EP5.姫は席も隣

 あの後か?特に何かあるわけもない。


 俺こと江波戸蓮えばとれんはご存知の通り、影が絶望に薄く、名前も知られていない。

 そんな存在である俺が白河小夜しらかわさよと?ありえるわけがないだろう。


 まあ、そんな事はもういいんだ。

 今回は、俺にしては珍しく学校の話をしようと思う。


 今は10月上旬のとある昼休み。

 俺は入学式から変わらない窓際1番後ろの席で、頬杖をつきながらぼーっとしていた。


 ──うん?ああいや、別に席替えが無いわけじゃあないんだ。

 出席番号と言いこの運と言い、ずっとここから変わらない、それだけだ。


<キーンコーン>


 ──おっと、そんなことを考えていたら五時間目の始まるチャイムが鳴ったな。

 聞いても変わらない授業の時間なんて苦痛だし、そろそろ俺は寝ることにしよう。


「テスト終わったし、席替えするぞ〜」


 ……そういえば、たしかに先週中間テストが行われていたな。

 うちのクラスは、定期テストが終わる度に席替えをされる事になっている。


 ……まあ、多分今回もこの定位置が変わることはないだろうな。






 無事に席替えが終わった。

 予想通り、俺の席は変わらなかった。


 まあ理由は明確で、席替え方法にある。


 その席替え方法とは、現在の席を担任が適当にシャッフルするだけというもの。

 しかし、それだと俺の名前を覚えてない先生は俺の位置を変えるわけが無い。


 ──ん?その席替え方法だと他の奴らも対して席が変わらないんじゃないかって?

 ……いや、俺のところ以外は念入りにシャッフルが繰り返されるからか、結構変わるぞ。


 だから、理由はさっきのやつだ。

 まあ正直、気持ち良い日向が注いでくるから、俺としては窓際の席はだいぶありがたかったりはする。


「あ、江波戸さん。よろしくお願いします」

「ん?」


 知って得もしない席替え方法を声も知らない誰かに教えていたら、隣から声を掛けられた。

 反射的にそちらを振り向くと、小夜が俺の隣の席に座ってこちらに微笑んでいた。


 ……えっ、次の隣ってこいつなの?

 これまで交流もしなさそうだし隣なんてどうでもよかったが、こいつは別なような。


 ……いや、別ではない。

 話しかければいいだけの話だろう。


「ああ、よろしく」


 そう冷静に考えた俺はそれだけ言って、小夜から視線を外した。

 すると授業が本格的に始まったため、俺は今度こそ睡眠をとることにした。


 この担任は寝る生徒には厳しいと聞くが、俺には当然気づかない。

 そこだけは、この体質に感謝している。


「(江波戸さん、寝てはダメですよ)」


 そう愉快ゆかいに考えながら意識を手放そうとすると、隣から小声でそう注意された。

 そんな注意してきた不届き者……前を向いたままの小夜を、俺は顔を起こして睨む。


「お前に関係があることか?」

「(同じクラスなので、関係はありますね)」


 ……いや、さすがにその理論は無理矢理すぎじゃないか?

 でも、はあ……無駄だろうな。


 EP2で看病されようとした時も、こいつは自分の意見を押し通すところがある。

 今回のはさすがに勝てるわけもないし、言う通り前だけは向いておこう。


「……わーかったよ」


 そう言ってやれやれと両手を上げると、小夜は満足そうな顔になったような気がした。





 あの後、二時間という長い間の苦痛を睡眠で過ごせなかった。

 しかも、これから毎日六時間それができないとは中々に地獄だな。


 そんなことを考えてまたため息を吐きながら、俺はマンションへ到着した。

 エレベーターを上がり、廊下を歩いて自分の部屋を目指す。


 いつもと同様に角を右へ曲がり、さあ我が家……とは、今回はならなかった。

 廊下の奥に設置されているベンチに、小夜が座っているのが視界に入ったのだ。


「……なにやってんだ?」


 怪訝に思って俺は声をかける。

 よくよく考えれば無視すればよかったんだが、なんとなく無視できなかったのだ。


「こんばんは。それにしても、部屋に留まらず席隣でしたね」

「……まあ、そうだな。正直、だったらどうした?という話だが」


 冒頭に言った通り、二つの偶然が重なったとしても俺は陰キャ中の陰キャ。

 釣り合うわけもないし、他のやつと同様にもうこいつと関わるつもりは無い。


 そう思って部屋に戻ろうとすると、視界の端に僅かに目を見開く小夜が見えた。

 ……どうしたんだろうか、と、何故か分からないが俺はまたそちらへと意識を吸い寄せられる。


 そのまま、謎の沈黙の時間が訪れる。

 ……何をしているんだ、俺は。


 直前に考えたこととは矛盾した俺の行動に、俺は苦笑して部屋に戻ろうと扉に手を伸ばす。

 すると、そんな俺をとどめるように小夜は突然微笑んできて口を開いた。


「江波戸さん、私に興味無さそうですよね」


 ……急にどうしたんだろうか。

 そしてやはり、意図せずに意識が吸い寄せられていってしまう。


 ……俺はもう諦めて、小夜の質問を飲み込み口を開いた。


「実際、興味は無いな。姫だか女神だかしらないが、俺とは無縁な関係だ」


 先程の考えを交えながらそう考えると、小夜はこれまた驚いたように目を見開く。

 色々とどうしたんだ、と怪訝に思って小夜を睨むと、小夜ははっとなって「いえ」と微笑み直す。


「自惚れ……なのかもですが、他の方が私を見る時、その目には大体下心があるのです。だから、蓮さんの様な方は興味深いな、と」

「……お気の毒だが、急に興味を示されても俺はどう反応すればいいんだ」


 そりゃ確かに小夜の容姿は下心を生むだろうが、それが無いだけでどうしてそう興味を示すのかはよく分からない。


 俺に関しては、小夜と縁があるわけないからそんな心が生まれないのであってな。

 俺が普通の体質ならば、少しはその下心が浮かんでしまうのでは、と思う。


 ……まあ、そんなことを考えても俺にとっては無駄な話なのは変わりはない。

 恋愛とか友情とか……そんなのはもう、とっくの昔に諦めた。


 話がそれすぎてしまったな。


 首を傾げる俺の質問に、小夜は「えっと」と苦み混じりの微笑みを浮かべている。

 ……そういえばこいつ、ずっと微笑んでいるような気がするな。


 いや、たしかに変わる時は変わるんだが、基本的に微笑み、というのが板に付いている。


「……気味が悪いな」

「……えっ?あの、私に何かありましたでしょうか?」


 ってしまった、心の声が漏れた。

 ……まあ、この際ちょうど良いだろうし、俺は表情を変えずに続ける。


「白河ってさ、いつもいつもその表情だろ?何をしようが、されまいが。それが気味が悪い。そう言ったんだよ」


 少しストレートすぎた気がしなくもないが、事実なので訂正はしないでおく。

 すると、急に小夜は目を盛大に見開いた後、突然真顔になった。


 ……さすがにストレート過ぎて、地雷を踏んでしまったか?

 そんなことを考えて小夜を伺っていると、小夜はふっ、と笑った。


「……そうですか、それは失礼致しました」


 ……地雷は踏んでいないようで安心したが、どういうことだったんだ。

 そんな俺の考えをもみ消すかのように、小夜はノータイムで次の言葉を口にする。


「……ところで、授業中ずっと寝ようとしていましたけど、寝てはダメですよ?」


 突然の話題転換……俺は目を見開く。

 小夜は胡乱な目で咎めるように俺を見ている……初めての、表情だ。


 ……だが、話を合わせておこう。

 気味の悪さが抜けたのだから、また咎める理由もないだろうからな。


 そう考えた俺は、やれやれといった感じに両手を上げてため息を吐いた。


「寝てても誰も気づかないんだし、そんなの俺の勝手だろ」

「なぜそれで学年2位なのでしょうか……」


 今度は半目による睨み……また、初だ。

 ……いや、咎める理由はない。


 で、実をいうと、俺はこんなでも勉強と運動は一応平均以上はできるのだ。

 小夜とは違って、学年2位なのに誰も賞賛してくれないがな。


 賞賛してくれない、というかそもそも知られていない……はずなのに。


「なぜ白河が俺の順位を知っている?」

「さすがに知ってますよ。上位30位までの方は把握しています」


 やっぱり律儀だな……俺にはとても真似できそうにないと思う。

 ちなみに言っておくと、1位はご存知の通りこの白河小夜である。


 そんな小夜は、イタズラっぽく笑って俺を覗き込んできた。


「いつも江波戸さんに抜かされそうになるので、実はハラハラしてたんですよ?」


 また、初めて見る表情……

 ……じゃなくて、煽るような言い方をしてきやがるが今度本気で抜かしてやろうか。


 ……って、変わりゆく表情に気を取られていたが、最初から話がそれすぎじゃないか?

 俺はそう思って、話を続けようとする小夜に待ったをかけた。


「話を戻そう。もう1回聞くが、こんなところにいてどうしたんだ?」


 俺の話題修正に「え?」と小夜はキョトンとした顔になって首を傾げる。


「あっ、えっと……その、出たんです……」


 しかし、すぐに俺の言葉の意味を飲み込むと、頬を赤らめモジモジと言い淀み始める。

 いや、『出た』って、何がだ……?


 そう思って小夜の様子を伺っていると、時期に小夜は口を開いた。


「黒いあの、Gの生物が……」


 目を瞑り、恥ずかしそうに俯く小夜。

 かなり予想外だった答えに、俺は思わず……


「は?」


 と返していた。

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