている。


 男からは下心満載でちやほやされ、女からは男子を全て盗るというふざけた解釈の逆恨み。

 人と交流の全くない俺とは真反対な状況ではあるが、不憫なことは間違いない。


「……なあ、昼間の時の話だけどさ」

「はい、なんでしょう?」


 五時間目の休み時間の時のこと。

 結局、あの意味深な言葉の事について……聞けてはいなかった。


「俺以外にさ、友達って呼べるやつ……いないのか?」


 聞にくいことなので、少し躊躇いながらもなんとか言葉にすることが出来た。

 それを聞いた小夜は一瞬目を見開くが……やがて、静かに微笑んだ。


「……いない、ですね。今のところ」

「……れいとかは?」


 その壊れそうで、儚げな笑みを見て、俺は「魔王」様の名前を口に出した。

 黒神くろかみ零……俺にとっては高校生活初の男友達で、小夜とは同中と言っていたはずだ。


 しかし小夜は、その表情を崩さなかった。


「黒神さんは、私に対してライバル心しかぶつけて来ない印象なんです。今のところ、あまり友達とは言い難いと思いますね……」

「……なるほどな」


 零がどう思っているかは兎も角、小夜にとってそう思うのは仕方の無いことかもしれない。

 とそんなタイミングで、ポケットに入れていたスマホに通知音がなった。


:Zero(零):

【呼んだか?】


 俺はスマホをサイドテーブルに置いた。


「メッセージですか?」

「ん?ああ。姉貴からふざけたスタンプを送られてきたんだ」


 アイツのせいで何を話してたのかわからなくなってきたな……


「……まあ、そうか。零は、違うか……」


 ただ、零くらいしか他に心当たりがなかった俺は、早々に何も言えなくなった。


 それもそうだ。

 俺だって、今の学校に小夜以外で友達と自信を持って言えたのは、零くらいなのだから。


 小夜のことを気遣ってる俺も、全然友達はいないじゃねえか……

 そう、一人で自己嫌悪に陥ってしまった。


「ええ。……ですから、蓮さん」


 だが、そんな俺に小夜は微笑んだ。


 それは先程みたいな壊れそうでもなく、そして儚げな薄いものではない。

 日が経つに連れ、日常内で時々見せてくる、慈愛で包まれた、とても暖かいもの。


 俺はその笑みに……少し、見惚れていた。


「これからも、私とたくさん交流してくださいませんか?」








 ──あれから十日ほど経過して、一年生最後の定期テストが終えての昼休み。

 月的にはもう春近いと言うのにまだ寒く、俺は腕を擦りながら順位表の元へ向かう。


 その表情は、疲労が入っており、そしてなぜだか晴れ晴れともしていた。

 まあ、あの時にしたことだもんな。


 そう考えながら、張り出されているはずの中央スペースに俺は訪れたのだが少し騒がしい。

 いつものように小夜の賞賛の声かと思ったが、少し違うようだ。


 どうしたのか、と俺は首を傾げながら、ドデカく張り出された順位表に目を向ける。


【一位:江波戸 蓮 896】

【二位:白河 小夜 895】


「………!?」


 それを見た瞬間、俺は目を思いっきり見開いてあんぐりと口を開けた。

 その姿は、さぞ間抜けなことだろう。


 しかし……


「マジ!?俺が一位!?」


 最後の最後に、いつもと違う順位表を見て自分でも信じられなくなってしまう俺。

 なんやかんやで、あいつの実力をしっかりと認めていたというわけだ。


「江波戸蓮……誰だ!?」

「あの姫様を超えるとは……誰なんだ?」

「江波戸蓮……どこの馬の骨とも分からんやつが、なんの許可を持って姫様を超えたのだ?身の程を弁えよ、はなはだ図々しい……!」


 だが、認識されてない事は癪に障るが周りの反応を見るに幻覚ではないらしい。

 なんか最後のやつは某鬼殺し漫画のラスボスみたいなセリフを言っているが……


「よっしゃ!」


 だが、現実ならば俺はそれを受け止める。

 ガッツポーズをして、長年引き分けていたあいつを負かせられ満足気な笑みを浮かべる。


 ちなみに余談だが、魔王様は889点でいつもの如く三位だ。

 そんな魔王様も、もちろん認識されて賞賛はされていた。


 悲しくなってきたよ、俺……


 一人そんなことを思っていると、視界の端に金色の絹らしきものが映った。

 気付かぬうちに、小夜が順位表を確認するため俺の隣に立ったようだ。


「……え!?」

「ついに超えてやったぞ、おい」


 二位という順位を目を見開いた小夜に、俺はウザさ全開で煽ってやった。

 そんな俺に、小夜は悔しそうな顔で眉を寄せながらも、微笑んできた。


「負けてしまいました。お見事です」

「ああ……一点差だけどな」

「でも、負けは負け、勝ちは勝ち、ですよ」


 小夜は潔く負けを認め、賞賛してくる。

 だが、その瞳は闘志に燃えているのは目に見えて明らかであった。


「次も勝つ」

「いえ、負けませんよ」


 いつもより比較的近い距離感の中で、誰も気づかない中、俺と小夜は笑いあった。

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