第15話 洞窟

 ―フィレイア。


 身体が動かない。

 傷が深い。血が止まらない。

 失敗した。

「お父様…」

 もう、か細い声しか出ない。

 全身に力が入らず、身体を動かすだってできない。

 何故こうなってしまったのかと考え、こうすればよかったと思っても、もう遅い。

 慎重さを完全に失っていた。ひたすらにお父様の元に行くことだけを考えていた。冷静を欠いた思考で、敵の動きを見切ることができなかった。

 部屋に入った瞬間には、さらに私の思考が麻痺してしまった。目の前に居た敵にさえも気づかぬまま、一瞬で斬り伏せられたのだ。

 部屋の奥。お父様がいる。それだけは分かる、

 これは、間に合ったというのかどうかわからない。頭を向けたときそこに居るのを確認して、それまでだった。

 でも確かに目があった。それだけは分かる。

 本当に驚いた目をしていた。

 その瞬間は、満たされた気がした。

 だけど…。

 もはや、もうなにも考えられない。眠い。そして、多分、このまま死ぬ。

 結局なにも達成出来ず終わる。


 死にゆく体を感じながら、今は、ただただ、泣く。

(お父様…、ごめんなさい。不甲斐ない私を許してください。お父様お父様)


「…」


「…」






「起きろ!フィレイア!!」

 誰かが、私を呼ぶ。

 ―だれ?


「起きろ!フィレイア!!」

 あれ?まだ死んでない?

 うっすらと目を開ければ、セノーテ城の泉。その泉の奥の鍾乳洞の中であった。

 ノイエに背負われているのである。

「ラクーツカ!?…ノイエも?」

 反響し声が響く。

「…フィレイア様。…起きました。ノイエは、ここに居ます…」

「私は、何故、ノイエに担がれているの?」

「…脱出します。自分で走って欲しい」

「お父様は!?お父様はどうしましたか!?」

「その話は後…、逃げます」

「待って!嫌!」

「フィレイア様…。暴れないで…。逃げます」

「嫌!!嫌!!嫌っていってるの!!」

 暴れる私をノイエが必死に抑える。


「起こすべきでは無かったか。…ならば、ノイエといったか。令嬢をこっちによこせ。我が運ぶ。其方は、残った領兵を指揮し退路を確保するんだ。我が兵に指示などできん」

「…分かった、そうするわ。フィレイア様をお願い」

 ラクーツカは、私をノイエから奪い取ると、私を地に下ろすこともなく、肩に担ぎあげる。


 城がどんどん離れていく。

 私は、めんどくさい荷物だったろうと思う。

 もう、城へ行ってもどうすることも出来ないということは、頭では理解しているからだ。だが、感情のほうが納得しないのだ。

 そのために、暴れて、無駄に足掻こうとする。どうにもならないというのに。


「…皆さん。フィレイア様の退路確保してください。早く」

 珍しくノイエの大きな声が聞こえる。彼女はあんなにも声を張ることはない。

「フィレイア様を守れ」「ここを通すな!」「死守しろ!」―

 皆、私のために行動してくれる。

 皆、必死だ。命を懸けて。

「フィレイア、いい加減大人しくしてくれ」

「嫌!」

 解ってる、知ってる。でも!

「…道は、…フィレイア様に聞いて!」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 未だ、肩に担がれる私、荷物のフィレイア。

 


「離して…」

「ここは、どっちへ行けばいい?」

 分かれ道。

 ここは私にとって庭のようなもの、どこに通じてどこに出るか知っている。

「…」

「ふむ。何も言わぬか」



 まだ私は…。


 私は、意地を張って…。


 そう、もはや、ただの我が儘。

「この先に、行く前に。経緯を教えて欲しいわ」

「時間が、惜しいが。よかろう」




 私は、城塞に着くなり、ラクーツカを置いて飛び出すと、城壁を越えて中にはいった。そしてただひたすらに、城を目指した。

 戦況が悪いのは見ればすぐに分かった。

 それがさらに、私を急かした。

 そして

 いともたやすく倒され、死に体になった私。

 それを連れだしたのは、ノイエだった。

 城壁を越え、見失ったフィレイアを探していたラクーツカに追いついたノイエは、ラクーツカにと共に城の上部を破壊し、侵入した。

 その後は、ラクーツカが、敵のメイドとバウレーリアを抑え、その隙にノイエが担ぎ出したという話であった。

 傷は、回復水剤とノイエの魔法で治したらしい。

 なんという回復力の水剤であろうか。ネクタルやエリクシールを思わせる。



「お父様は?」

「話はしていない」

「そう…」

「武器と装飾品は、回収した。それを渡す」

「…ありがとう。……。そこの泉」

「なんだ?」

 泉を指し示す。

「その泉を潜って行けば横穴があります。そこを泳いで抜けて行けば、この洞窟をでることができます。この先の道は行き止まりです」

 分かれ道、そのいずれもが行き止まり。まさか、その泉が抜け道だとは思わないだろう。だからこそ、この洞窟が逃走経路として価値がある。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 あの後、泉を潜り、反対側の出口にでた。

 すでに空は暗くなり、明るい月だけが闇を照らしている。

 濡れた服。それを乾かすために、魔法で火をおこして、それを干す。

 その間に泉に漬かり、汚れた身体を洗い流すと、冷ややかな水が身体を撫で、熱くなっていた心を落ち着ける。


 結局、なにも出来きなかった。

 なにもかも失敗した。


「皆、私の為に…」

 身を呈して、私を…。

 守られただけだったことを噛み締めてうつ向く。

 思い返せば、最初からずっと守られ、最後には、ノイエも私を守って、生きてここにいる。

 思えばずっと、守られてばかりだった。


 ある日、出先で、魔物に出くわしたことがあった。あの時、家臣達は、私を囲って周囲を固め、私に危害が及ばぬように守る。私は、十分に訓練を積み重ね、騎手ほどに戦えるものと思っていた。

 それなのに…。

「守られることの何が悪い」

「え?」

 背後からだ。

「守られるということは、それだけの価値があり、大事なものであるからであろう」

「私が、ここの領主の娘だから」

「そうだな。だが、ノイエという娘は、それだけではないように見えたがな。なぜだとおもう?愛されているからだ。彼らには、愛されるだけの価値が在るからだ。それを何故誇らぬ」

「でも、私は」

「其方は弱いことが認められないだけだろう。前に出て認めさせようという、強さの証明は、ただの自己満足だ」

「違う」

「ノイエは、貴様なぞより余程強いだろう。なぜなら、それが仕事だからだ。輝ける宝石は、厚いセキュリティの中で守られて当然なものだ」

「それが!嫌だっていってるんです!」

「ただ力を誇示しようとするものと、護るために鍛錬を積んだものとでは、力量が違って当然だ。出来ないことをやろうなど、我が儘だ」

「煩いです」

「だが、ちゃんと、皆、其方の努力は認めているはずだ。だからこそ、イテングラータはここに来させただろう?」

 わかってる。ちゃんと、わかってるんです。ただ、力が足りず弱いのを認めたくないだけです。

「ははは、膨れて、顔を隠すなど、子供か。だが、我が儘も悪くはない。もっと我が儘にふるまうべきだな」

「なにを言ってるんですか、私の勝手な行動を怒ってるんじゃないんですか」

「もっと強くなればいいだけのことだ。自己満足の象徴こそ宝石の輝きというもの」


「…」

「それと父君のことは残念だった」

「うん」



「……」


「…」



 フィレイアは、泉からでると、背を向けていたラクーツカの正面へ回る。

 背を向けていたのは私に気を使っての事だろう。

 水浴びをしていたので当然に全裸。

 焚き木の火の揺れる燈色がフィレイアの肢体を艶やかに照らす。美しい銀色の髪は光をよく反射し、赤く輝いている。

「…」

 フィレイアは、そこでしゃがむと、手を地面につけ、前屈みの姿勢になる。

 重みで垂れ下がったフィレイアの形の整ったバストを見せつけ、そのまま前に進んで、ラクーツカに顔を近づけた。

 お互いの吐息を肌で感じる距離。

「ありがとう…」

「ああ」

「私の裸を見た感想は?」

「美しい、見とれて何も言えなかった」

「興奮した?」

「何を言っている。興奮しないはずがないだろう。貴殿の知るゴブリン族はそうではないのか?」

「そうよ、でも、貴方は違うわよね?」

「さあ、どうだろうな」


「私を守ってくれたことに感謝を。貴方が居なければ私はすでに…」


 フィレイアは目を瞑り、そのままに数分。


 フィレイアは腕をラクーツカの首の後ろに手を回すと、腕の力で体を引き寄せると、柔らかな胸を硬い胸に押し付ける。

 そして、腰を浮かしながら下半身をも引き寄せると、ラクーツカの膝の上へ腰をおろした。

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