EP33.姫は感想を言いたい

「さっむ……」


 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。


 あっという間?に冬休みは終わってまだ寒さが残る中、今日から三学期が始まる。

 俺は心底嫌々ながら通学路にでて、コートの上から両肩をさすりながら登校していた。

 

 まだ冬も只中ただなかなのに、容赦ようしゃなく登校させて来る学校の気が分からない。

 あいつから貰った二つの防寒具があるとはいえ、寒気がむしばんでいくというのに……


「ふぁっくしょい!」


 そんな事を考えていたら鼻がムズムズとして、盛大にくしゃみをしてしまう。

 EP2の時もそうだが、なぜ俺はくしゃみをする時に口を抑えないんだろうな。


 ちなみにだが俺の体質の特徴として、大声だと認識されてもくしゃみやせき等はは認識されないのがある。

 謎だろう?正直言うと、俺でさえこの体質のことは一ミリもわからない。


 自分の体質について考えて寒さを紛らわしていると、学校が見えてきた。

 今思えば、これから暖房も無い体育館で始業式を済ませるのか……


「……ふぁっくしょい!」


 少し絶望しながら、また一つくしゃみをする俺なのであった。







 軽く死にそうにはなったが、なんとか始業式とホームルームを終えて俺は学校を出る。

 ホームルーム中は暖房が効いていたのだが、外に出ればまたこの寒さだ。


「寒いですね……」

「……ああ」


 突然後ろから声を掛けられたが、聞き覚えがあるため俺はぶっきらぼうに相槌を打つ。

 この寒さからか、それによって吐いた息は白く染まっていた。


 すると、声の主である白河小夜しらかわさよがなぜだか俺の隣に並んでくる。


 ……友達という関係上突き放すことはばかられるが、この状況ってどうなんだ。

 仮にも[学園の「姫」様]が、存在を知られてない男と帰宅しているっていう。


 ……杞憂きゆうか。

 こいつは自分の美貌に自覚はあれど、人気度にはしていないやつだったな。


「……で?なんの用だ。去年なら、近くにいても話しかけてこなかっただろ」

「まあ、そうなのですけど。ただ、今回は丁度いいですしお借りした小説を返そうかと」


 そう言って、小夜は肩に掛けていたバッグから文庫本サイズの本を取り出した。

 カバーが掛けられているためタイトルは見えないが、恐らく俺のものだろう。


「読書はしないらしいのにカバーは持ってるんだな、お前って」


 少し気になって、視線だけそちらに向けながら俺はそう尋ねる。

 恋愛小説ライトノベルと覗かれるのは少し恥ずかしいものとはいえ、持っているとは思わなかった。


 すると小夜は、本からカバーを丁寧に外しながら「はい」と頷く。


「親からする方がいい、と手渡されてはいたのです。勉学の方が大切だと思っていたので、読書はしていませんでした」

「なるほどな」


 読書は個人的に素晴らしいものではあるのだが、そういった考えも正しいため、否定できるものでは無い。

 手渡された本を受け取りながら、俺は一人納得していた。


「感想、言わせてもらってもいいですか?」


 すると突然、小夜がうずうずとした様子でそんな事を尋ねてきた。

 なにがあったのかは分からないが、どうやらよっぽど語りたいらしい。


 感想を語り合う、というのは密かな俺の夢だったため、俺は静かに頷く。

 なんだか頬の力が抜けてくる気がするが、小夜には見せないようにしよう。


「まず結論を言うと、自然に口から力が抜けて体が火照ってしまいました」

「……それド直球に言うのすげえな」


 あまりに予想外のことを言われて、俺は少し驚きながらそう返した。

 ラブコメを読んでいると自然になる現象だが、まさかあの小夜からそれを聞くとは……


 小夜は少しばかり頬を赤く染めながら、俺の反応を無視して続ける。


「ストーリーが面白くて読みやすかったですし、挿絵もその人物をリアルに綺麗に再現されていて、とても良かったです」

「……仮にでも俺の推し作だからな」


 それくらい当然だ、とばかりに俺は呟く。

 そんな大まかな感想、他のライトノベルでも抱ける感想だろう。


「そしてなにより、主人公とヒロインのあの距離感。なんだか、もどかし過ぎて……」

「………」


 かと思えば、俺がその作品に一番に抱いている感想を小夜は言いやがった。

 小夜の前だというのに、柄にもなく「それな!?」と叫びそうになった。


「私、思わず昼休みに口を勢いよく押さえてしまいました」

「あっそう……」


 なにやってんだ、とも思いつつ、とりあえず今の気持ちを誤魔化すため俺はそう返す。

 なんとか隠せているだろうが、今は何故か緩みだす頬を引き締めるのに必死だった。


「……ところでですけど、蓮さん」

「ん?」


 急に感想を言うのをやめて尋ねてくる小夜に、俺は口を抑えながら視線を移す。


 見れば、何故か小夜は微笑んでいた。

 ただ、その口角はいつもよりつり上がっており、俺は不審に思いながら首を傾げる。


「こういうの、何冊ほど持ってます?」

「……ノーコメントだ」


 舌打ちしそうになるのを堪えながら、俺は声を低くしてそれだけ返す。

 おみくじの内容や俺の性格もあってか、先日と同じくからかい気味で腹が立つな……


 そんな俺に、小夜は「そうですか」とだけ答えて、微笑んだ表情を崩した。


「……ならば、その続編などを持っていたりしますか?あるのなら、貸してほしいです」

「ん?ああ……」


 その質問に、俺は寄っていた眉を戻しながらリュックに手を突っ込んだ。

 それを見て首を傾げる小夜を無視し、目当てのものを掴んだ俺はそれを取り出した。


「ほら」


 そしてそれを、小夜に手渡す。

 それは……先程小夜に貸していたライトノベルの、第二巻だった。


「……持ってきていたんですね」


 手渡された本を受け取りながら、小夜は驚いた様子でそう呟く。


「いつでも読み返せるようにこのシリーズは常に持ち歩いてんだよ。三巻もある」


 俺はそう言って、二巻と一緒にリュック取り出した三巻を顔の横に掲げる。

 読み返すことなんてあるのか?とか訊かれそうだが、好きなら割とあるのだ。


 それを見た小夜は更に目を見開き、そしてふっと微笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。読み終えたら、また感想を言わせてもらいますね」


 第二巻を大切にするように胸に抱える小夜のその言葉に、俺は「好きにしろ」と返す。

 そう悪態をつきつつも、気づけばまた頬が緩くなっていて、俺はすぐにそれを隠すのだった。

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