EP14.姫と友達になった
俺こと
片手に参考書はない……傍の机に置いてはいるが、今は読む気分ではない。
「友達、ねえ……」
さっき美容院に行った帰りの
改めて言うと、[友達]というのは俺には存在''し続けた''ことがない。
この体質で、誰も俺の存在など直ぐに忘れてしまっていたからだ。
……もうなんども、なんども、新しくできた友達は俺の事を忘れていった。
EP2の時に言った謎名言も、元はその元友達の一人である。
……コーヒーを一口。
さすがに寒いからマフラーをしているんだが、飲みずらいな……
俺はマフラーの位置を、少し下げた。
「……マフラー、か」
マフラーで思い出したが、そもそも贈り物を、強引にでもされた……それをする関係。
つまり、知り合い以上の関係であるということは、認めざるをえない。
「しっかしなあ……」
俺は小夜の事を、まだ友達として認識してはいない。
……ただしく言えば、したくない、だが。
だが、[隣人]という立ち位置は知り合い以上友達未満だ……それなら、事実ではあるし認めてやらんでもない。
しかしあいつはしっかり『友達』と言った……あいつはどうしてそう言った?
「んー……」
「先程から何か呟いているようですが、どうかなされたんですか?」
「うおっ!?」
びっくりしたじゃねえか……
俺は、いつものようにベランダに出たらしい小夜を睨んだ。
「そんなに睨まないでくださいよ。こんにちは」
睨みは挨拶と以前……EP9の時に言ったので、小夜は苦笑しながらも律儀に挨拶をしてきた。
俺は別の意味から睨みを崩さず、威圧を込めて口を開く。
「……いつからいた」
俺が考えていた理由はまさにこいつだ。
呟きをいつからこいつが聞いていたかによれば……俺的には、非常にだるくなる。
小夜は俺の問いかけに、頬に指を当ててどう返答するか考えている様子だ。
少しすると、頷いた。
「江波戸さんの呟きのタイミングだと、『マフラーか』という時には既に居ましたかね」
「最初じゃないにしても、結構早いタイミングじゃねえか……」
もう一つ前なら悩みの本質が見抜かれていた可能性があったが、これでもだいぶと危ないところではある。
……しかしまあ、様子を見る限りは考えていた内容はまだ察してられて無さそうだ。
小夜はふと視線を俺の首に向けると、これまた目を丸くさせている。
そして、美容院前で遭遇した時とおなじ微笑み「ふふ」と零す。
「ベランダでも、私が贈った防寒具をを使ってくださっているのですね」
……なんかすげえむず痒いな。
俺はそれを悟られるぬよう、目を細めて睨みを強めた。
「さすがに寒いからだが、なんか悪いか?」
「いえ、嬉しいですよ。私の贈り物を気に入ってくれているようで」
「……そうかよ」
なんだか、すげえ屈辱的な気分だ。……ここは話題を変えたい。
……この際、考えてもわからなかったし、思い切って聞いてみようかね。
「……そういえばだが、美容院帰りに言ってた友達ってどういう事だよ。俺らの関係は、ただの''隣人''のはずなんだが?」
それを聞いた小夜は目を丸くした後、ふふっ、と微笑でくる。
俺は至極真っ当に尋ねたつもりなのだが、どこか可笑しいところがあったのだろうか。
「それはどうでしょうか。たしかに隣人だと知り合い以上の関係にはなりますね」
俺の考えを全て汲み取ったかのように、小夜は微笑みながらそう言った。
そして「でも」と小夜は続ける。
「それは知り合いとほぼ同じ位置だと、私は思います。ですが、私たちは知り合い以上の関係であることは確実では無いですか?」
……なるほど、それは同感、ではある。
だから、まず「確かにそうだな」と俺はまず同意の旨を伝えた。
「では──」
「まあ、待て。俺の話は終わっちゃいねえ」
小夜が理論をまた組み立てようとするが、まだ俺の発言は終わっていない。
俺は一つ一つの定義を頭で纏めながら、淡々とした口調でそれを並べる。
「ただ、それでも''隣人''で今の関係を言いくるめられるとは思うぞ」
とりあえず、結論だけは先に言って置いた方がいいだろう。
それを聞いて小夜は少しむっ、とした表情を見せたが、俺は続ける。
「隣人なら普通におすそ分けをしたりと、助け合いを必要最低限はすると俺は思う」
というか、今の関係が続いてる理由はあらかたそれなような気がするからな。
俺が傘を貸し、小夜が看病をする……そこから始まったのが、今の奇妙な関係。
三ヶ月ほど前のことを思い出しながらも、俺はまだ続ける。
「そして、その助け合いの対価を、''贈り物''として支払うのもありだ。白河も、これを贈る時にそう言ってたしな」
『''お世話になっていますし''』
首に巻かれたマフラーを持ち上げながら、俺はそう言ってのける。
最後の項目としては、EP12の上のやつだ。
充分長ったらしく理論を述べた気はするが、「それに」と俺はまだ続ける。
次は、俺と小夜の間で表すならまだ不十分であるはずのものだ。
「''友達''というのは、日頃なんの用もなく話し合ったりするだろう?」
……[友達]という概念自体詳しくは把握していないが、普通ならそういうものだろう。
しかし、俺と小夜にそういうものは無い。
「俺らはその助け合いのついでで世間話やらを繰り広げているだけ。だから、''友達''にまでには行かないと思うんだが?」
以上のことで、俺と小夜が[友達]と言いくるめられることに俺は疑問を感じている。
……さすがの小夜も、これには反論できないとは思う。
案の定、小夜は「ぐぬぬ……」と反論を探すのに忙しい様子だった。
その時点で、俺の勝ちというのは既に決まったようなものである。
俺たちは[友達]という関係ではないことがら今明確にされたわけだ。
小夜は眉を寄せ、俯いて何か別のことを考え始めた様子だ。
直に頷くと、しかし白河は観念したような顔で俺と視線を合わす。
「……では、今から私と友達になってくださいませんか?」
「……は?」
突然何を言い出すかと思えば、本当に何を言い出すんだこいつは……?
そんなこと、俺が頷くわけ───
「今から、双方の承認で友達になってくださいませんか?」
圧を強めながら、小夜は上目遣いにならながら俺をみつめてくる。
「……それを承認したとして、俺が得るメリットを提示しろ」
上目遣いにやられてなど居ないが、そこまでする理由が気になり俺はそう尋ねた。
これまで俺は[友達]を作ってメリットができた覚えがない……今の質問は、かなり重要な事だ。
静かに睨む俺に、小夜はこれまで見たこともないような微笑みを向けてきた。
「[友達]を持つことこそが、メリットですよ」
「……は?」
いや待て、どういうことだ……?
そんな俺を答えに導くよう、小夜は再び、ゆっくりと口を開いた。
「江波戸さんは誰にも気づかれないという現状を「どうでもいい」などという興味を示さない発言ではなく、『慣れた』と言いました」
ピクリ、と身体が少し跳ねる。
言った覚えがある……あれは確か、EP4にいじめから助けたあとだった。
小夜は続ける。
「それは、少なくとも''寂しい''という気持ちからくる発言ではないのですか?」
またピクリ、と身体が跳ねた。
今度は、先程よりもあからさま……そう、図星、だったのだ。
そんな俺の反応を見て確信されたのか、小夜は頷いた。
「その寂しさは交流関係に影響するもので、[友達]というもので解決することができます。それが、蓮さんにとっての[メリット]です」
怒涛にでてきた小夜のその証明に、俺はぐっ、と奥歯を噛み締める。
もはや頷くことしか出来ないが……ただ、一つの問題が解決していない。
「……条件がある」
俺は俯きながら、強くそう言った。
小夜はそんな俺の言葉に急に黙り込み、伺うように見てきている。
俺はこの言葉を口にする羞恥心を噛み殺し、深呼吸をして……言った。
「友達になったら、撤回するなよ。自然消滅も、絶対にナシだ」
……もはや友達の域に収まっているのかすら疑問に思われそうだが、どうでもいい。
メリットは見いだせたが……俺として一番重要なのは、その関係を続けることだった。
しばらく、俺と小夜の間に沈黙が走る。
頷かれないだろうか、と心配になっていると……小夜は、その沈黙を破った。
「わかりました、守ります。なので、江波戸さん。私と、友達になってください」
俺は目を見開いた。
まさか、友達の域から外れかねない条件を飲んでくるとは、思わなかった。
そして俺は、両手を上げた。
降参だ、という意味を込めて……頷いた。
すると、そんな俺をしっかりと見た小夜の表情がぱあーっと明るくなる。
「それでは、江波戸蓮さん、これからよろしくお願いしますっ」
「……おう」
改めて、江波戸蓮と白河小夜が友達になったことがここで決定した。
しかし……俺はもう、むず痒さで今日はこいつと話したくなかった。
「あ、ちょっとまってください」
だから部屋に戻ろうとしたんだが、呼び止められてしまった。
……さすがに無視するわけには行かない。
本当は、今すぐにでも布団に入って悶えたいのだがな……
「……なんだよ」
「友達になったのですから、連絡を交換しませんか?」
スマホを片手に、それを指さしながら小夜はそう提案してくる。
……いやまあ、スマホは持ってるけどよ。
「わーかったよ……ほれ……」
俺はスマホを取り出し、チャットアプリを手早く開いてQRコードを見せる。
すると小夜はにこりと満足そうに微笑み、俺のQRコードを読み取った。
小夜はチャットで【よろしくお願いします】と言ってる兎のスタンプを送ってきた。
その兎は白くてまるっこく、小夜に似て律儀に頭を下げてきている。
俺は適当に、チャットアプリの公式キャラのスタンプを送ってやった。
……いや、別にスタンプを持っていない訳では無いぞ?
「ありがとうございます」
「このスタンプだけでチャットが終了しないことを祈っとくよ」
かなり屈辱的で悶えたい気持ちを何とか抑えつつ、俺はぎこちなくにやけてやった。
「っ……」
俺は部屋に戻るとベッドにダイブし、枕に顔を埋めていた。
むず痒さの他に、もう完全にしてやられてしまったので、悔しさもあった。
そうしている内、勢いで枕の横に投げたスマホに振動がなる。
俺は頬を引き攣らせ、
【こんにちは、少しいいですか?】
【白夜】という奴からそう送られてきた。
白(河小)夜は分かるけど、すげえ厨二病みたいな名前だよな。
ちなみに俺は無難に、【草連】って名前だ。
……すまん、本当はちょっと遊んだ。
とりあえず俺は……
【なんだね?名前の最前後を取った結果、厨二病みたいな名前になった白夜さん】
と、先程の論破のお返しで皮肉げに送ってやった。
地味にチャットアプリで返信したのは初めてだわ……
少しすると、またスマホの振動がなる。
その内容は……
【うるさいですよ?蓮を分けた結果よく分からない名前になった草連さん。
これ、なんて読むのですか……あの、冬休みのスケジュールってどうなってますか?】
俺はニコリと笑いながら、こめかみに血管を浮き出させていた。
俺は音速に達しているタッピング速度でメッセージを打ち込む。
【うるせえ''くされん''でいい。急にどうしたんだよ】
キレながらもちゃんと用件を訊く俺よ。
自分でも何故かわからんが、俺は満足気に「ふん」と鼻から息を吹いた。
と、そこでまた小夜からメッセージが送られてくる。
:白夜:
【分かりました、草連さん。
用件としては、せっかく友達になったのですし冬休みを利用してどこかに出かけたいなあ、と思いまして】
冬休みにどこか出かける……か。
まあ、バイトも毎日ある訳では無いし、俺は対して考えずにメッセージを打ち込む。
:草連:
【俺は別にいいが、白河はいいのか?】
:白夜:
【友達になったのですし小夜でいいですよ。
いい、とは?】
──ちょっと待てやおい。
:草連:
【待て待て、その前に友達ってそう易々と下の名前で呼び合うもんなのか?】
:白夜:
【普通そうなのではないでしょうか?私も友達がいないので分かりませんが……】
いやこいつも友達いないのかよ。
まあ、たしかにチヤホヤされて固定して誰かと話すことなんて無いんだろうけど。
でもなあ……
:草連:
【……いいのか?名前呼び】
:白夜:
【私が持ち出したのですし、勿論いいですよ?】
うーむ……大丈夫なのか……?
まあ言ってる通りこいつが持ち出したんだし、別に俺は構わないんだが……
ちなみに、心の中は常に名前で呼んでるのは突っ込まないでくれ。
:草連:
【分かったよ小夜。俺も蓮でいいが、学校とかで呼ぶのはなしな】
:白夜:
【なんでですか?】
はぁ〜……
:草連:
【さすがに分かれよ「姫」様。あんたが男を名前呼びしてるとか、校内大惨事だぞ】
:白夜:
【はあ……そうですか、わかりました。
それでは蓮さん。先程のいい、とは?】
:草連:
【別に呼び捨てでいい。
出かけたとして、一緒に歩くことを見られたとしても俺の存在感ならまあ……構わん。
だが、そもそもの前提としてお前は男と出かけるのに抵抗は無いのか?】
:白夜:
【私、呼び捨ては苦手ですので……
友達ですし、別に私は構いませんよ?】
:草連:
【そうかよ。ならいい。
……じゃあ、二人の予定噛み合わないといけねえな。12月中でいいか?】
:白夜:
【構いませんよ】
しばらくスマホ画面そのままを移したが、なんで俺ら一つのメッセージで二つのやり取りしてたんだ?
……まあいいか。
で、無駄に操作に詳しい俺はチャットアプリのスケジュールツールを開いた。
それで、12月中の冬休みの日程を入力する。
:草連:
【これにそれぞれ行ける日にち入れるぞ】
:白夜:
【ありがとうございます。了解しました】
そういって1回メッセージを途切れさせた俺は、スケジュールツールに予定が空いている日を入力した。
入力し終えたところで小夜もスケジュールを入力したらしく、俺は二人の合うスケジュールを確認した。
………。
:草連:
【なんでクリスマスと大晦日しか空いていないんだ!?】
いや、さすがの俺もびっくりした。
どっちも色々とやばい日付である。
:白夜:
【大晦日に出かけるのもあれですし……12/25にします?】
いや、マジかよ。
:草連:
【いやいや待て待て、さすがにクリスマスに男と女で出かけるってやばくないか?】
:白夜:
【そうですか?】
:草連:
【おう、やばいと思うぞ。いやまあ、小夜がいいのなら俺も構わんが】
いや俺は俺でどうしたよ!?
送った瞬間に後悔した俺なのである。
:白夜:
【私も別にいいですよ。さて、場所はどこにしましょうか】
:草連:
【……小夜が決めろ。俺は別にどこでもいいんだ】
:白夜:
【そうですね……では私、水族館に興味がありまして、そこに行きたいです】
いや買い物とかじゃないのかよ。
てかそれほぼデートじゃねえかよ。
:草連:
【……まあいいが】
ここで承諾する俺も馬鹿だったわ。
テンパってるなあ、俺……
:白夜:
【決まりですね。ありがとうございます】
:草連:
【おう】
:白夜:
【じゃあ、当日マンションの最寄り駅前にある噴水でお願いします】
:草連:
【わかったよ、おやすみ】
:白夜:
【はい、おやすみなさい】
もうろくにメッセージを見ず適当に返信した俺は、スマホを充電器に挿して、雑に枕元へと放った。
そして再び、枕に顔を埋める。
「……今日はとことん疲れたな……」
友達になったといい、名前呼びといい、ほぼデートの約束といい……恐ろしい。
友達になったのはいいが、仲良くなるのは……まだ少し頷きにくいかもしれない。
本当に、俺はこれからどうなるんだろうな……
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
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