EP36.姫の言葉と友達

「なんですか、これは……!?」


 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。


 学校帰りに間食をしたため、量を調節できる料理をした俺は白河小夜しらかわさよの元に来ていた。

 少し面倒とはいえ、約束をしているためおすそ分けをやらなければならない。

 

 しかし小夜は、丼にラップといつもと違う容器に入った料理……''海鮮丼''を見て、目を見開いている。

 たしかに少しばかりいつもと違った感じの料理だが、そこまで驚くことなのか?


 ……ラップに封じられた海鮮丼はというと、今も様々な刺身がぎゅうぎゅうに詰まっている。

 野菜も利用された魚類は鮮やかに光沢を放っており、まるで海の幸の宝箱のよう……やと、言えるかもしれない。


 どこぞのなんとか麿呂じゃないからな。


『今もバッチリよ?』


 ……海鮮丼を作っていた時、何故だかこの言葉を思い出していた。

 あの時はジト目を返してやっていたが、この言葉はとても印象に残っていた。


「とりあえず、ありがとうございます……」

「……ああ」


 少しばかり考え耽っていると、小夜が恐る恐ると丼を受け取り頭を下げてくる。

 それで意識が現実に戻された俺は、今もまじまじと海鮮丼を覗き込む小夜を見て相槌を打つ。


 たしかに、少しばかり違った料理だが……そこまで反応するものなのだろうか。

 見られているのは料理だというのに、なんだか自分が見られているようでむず痒い。


 ……俺は先程から、こいつに対して何を考えているのだろうか。

 今の自分は、まるで本当の自分じゃないような感覚に囚われてしまう。


「海鮮丼……あまり、食べたことは無いです」

「……そうなのか?この辺りは海鮮丼が結構有名だと思うんだが」


 正しくいえばもう少し西の地域ではあるが、ここも充分海鮮丼が有名だ。

 理由はわからないが、俺としても今日以外に作る時はある程好きではある。


 ……今日は、いつもより具材が多いが。


「そうなのですか?あまり知りませんでした」

「ああ……ここから電車で5駅くらい離れたところは、もう海鮮丼の店だらけだな」


 夏休みで出かけた時に見た風景を思い出しながら、俺はそう返す。

 またちょっとした機会に出かけるのも、またいいかもしれない。


「そうなのですね。また行ってみたいです」

「……そうか」


 ……俺、本当にどうしたんだろうな。

 気のせいだとは思うが、その景色の中に小夜が映ったような……


「……あとでまた丼を返してくれ。じゃあな」

「え?あ、はい。ありがとうございました」


 ブンブンと頭を振り、俺はそう断って自分の部屋へと戻る。

 今俺に向かって微笑んだであろう小夜の表情は、今は見る気にはなれなかった。






 満足気な表情の小夜に丼を返された後、俺はベッドに仰向けで寝転がっていた。

 未だに頭の中であの言葉が何度も反芻され、少しばかり考え耽ってしまう。


 ……先程思い出したのだが、あの言葉を姉貴であるりんにも言われた事があった。

 できた友達が離れていく小さな頃の俺は、その言葉に救われていた気がする。


「……見えている」


<ピコンッ>


「ん?」


 無意識に言葉を呟いた途端、急に枕元に投げたスマホが震え出す。

 珍しいこともあるもんだな、と思いながら、俺はスマホを起動する。


 来ていたのはメッセージだった。


:Zero:

【やあ、江波戸】


 ……これだけじゃわかりにくいと思うが、このアカウントは黒神零くろかみれいである。

 先程お開きになった時、連絡先を聞かれたため交換していたのだ。


 ……交換するのはあまり気乗りしなかったが、脅されたため仕方がない。

 ただ、どうして姫様も魔王様もアカウント名を厨二病まがいのものにしてるんだ?


 少しばかり辟易しながら、俺はメッセージを打ち込むためにスマホをつつく。


:草連:

【よう。どうした?】

:Zero:

【いや、少し許可を取りたいんだ】


 ……許可?

 内容を見たは良いものの、意味が理解できない俺は次のメッセージを待った。


:Zero:

【これから、学校でも交流していいか?】

:Zero:

【白河が脅していたということは、あまり僕と関わりたくなかったらしいしな】


 ……図星だった。

 あの脅しだけでその結論を出すって、頭が良いなりに凄い推理力だな。


 小夜と違って友達ではない関係上、俺はあろうことか魔王様と関わりたくはない。

 肩を竦めながら、返信を入力する。


:草連:

【何故その許可を俺が取らなきゃならない】

:Zero:

【頼む。なんとなくではあるが、君とは仲良くなれそうな気がするんだよ】


「仲良く、ねえ……」


 メッセージを読みながらそんなことを呟いて、俺は先程零が言った言葉を思い出す。


『二人共、かなり仲良くなったみたいだな』


 俺としてはそこまで仲良くしてるつもりは無いのだが、客観的にはどうなのだろうか。


 ……いや、友達という手前あまり小夜のことを無下にしてないとはいえ、仲良くはしてないはずだ。

 俺は首を振って、今の考えを振り払う。


『それは、少なくとも''寂しい''という気持ちからくる発言ではないのですか?』


 ただ、EP14に小夜が言っていたこの言葉を、ふと思い出す。

 その寂しさを紛らわすために友達にはなったが、今の俺の気持ちはどうだろうか。


「………」


 俺は返信を打ち込んだ。


:草連:

【友達になるのなら、構わない】


 返信が来る前に、俺は続けてメッセージを打ち込んでいく。

 あの時と同じこと……条件を、俺は零に要求してやる。


:草連:

【ただ、なったとしたらもう撤回はナシだ。自然消滅も、絶対にナシだ】


 ……今は別に、寂しいという気持ちがここ最近だと当てはまらなく感じた。

 理由は小夜だけ……とは限らないが、友達となってからは確かにそうだった。


 それなら……友達を更に作れば、それはもはや確実なものになるかもしれない。

 結局俺は、そう考えついた。


 [学園の「魔王」様]ではある零だが、異性ではないため学校内でも大丈夫だとも思った。

 少し小夜に申し訳ない気持ちにならなくもなかったが、これは仕方のないことだ。


 それに……逆にその小夜と話せない学校内で、零と話すことで、確実なものにするための拍車をかけられる。


 ……一人勝手に頭の中で理由を捲し立て、俺は零の返信をスマホを握って待つ。

 既読は着いているが、先程よりあからさまに返信が遅れているように感じた。


<プルルルルッ>


「……!」


 そう思った途端、スマホが激しく震え出す。

 理由は……零からの、着信だった。


 俺は何故か恐る恐るといった感じになりながら、通話ボタンをタップする。

 通話画面になると、俺はスマホを耳に当てた。


「もしもし」


 すると、エコー音であるにも関わらず低くて淡々とした零の声が響く。

 俺が「もしもし」と少しだけ硬い声で返した、次の瞬間だった。


「条件だが、喜んで呑ませてもらう。これからよろしく頼む、蓮」


 俺はその発言に唖然としてしまうが、しかしなにか可笑しくて笑ってしまう。


「ははっ……それだけを言うだけために、わざわざ通話してきたのか?」

「そうだが?」


 無料通話であるものの、即答してくる零に笑いがさらに込み上げてくる。

 ただ、返事を言わなければいけないため、俺は目の端に涙を溜めながら口を緩ませた。


「ああ、よろしくな、零」

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