EP32.姫の意外な弱点

「蓮……あたし、帰りたくないよっ……」


 俺だ、江波戸蓮えばとれんだ。

 

 初詣から帰りしばらくして、今は夕方頃。

 まだ二日目だが、明明後日から三学期なためりんは早々に帰ることになった。


 ……のだが。

 何故だか涙目でそう訴えられてきて、俺は肩を竦めて凛を半目で見る。


「どうせ課題、終わってないだろ?」

「………」


 ……凛の性格上、冬休みの課題はまだ終わってないし持ってきてもいないだろう。

 急に黙り込んでしまった凛を見て、俺は盛大にため息を吐いた。


「勉強が苦手なのはわかるが、少なくとも提出物は出すようにな」

「……は〜い」


 成績が危ないらしい凛に苦笑しながら注意すると、凛は子供みたいにそっぽを向く。


 素の能力自体は俺とあまり変わらないのだが、まあ努力をするのも辛いだろうからな。

 提出物のことは別として、勉強を面倒くさがるところは咎めないでおいた。



「ま、そういう訳で帰るね!小夜ちゃんも今日はありがとう、ばいばい!」

「はい。ありがとうございました」


 何故か着いてきた白河小夜しらかわさよに凛はニパッと笑いながらそう言って、駅の方へと歩いていく。


「次は多分春に来ると思う!」

「おう、またな」


 次の予定を言ってくる凛に手を振り倒すと、凛は駅の中へと姿を消したのだった。






 凛と別れたその帰り、必然的にも小夜と一緒に帰ることになった。


「本当にいい方でしたね、凛さん」

「……まあな」


 そう言って凛のことを感慨深く呟いた小夜の言葉に、俺はあくびをしながら答える。


 でも実際、凛は少し扱いにくくはあるものの良い姉貴であることは間違いはない。

 それが小夜にも分かって貰えたかと思うと、何故だか心が安堵していた。


「そういえばですけど、蓮さんって冬休みの課題は終わらせたのですか?」


 すると小夜は、先程の話で気になったのか俺の顔を覗き込んできてそう尋ねてきた。

 俺は「初日にな」と答え、寒さで冷える体を温めるように腕をさする。


「初日で、ですか」


 意外そうに目を見開いているが、あの課題を後からやることの苦痛はわかっている。

 5時間くらいで終わる量だし、後のことを考えれば初日なんて簡単に捧げれた。


「もしかして、小論文もですか?」

「……もちろんそうだが?」


 続けて小夜は尋ねてきたが、質問の意味がわからず俺は首を傾げる。

 小論文だって立派な課題なのだし、まとめて初日に終わらせていたのだが。


「ではお願いなのですが、その完成した小論文というのを見せていただけませんか?」

「別にいいが……苦手なのか?」


 そう尋ねると「とても……」と頷く小夜を見て、俺は少し意外だと感じてしまう。

 小夜は国語の成績もトップクラスのため、そこが苦手とは思いもしなかった。


 まあ、小論文は組み立て方はあるものの個人差のある文章力で点数をとるからな。

 読解力は自然に身につくとしても、文章力は話が違うし、わかる話ではあるか。








「……別にこれ、悪くないんじゃないか?」


 その後小夜を部屋に入れて、完成途中らしい小夜の小論文を見ながら俺はそう呟いた。

 確かに完成途中ではあるものの、このまま組み立てていけば満点は取れそうなものだと思う。


「何度も繰り返して、やっとそれなんです」

「へえ……」


 俺の小論文を見てメモを取っている小夜にそう相槌は打つが、これでどんなところが躓いているのか疑問に思ってしまう。

 今度小夜が続きをやる時に、少し見させてもらおうか。


「……ありがとうございました。とても分かりやすかったです」

「ああ……」


 そんなことを考えていると、小夜はメモを見て頷きながら小論文を返してきた。

 俺も自分の小論文を受け取りながら、小夜に彼女の小論文を返してやる。


「それにしても、少し思ったのですが今回の小論文の課題って少し特殊ですよね。なんだか、恋愛方面、というか」


 すると小夜が、小論文の課題用紙を手に取ってふとそう呟いた。

 恋愛方面……とは思わないが、確かに人の考えや哲学に則った内容ではあった。

 

「それがどうしたんだ?」

「いえ、蓮さんはそんなものをあんな分かりやすく纏めたのか、と」


 ……悪意があるような言い方だな。

 少し癪に感じて小夜を睨むと、小夜は思い出すようにまた口を開く。


「今日の蓮さんのおみくじにあったあの説明も、大雑把にいえば恋愛ですよね」


 話の繋げ方が無理矢理な気がしなくもないが、どっちにしても意味はよくわからない。


「どういうことだ?」

「いえ。本当に、蓮さんに待人が来るのかな、とふと考えてしまいまして」


 うーん、と顔を顰める小夜だが、俺はそんな小夜を見て盛大にため息を吐いた。

 たかがおみくじを本気で信じているのか?


「この体質だぞ?来るわけがないだろ」


 とっくに諦めている事だけれど、無意識に語気が強くなってしまっていた。

 そんな俺に驚いたのか、小夜は眉を下げて「すみません」と謝ってくる。


 謝って欲しかった訳では無いのだが……なんだか、気まずい状況になってしまった。

 話題を別方向に逸らすなにかないかと考え、俺は口を開く。


「小夜って、小説とか読んだりするのか?」

「え?」


 咄嗟に思いついた俺の言葉を聞いて、小夜はそんな素っ頓狂な声を上げる。

 正直あまり興味のない話ではあるけれど、この際は本当に仕方がない。

 

 小夜は俺の言葉を理解したらしく、少しした後に首をゆるゆると振った。


「あまり読みませんね」

「そうか……なら、小説を読んで少しでも苦手な小論文に活かしたらどうだ?」


 ……話題を転換するためではあるが、いくらなんでも唐突じゃないだろうか、俺は。

 小夜はそんな俺の言葉に「そうですね……」

と口元に手を添えて考え出す。


「例えば、どんなものを読めばいいですか?」

「そうだな……」


 俺は頷き、本棚の方へ歩く。

 この際だ……なにか、小夜に小説を貸してやるのも別にいい。


「……これ、貸すから読んでみ」


 読みやすさ重視で、俺は趣味で読むライトノベルを取り出して小夜へと手渡した。

 ラノベは文庫本サイズのため持ち歩きやすいし、読みやすいのもワンポイントだ。


 小夜は首を傾げながら渡されたライトノベルを見ると、タイトルを確認した瞬間に吹き出した。


「恋愛モノじゃないですかっ、ふふ……」

「おい、笑うな!書き方が好きなんだよ!」

「いえ別に……ふふっ、馬鹿にしてる訳では」


 いや、馬鹿にしてるようなレベルでツボにハマってるじゃねえか…… 

 たしかにこの状況で好きなラブコメをチョイスする俺も俺だが、さすがに腹が立つ。


 俺は久々に小夜のおでこを小突いて、ふん、と勢いよくそっぽを向いたのだった。

 ちなみに、結局そのラブコメは小夜に貸すことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る