EP2.姫が家に訪問してくる
次の日……昨日の雨や風は全くの嘘かのように空は真っ青で、カーテンを開けつつ眩しい太陽光を感じ取る。
昨日は晩飯にカップ麺を食べて風呂も入らずにすぐに寝たからか、俺こと
今日は土曜日……つまり休日だ。
台風から脱した記念すべき日でもあるし、予定は無いがなにかしたくなる気分である。
……とりあえず、朝食にトーストを食べてその後をどうするかだな。
「ファックション!」
……盛大なくしゃみをしていてなんだが、
まだ9月だ、夏の暑さがまだ影響を残しているのかもしれない。
そうと決まれば散歩をしよう。
早くこの汚い1LDKの部屋から出て、朝特有の涼しい風に当たりたい。
そうだな……近所の公園にでも行って、ブラブラ歩いたりするか。
「ファックション!」
のんびりと歩きながら涼しい風に当たっていたら、ふと体が冷えきった感覚に
俺は公園からマンションへ帰り、エレベーターで自分の部屋のある階へと上る。
そして、ドアがちょくちょくある廊下を歩いて奥にある曲がり角をまず目指す。
しかし、歩くにしてもとても足が重い。
そして何故だか鼻水が先程から止まらないし、喉もかなり痛くなってきている。
だが、その曲がり角を右に曲がったらすぐに俺の部屋だ……頑張れ、俺。
無事に廊下を曲がった俺は、早く部屋にいこうと最後の力を振り絞る。
「──ん……?」
しかし、曲がった
そいつは、
そいつは、俺の部屋を出て右手の部屋に住む、[学園の「姫」]こと
……何故、こいつが俺の部屋の前に?
「……なんか用か?」
気になった俺は小夜へと近づき、小さくも出来るだけ大きい声で用件を尋ねる。
本当は喉が痛いから極力声は出したくはないんだが、仕方がないだろう。
小夜はこちらに気づくと、まず微笑んでぺこりと頭を下げてくる。
「おはようございます。外出していたのですね。今日は昨日貸していただいた傘を、お返しにお伺いしたのですけど……」
……小夜はそう言うが、俺はこいつに傘を貸した覚えはない。
押し付けた覚えなら、まああるがな。
そう表すように、俺はきょとんとした顔を作ってすっとぼける。
「なんの事だ。君に傘を貸した覚えはない」
「嘘をつかないで下さい。昨日、私の手に貴方が傘を握らせたじゃないですか」
……ちょっと待て、何故それが俺だと分かったんだ?
先程言った通り、俺はほぼ存在しないし、気づくはずがないのに。
「……なぜ俺だと気づいた?」
「どういう意味ですか?」
心底疑問そうに、小夜は首を傾げる。
面倒だな……俺は頭を書きながら、ぶっきらぼうに説明する。
「……俺はほぼ存在しないほど、影が薄い。名前だって誰にも覚えられていないし、誰にもいるという認識をされない」
……事実ではあるが、なんか自分で言ってて悲しくなるな、これ。
気分がどんどん下がっていく俺を
「……私は、私の手に貴方が傘を握らせて、そのまま走っていったのをちゃんと覚えてますし、見えていましたが……」
「………」
呆れたように知るはずもない事実を述べる小夜に、俺は
……てか、本当に今更だが、そもそもとしてこいつは今俺のことが見えている……な。
頭の回転が悪い……色々と疑問が浮かぶ点が多いのに、纏められない。
「まあ、そんな事はどうでもいいです。江波戸さん、風邪を引いてらっしゃるのですか?顔色があまりよろしくないみたいですが」
「……は?」
唐突にそんなことを言ってきた小夜に、俺は
俺が風邪?なにをバカなことをいう。
自分で言うのもなんだが、俺は生粋のバカなんだぞ?バカは風邪をひかないだろう。
ほぼ存在しないという現状を受け入れ、何も行動を起こそうとしない。
そんなどこまでもバカな俺が、風邪を引くわけが無いだろう。
だから強気に反論しようとした……が、上手く声が喉を通らない。
「……風邪なんて引いてないと思うが」
「顔が赤いですし、体も重そうですよ。それだけで心配になりま───」
「うっ……」
……ちょっとまて、急に意識を集中することができなくなってきた。
度の強い
足にも力が……いや、
しかし視界がぐらつく中、体が前のめりになっている感覚だけが分かった。
……そういえば、だれかがこう言ってたような。
『バカが風邪を引かないのは、そもそもバカは風邪を引いたことに気づいてないから』
これを言ったのは、確か知り合った瞬間に意気投合したが、もう疎遠になった男。
……はっ、これ、いい例じゃねえか。
……まあいい、もう意識も
俺はそのまま体を倒し、痛みが出ることを覚悟した。
……すると、<ボスッ>と鈍くない、むしろ柔らかい音がした。
「……やっぱり風邪、引いてたんですね。恐らく、私のせいでしょうか……借りた恩は返す主義ですし、仕方がありません」
何か決心がついたような小夜の声が、朧気な俺の脳へと響く。
しかし、その声は俺の脳内にまともに入ってくることなく、俺の意識は
「……あの?今は起きてください──」
次に俺を起こそうとする声が聞こえたが、俺の意識がすぐに戻ることは無かった。
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