EP35.姫と魔王の関係

「今回は突然の呼び出しに応じてくれて本当にありがとう、江波戸蓮えばとれん。」

「あ、ああ……」


 放課後の教室から場所は移り、ここは住宅街に店を構えている小さな喫茶店。

 席に着くなり頭を下げてきた黒神零くろかみれいに、俺は少しばかり困惑しながら相槌を打つ。


『話をする前に、少し場所を変えたい。どこか希望はあるか?』


 俺が要望に承諾しょうだくした後、零がお礼を言ってくるなりそんなことを尋ねてきた。

 なにか重大なことを''二人きりで''話すのか、と察した俺は、この喫茶店を所望したのだ。


 駅から離れた住宅街にあるここに同じ学校のやからはおらず、俺たちにとって話し合いにはうってつけの場所と言える。

 オマケに値段も優しい方で、雰囲気も落ち着いており個人的にも好きな所だった。

 案の定メニューを頼む時に叫ばなければいけないのは、少し面倒なところだが。


 ……ただ、せっかくそんな場所を希望したと言うのに、一つ不可解なことがある。


「なあ、どうしてお前もここにいるんだ?」


 だから俺は、その原因……白河小夜しらかわさよに、睨みながらそう問いかけた。


 ──零をこの喫茶店に連れていく時、小夜がずっと俺らの後ろを着いて来ていた。

 ただ、ここは帰り道にある所だし気になりはしたがスルーしていたんだ。

 

 だが俺と零が喫茶店に入ると、ナチュラルに小夜も入ってきて三人とも案内された。

 それからメニューを頼む雰囲気になったり最初の零の挨拶をされたりで、やっと今尋ねる状況ができたのだ。


 そんな俺の問い掛けに、何故か隣に座った小夜はきょとんと首を傾げる。


「私も黒神さんに呼ばれたからですよ?」

「……は?」

 

 反射的に零の方を見ると、零は「ああ、白河も呼んだ」と無表情で頷く。

 いや、ちょっと待ってくれいつの間に!?


「メインは君ではあるが、白河にも少し話すことがあったからな。ダメだったか?」


 事情を説明して、少しばかり眉を下げながら零は尋ねてきた。

 道中もちょっとした雑談をしていてわかったのは、こいつはクールな印象を受けるが意外に表情が豊かなことだった。


 そんな零に、俺は額を抑えながら首をゆるゆると横に振る。


「そういうことなら、いい。ただ、少し話す内容が気になりはしてきたな」

「ああ……では早速──」


「──失礼します。ご注文の、オレンジジュースが2つ、コーヒー、ミックスサンドウィッチでございます」


 零が本題に入ろうとすると、その時に若い店員が注文したメニューを持ってきた。


「注文は以上でよろしいでしょうか?」


 店員が確認を取ってくると、零は「はい」と頷いてオレンジジュースを取る。

 ……いや、持って来るタイミングよ。


 とりあえず本題はちょっとだけ後回しにし、俺と小夜もそれぞれの飲み物を取る。

 すると、零が大皿に乗ったミックスサンドウィッチとやらを中央に寄せた。


「このサンドウィッチは僕の奢りだ。君たちも好きに取ってくれていいよ」


 そう言って寄せられたサンドウィッチは、小さなものがいくつか並んでいるもの。

 たしかに、複数人で分けながら食べるのには良いメニューと言える。


 小夜と共にお礼を言って、俺は早速サンドウィッチを頬張りコーヒーを啜る。

 サンドウィッチも上手いし、ここに来ると必ず飲むこのコーヒーも、相変わらず美味しかった。


「……それで?話というのはなんだ」


 サンドウィッチやコーヒーの感想もそこそこに、俺はカップをコースターに置いて、再び本題を尋ねる。

 サンドウィッチを取って咀嚼そしゃくしていた零は、それを飲み込んで「ああ」と頷く。


「場所を変えてまであれではあるが、そこまで重要じゃないこととはまず言っておく」


 ……あ、そうなの。

 勝手に重要だったり、なにか暗いものと勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしい。


「少し騒がしかったあの環境で話すのも、少し気が散るからな」

「……ご愁傷しゅうしょうさま」


 ため息を吐きながら呟く零に、俺は思わず労いの言葉を掛けていた。

 してて当然だと思うが、小夜と違って零は自分の人望やらを自覚しているらしい。


 俺の言葉に零は「ありがとう」とお礼を言って、用件をようやく口にする。


「あの白河小夜に二回連続で同率一位になれた人物……君の存在が、知りたかったんだ」

「……それで?」


 たしかに、小夜は入学当初から一位を譲らない人物と学内では有名だ。

 抜かせてないとはいえ、そんな奴と二回も同率になったことに興味が湧くのは分かる。


 ……ただ、それを直接話そうとしてまで知ろうとするまでの心は分からない。

 あんなやつがいるんだなあ、程度の感情にはならなかったのだろうか。


「中学の頃からどれだけ勉強しても追いつけなかったあの白河に追いつく人物と、こうして直接話して見たかったんだ」


 その言葉を聞いて、俺は目を見開く。


「黒神と白河って母校が同じだったのか?」

「ああ……」


 小夜の方にも視線を向けると、「そうですね」と頷かれ事実を突きつけられる。

 いやそこまで不味いものでもないのだが、この二人が同じ中学って凄いな……


 ……高校でもトップの完璧超人に君臨する二人だが、中学でもしていた事になる。

 俺にとってそこまで重大なことではないが、意外性の強さをかなり感じた。


 ……というか、零の言う通りだったらそれ以上に驚くべきこともある。


「……白河が成績を学年一位を取り始めてたのは、いつからだったんだ?」


 零が言う話だと、中学の頃も小夜に成績で負けていたということになる。

 そう至った俺の問い掛けに、零はふっ、と小夜を見ながら小さく笑う。


「入学当時から。僕らはわたくし立校出身なのだが、白河は入試から1番だったよ」

「……マジか。お前そんなに凄かったんだな」

「私をなんだと思ってたのです……?」


 かなり驚愕きょくがくの事実に、俺は目を見開ききって小夜の存在を見直した。

 そんな以前から学年一位を維持し続けるというのは、俺も凄いことだと思う。


 ……俺でさえ、中学は市立出身のくせに順位は不安定だったからな。


「君も充分凄いよ。少し、自分の勉強が足りない気もしてきたな」

「いや、皆も言う通り三位の時点でお前も凄いだろ。そこまで一位が欲しいのか?」


 少し頬を引きらせながらそう尋ねると、零は堂々と「当然だ」と頷く。

 ……どうやら、完璧超人なだけ合ってそういう癖も身に染みているらしい。


「そういえば、最初君のことが視認してなかったのだが、どういうことだ?」

「ん?……ああ」


 突然そんなことを尋ねられ、素っ頓狂な声を上げるも俺は小さく笑う。

 今更この体質を言うことに躊躇ちゅうちょはないが、姫様だけでなく、魔王様にも話すことになるとは思わなかった。


「──ほぼ存在しないんだよ」






「──……それは、凄いな」


 詳しく尋ねてきた零に体質のことを話すと、零はそんな驚いた声を上げた。

 小夜と違って経験済みだからか、思ったよりすんなり信じてくれたようだ。


「教室での白河は江波戸をすぐに見つけていた気がするが、それはどういうことだ?」


 すると、教室での小夜の動きを思い出してか零が首を傾げる。

 異常ではあるが重要なことではないし、ここは正直に言っておこう。


「何故かこいつは見つけてくるんだよ。何もせずに、ずっとな」

「今もバッチリ見えていますよ?」


 言い方に棘があったからか、小夜が指をレンズのようにして揶揄からかい口調で言ってくる。

 だが、俺はそんな小夜にただただジト目を返してやった。


 ……バッチリ、ね。


「なるほど……その影響か、二人共かなり仲が良くなったみたいだな」


 そんな俺の説明に零は微笑みながらそう返してきて、俺は「は?」と声をあげる。

 友達になったとはいえ、そこまで仲良くなったつもりはないんだが?


 そう思った俺は零を睨む。


「そんなわけ──」

「名前で呼びあっているようだし」


 ………。

 …………………。

 …………………………は?


「い、いや、そんなわけ──」

「聞こえていたぞ?君が僕に姿を見せるよう、白河が脅したときにな」

「………」


 それこそそんなわけない、と思ったが、脅しているとわかってる時点で事実だろう。

 俺は顔から血の気を失わせ、無意識に体をわなわなと震え出せていた。


「おい、どうしたんだ?あの白河が、と少し意外には思うが、悪いことではないだろう」


 ……そうは言うが、男共から掛けられるであろう圧を想像すると怖いんだよ。

 だから俺は、テーブルを叩いて前のめりに零に訴えかけた。


「他言はしないでくれ、頼む……!」

「え?ああ、それくらいは当然だろう。さすがにその配慮はするさ」


 それを聞いた時、俺は安心感でどっと入っていた力が抜けていくのを感じる。

 焦燥しょうそう感が凄まじかったな……


 俺は息を整えつつコーヒーを飲み干し、まだ緊張している体を解していく。

 その時、隣からの視線に気がついた。


 見ればずっと黙っていた小夜が、こちらをじーっと見て頬を膨らませていた。

 汗を拭いながら、俺は胡乱な目で見返す。


「なんだよ」

「いえ?なんでも」


 なんでもないようには見えないな……

 ……まあ、これ以上訊いても何も無いか。


…… 中々尊いな

「なにか言ったか?」


 正面を見ると零がなにか呟いた気がしたから尋ねると、「なんでもない」と返される。

 二人共なんでも、って……なんなんだ。


 その後、少しすると外が少しばかり暗くなってきたので、今日はそこでお開きになったのだった。

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