EP30.姫へお誘い

「──止めるな、凛っ……!」

「早まらないで、蓮!その握っている物騒なものをいますぐ離すのよ!」

「……何をしているのですか?」


 翌朝。


 俺こと江波戸蓮えばとれんりんの双子姉弟に、一人隣人の困惑気味な声が突き刺さる。

 なぜだか遠回しに言っているが、言わずもがなその隣人というのは白河小夜しらかわさよだ。


 とりあえず、みんなには今の現状を把握してもらう必要があるな。

 単刀直入に言えば、振袖姿の俺が自分の喉にナイフを突き立てているところを、晴れ着姿の凛が止めようとしている。


 ……何をやっているんだ、としか思われなさそうだし、先に詳細を言っておこう。


『今日、一緒に初詣に行くよ』


 朝食を取っている時、突然宣言された凛のその発言が現状の根源だ。


『突然どうした』


 本当に唐突だったため冷静に訊いてみると、どうやら初詣に絶対行っていなさそうな俺を見兼ねて企画していたとの事。

 初詣に企画も何もあるか?とは思うが、どうやら年を越したら初詣、というのは、凛の中でかなり板についているらしい。


 まあ実際、神社に行くのが面倒だったから俺は初詣に行っていない。

 だったら丁度良い……とはならず、行くのはやはり面倒だから俺は首を横に振った。


 でも結局、凄い勢いで捲し立てられて無理矢理承諾されたのがオチだったり。


 それからの流れはまあ早い。

 突然取り出した振袖をこれまた無理矢理繕われ、凛自身も晴れ着を着付けたところでさあ出発。


『──小夜ちゃんも誘わない?』


 ……しようと扉を開けたところ、凛が隣室の扉を見ながらふと尋ねてきた。


 俺はこれも承諾しかねたが、凛の性格上、そして友達という言葉手前に、首を横に振ることはしなかった。

 で、早速インターホンを鳴らしたのだが。


『親交を深めるためにドッキリしよう!』


 と提案してきて、面白そうだからそれには俺もすぐに承諾して今に至る。


 ……今思うと、ドッキリって逆にその関係性を傷つける気がしなくもないが。

 まあ、もう始めてしまっている手前後戻りはできないだろう。


 自殺しようとする俺を止める凛……というドロッドロか内容もまたツッコミたいところだが、まあそれもいい。

 

「小夜!早くこいつを引き剥がしてくれ!」

「お願い小夜ちゃん!早くおかしくなっちゃった蓮を正気に戻してあげて!」


 その言葉遣い地味に傷付くからもう少しオブラートに包んでくれないか?

 とは思いつつも、俺は凛に合わせて漫才みたいな攻防を続ける。


 しかし小夜は「はあ」とため息を吐きながら、呆れたように俺の手元を指差してきた。


「蓮さんが持っているそのナイフ、先端が丸いですし玩具おもちゃですよね?」

「「………」」


 ……いきなりドンピシャされて、俺と凛は黙ったまま攻防を止める。

 目がいいのかしらないが、いくらなんでも当てるのが早すぎやしねえか?


「ドッキリ大失敗……よっ」


 不機嫌な顔になりつつ、俺は自分の部屋の扉を開けて、その玩具のナイフを投げた。

 元々玄関に置いてあるペン立てみたいなものに入っていたナイフは、無事に収納される。


「お〜、さりげなくバカッコイイ蓮くん!」

「……何故玩具のナイフを持っているのですか?一般的には珍しいですよね」


 拍手を送ってくる凛に、もっともらしい疑問を投げかけてくる小夜。

 凛にはサムズアップを送りつつ、小夜には分かってないな、という視線を送る。


「防犯用だよ」

「はい?」


 用途は説明してやったが、小夜はまだよく分からない様子で首を傾げている。

 ……まあ、防犯用に編み出したのって俺自身だから分からないのも当然か。


 俺はため息を吐きながら、その用途をより詳しく説明してやる。


「もっと具体的に言うならば、あれは泥棒が来た時用の武器だ。投げナイフとして使う」

「……どういう意味ですか?」

「これを投げて、怯んだらその隙を襲う。外しても勘違いした泥棒は武器にしようとするから、そのまま襲う」


 ……そもそも、セキュリティはしっかりしている方なこのマンションに、泥棒が来るのかって話ではあるがな。

 まあ、念には念をって感じだ。


 自己流ではある玩具のナイフの使い方を説明し終えても、小夜は首を傾げている。

 これ以上何を説明すればいいのか俺は悩みだすが、小夜は「ふむ」とゆっくり頷いた。


「とても良い作戦?使用方法?だとは思いますけど、中々にあくどいですね」

「……うるせえ」


 かと思えば冷静にツッコまれたため、俺は舌打ちしそうになりながらそう答える。

 泥棒に真剣さを求める意味がないだろう。


 そんな小夜のツッコミに、ずっと黙っていた凛は「あっはは」と爆笑してやがった。


「蓮面白〜い!」


 なんとも癪に触ったため、昨日と同じく俺はその頭にチョップをかましてやった。










「──そうですね。実家に帰ったものの、まだ行ってなかったですし、良いですよ」


 ドッキリのことは云々として、初詣に誘われた小夜はそう言って頷いた。

 それを聞いた凛はぱあーっと表情を明るくさせて、食い気味に小夜へ近寄る。


「ありがとう!小夜ちゃんって晴れ着持ってたりする?」


 距離の近さに困惑しているのか、持っていないからか、小夜はそう尋ねてきた凛に困った表情をして首を横に振った。

 それを聞いた凛は明るい表情を崩すことはなく、ぽんっと手を叩いて部屋の扉を開ける。


「じゃああたし予備持ってきてるから、小夜ちゃんも入ってきて!」

「え?あっ、はい。了解致しました」


 ちょいちょい、と手招きする凛に小夜は微笑んで頷き、部屋の奥へ消えていった。


「用意周到だな」

 

 凛の様子に俺はそんなことを呟き、鼻歌を歌いながら外の景色を眺めた。







 しばらくすると、水色の晴れ着姿の凛と桃色の晴れ着姿の小夜が部屋から出てきた。


 どうやら小夜の着付けが済んだらしく、凛は満足そうな表情をしていて、小夜は何故だか頬を赤らめていた。

 ……小夜のその表情で、凛がどんなことをしでかしたのか経験談含め想像出来る。


 俺はため息を吐きながらも、いつもとは雰囲気の違った小夜を一瞥する。


 小夜は少し違和感のでる顔を見た感じ、どうやら少し化粧を施しているらしかった。

 桃色の晴れ着に団子に纏められた金髪の絶妙なコントラストも相まって、和風特有のフェミニンさ?という印象を強く感じる。


 小難しいことを言っているが、要するに素直に似合っている、と感じた。

 

「……いいんじゃないか、それ」

「えっ?」


 そんなことを考えていたら、俺はついそんなことを口走っていた。

 俺は自分の失言に今更気づき、どうするか悩んだ挙句に目を逸らした。


「……いくぞ」


 そう言って、俺は二人を待たずにマンションの廊下を歩き始める。

 なんだか体が熱く感じ、とりあえずこの現状からとても逃げ出したい気持ちだった。


「……蓮さんも、振袖、似合ってますよ」


 ……そんな言葉が後ろから聞こえた気がしたが、俺はマンションを出るまで振り返ることは無かった。

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