EP26.姫と帰宅する
あれから無事に観覧車を一周して、俺こと
「かなりの絶景だったな」
歩きながら、俺は素直な感想を零す。
実際、とても心に残るほどの絶景で、なんだか妙に感慨深いものがあった。
そんな俺の言葉に、小夜も隣で歩きながら「そうですね」と微笑み頷く。
そして、まだ周りに色とりどり光るイルミネーションを指さした。
「まだまだ続いているみたいですし、これも楽しみながら駅に向かいましょうか」
……それってつまり、この景色を上と下の見比べようってことで合ってるよな。
二人並んで歩きながら、そのシチュエーションを……か。
……なんとも不服な気持ちだったが、でも興味も少なからずあった。
俺は渋々といった感じで「ああ……」と頷き、視線を上に向ける。
「……やっぱり、凄いですね」
同じく視線を上に向けた小夜が、ふとそんなことを呟いた。
俺としては、全く同感の気持ちだった。
──下からのイルミネーション……これはこれで、上と同じくかなりの見栄えだった。
ただ、間違えてはならないのはそれが上から見るのとはまた違う感覚ということだ。
例えるならば、上からはただ景色を眺める感じで、下からはそれに包まれる感じ。
どちらも凄いものだが、個人的には今の方がなんだか好きだ。
「ふう……」
外だと寒いのか、そんな風に白い息を吐く小夜を、不意に見る。
小夜は、観覧車に乗っている時と同じように、うっとりとした表情でこの景色を見上げていた。
ただ、首に巻いているマフラーで口元を塞ぐ仕草も行っていた。
「………」
……今更思ったんだが、こいつ俺が貸したマフラーずっと付けてないか?
心做しか暖かかった水族館内でも、ずーっと付けていた記憶がある。
……冷え性なのか?たった今、マフラーを付けても寒そうな仕草をしていたし。
そんなことを考えながらこちらに気付かぬ小夜を見ていたら、いつのまにか駅前についてしまっていた。
そこで、小夜は後ろを振り返った。
「………」
どうやら、小夜はまだこの景色をその碧い瞳に焼き付けたいらしい。
「はあ……」
……こちらの事など気にもしない小夜の行動にため息を吐いた俺は、近場の自販機に近づく。
それで缶コーヒーと缶のオレンジジュースを購入し、小夜にまた近づいてオレンジをその肩に押し付けた。
「! ……ありがとうございます」
小夜は驚いた顔をしたものの、俺の行動ににこりと微笑んでそう頭をさげた、ふん。
それを見た俺は近くのベンチに腰掛けて、コーヒーを一口。
……別に、小夜を置いて先に行ってしまう、というのもできた。
が、何故かそんな行動は俺にはできなかった。
暫く小夜の後ろ姿を見て待っていたら、その小夜がやっとこちらに振り向き俺の方に駆け寄ってくる。
「すみません、お待たせしてしまって」
ふんっ、全くだ。
心の中で悪態を付きながら息を鳴らしながら、俺は立ち上がって空になった缶をゴミ箱に投げ捨てる。
それから改札を通り、俺らは乗ってきた方と逆方面の電車に乗って、自分たちのマンションの最寄り駅を目指す。
「……そういえば、家にクリスマスケーキを置いてるんですけど、食べます?」
電車に乗って早々、空いていた席に座った俺の隣に座って、小夜がそんなことを提案してきた。
なんだか、色々と図々しい奴だな、と眉を寄せながら思う。
「……甘くなさすぎたら貰う」
その提案、小夜との関係をあまり好まない俺としては断っても良かったんだが、[友達]という関係はあるためそう返した。
いや渋々だからな?渋々。
「ケーキ自体甘すぎる気がしますけど……ショートケーキですよ」
「いける」
イチゴの酸味があるし、昔よく食べたからショートケーキは慣れたつもりである。
それだけ答えて、俺は黙り込んだ。
「………」
「………」
……小夜も黙り込んだため、それ以上は何も会話が続ことなく、俺らはただ電車に揺られていった。
これでお出かけは幕を閉じることになるが、感想としては、まあ悪くなかったと思った。
電車を降りてマンションに帰ると、部屋の前で小夜にマフラーを返された。
俺はそれを受け取ったが、そういえばこいつ電車の中でもずっと付けてたな……
そんなことを考えながら、昨日余った晩飯を取りに行くため俺は一旦部屋に戻った……約束のことをついでに、だ。
冷蔵庫から昨日タッパーを取り出してから部屋を出ると、小夜が外で待っていた。
「……別に中で待っとけばいいものを」
そんな小夜は、冷たい空気の中両腕を抱えて心底寒そうにしていた。
それを見て眉を寄せながらそんなことを呟くと、小夜が俺に気づいて自室の扉を開けた。
……どうやら、今の呟きは奴には聞こえなかったらしい。
「どうぞ」
「……すげえ易々と部屋に入れるんだな」
「まあ、もう一回入れてますし」
促されたため入室しながらもついそんな感想を漏らすと、小夜が苦笑してそう返してきた。
前、ってことはEP6……某雑食黒生物が出没した時だな。
歩いて奥に行く小夜に着いていきながらその頃を思い出していると、右手にあるタッパーを見て俺はニヤリ、と笑った。
「ゴキやら料理やら、案外お姫様は弱点が多いよな。勉強と運動はできるくせに」
かくいう俺も勉強と運動はできる方だが、成績は負けてるし噂通りなら運動もそうだろう。
くせに、とか言いながら、一応褒めているつもりなのは秘密だ。
俺の言い方が不服だったのか、小夜は頬を膨らまして抗議の視線を向けてきた。
俺は笑みを崩さず、追い討ちのごとく右手のタッパーをそんな小夜に渡す。
「あ、ありがとうございます……そういう蓮さんは弱点がなさそうですよね。掃除はこの前に習得して、もはや見当たりません」
いや、この話題にタッパー渡されて感謝の言葉を送ってくるってどうなんだ?
まあいいか……でも、その言葉はちょっと聞き捨てならなかった。
「俺はほぼ存在しない男。最近忘れがちになっていたが、立派にあるじゃねえか」
眉を寄せながら、俺は呟いた。
これがあるせいで人間関係は安定せず、正当な評価は貰えなくて不満の嵐……この社会では致命的すぎるだろう。
「そういえば、そうでしたね……」
実際忘れていたのか、小夜は小さな声でそう相槌を打ちながら俯いた。
ため息混じりにその様子を見ていると、少し緩めだったメガネがズレてしまっていることに気がついた。
さっき眉を寄せたからか……とりあえず、俺は中指でメガネの位置を調整する。
「……そういえば、今日はどうしてメガネを掛けてきたのですか?」
中指だけでは収まらず両手で整えていたら、不意に小夜がそんなことを尋ねてきた。
突然の話題転換だな……シリアスな空気だから仕方がないのかもしれないが。
で、メガネを掛けてきた理由?
「没にした服装の影響だな。だが、メガネだけは採用してた」
本当ならYシャツとスラックスを軸にした紳士的服装にしたかったんだが、真冬なのに黒のスラックスが夏用しか無かった。
それなら中にもう一枚履くべきだろうが、そもそもこんな真冬に夏用を着るのがなんだか嫌だった。
ちなみに、学校の正装に使われるスラックスはチェック柄で、それだと見た目が大きく変わってしまう。
今度冬用のスラックスも仕入れとくか、と考えていると、こちらを意外そうに見ている小夜に気がついた。
「ファッションに気をかけているのですね。少し意外でした」
失礼だな、とは思ったが、まあ意外に思う理由はすぐに見当がつく。
俺の体質だと、外に出る時はファッションを気にする必要ないからな。
「昔に姉貴とよく外へ出かけていたんだが、その姉貴がファッションにうるさかったんだよ」
「えっ、蓮さんってお姉さんがいたんですか?」
唐突に登場した姉貴の存在に、小夜は素っ頓狂な声を上げる。
そんな小夜に「まあな」とだけ返した。
別に会う機会があるのかも分からないし、そう詳しく話す必要も無いだろう。
「なるほど……じゃあ、ケーキを出しま──……晩御飯の前にケーキって、なんだか大丈夫なのでしょうか?」
俺の反応に、小夜はそれ以上何も聞いてくるこなく冷蔵庫に向かおうとしたが、倫理的問題に気がついたらしい。
まあ、ケーキを先に食べたら晩飯が腹に入らない可能性もあるからな。
「別に俺はどっちでもいいぞ。どっちを先に食べるかは小夜に任せる」
「じゃあ……晩御飯からで。さすがに栄養価は大事です」
栄養価が大事って、料理もまともに出来ないのによく言うものだな。
そんなことを思ったが、俺は「了解」とだけ頷いて、小夜と共に晩飯の準備に取り掛かったのだった。
「やはり、蓮さんの作る晩ご飯は美味しいですね。味付けが絶妙です」
「そりゃどーも」
もぐもぐと、先程タッパーに入れられていた晩御飯を食べながら満足そうに微笑む小夜の褒め言葉を適当に流す。
別に、言葉として適当に流しているだけだが。
「水道使うぞ」
そのまま無言で食べ続けた結果、俺は先に食べ終えたのでシンクに移動しながら小夜に断りを入れる。
「あ、私が洗っておきますよ」
しかし小夜はそんなことを言いながら近づいてきた……少し遅れて食べ終えたようだ。
しかし、俺は下がらなかった。
「俺が洗う、貸せ」
「え?いや──」
「貸せ」
強引に小夜の分の皿を奪い取り、俺は水道の栓を抜いて洗い始める。
前々から返されたタッパーを見て思っていたが、小夜の荒い方は随分と甘いのだ。
そう思うと皿洗いもなんだか不安になり、居てもたってもいられなくてな。
しかし、言葉にしていないがためか小夜はそんな俺を見て頬を膨らませてきやがる。
「……私は何をすればいいのですか?」
「ケーキ、出してくれ」
重要な役割が残っているのでそう言うと、小夜は苦い顔をしたままだが頷いた。
後ろの冷蔵庫に向かい、ガサゴソと何か作業を行う音が聞こえてくる。
「………」
その音を頭の中で遮断して皿洗いに専念していたら、すぐに皿洗いを終えた。
濡れた皿を軽く拭いてから水切りカゴに直していくと、テーブルの方から「蓮さん」と言う声が聞こえてきた。
「用意出来ました。飲み物は微糖コーヒーでよろしいですよね?」
「ああ」
微糖コーヒーでいいことを確信してるってことは、EP11の時の事を覚えているのか。
そんなことを考えながら、キリの良いところで手を止めてテーブルの方へ向かう。
席に付くと、先に座っていた小夜がオレンジジュース入りのコップを差し出してきた。
俺は自分のコップに微糖コーヒーを入れて、それに向けてカップを軽く打ち付ける。
「乾杯ですっ」
「ああ、乾杯」
EP11の頃と同じようなやり取りをすると、俺はケーキを頬張って咀嚼する。
甘すぎる生地をいちごの酸味で口直しをしながら食べ進めて行く。
すると、突然小夜が口を開いた。
「大晦日、実家に帰ろうと思います」
真剣な顔、なのか、何かお願いやら報告をする時のような顔をしながら、そんなことを言い出してきた。
俺は意味がわからず首を傾げる。
「……で?」
「ですから、大晦日か少しの間はおすそ分けは大丈夫です」
……いや、意味がわからないな。
俺って、たまにしかおすそ分けして──
「蓮さんは''毎日''、''必ず''おすそ分けしてくださるので、報告が必要でしょう?」
「………」
さも当然のように言ってのけている小夜だが、なんだか煽られてるような気がしてコメカミがピクつく。
眉を寄せながらヤケクソにケーキを口に掻き込むと、あっという間にケーキを食べ終えてしまった。
そして俺は、ばっ、と勢いよく立ち上がる。
「じゃあな!その小皿は洗っといてくれ」
「あ、はい、わかりました。いいお年を」
「………」
小夜が洗い物が甘いことを忘れて出ていこうとしたら、今聞き捨てならない事が耳に入ってきたんだが?
ちょっとまて、俺って来年もこいつと関わることは確定してるの?
静かに振り向けば、小夜は微笑みながら出ていこうとする俺に手を振るだけだ。
それを見て、俺は「勘弁してくれよ……」と盛大にため息を吐いたのだった。
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