EP23.姫に迫るチャラい影

 俺こと江波戸蓮えばとれんは、白河小夜しらかわさよと共に次のエリアへと進んだ。

 挨拶、もうシンプルで行ったほうがいいような気がしてきた。


 次のエリアは、巨大水槽がいくつかある……ファイナルエリアだ。

 このエリアに恐らく主人公がいるのだろう……少し楽しみである。


 まあ、目の前にあるでけえ水槽でサメが泳いでるし、俺としては早速怖えけども。


「ここ、普通にサメも見られるんですね」

「これイタチか?すげえな、人に有害なのを入れるのか……」


 それでも人に育てられているようで、少し小さめだし襲うような気配もないが。


 俺はイタチザメをじっくりと見つめながら、その水槽へと近づく。

 あの凶暴なイタチザメが間近で見られるのだ……興味深いものがある。


「……水族館にいるやつの全長は2、3mだから対して大きくはないな。が、やっぱ強靭なが口の中にある……でかい、鋭い。強そうだな……」

「ふふ、興味津々ですね。無論、私もなんですけどっ」


 テンション高めにそう言いながら隣で水槽にぶつかる勢いで近づく小夜。

 本来は凶暴なイタチザメに、あどけなさが含まれたその碧い眼が釘付けになっていた。


「そこのお姉さん、ちょっとどう?」


 子供かよ、という感想を抱く直前、聞き覚えのない男の声が後ろから突如聞こえた。

 まだイタチザメに釘付けになっている小夜を他所に、俺はその声に振り向く。


 そこになっていたのは、染めたのが丸わかりの茶髪にピアス。

 そしてニコニコと怪しげな笑みを青く光らせた、いかにもチャラい青年がたっていた。


 あ〜……これ、俗に言うナンパか?現場は初めて見るな。


 で、恐らく標的であろう小夜はやはりイタチザメに釘付けで、振り返りもしない。

 この反応……さすがに男の方が可哀想で滑稽に見えてくる。


「ねえそこのお姉さんだよ。金髪の!」


 しかしチャラ男はそれだけで諦めず、小夜に手を伸ばした。

 が、俺はその手を弾いた……可哀想に見えても、流石にあれだからな。


 「なっ……」と、理解ができていない顔で仰け反ったチャラ男。

 恐らく、いや確実に俺の存在にはまだ気づいていなさそうである。


 そこで、「ん?」と小夜が振り返った……いや、反応遅すぎね?あと逆に何に反応した?


 小夜が振り返ると、チャラ男は気にしないようにまた作り笑顔を作った。


「お姉さん一緒にどう?」

「……申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


 最近だったら……いや、もはや初めて聞くレベルの冷たさで、小夜はそう返す。

 しかし男は、その程度でへこたれない。


「え〜なんで?お姉さん一人でしょ?せっかくなんだしもっと楽しもうぜっ」


 いや、生憎と思いっきり二人だよ……


 そんなことを思っていると、小夜がこちらを横目に見てきた。


 ……場面的に、同行していることに対して、許可を求めているのだろうか?

 段々と俺のことが理解されているような気がしつつも、さすがに俺は頷いた。


「いえ、二人ですよ」


 予想通り。


「へえ、その連れはどこにいるの?良かったらだけも、その子も一緒にさ」


 連れを女と思ってやがんのか……?

 ……くっそ、貸したマフラーは女がつけててもなんの不思議も無い柄だ。


 周りに人いるし、面倒くさいしで引っ込んではいたかったが……


「いえ、とな──」

「俺ですが、何か?」


 面倒くさいしさっさと終わらせよう……そう思って、俺は声を張った。

 小夜とチャラ男は、俺の行動と登場に目を見開いている。


「……君、いつからそこに?」

「いや最初からいたんですけど?」


 全く、失礼なヤツめ……


「マジ?……ねね、お姉さん。こんなフツメンよりさあ……俺と見てこうよ」


 イケメンじゃなくて悪かったなおい。

 てか、俺って結構中性的な顔だからそこはどうしようも出来ねえんだよ……


 そう思っていると、男が再び小夜に手を伸ばしてきた……俺はまたそれを弾く。

 すると男が俺を睨んできた……俺も、いつも小夜に向けてる以上に睨み返す。


「……別にフツメンかどうかは私には分かりませんが、この方と来ましたので」


 睨み返す俺と男に、小夜が冷めた声でそう言ってのける。

 しかし、しつこい男はまだ攻めてくる。


「えぇ〜?なに?付き合ってるの?」


 俺は思わず笑ってしまいそうになった。

 俺が?こいつと?はっ、冗談も大概にして欲しいな。


「いえ、付き合ってはいませんが」


 笑いをこらえる俺を他所に、小夜が真面目なトーンで否定した。

 ……事実だが、今の質問は無視の方が良かったくねえか?


「なら、いいよね?」


 ほらこうなる……


 呆れた俺に対して、男が勝ちを確信したようなドヤ顔を浮かべてくる。

 ……いや、俺って別に小夜の事好きじゃねえんだけど。



「知るかよ……こいつの意見を尊重しとけ」

「ふ〜ん……お姉さん、どう?」


 にしても、ほんとにコイツしつこいなあ。

 そろそろ我流の護身術でも、一発決めてやろうかな……


「いえ、大丈夫です。では」


 小夜はまた冷めきった声でそう断りをいれて、スタスタと歩き出す。

 男は慌てて再び小夜に手を伸ばしたが、俺がそれを許さない。


 強めに弾いたからか、男は大きくたじろいだ。

 その隙に、俺も小夜の元へ駆け足でついていったのだった。






「……すみません蓮さん、こんな事になってしまって」

「ほんとだよ。全く……」


 俺がほぼ存在しないから、今回は一人って思われて話しかけられたのだろう。

 おかげで俺も巻き込まれたし、本当にこの体質は悪質なものだ……


「助けていただいて、本当にありがとうございました」

「……なんもしてねえよ」


 俺がぶっきらぼうにそう答えると、小夜は「ふふっ」と微笑む。

 その微笑みは、先程のチャラ男に対してと違い温もりを感じる気がする。


「先程の方の手を、何回も弾いていらっしゃったのに?」

「……うるせえ」


 俺は恒例行事になってきた小突きを、また小夜の額にお見舞いしてやった。

 ………。


「思ったんだが、なんでさっきから避けねえの?」


 これくらいの早さなら、さっきの俺みたいに弾いたりもできるだろうに……

 心底疑問に思ってそう訊くと……


「別にされても痛くないですし」


 と小夜は言って、クスクスと笑うだけだった。

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