EP37.姫とのバレンタイン
俺だ、
あれからしばらくして、時は2月中旬。
世間では今日は「バテレンタイン」と呼ばれるイベントがあるらしかった。
……ん?いやいや、バレンタインじゃなくて「バ''テ''レンタイン」だって。
学校中に漂う色々とあま〜い空気の影響でバテないよう、頑張る日なんだからさ。
まあ悲しいヤツの冗談はそれくらいにしておいて、バレンタイン……ねえ。
「………」
女同士でチョコを渡しあったり、小さな紙袋だけ持って緊張している様子の女子生徒。
何やら包みを持って男生徒を呼ぶ女生徒に、緊張しながら着いていくその男生徒。
一つでも貰えないか、とできるだけ教室に滞在し、落ち着きなく友達と会話する男共。
俺はいつもと違う周りの会話やら雰囲気やらを見聞きしながら、ふと考える。
果たしてあいつも、こういうイベントに興味があったりするのだろうか。
チョコレート……というものを、渡したりしているのだろうか。
それを……俺に──
「……はあ」
俺はゆるゆと頭を振って、ため息を吐きながら今の考えを振り払う。
……もう放課後だし、俺はもう帰るか。
男共は知らんが、影の薄い俺はチョコを貰えるわけがないからな。
というわけで、俺は既にまとめられていた荷物を持って立ち上がった。
「……ん?」
少しだけ気分がだるいと感じながら廊下を出ると、隣の教室が騒がしいのを感じた。
見れば、行列?渋滞?になるほどに女共が教室前で集まっていた。
「……ああ」
隣の教室にいるであろう人物を察して、俺は呆れの目を女共に向ける。
男共が姫様に惚れるのも同じように、女共もイケメンに惚れるもんなんだな。
そう思いながら、俺は様子を見ようと体質を活かして無理矢理教室に入った。
「ぶふっ」
入った瞬間、余りにも衝撃的?というか面白い光景に思わず吹いた。
やっぱり女共はイケメンに惚れるもんなんだなあ……
「黒神くん、チョコ受け取ってください!」
「あ、私のもよろしくお願いします!」
「あんたたち、待ちなさい!黒神くんへチョコを渡すのは私よ!」
この教室には有名なイケメンが二人いるんだが、その片方の周囲でがやがやとそんな女共の声が聞こえてくる。
その騒ぎ?というか黄色い声の中心は、[学園の「魔王」]こと
零は、次々に机の上や手に乗せられていくチョコの数々に苦笑していた。
よくよく見れば、灰青の目は淀んで遠くを見つめているような気がする。
なんだか、その表情を見るとちょっと哀れに見えてきたな……
少しばかり同情した俺は両手を合わせ、目を瞑って合唱をする。
別に墓参りとかではないのだが、最後にビニール袋だけを添えて俺はその場を去った。
なんだか女共が出入口の道を開けているから、そこを遠慮なく通らせてもらう。
「………」
と思えば、俺の教室寄りではあるが今度は男共の騒ぎも激しいな。
まあどちらかといえば、小声でのこそこそ話が多すぎて騒がしいって感じだが。
なんだか嫉妬と嫌悪の雰囲気を感じて顔を引き攣らせていると、その中心にいる人物に気づく。
そいつは女共の行列の後ろに一人たち、出てきた俺に微笑んできた。
……
その微笑みを見ると、なぜだか心の中がもやもやするような気がした。
「……零とかにチョコでも送るのか?」
その気持ちを気の所為だと自己解決し、俺は小夜にそう尋ねる。
心做しか、自分でも声が低くなっているような気がした。
恐らく、女共が道を開けていたり、この男共の騒ぎをしたりするのは、小夜がチョコを渡すかもしれないからだろう。
証拠は一つもないが、あの小夜もイケメンと付き合っているという噂が少しはあるからな。
時々話す内に可能性としてはほとんどないのはわかるが、なぜ俺はそんなことを聞いているのだろうか。
再び心の中がもやもやとしつつ、何故か眉が中央に寄ってしまう。
しかし、そんな小夜はというと微笑んだ表情のまま首を横に振った。
「いえ、黒神さん等にチョコを渡すつもりは今の所ありませんよ」
「……そうか」
それを聞いて、男共と共に何故か安堵の息が漏れてしまう自分がいた。
それに気づくと小夜の前に居ずらくなり、鞄を持ち直してとりあえずの別れを告げる。
「まあ、じゃあな」
「……はい。さようなら」
それだけ返してきた小夜の声は、少し落ち込み気味だった気がする。
しかし、それを気にかける気持ちなど、今の俺には持ち合わせていなかった。
その晩。
今日は夕食に料理をしたため、俺はそれをタッパーに詰めて小夜の部屋に訪れていた。
まだ肌寒い外の空気に当たりつつインターホンを押し、マフラーを口元まであげる。
ふと、俺はポッケに手を入れて中に入っている小さな包みにそっと触れる。
すると少しばかり緊張感を感じてきて、その瞬間に<ガチャリ>と扉が開く。
「よっす」
ポッケから出した手で手刀を作り、俺は出てきた小夜に向かって挨拶をする。
小夜は俺が持っているタッパーで用件を察したらしく、昼のように微笑んできた。
「今日もありがとうございます」
「……ああ」
いつからか忘れたが素直に礼を受け入れ、俺はタッパーを小夜に差し出す。
甘いものを食べることが多そうな今日のこの日を考えて、そのタッパーには甘さ控えめのホイコーローが入っている。
「………」
「………」
そして、いつもなら少しだけ世間話をするところだが今回はお互い何もしゃべらない。
小夜がどうしたのかはわからないが、俺はポッケに再び手を入れて息を飲む。
「あのさ──」
「あの──」
話……というか''もう一つの用件''を切り出そうとすると、お互いの声が重なった。
俺も小夜もその現象に口を閉ざし、目を見開いて気まずい空気が流れる。
「……あのさ」
性格的に先に譲って来そうな小夜を察し、俺は再び話を切り出した。
小夜は何故か顔を少し赤らめ、「なんでしようか?」と首を傾げている。
「………」
ここで迫り来る緊張感に、俺は深呼吸をしてそれを振り払わんとする。
抜け切れはしないものの覚悟は決まり、俺はポッケに手を突っ込んだ。
「……これ、やるよ」
それだけ言って俺が差し出したのは、小さなチョコクッキーが入った小さな袋。
いつもは自分用でこの
小夜は俺が差し出してきたものを見て、目をこれでもかと見開いている。
そして、「ふふ」と小さく笑った。
「用件、私と同じだったんですね」
「は?」と言う前に、小夜は後ろに隠していたらしい紙袋を取り出した。
そこには、何やら外国ブランドの店名が書かれている。
「袋とは関係ありませんが、蓮さんへチョコです。実を言えば、学校で渡すつもりでしたが」
それを聞いて、俺は少しの焦燥感と大きな驚愕で頭の中がいっぱいになる。
小夜が学校でなにかしでかそうとはしていたが、俺へのチョコ……!?
「……作ったのか。聞く感じは」
「ええ、まあ……料理もまだまともに作れない初心者が、烏滸がましいのですが」
少しばかり頬を赤く染めて、小夜は自嘲気味に苦笑して俺の手に紙袋を掛けた。
そして、呆然としたままの俺の手から小さな袋を受け取る。
「チョコも、本当にありがとうございます。美味しく頂きますね?……では」
小夜は俺に何も言わせないようそうまくしたてて、急いでドアを閉める。
俺は未だに呆然とその紙袋を見つめ、ただ頭の中が真っ白になっていた。
余談だが、入っていた一口サイズのチョコはビター味で、ほんのりと甘かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます