EP7.姫とお掃除

 次の土曜日になった。

 お察しの通り、あの後は何も無かった。


 まあ、俺こと江波戸蓮えばとれん白河小夜しらかわさよの事になんて興味はない。

 ついでに言うなら、他の奴らには気づかれないしで……本当に、当たり前なのだ。


 ……そういえば余談だが、この前のテスト、どうやったら受けれたんだ?と疑問に思ったやつもいるだろう。

 すまん、居てくれ、頼む。


 ……でだ、テストは普通に受けれるんだ。


 前の席のやつは、後ろの席に生徒がいるという事だけを認識している。

 だから、存在自体は認識はされないが、問題用紙と解答用紙が配られはするんだ。


 ちなみに言うと、これでも皆勤賞な俺だったりはする。

 ……やっぱ誰にも気づかれてないがな。


 そんな雑談はどうでも良かったな、すまん。

 今日の俺は家で惰眠を貪っていたんだが、急にインターホンがなったのだ。


 なんだ、と一応出ては見る。

 無警戒に俺がドアを開けると、そこには隣人……小夜が立っていた。


「……あー、そういえば約束してたな……」


 この間の約束を思い出し、俺は頭をかきながらそう呟く。

 それは、ゴキブリ退治の対価として、時間がある土曜日に掃除をしてくれるという約束の話だ。


「そうです。お邪魔してもいいですか?」

「かまわん、頼む」


 ということで部屋に招く。

 また余談だが、そろそろ小夜が俺に気がつくのに驚かなくなってきていたりする。


「聞きたいんですが、落ちているのは雑誌、新聞……くらいですね。それで、それは全て必要なものですか?」

「まるまるいらん」


 本やゲームは普通に片付けてるし、衣類に至ってしないと困るから常々洗濯している。

 だから落ちているのは雑誌、新聞だけだ。


 今どき新聞?と思うかもしれないが、もしもの時に新聞は結構役に立つのだ。


「……それなら、全部捨てればいいだけですよね?」


 呆れた顔で小夜は言う。

 全くのド正論なため、俺は「そうだけどな」という肯定を最初に置いた。


「でも、どう整理すればいいのか分からないんだよ。こういう雑誌類を捨てるのは色々面倒だし、だから放っておいたらこれだ」


 捨てるなら古新聞に出さなくてはダメだし、それを纏めるのは面倒くさいのだ。

 ファッション誌とか頻繁に買うのにこんなのだと、すぐにこうなるのは当然の話なのかもしれない。


 ちなみに、新聞に関しては同じ理由だが、必要の時もあるため数は雑誌より少ない。

 が、そろそろまた新聞が必要になる頃である。


「……そうですか。ならば、教えます。とりあえず、ビニールテープはあるようですので、全て集めましょう」

「はいよ」


 神妙な顔つきで俯いた後、意気込んで頷き早速指示を出してくれる。

 ちなみにビニテと、ついでに散り散りなゴミのための袋は、約束した日に事前に用意していた。

 

 俺と小夜は腰を曲げ、一緒に新聞と雑誌たちをかき集め始める。

 そこでふと思っていたことを訊いてみる。


「……新聞はある程度取っておきたいんだが、その時はどうすればいい?」

「畳まれたまま放り投げられているものもありますのでそれを……カゴとかあります?」

「ある」


 収納用にカゴとかは完備している。

 さすが俺、準備はいい。


「じゃあ、そのカゴにそれを入れるようにすればいいですね」

「はいよ」


 言われた通りにカゴを取り出して、そこに畳まれている新聞をある程度入れる。


「集めたものは、一旦玄関に置いておきましょう。後からまとめて処理します」


 小夜が粗方集めたようで、そう言ってから玄関に向かっていった。

 少しすると、駆け足で戻ってきた。


「……へっ?」

「ん?──どわあ!?!?」


 小夜が雑誌で滑って転んでしまったようで、勢いよく俺に倒れかかってきた。

 突然のことに俺は体制を崩し、小夜が上に乗る状態となっている。


「いってぇ……」

「すすすすみません!大丈夫でしゅか!?」


 小夜が顔を赤くして立ち上がる……前回と違うところ噛んでるぞ、おい。

 俺は後頭部を摩りながら、立ち上がる。


「ああ、大丈夫だ……散らかってこちらこそすまんな」

「いえ……」


 小夜はまだ顔を赤くしているが、俺はそれに呆れ、半目になって作業を再開する。

 勘違いなんてしないし、別に意識もすることはない。


「……本当に江波戸さんって、私に興味ないですよね」


 小夜が顔を膨らませる……いきなりなんなんだ、一体。


「急にどうした?」

「なんでもないですっ!」


 そっぽを向かれた、本当になんなんだ。

 まあそんな事はどうでもいいんだ……俺らは掃除を続けた。






「終わったかね?」

「ホコリを落としたらですね」

「おっと」


 まあ、嫌ではないからいいんだがな。


「天井からやればいいんだっけか?」


 詳しくはわからんが昔、上からやった方が後々楽だと聞いたことがある。

 しかし小夜は、首を横に振った。


「換気はしっかりされていましたし、天井にホコリはそこまでついてないでしょう。電球だけ軽く叩いてから、物のホコリを落とし、掃除機をかけたら綺麗になるかと」

「へえ〜……」


 結構勉強になるな……

 ただ、そこまでって言ってもついてるらしいし、天井は後で一人でやっとこう。


「……ところで、ホコリと言えば。その服装は汚れていいのか?」


 ずっと気にしていなかったが、今回の小夜はロングTシャツにデニムパンツだ。


「ええ、そろそろ使わなくなるものを着て来ましたので」

「そうか。ならいいんだが」


 ぶっきらぼうに返事して、俺らはホコリを落とし始めた。






「綺麗になったなあ……」

「江波戸さん、油断は禁物ですよ。継続こそが大事なのです」

「……まあ雑誌とかはすぐにまとめて捨てるわ。掃除機かけるのも容易いことだしな」


 正直またこうなる方が面倒くさい……地味に3時間くらいかかっちまったからな。

 そう思ってそう言うと、何故か小夜は目を見開いて俺を見てきた。


「意外ですね。そういうのは面倒くさがる人だと思ってました」

「……否定はしないが、さっきの状態から片付ける方がいくらか面倒くさいからな」


 先程考えたことをそのまま口にすると、小夜は「そうですか」と頷く。

 そして、小夜は興味深そうに俺を覗き込んでくる。


 ……なんなんだ、居心地が悪いな。


「……まあ、今日はありがとうな。この返しはお釣りが出ても不思議じゃねえけど、なにかして欲しいことはあるか?」

「いえ、大丈夫です」


 まあ、それならいいんだがな。

 そして、「お邪魔しました」と小夜は俺の部屋から出て行った。


 ……最近、小夜の接触は多かったが、これからはもう関わることもないだろう。

 俺は、そう確信していた。

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