EP6.姫の怖いもの
「ゴキ無理なの?」
「無理です」
はあ……帰ったらこれかよ、まったく。
ん?どういう状況かだって?この
俺が学校から帰るとマンションの廊下のベンチに
んで、苦手なゴキがいたから家に入れないんだと、はあ……
「で?これからどうするんだよ」
「それを今考えています」
……目も当てられないな、これ。
このままここに居られると目に悪いのだが、女の部屋に入るのはなあ……
デリカシーを理解してる俺、偉い。
「……まあ、俺は何もすることは出来ないからな。そんじゃな」
そう言って、渋々ながらも俺は片手を上げながら自分の部屋の扉を解錠する。
ドアノブを捻って、さあ部屋に入ろうとしたその時だ。
「あのっ」
そう勢いよく呼び止められたため振り返ると、視界に入った小夜は胸元に手を当て前のめりの姿勢になっていた。
そして、まるで何かを訴えるような……切羽詰まった表情をしている。
「………」
「……なんだ?」
そう言って眉を寄せる俺に、モジモジと言い淀んでいる小夜。
用件は察してはいるものの、また言うがデリカシーの問題でこちらから出ることは不可能だ。
「……非常に申し訳ないのですが、江波戸さんに
申し訳なさそうに、弱々しくそう言って頭を下げてくる小夜。
そんな小夜を見て、仕方ねえな、と俺はため息を吐いた。
「……構わんが、白河の部屋に入ることになる。それでもいいのか?」
高校生男児が一人暮らしをしている女性の部屋に無断で入るのは倫理的に危険だからな。
さっきもだが……デリカシーを理解してる俺、やっぱり偉い。
「私がお願いしているのですし、当然です……どうか、お願いします」
「わかった……殺虫剤はあるか?」
「もちろんです」
それならば話が早いな。
俺はカバンを自室の玄関に放り込み、小夜の方に向かった。
「……入るぞ?」
「お願いします」
最後に断って小夜が頷いたのを確認し、俺はゆっくりとドアを開ける。
視界に移るのは、俺の部屋と違って中々に片付いている部屋。
フローリングはピカピカに光り、壁にはシミひとつ汚れもない。
右側にある靴箱はホコリひとつなく、花の飾りがひとつぽつんと置かれていた。
……ふむ、ほぼ全貌は見れないものの、なかなか綺麗だな。
いやまあ、逆に俺の部屋が汚すぎるだけなんだけどな。
「どこで見つけた?」
「リビングです……」
顔だけ後ろに向けて尋ねるとそう返ってきたので、「了解」と呟き靴を脱いだ。
律儀に靴もしっかりと並べ、本来なら倫理的に良くない境地へ足を踏み入れる。
……すると、なぜだか小夜も恐る恐るついてきたのだ。
その顔は、何かに怯えていそうな顔だ……表情が豊かになったもんだよ。
でもな?
「別に外にいてくれても大丈夫だぞ?」
「いえ、やっていただいているのですから……」
「そうかよ……」
別にいいが、その表情を見るとすげえ無理してる感が否めない。
そんなことを考えながらも、無駄だろうから俺は何も言わなかった。
俺は入ってすぐそこにあった殺虫剤を装備し、リビングに進んで辺りを見渡す。
小夜が俺を盾にするようにして体だけ隠し、こちらもリビングを見渡す。
……いや、俺を盾にするくらいならやっぱり待っててもらって欲しいんだが?
<カサカサ……>
「ん?」
……おっと、そんなことを考えていたら、どうやら黒き逃走者が現れてくれたらしい。
俺はそれを視認した瞬間、目を細めて殺虫剤を構える。
「──ひっ!?」
「──ん?だいじょ──って、おい!」
急に悲鳴をあげたかと思えば、突然俺に抱きついてくる小夜。
こいつ、いきなりっ……!
「離れろ……!」
「ふぇ?あ!すすすしゅみません…」
俺がいたたまれない気持ちを抑えてそう言うと、ばっと離れる小夜。
めっちゃ噛んでるし顔真っ赤になってるしで、本当に大丈夫かよこいつ……
「……はあ、まあいい。いってくる……」
俺は、殺虫剤片手に改めて構えをとった。
すると、Gがこちらに近づいてきた。
「ひぃ!こちらに近づいてきます!」
「いやだからくっつくんじゃねえ!」
なんで玄関に逃げる事はせずに俺にくっつくるんだよ!?
本当にこいつ大丈夫なのかよ……!?
……とりあえず、俺は理性をフル回転させて近づいてくるゴキに殺虫剤をお見舞した。
すると、ゴキの体が鈍った……今だ。
俺はくっついてくる小夜をなんとか振りほどき、ゴキにゼロ距離まで接近。
空いてる手で、逃げようとしているゴキを素早く摘んだ。
指の中でカサカサと足を動かし続けるゴキを一瞥して、俺は小夜の方に振り返る。
「捕まえたんだが、これどうすればいい?」
「ななななんでそれを素手で掴めるのですかぁ!?」
俺がゴキを掲げて見せると、そう言って慌て出す小夜。
そんな反応されても、逆に俺としてはそんなに慌てられても困るものだったりする。
「……で?どうすればいい」
「こ、これに包んで袋に入れてそこのゴミ箱に捨ててください……」
早口でそう言いながら、小夜は駆け足でティッシュとビニール袋をもってくる。
俺はティッシュにゴキを包み、袋にいれ、口をしっかりと結んでゴミ箱に投げた。
それから、俺は手を念入りに洗う……まあ、さすがに汚いからな。
「……ふう、これでいいか?」
「ありがとうございます!いつか、この恩は絶対に返します」
「いらん」
小夜のその宣言に嫌気がさし、俺は即座に首を横に振った。
そんな律儀になられてもめんどくさいだけだ。
「いえ、私がしたいのです……そうですね、あの汚い部屋を片付けましょうか?」
おぉ!言い方が気にならなくもないがそれはとてもいいな!
対価が平等かはさておき、チョロ男の俺は淀んだ目を輝かせて頷いたのであった。
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