EP38.姫は朝早く目覚める

 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 なんだか今日はよく眠れなくて、起きるのもだいぶ早朝になってしまった。


 眠気眼を擦りながらスマホで時間を確認すると、今はまだ午前の五時半。

 いつもならば二度寝をするのだが、昨日のあれを思い出して眠気が吹っ飛んでしまう。

 起きた後に寝る前の記憶が少し飛んでしまう癖がある俺だが、今回はそうもいかなかった。


「……ん?」


 とそこで、こんな早朝にも関わらず一通のメッセージが来ていることに気がつく。

 来た時刻は……まだ夜の内で、思い出せば俺が寝た直後だ。

 そういえば昨日、なんだか気持ちが落ち着かなくて早くとこに着いたんだった。


 チョコの力の凄さを実感しつつ、送信先を確認すると来ていたのは黒神零くろかみれい

 昨日はあの状況の元で話さなかったのだが、最近はとても仲良くしてくれている。


:Zero:

【そういえばだが、放課後いつの間にか机に置かれていたビニール袋。あれは蓮か?】


 ……ああ、そういえばそうだったな。

 あの遠い目を見て同情しながら置いた収納用だが、あの後無事に帰れたのだろうか。


 そんなことを考えつつ、俺はこんな早朝からメッセージを打ち込んでやる。

 まあメッセージの場合通知は一瞬だし、マナーモードならさして迷惑でもないだろう。


:草連:

【なんか見てたら惨めだったから、お供えに置いておいた】


「……よし」


 メッセージもそこそこに、起き上がろうと俺はベッドから抜け出した。

 まだ寒い空気がバリバリに残っているこの時期は出るのが厳しいはずだが、今日の場合はすんなりと抜けられた。


<ピコンッ>


「ん?」


 と思えば、スウェットのポケットに入れたスマホに通知が届いた。

 少し不審に思いながら確認すれば、それはメッセージで送り主はまさかの零。


:Zero:

【おはよう。流石にチョコが多すぎたから、凄く助かった。ありがとう】


 ……いつから起きてんだ?こいつ。

 まあ、別に俺が言えたことでもないが。


 制服に着替えるためクローゼットに向かいながら、俺は返信を打ち込む。


:草連:

【おはよう。昔結構重宝したビニール袋、今でも持っといてよかったよ】


 今はそこまで使う機会はないが、久しぶりに出てきてあのビニール袋も嬉しいことだろう。

 そもそも、ビニール袋に感情があるのかは生物学的にありえないのだが。


:Zero:

【ああ。じゃあまた、学校で】


 もう話題は終わりとばかりにそう返信がきたので、【ああ】とだけ返して俺はスマホをベッドに投げたのだった。






 時はすぎ、時刻は6時半になった。

 何杯目かのコーヒーを飲み終えた俺は、カップをシンクで水に浸し、リビングを出る。


 別に家ですることもないため、いつもより一時間は早いが登校しようと思っている。

 少しだけ凝ったままだった肩を回し、俺は荷物を持ってドアを開ける。


 するとその瞬間、隣室のドアが開いた音がその隣室から響いてきた。

 少し驚いてそちらを見れば、同じくこちらを見てきている一人の姫の姿。


「蓮さん、おはようございます」


 白河小夜しらかわさよだ。

 小夜は俺の早い外出に少し驚いている様子ではあるものの、微笑んで挨拶をしてくる。


「……はよ」


 昨日タッパーを返された時から目を合わせずらくて、目を逸らしながら俺は挨拶を返す。

 コーヒーを飲んだ直後だというのに、チョコの甘みが口内を再び満たしていく。


「今日は朝、早いのですね」


 そんな俺のことなどお構い無しに、小夜はドアを施錠しながらそう尋ねてきた。

 理由が理由なだけに、「ああ」と答えはするものの少し声が上擦ってしまう。


「……そういうお前も、早いんだな。いつも俺より登校が早いみたいだが、毎日これくらいなのか?」


 それを誤魔化すように、俺は自室のドアを施錠しながらそう返してやる。

 よく良く考えれば、こんな早く出たというのに鉢合わせするとか不運すぎないか?


「ええ、毎日このくらいです。早く起きてしまいますし、朝は教室を綺麗にしたくて」


 結構予想外の答えが小夜から帰ってきて、俺は目を見開きながら小夜を見る。

 驚愕で紛れているからか、この変な気持ちは少しばかり弱くなった。


「毎朝早く学校に行って、教室の掃除とかを一人でしているのか?」


 気になったことをそのまま尋ねてみる。

 俺も学校での毎朝の週間はあるが、教室の掃除は一人だと面倒だろう。


 そう思っていると、小夜はなんもなさそうに頷いてくる。


「そうですね。でも、結構掃除は楽しいものですし、苦ではないですよ」


 EP7の時はあまり予想は出来なかったが、こいつって結構掃除好きだったのか……

 そんな驚いた俺を他所に、小夜は人差し指を立てて微笑んでくる。


「それはそうと蓮さん。折角の縁ですし、今日は一緒に登校してみませんか?」

「……は?」


 突然の小夜からの衝撃的な提案に、俺は素っ頓狂な声をあげる。

 同時に先程の変な気持ちもぶり返してきて、なぜだか顔が熱くなってきた。


 ただ、相手が[学園の「姫」]という異名がある以上はそういうのに触れるのはタブー。

 タブー、と言っても俺の場合面倒なだけだが、それでも理由としては十分だ。


「誰かに見られたらどうするんだよ」

「校門が開くと同時に来る人なんていませんよ。ウチは朝練だって活発では無いですし」


 反論すれば直後に正論を言われて、俺はたじろいでしまう。

 出会った頃と比べてあからさまに自分がおかしい事に気がつつあった。


「ダメですか?」


 そんなことを考えていたら、小夜がこてん、と首を傾げて尋ねてくる。

 時々見るような仕草なのに、この状況下での俺には結構なダメージが入ってきた。


「……わかったよ」


 いつもと違う自分に少し驚きの気持ちを抱きつつ、俺は渋々頷いたのだった。

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