EP13.姫は髪を切る
今日、俺こと
実を言うと俺の髪は、男の中ではかなり長い……ロングヘアって訳でもないが。
元々長い髪を切るのが面倒くさくて、数ヶ月がたち……今はもう前が見えない。
だから俺は、マンション近くにあるこの美容院に足を運んだ。
……だが、早速ここで問題が発生する。
自動ドアがあかないのだ……
普段は他の人が自動ドアを開け、そのうちに入るという技をこなしている。
しかし、運が悪く今は誰も美容院を頻繁に出入りしていないのだ。
だから、俺は店前で突っ立ってどうしようか悩んでいる最中なのだ。
「……あれ?江波戸さんじゃないですか」
すると、最近何故か接触頻度が少しだけ増えている
俺は振り向いて、「よお」と適当に挨拶をすると、「こんにちは」と帰ってくる。
「何をしていらっしゃるのですか?」
「前髪が長くなってきたから美容院に来たんだが……自動ドアが開かないんだよ」
そう悪態を付きながら、俺はため息混じりに美容院を指さした。
一体こいつの前で、何度自分の体質で悲しくなればいいんだか。
すると、小夜は目を見開いて「奇遇ですね」と微笑んでくる。
奇遇ってことは、もしかして。
「ちょうど私も、この美容院で前髪を整えようとしていたところなんですよ」
「へえ……後ろは切らないのか?」
小夜はその金髪を肩甲骨の下くらいまで伸ばしていて、それは中々に長く見える。
それに、光沢を放っているので、お手入れは怠ってもいなさそうだ。
「まあ、これくらいの長さが好みですので」
「……手入れ、疲れないのか?」
ふと、金髪に視線を吸い込まれながら考えたことをそのまま口にしてみる。
髪が長いと手入れが大変なのは、俺自身も長い方だから多少わかる。
そんな俺よりもかなり長いのだから、それ相応に大変さも増すとは思う。
すると小夜は、自分の髪を撫でながら困ったような微笑みを浮かべる。
「自分の容姿のためなら、これくらいはやらないとダメですよ」
……律儀なこったな、こんな性格なのだから人気が出るのだろう。
「それにしても、私が贈ったマフラーと手袋、早速使用していただいているのですね」
そんなことを考えていたら、小夜が視線を俺の顔から首、そして手に移して微笑んでくる。
その微笑みは、いつもより温かい、というか嬉しそうな気がしなくもない。
それにむず痒さを感じ、俺は多少不機嫌になりながらも仕方なく答える。
「元々、防寒具はなんも持ってなかったからな。ありがたく使わせてもらってる」
「それならば贈った甲斐があります」
「ありがとよ……ところで、美容院に入るなら助けてくれないか?」
ずっと話題が逸れていたが、この真冬にずっとここに立たされるのも辛い。
そう思いながら小夜を見ると、小夜は「あっ」とやってしまったような表情をする。
「すみません。では、入りましょうか」
「ああ、頼む……」
小夜が先頭に立ち、自動ドアを開ける。
自動ドアを開けれる奴らが羨ましい……俺は開けれなくていつも苦労しているからな。
小夜に続いて店内に入ると、頭上で客が来た合図のベルが鳴った。
すると小夜の元へ、直ぐに女の店員が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませお客様、ご要件はなんで御座いましょうか?」
「髪を整えに来ました」
「分かりました。では、あちらにおかけ下さい」
小夜が店員に先導されて、席についた。
……なあ、これ多分だが俺のこと気づかれてないよな?
「あの!すみません!」
俺はまた悲しい思いをして、心から叫んだ……なんちゃってな。
で、さっきの女の店員が俺に気づいたらしく振り向いた。
「え?──あ!すみませんお客様!ご要件はなんで御座いましょうか?」
やっぱりか……女の店員は気づいて直ぐ、俺に駆けつけてくれた。
「俺も髪を整えに来たんすけど……」
「分かりました。それでは、あちらにおかけ下さい」
満面の営業スマイルを浮かべる店員に先導され、俺も席に向かう。
その席は、まさかの小夜の隣だったが。
「大変ですね……」
全貌を見ていたであろう小夜は眉を下げて、隣から話しかけてきた。
「もう16年間これだから慣れてるけど、やっぱ悲しくなるんだよなあ……」
そんなことを話しながら少しすると、小夜の方に店員がやって来た。
そして小夜はマントを羽織らされ、前髪のセットに入る。
暫く小夜の方の音をBGMに待っていたんだが、一向に俺の方へ店員が来る気配がない。
……もしかしたら、なんだが……
「……なあ白河。いいか」
「なんですか?江波戸さん」
「これ……また俺のこと、店員誰も気づいてないんじゃね?」
よくよく見ると、後から来た客の方が先に店員が担当していたりもしてる。
小夜もそれに気がついたようで、神妙な顔で俯く。
「……たしかに、そうかもしれません。あの、すみません」
「はい。なんでしょう」
小夜が担当してくれている店員に話しかけ、店員が応対する。
「この方、私の
「え?……誰もいないんですけど……」
いや俺ずっと認識されてなかったのかよ。
……というか、サラッと連れって言うなよ……一緒に入っただけで、用件は一応別だっただろ。
まあそっちの方が都合がいいのかもしれんから、反論はしないでおいたけどよ。
はあ、とりあえず……
「あの!俺です」
「え?──……え!?あの……いつからそこに……?」
いや最初から居たんだが?
そんな俺の気持ちを代弁するかのように、小夜が手を挙げる。
「最初から私と一緒に来ましたよ」
「すみません!では、少しお待ちください」
そういって小夜の担当が席を外す。
恐らく、俺を担当する店員を探してくれているのだろう。
俺は小夜の方へ視線を向けて、「すまんな」と謝罪の言葉を口にする。
「いえ、これくらいなんてこと……こちらこそ、勝手に連れと言ってしまいすみません」
「……別に俺は構わんけど、白河こそ大丈夫なのか?俺を連れにして」
ただの隣人だし、俺みたいなやつを連れにするのは抵抗なかったのだろうか。
「別に構いませんよ」
「そうか」
まあ良いと言ってるなら、良いのだろう。
少ししたら小夜の担当をしていた店員が、別の店員を連れて戻ってきた。
「あの、すみませんお客様。先程のお客様はどこに?」
いや、また見失われてるし。
ことごとく面倒くさいなあこの体質。
「そこに居ますよ」
「え?」
小夜に指摘されて、俺の方を見る店員。
さすがに気づいてくれ、叫ぶのもだるい。
「……あの、居ないんですが……」
しかし、そんな願いが叶うことはない……俺は諦め気味にため息を吐いた。
俺ってまた叫ばなきゃダメなのか?いや、叫ぶけどさ。
「あの!ここに居ます」
「え?──え!?すみません!では、お願いします」
連れてこられた店員が、俺の事をぽかんと見ている。
この人も、今叫ぶまでずっと俺のこと気づいてなかったんだろうなあ……
すぐに冷静な顔になった店員は俺にマントを羽織らせ、後ろに立った。
「では、失礼致します。ご要望はなんでしょうか?」
「髪のカットをお願いします。詳細は……──」
……そんな感じで、俺は前髪を中心ののカットを任せて、今日の晩飯を考えていた。
あの後、店員がなにか取りに行った時に一々叫ばなきゃいけなかったけどな。
これ以上に影が薄いのに損をした日、これまで無かったかもしれん……
本当に面倒くさい一日だった……
双方共に髪のカットが終わり、俺と小夜は美容院を出た。
今回はなんか色々と疲れたな……くそっ。
「前髪を勢いよく切ったことで結構良い雰囲気になりましたよね、江波戸さん」
小夜が俺の髪型を見て感想を言う。
まあ、まだ男の中では長い方だと思うが、視界が開けるくらいには切ったからな。
「誰もどうせ気づかんだろうがな。白河も心無しか、顔が見えやすくなってるな」
自分の体質のことに再度諦めながら呟き、褒めてきた小夜にそう返す。
ただ、小夜のとは打って変わって褒め言葉なのかどうかわからんだろう。
「褒めてはくれないんですね」
それを小夜も気づいたのか、苦笑しながらそう尋ねてくる。
俺は小さく笑いながら答える。
「お世辞とか知らんタチなんでな。別にお前と仲良くなりたい訳でもないし、いいだろ」
……もう、なんやかんやで交流が続いてる気がしなくもないんだがな。
ただ、俺たちはただの''隣人''……それ以上も、それ以下もないはずなのだ。
思わず目を逸らしながらそう零すと、小夜は不思議そうに首を傾げる。
「私たち、もう充分仲がいいと思いますよ?もう既に友達の域には達しているかと思うのですが」
「勝手に友達にすんな。ただの''隣人''だ」
勝手に関係を進歩させていた小夜に、俺は盛大に睨んでやる。
そんな俺に小夜は微笑みだけを返してきて、何も言わずにマンションの方へ歩き出していった。
……どういうつもりなんだ。
小夜は、たしかに俺と自分との関係を『友達の域を達している』と言った。
……本当に、あの男を寄せ付けないことで有名な「姫」様が、どういうつもりなんだ。
もはやそんな感想しか出てこない。
……しかし、俺は未だに小夜と仲良くするつもりは……友達になる気は、無い。
そこまでする理由は……これまで、友達を作って良い経験がなかったからだ。
寧ろ、影の薄い俺のことなど直ぐに忘れて、どちらかといえば悪い経験しかない。
小夜も、俺の事を見えてるといえども同じなような気がする。
友達になったとして、メリットというものが見いだせない……と、思う。
……小夜の背後を眺めながら、俺はそんなことを一人でそう考え続けていた。
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