EP19.姫は電車の中で
俺だ、
うーん、早くもそろそろ自己紹介のネタが尽きてきたな……
まあそれはさておき、今日は
ん?……は?デートじゃねえよ、お・で・か・けだからな?
どこも知らない誰かにヤンキー風にガンを飛ばす俺は、小夜を隣に駅へ向かう。
カモノハシの電子マネーで改札を通り、目的の駅の方面に行くホームに立った。
……ふむ、遅れなければだが、あと2分ほどで目的駅に止まる電車が来るな。
「………」
しかし黄色い線の前……いやまあ隣だが、そこに立っている小夜の様子がおかしい。
ぶるぶると体を震わせて、耳を赤くさせていやがる……
……その感じ、寒いのか?
見ると、小夜の防寒具は見た感じ手袋しかなく、顔から首までの肌を露出させている。
……はあ。
俺は呆れてため息を吐き、首に巻いた紺のマフラーを外した。
そして、失礼しそれを小夜の首に回す。
「……え?」
首が急に温くなったであろう小夜は目を見開いて、俺の顔をじっと見てきやがる。
俺はそんな視線を無視して巻いたマフラーを軽く叩き、レールの方に向き直った。
「あの……これは?」
小夜は俺が巻いたマフラーを抑えながら、困惑気味にそう訊いてくる。
しかし俺はそんな小夜に視線を向けずに、ぶっきらぼうに口を開いた。
「お前が寒そうにしてんのが悪い。目の毒なんだよ、その反応は……分かるな?」
決して、親切心から動いた訳では無いことは無いことは覚えていただきたい。
後目の小夜は「ありがとうございます」と呟いて、マフラーを強く握っていた、ふん。
そんなことをしていると、乗る予定の電車がホームに入って来て、ゆっくり止まった。
車内は暖房が効いてるだろうから俺はコートを脱いで、腕に下げてから電車に乗る。
車内は、この駅の前の駅周りがかなり都会だからか結構混んでいた。
俺はその人混みを力一杯に押して、それによって空いた隙間に無理矢理入る。
影が薄いからか、力だけで何とか入らなくちゃいけないのが少し面倒だ……
小夜はそんな俺の後ろに続き、なんとか俺の足の間へと足を滑り込ませる。
しかしどうしてだろう……小夜が車内に入った瞬間、少しだけ周りに余裕が出来た。
え、なに?この車両の客って「姫」様親衛隊の方々かなにかか?
……すまん、自分でも何言ってるか分からなくなってきた。
「………」
「………」
しかし人混みはやはり酷いものだったため、小夜との距離がかなり近い。
こいつの息遣いが聞こえるほどで、色々な意味で居心地が悪い……くそっ。
天を仰いで気を紛らわすと、数秒ほどで扉が締まって音をたてながら電車が動き出す。
なお、無論だがこの間に俺らの会話は全くなかった。
しばらく電車に揺られ、なんとか落ち着くことが出来た俺は正面を向いた。
「──っ……」
……ん?
なんだか後ろから違和感がしたため、俺は上半身を曲げてそれを確認する。
振り返って目に映るのは小夜……そんな小夜の様子が、再びおかしくなっていた。
先程と違って顔全体を青くさせて、苦しそうに身体を捻らせている。
電車の中、血色の悪い顔、[学園の「姫」様]と評される容姿……つまり。
俺は異変の原因をなんとなく察知し、小夜の腰部に視線を向ける。
……やはりか。
小夜の臀部にいやらしく、そして思いっきり男の腕が伸びていた。
その腕の持ち主は、帽子をかぶってマスクをしている男だった。
僅かに見える顔を見る限り皺があって目つきは悪く、若くはなさそうだ。
犯行時に真顔って、こいつ……
しかし、そんな事を考える
俺はその
男はまだ俺の存在に気がついてないようで、動かない腕を見て目を丸くさせていた。
直に男は腕に強い力を込めるが、余り俺の腕力を舐めるんじゃないぞ?うん?
これでも昔までは本気で筋トレをしていた身だ……そう簡単には負けないさ。
俺は男の腕を掴んだまま、運良く次に到着する目的の駅まで待った。
駅について、音を立てながら扉が開く。
俺は扉が開いた瞬間に男を強く押して、飛んでいく男と共に電車から出た。
その勢いで倒れた男の上に跨り、こいつの手を強く拘束する。
男は押し出されたことで俺の存在にやっと気がついたようで、「離せ!」と煩わしい。
俺とこいつの後から出てくる客も、男をみて好奇の目を向けている。
「おい小夜、すぐに駅員を呼べ!」
「は、はい!」
男を抑えながら俺がそう叫ぶと、小夜は人混みを掻き分けながら改札の方へ走った。
どうでもいいが、他の客は今の叫び声で俺のしている事が分かったようである。
「おい、お前。どうなるか、分かってんだろうな……」
他の客の感嘆の声を無視し、俺は声を極限まで低くさせて脅すように男の耳元で囁く。
男は僅かに見える顔を先程の小夜の様に青くさせて、さらに暴れ出す。
……しかし俺は、そんな男をさらに強い力で押さえつけた。
別に機嫌は悪くないが……さすがにこいつの
俺から解放されようと暴れる男を抑えて少しすると、小夜が駆け足で戻ってきた。
その隣には、駅員がこちらを不思議に見ながら駆け足で近寄ってくる。
「あの!」
俺がそう声を上げると、駅員が俺の存在に気がついたようで目を丸くする。
俺は少し労働した喉の調子を整えるために咳をして、口を開く。
「……こいつその女に痴漢してたんで、対処お願いできますかね。事情聴取とかも、そいつからお願いします」
「は、はい!わかりました!」
俺は駅員に男を任せ、事情聴取のために小夜をつれて駅員についていった。
「あの、ありがとうございました」
しばらくして事情聴取から解放された後、小夜が眉を下げて頭を下げる。
俺は呆れるように鼻からため息を吐き、胡乱な目で小夜を見据える。
「痴漢されてるのなら、車内に関係なくすぐに叫べばいいものを」
「すみません……怖くて、強く抵抗できなくて……」
まあ、怖いのは分かるが……
俺は今度は口からため息を吐き、「貸し一つな」と吐き捨てて水族館へ足を進める。
小夜は「はい……」と、とても申し訳なさそうに頷いた。
その反応はさすがに居心地が悪かったので、俺はまた小夜の額を指で小突いた。
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