EP17.姫とクリスマスイブ
あれから二日後、その夜の話だ。
俺こと
言ってはいなかったが、この行為は一人暮らしを始めてからの日課である。
ほぼ毎日ベランダにでて、コーヒー片手に参考書を読む……というものだ。
ちなみに、傘を押し付ける前も
しかし、その時の俺と小夜はまだ何も話すことはなかった。
変に話が逸れたな。
俺は柵から体を出し、ホワイトクリスマスと呼ばれる風景をコーヒーを啜りながら眺めていた。
尤も、今日はその前日クリスマス''イブ''ではあるのだが。
ここら辺一体はあまり雨は降らず、ということは雪ももちろん珍しかったりする。
これを眺めたいという誰でも持ち合わせる好奇心は、俺でも持ち合わせてるって訳だ。
「……綺麗ですね」
と、さっき話題に出した小夜も予想通りベランダに出て外を眺めていた。
俺みたいに体を乗り出させてはないが、その声色といい細められた瞳といい、うっとりとこの景色に見入っているのは明白である。
俺は「そうだな」と挨拶なしで適当に返し、コーヒーを一口。
ふう……と、満足気に息を吐いた時。
「……明日ですね」
また、小夜がそう呟いた。
……小夜が言っていることは、恐らく水族館のお出かけの事だろう。
俺は意味的にはほぼデートなことから心の目を逸らし、黙秘権を行使してただ外を眺め続ける。
「私、楽しみにしていますよ」
「……そうかよ」
……逸らしてても、なんだなむず痒くなるにはなるんだよな……くそっ。
俺は柵から手を離し、椅子に腰掛けてからマフラーの位置を上げ、現実でそっぽを向く。
「ふふ」
小夜は俺の行動の意図が分かったのか、笑いやがってきた。
癪にきて睨んでやるが。小夜は表情を変えず笑ったままだ。
くそっ、と俺は諦めてため息を吐いた。
「……今更だが、なぜ水族館なんだ?」
話題を逸らすように、仏頂面になりながらも俺はそう尋ねてみる。
実際、何故数ある候補の中から''俺と''水族館に行きたかったのかは気になっていた。
買い物に行くなら''欲しいものがある''という目的があるが、水族館は……なあ?
……いや、今思えばどこに出かけるとしてもデートに近い形になるんじゃね?
あの時は深く考えずに承諾したが……くっそ、やらかしたな。
──いや、これはデートじゃない、デートじゃなかったんだった。
……俺、なんだかアホすぎね?
少しだけ自暴自棄になっていると、話を逸らしたことを深く突かずに小夜が答えてくる。
「『興味があるから』と、前に言ってませんでしたっけ?」
「……それは聞いてる。が、水族館くらい普通の休日に家族とかと行けるだろ」
わざわざなぜ俺と?という意味合いを込めて、そう訊き直す。
なんだかもうどうでもいいが、自分から撤回するのもあれだしな。
「……言ったじゃないですか。私には蓮さん以外友達がいないって」
唇を尖らせながら小夜はそう言うが、意味がわからず俺は首を傾げる。
……なぜここで''友達''という概念が出てくる?
俺が理解してないのが分かったのか、ほんのりと頬を染めてヤケクソ気味に小夜は続けた。
「だからですね……
……まあ、とりあえず意味はわかった。
しかし、友達と行くことに興味を示す理由は分からないな。
「小夜にとって、友達と行く、ということがそんなに大事なのか?」
「……ええ。同年代の友達と一緒に行って、感想とかを言い合いたくて」
それで水族館に選ぶ理由……あれかね。
もしかしたら……と、俺は確認のために口を開く。
「小夜は水族館が好きなのか?」
「はい。子供の頃から好きなんです。言っていた通り、家族ともよく行きました。しかし、同年代の友達と水族館に行ったことがなくて、ですね……」
そんなに水族館が好きなのか。
俺は別に趣味とか好きな物とかを馬鹿にする趣味は無いので、理解の頷きを見せた。
「なるほどな、その気持ちは尊重するよ。変なこと訊いてすまんかったな」
「いえ……」
まあ自分でも意味不明だったがとりあえず話題は反らせたし、仮にも気になってたことが知れたしで一石二鳥だ。
この話題はそろそろ区切っておこう。
……ん?なんか、小夜の頬の赤みがまだ抜けてねえんだけど寒いのか?
そう思うと、マフラーと手袋があるとはいえ俺も少し寒くなってきた気がする。
「……んじゃ、寒いし俺はそろそろ寝るわ。おやすみ」
「え?あっ、はい。おやすみなさい」
……今更ながらキャンセルしようとかは思ったが……まあ、仕方なく行ってやるか。
……が、勘違いはするなよ?これは''お出かけ''であってデートではない。
俺は小夜の願望に答えようと、''渋々''ついて行くつもりなだけだ。
戸を閉める時、小夜が名残惜しそうにしていた気がしたが、俺は気にせず寝床に向かった。
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