EP3.姫は借りを返したい

 ……なんだか、妙な感覚だな。


 今、俺こと江波戸蓮えばとれんは寝ているのだが、敷布団しきぶとんが固くて体が痛い。

 が、毛布は柔らかく暖かいので、気持ちをどう表現すればいいか分からない状況だ。


 ……そろそろ起きた方がいいな。

 寝すぎなのも、あまり良くないだろう。


 渋々ながらもそう考えついた俺は、まず異様に重いまぶたをあげた。


「………」


 ……なんか、いつも見ているうウチの天井では無いんだが。

 俺の部屋は白い天井一色のはずなんだが、視界に映る天井は右8割がグレーで左2割が綺麗な青で染まっている。


 ……どういうことだ?

 瞼のように体も重いがとりあえず起き上がって状況を整理しよう、そうしよう。


「……あ、起きたのですか。江波戸さん、おはようございます」


 腕を支えにしてなんとか起き上がると、後ろの方から頭に残りやすい声を掛けられる。


 そんな声が脳内に流れてきた瞬間、記憶がフラッシュバックを通してよみがえった。

 ……たしか、まぬけにも風邪に気づかずに倒れたんだったっけか。


 そう思い出しながら声の主の方に振り向くと、すぐそこに白河小夜しらかわさよが立っていて、微笑みながら俺を見下ろしていた。

 ……結局俺は、あの後どうなったんだ?


「……おはよう」


 そう考えながらも、俺はカラカラに乾いた喉からそれだけ零す。

 すると、小夜も「おはようございます」と返してきて、俺の部屋を指さした。


「起きたのなら部屋に戻ってくださいませんか?さすがに外で寝るのは窮屈きゅうくつでしょう」


 寝ていた所を見ると、敷布団……ではなく、俺の部屋を出て右手の奥、廊下の端に設置されているベンチだった。

 いや、そりゃ硬いわけだよ……頭いてえ。


「ああ、すまん。この毛布は白河のか?」


 心の中で愚痴を零しながらも、世話になっただろうから礼を言いつつそう訪ねると、小夜は頷いた。

 淡い水色のそこそこ分厚い毛布なんだが、すげえ手触りのいいやつだ……ほしい。


「ええ、さすがに貴方の部屋に入るのは失礼でしょうし、そもそも貴方を持ち上げるのも厳しかったので、急遽持参しました」

「……ありがとう。今度なにか借りを返す」


 まあ、さすがにパクるわけにもいかない。

 欲望を振り払いながら立ち上がり、俺は毛布を畳んでそれを小夜に手渡した。


「………」


 ……ふむ、少しだるいくらいで、俺の体は粗方普通に動けるようだ。


 体の調子を確認しつつも、俺は部屋の鍵を

開けてドアを開ける。

 部屋に入ろうとしたのだが、小夜がこちらに近づいてる気がして俺は振り返った。


「……なんだ?」

「部屋に入れてください。昨日の借りを、返させてください」


 真剣な顔でそう言ってくる小夜。

 その手には毛布ではなく、何かが入ったビニール袋を持っていた。


 ……毛布を直すのはやすぎね?


「……いや、別にいいんだが。俺が勝手に押し付けただけなんだし」


 少し驚きつつも、ため息を吐きながら俺はそう言ってのけた。


 別の意見から、すれば昨日の俺の行動はお節介やら鬱陶うっとうしいやら言われる気がする。

 だから、別に礼なんていらなかった。


 だが。


「例え押し付けだったとしても、少なくともそれはあなたの''良心''からでしょう?ならば、私は借りを返す義務がありますし、あなたはそれを受ける責任があります」


 なんか急に難しそうな理論みたいなのを、小夜は微笑みながら述べてきた。

 ……いやまあ、間違ったことを言っているとは思わないから否定はしないけどな?


「それはさっきやったろ。それだけで、昨日の俺の行動にお釣りが出ると思うんだが?」


 そうだ、昨日俺がやったことなんてあまり軽すぎるものだろう。

 それに比べて今回のは結構な迷惑になったはずだし、これ以上受けたら逆に俺が返さなければいけなくなる気がする。


 で、それをまたお前が返し、また俺が……そんなスパイラルは本当に勘弁だぞ。


 しかし、小夜は首を縦には振らなかった。


「私がやりたいことは''風邪を治す''ことであって、''看病をする''ことでは無いのですよ。それでやっと、私の返しは完了致します。なので、諦めてください」


 いや、『諦めてください』て……


「それでは、お邪魔します」


 もはや有無を言わせず、俺の了承も得ずに部屋に入っていく小夜。

 なんだか抵抗すんのめんどくさいし、もういいや、と俺は何も言わなかった。


 さっきからずっと微笑みながら変な理論ぶつけてる姿も怖かったしな。

 これ以上反論しても、って感じである。


 部屋に入った小夜は、微笑みは崩さないながらもあからさまに頬を引きらせていた。

 ……いや、まあ気持ちはわかるけど、さすがにわかりやすすぎやしないか?こいつ。


「踏み場ってどこですか?」

「多分ねえよ、悪かったな。やり方がわからなくて掃除が全く出来ないんだよ」


 もはや俺は遠い目になってこれの対処を諦めていたりする。

 そレによって、段々と汚くなってゆく部屋……ははっ。


「だから、もうそこらの雑誌踏んでいいぞ。さすがに服類とかは落ちてないし」

「そういう問題ではなくてですね……」

「文句言うなら看病はいらん」


 まあ生きていけるだけで、今の俺としてはよかったりするんだよな。

 他人からとやかく言われる筋合いはない。


「はあ……まあ、そういう事なら……」

「これで引き下がらないお前、すごいな」

「それ、貴方が言います?」


 まあ、掃除だけが出来ないだけで、料理洗濯はまだ得意分野なんだけどな。

 料理めんどくさくて、最近は大体カップ麺やレトルトだけど。


 俺は無遠慮に雑誌やら新聞やらを踏んで進むだが、後ろから足音はしない。

 振り返ると、小夜は微笑みを崩さないながらも許容できていなさそうだった。


「……もっかいいうけどよ、さっきも言った通り看病はいらん」


 そんな小夜を見て、ため息混じりに俺はまた小夜を拒絶する。


 自分で粥くらい作れるし、この時のために冷えピタとかスポドリはあるからな。

 もうそこそこ元気だし、小夜はもはや用無しなのだ。


 小夜との面倒な交流などする気もないため、出て行ってほしかった。

 しかし。


「貴方は大人しくベッドで寝てください。出来ることならば、なんでもしますから」

「……はあ。そうかよ。じゃあ、お言葉に甘えさせていただくわ」


 それでもひかない小夜を見て俺は諦め、ベッドにダイブした。

 うん、やっぱベッドはふっかふかで最高。


 ……小夜はなんか作業始めたけど、まあ好きにさせればいいし俺はまた寝るか……

 眠気を誘う心地良さを俺は素直に受け入れて、瞳を閉じたのだった。

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