EP40.姫との変化

「来週は学年末テストですね。範囲が広いですが、江波戸さんは自身がありますか?」

「──え?お、おう……」


「これ、読み終わりましたのでお返しします。テスト後、また貸してくださいね」

「──え?あ、ああ……」


「江波戸さん」

「……ん?」

「ふふ、呼んでみただけです」


 ……俺だ、江波戸蓮だ。


 いや、一体どういうことだろうか。

 なんだか、昨夜か今朝を気に、白河小夜の接触が著しく増えた気がする……


 いや、EP15の約束事である呼び方は守られているものの、どうにも危険な匂いだ。

 だが、何故かそう拒もうとしない自分もいて最早よく分からない。


「……なあ、白河」


 しかし、このままでは俺の望まない結果になるというのは今に明白だ。

 今日最後の休み時間である五限目後、俺は教材を机上に出しながら小夜に声を掛けた。


「江波戸さんから声を掛けて頂くなんて珍しいですね。なんでしょう?」

「……わざとか?今日、やけにお前からの接触回数が多いと思っていたんだが」


 ちらりと視線を向けて見えた表情が癪に障る笑みで、俺は声を低くしながら目を細める。

 しかし小夜はあっけらかんとした表情で、なんのことかと首を傾げた。


「はて、どういう意味でしょうか?私はいつも通りだと思っていたのですけど……」

「……ほざけ。学校で話しかけてくることなんて滅多になかっただろ、お前」


 誰から見ても自覚しているその意味深な表情、誤魔化せると思った方が馬鹿である。

 しかし小夜は、そんな俺の言葉に「ふふっ」と上品に笑い返してきた。


「そう思うなら、数少ないお友達と話したかっただけなのかもしれません」

「……あっそう」


 小夜の学校内での立場とEP4の事を思い出し、俺は何を言えばいいかわからなくなった。

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、小夜はどこか柔らかい笑みを浮かべる。


「……大丈夫ですよ、私は」


<キーン コーン カーン コーン>


 それと同時に鐘が鳴ってしまい、その言葉に対しての返答を言うことは叶わなかった。




「………」


 今日の授業が終わったが、あまりスッキリとしない表情で俺は廊下を歩いていた。

 小夜は用事があるようで、颯爽と教室を去っていったので何も言えなかったのだ。


 ……なんだか気が狂ってしまう。

 気づいた時には、何故か頭の中にあいつの事が思い浮かんでいた。


「……ああもう!」


 やめだやめだ!

 俺は頭をぶんぶんと振って、一旦小夜のことを忘れることにした。


 とりあえず、帰る前に水やりをやろう。

 やはり毎日の日課だし、丁度あいつの事だって意識から反らせるかもしれない。


 そんなこんなで、俺は靴を履き替えてから朝と同じように中庭へと来ていた。


「───」

「ん?」


 しかしその中庭には先客が居るようで、一人の人影が見えた。


 気になって覗き込むと、そこには一人の男子が姿勢を正して立っていた。

 その奥には、更にもう一人……男子より小柄な人物も立っているようだ。


 ……場所、その状況から察するに、どうやら告白イベントらしい。

 ラノベみたいに屋上が解放されている訳では無いうちの学校だと、一番人気のない中庭が絶好の告白スポットだったりするしな。


 青春してんなあ、と思いつつ、変に動いて邪魔するのも悪いし俺は物陰で待つことにした。


「好きです!付き合ってください!」


 勢いよく告げられた好意の言葉が、湿り気の強い静かな場所に響く。


 影に隠れているので見えはしないが、とても爽やかで聞き心地の良い声だ。

 さぞイケメンな男が、乙女な女に格好よく告白しているのだろう。


 さてさて、年頃のピュアな女の子の答えは?


「……申し訳ありません。あなたの事を良く知り得ておりませんのでお断りさせて頂きます」


 おー、ズバッ、と行っちゃったな。

 ……というか、いやに聞き覚えのある声な気がするのは気の所為か?


「……そう。じゃあさ、これから友達として知って貰うってのはどう?」


 そんなことを考えていると、よっぽど好きなのかその男は一つ提案している。

 少ししつこいかもしれないが、まあまだ無難な差し込みではあるな。


「……すみません」


 だが、女の方にはそれもダメらしい。

 ……やっぱ聞き覚えのある声だな、これ。


「……どうしてか、聞いていいかな?」


 しかし男は諦めきれないようだ。

 恋ってのをしたことが無いから俺には分からないが……やめといた方がいいと思うぜ。


「……碌に交流もせず、それも下心丸出しに私の体を見ながら告白してくるから……ですね」


 いや、仕方ないかもしれんが容赦ねえな。

 というか、確認はまだしないけどやっぱり聞き覚えあるなこの声!


 ま、まあ……好きと言うには、ちゃんと誠実に行かないと気持ち悪がられるだけだしな。

 いや恋愛経験も、これからも経験しないであろう日陰者が何言ってるんだって話だが。


「……ここ、誰もいないよね?」

「きゃっ……!?」


 ん?


 なにやら怪しい空気になり、それを感じ取った俺は咄嗟に物陰から顔を出した。

 そして、男が女の手首を掴んでいるという状況を見た瞬間……俺は飛び出した。


<パシィン!>


「なっ……」


 気づけば俺は彼らの横に立っていて、女の手首を掴む男の手を強く叩いた。

 男は突如発生した痛みに狼狽え、混乱という感情を顔に表している。


「おい!なにをしているんだ!」

「……!?」


 俺はキッと男を睨みつけ、女を守るように立ちはだかった。

 男は突然現れた俺の姿を見て混乱をしているが……やがて落ち着いて、眉を下げた。


「……ごめん。少し冷静さが欠けていたみたいだ……白河さんもごめん」

「いえ、何も被害は出ていないので」


 自分の過ちに気づいた男は、申し訳なさそうな顔をしながらこの場を去っていった。


 その姿が見えなくなるまで俺は背中を睨んでいたが……見えなくなると、ため息を吐く。

 自分でも今の行動理由とその原理が分からず、少しばかり混乱しながら。


「……はあ」

「ありがとうございます。助かりました」


 ……聞き覚えのある女の声というのは小夜だったようで、俺に微笑み掛けていた。

 俺はぶっきらぼうに返事をして、とりあえず目的である水やりを始める。


 その間ずっと、小夜は俺の背中を見て来ているようだった。

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