第16話 黄金の王

 ―アウロラ姫。


 なんの因果か理解出来ぬまま、魔王になった。

 樹竜との闘いで、一時瀕死に陥った姫であるが、いまは、元気を取り戻している。

 自分の能力について知らないことがあった。

 異常なまでの回復性能、そして何らかの範囲に影響するバフを持っているらしいこと。レリアーナをはじめ皆は、戦闘中、私を傍に置きたがるのだ。


 そして、今、ピンチだ。

 樹竜の最後の攻撃。

 魔力を収束させ、上空に根を張り大量の枝を生成する。

 一発目で、かなりの死傷者を出した強力なあの枝の槍の雨。

 二発目の発射準備がされている。

 見るからに一発目よりも範囲も威力も大きい。

 緑色に発光する魔力の球体から魔力が根のように張り巡らされ、そこからさらに、先端の尖った枝が生成されているのだ。


「アウロラちゃん、準備はいいですかー?」

「いけますよ!はやく、あれを止めなくては!!ボルヴァラス!私をあそこまで運んでください」

 ボルヴァラスは、私達とは違う種族。魔人族である。

 飛行しているところを過去に見たことがるので、飛べるのは知っている。私よりも断然に大きな鳥を運んでいたので、私一人なんて余裕で運べるだろう。

「いいぞ、ちょっと待て」

 今更、何も隠すことはない。

 レリアーナも強力な魔法を使いまくっているし、ゴブリン族までいた。今更、魔人族だとバレても何も変わらないだろう。

 ボルヴァラスは、私の後ろにその腕を背中に回すと脇に抱えて持ち上げる。

(その持ち方、辞めてほしい…)

「いくぞ」

「う、うん」




 ボルヴァラスは、どんどん上昇する。

 脇に抱えているのは、魔王。

 魔王は、自分では飛ぶことが出来ないからだ。

 矢がどんどんと成長し数が増えていく。

「間に合いますか?」

「分からんぞ」

 接近してみれば、張り巡らされた根は、そのすべてが槍であった。槍を作り上げながら連なって伸び、それを形成している。

 それらすべてが魔力を帯び、発射の時を待っていた。

「やばいですよ!これ、やばいですよ!」

「分かっているぞ。そのために来たのではないのか?」

「そうです、そうですが、あれはだめですよ!」

「だが、素直には行かせてくれないようだ」

 槍の集合体から、それを構成するその一つがこちらに向けて発射される。

 槍一発一発が必殺の一撃。

 直撃すれば、槍が一瞬で貫通することだろう。

 発射されるたび、圧縮された空気が破裂音を鳴らし、風切り音と共に真っ直ぐに向かってくる、

「ぎいやあああああ、飛んできました飛んできましたよ!」

 だが、ボルヴァラスは、その程度の槍一本に当たることはない。それを苦も無く避けて見せる。

「まだです。まだきますよ!」


 右から、左からと槍がボルヴァラスに向かって飛ぶ。

 或いは上から、真っ直ぐに落ちてくる。

「右からきます!次は上!次、右!左!ひいいやあ」

 接近する程に飛んでくる槍が増える。


「上!上!下!下!左!右!左!右!いぃぃやああああああ!」

「アウロラ!煩いぞぅ!」


 蜘蛛の巣が何重にもかさなったのような根の中を、進むほどに飛びすさむ槍の密度が増し、その中をジグザクに立体的に移動して躱す。

 槍は上からだけでなく、下からも発射され、ギリギリの距離で躱す繊細な動きを要求されるようになり、槍がアウロラの足を掠めて飛び、風が足を擦った。

「ひゃあ」

 接触ギリギリの回避、そしてさらに避けた先で、眼前を槍が横切った。もう少しで頭に刺さる距離だ。

「ひぃ」

 短い悲鳴が出るが、さらにそこから方向を転換すれば、さらにぐるぐると旋回する。その後も回避行動によって急激な方向転換によって振り回され続ける。

 急降下したかと思えば、直角に横に飛んで急上昇する。

 急停止すれば、前方に槍が左右に落ちてくる。


「無理無理無理無理死んじゃう死んじゃう死んじゃうって」

 涙目になったアウロラが根を上げ、その後も幾度となく上がる悲鳴。

 ボルヴァラスの顔が険しいのは、その脇、間近でアウロラが悲鳴を上げるためではないと思いたい。


 飛来する槍はさらにどんどんと増え、ついには、槍がこちらを向いて密集し、行く手を阻む。

 槍は、魔力を帯びて発光し、すでに日が暮れて暗くなった夕闇を淡く照らし、お迎えが来たのではと思わせている。

「クソ!流石にこれ以上は、避けるのは無理か?」

「うそでしょ!?」

 絶望感を振りまく風景に戦慄する私だったが、直後、槍が爆発する。

 次々と槍が炸裂し、パラパラと破片が落ちていく。


「ぴんちですー?」

 その声は、レリアーナだ。


 振り向いて見れば、レリアーナは、箒の上に横向きに腰を掛けて飛んでいる。あんな細く安定性の悪いところに座ってよく落ちないものである。

 それも魔法による力なのでしょうか?

「ナイスですよ!レリアーナちゃん!」

 槍の一団が向かってくるのを、レリアーナの魔法が槍を爆発させ、さらに風圧で吹き飛ばす。

「はやくー行ってくださいねー。止まってる暇はないですー。後ろで援護しますからー」


 レリアーナの存在を確認し、その言葉を聞いたボルヴァラスは、速度を上げて、槍の集団へ突っ込む。

「もう少し、耐えろアウロラ!」

「ひぃ」

 ひたすらに上にある魔法の根源を目指して高速で空中を駆け巡り、より細かく、左右に動いて槍を避け、ギリギリを掠めて槍が飛んでいくのを肌で感じ、生きた心地がしない。

 右、あるいは左、上下に移動。そして回転。

 さらに隙間を、魔法で砕かれた槍の破片が落ちてくる。

 薄く煙が立ち込め、少し視界が悪くなった空。それでも止まることなく進む。


 爆炎、そして黒煙と木の焼ける臭い。その中から数本の槍が姿を現した。

「くそ!」

「だめですー。うち漏らしましたー」

「アウロラ。暫し堪えろ」

 槍が迫り、ボルヴァラスは、これから何をするとも言わず、行動を起こす。体の向きと位置が変えられているのは分かるが、何をしようとしているのか分かる前にそれが行われた。


「え?ちょまっ」

 身体がボルヴァラスの腕から離れ自由になり、身が軽くなる。

 風景は相変わらず高速で流れている。


 一体何が起きたのか。



 投げた。


 私を、投げた。


 あいつ、私を投げましたよ!



 何本もの槍が飛ぶ中をなんの支えも無く、行く方向をコントロールも出来ず、真っ直ぐに飛んでいく私。

 私を投げ飛ばしたボルヴァラスは、直後、剣で飛んでくる槍を打ち落として、その位置を移動する。

 私を手放したことで、自由になった腕で剣を取って槍を落としていた。要、槍を打ち落とすために、私を投げたのだ。

 投げ飛ばされた私は、そのうちに、少しずつ減速し、ゆっくりとした速度になっていく。遂に、空中で停止したかと思うと、方向を地面に向けて加速を開始した。

 私は恐怖に引きつり、声も出ない。

 私の横を、槍が飛んで来るが、それがさらに私の恐怖を煽るだけで、私は何もできない。

 ボルヴァラスは、そんな自由落下する私を見ながら、空中で剣で何本も槍を斬りながら、飛行を続け、落下する私に接近すると、空中でキャッチし、脇に抱えなおした。


 危険な空中に投げ出されたことで、恐怖を覚えたが、再び無事にボルヴァラスの腕の中に戻ってきたことに安堵する私。

「助かった。助かりました。怖った、怖かったですよ!なにするんですか!」


 だが、安堵して束の間のこと、私に大変なことが起こっていた事に気付いた。ある意味では、無事では無い。

「あっ?」



「……」


「どうした?」

 顔が真っ赤になった私だったが、正面から見られていないから、その顔に、気づいたわけではないと思う。

 だがしかし、明らかに私の様子がおかしかったのだろう。

 それは、恐怖に引きつっていたからだろうか。あるいは、羞恥心からだろうか。

 様子がおかしいのだ。

 身体に起きた違和感。その違和感が告げるもの。

 悟られぬよう、確認するが、やはり確実に、私に大変な事が起こっていたのは変わりなかった。


(やだ、下着、下着が…。下着が大変なことに!?)


「気にしないで。お願い」

「そうか」

「うん、大丈夫だから!」

 なんとか隠したい。という私の思い。

 悟られないようになんとか誤魔化そうとおもうが、追求されないならば、言わなければ分からない。

 なんとか切り抜けたいという、その願いは通じたのか、さらに追求されないことに私は安堵する。

(バレてないバレてないですよ、なんとか最後まで、このまま聞かれなければ大丈夫です!)

 よしなんとか切り抜けられる。そう思った。

 だが、そんな私に無情な一言が告げられた。


「アウロラちゃんー!催してしまいましたかー?」


 後ろから付いてくるレリアーナである。

「言っちゃダメですよおおおおおおおおお!!!」

「あら、本当だったんですかー?冗談のつもりだったのですがー?」

「ぎいいいやああああああああああああ!!」

「自爆しましたねー」

 死にたい。

 漏れたとか、そう嘘です!嘘です何かの間違いです。嘘に決まっています!


 だが嘘ではない、湿り気を帯びた下着が、無情にも、その事実を肌に感じさせていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 魔力の塊まで目前、後はアレを破壊するだけだ。

「レリアーナちゃん。来てますか?」

「はいはいー、いますよー」

「ボルヴァラス!あれに接近!」

「御意」


 あともう少しの距離。だが、その距離を詰められずにいた。

 槍が激しく抵抗してくる。

 一層の激しさを持って槍が飛翔する。

「くそっ、躱しきれんぞ」

「私がー、打ち落としますよー」

 大量に存在する槍、それを魔法が襲う。槍は粉砕され、折れた槍が、他の槍ぶつかりながら落下していく。

 パラパラと、槍の破片が落ちていくが、まだまだ、数が多い。

 相変わらず、右へ左へと小刻みの回避行動はつづいている。

 ぐるぐると動き回り、アウロラは目を回しそうになる。

「数が多すぎるぞ」

「そーですねー、前言撤回ですー、捌ききれないかもしれないですー」

(二人の答えが、後ろ向きですよ。これは駄目ですいけません。どうすればいいのでしょうか?困りましたよ)

 あれに近づかなければいけないのだが、現状は難しそうであった。戦力の二人も手をこまねいている状況。どうすればいいんのかわからず困る。

 ボルヴァラスは、私を抱えてる為に対処があまりできず。レリアーナちゃんの魔法もタイムラグがある。そのために、捌ききれないでいるのだ。


(こうなったら…、アレをやるしかないのでしょうか。アレは嫌です!絶対に嫌です。他の方法を探しましょう。)


「……」


「あれー?アウロラちゃんが大人しいですー?」

「ぐぬぬぬ」

「唸ってますー?」



 回避、回避、回避、の繰り返し。

 レリアーナも魔法の連打。

 いつか魔力もきれ、ボルヴァラスもバテルかもしれない。そう思うと、このままでは如何にもならないのではと理解する。そのため、さっき思いついた打開策を自分で飲みこむ。


「ボルヴァラス!真上に行ってください」


「ああ、そういう事か、それならば問題ない」

 さすが、ボルヴァラスは私の意図することを理解してくれたようで、接近を止め、さらに上を目指す。

 相変わらずの槍の猛攻は続いている。

 必死に避けて、レリアーナも避けながら撃ち落とす。

「まだですか、このままじゃ、私が持たないですよ」

 ギリギリの攻防。高速で空を飛び、眼前を槍が駆け抜け、真横で槍が炸裂する。精神が削られる。

「もう少しだ!」




 ついに

 下へ向かって張り巡らされていた根の上部へ出た。下へみめば、魔力の塊を目線で捉えることが出来る。

 根に阻まれ、見ることが出来ななかった塊。周辺の大地を見下ろすことが出来、遠くを見れば弧を描く水平線を望んでいる。

 相変わらずの槍の猛攻である、ゆっくりと風景を堪能する時間などはない。

 槍が飛んでくるのが、なんとも憎らしいことだ。

「アウロラよ、いくぞ!」

 ボルヴァラスは、私を持ち換えて振りかぶる。

「あ、違う、ちょま」


 ドオオオオウウウウウウウン!


 爆音。

「ぎいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああ」

(なんですか!今の音は!!速い速い速いですよ!)

 ソニックブーム

 速度が音速を超えた時に発生する音。

 つまり、音速で飛ばされたのである。

「なに考えてんですかーーーーーー!ひじょーしきですよ!」

 人をそんな速度で投げるなど非常識であると声をあげる。

 が、離れていく声は、二人には聞こえていない。

 そして、この速度である、生身の人間など、原型をとどめないくらい潰されるかもしれない。多くは、圧に耐えることが出来ずに即死だろう。

 それに耐えるアウロラ自身も非常識であるが、アウロラもそのことに気づいていない。

 下向きに投げられたことで、重力による減速はない。真っ直ぐに塊へ向かっていく。

「なるほど、上部にでたことで、槍が少し減っているぞ」

「そーですねー。あとは、アウロラちゃんの進路確保ですー」




「なんですかなんなんですか!そんなつもりはなかったですよ!投げるとかなんなんですか!」

 下から上へ発射される槍が真っ直ぐ向かってくるが、当たる直前で弾かれる。

 何らかの防御系魔法?によるものだと理解する。

「やりますよ!やりますから!待ってなさいよ!」


 爆発と爆炎が連続する中を駆け抜け、ほとんど一瞬で、塊との距離を詰めた。

 近くで見れば、中々の大きさである。自分よりも何回りも大きい。だが、確かに何かの魔力を感じる。


 突き出した手が、塊に触れた瞬間。


 暗黒が噴き出した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【慈愛の加護】


 燈黄色の奇跡を残しならがら、飛んでいくアウロラ達を、地上から見上げる兵士らに、曙のような陽光が照らした。

 その黄金の少女を中心とした範囲に及ぶ加護。


 光は傷ついた兵を癒し、同時に降り注ぐ槍の残骸を弾く。

「なんだこれは…」「負傷が…治っていく…すごい」「回復の光なのか…?」

 加護の性能に感動しつつ、成り行きを見守る。


 癒しと防御の光の後、アウロラが樹の魔力の輝きに触れた瞬間、災厄を思わせる変化が起きた。

 少女を中心として、黒い靄が噴き出し、兵士達の頭上を覆いつくしたのだ。

 癒し、助かるかもしれないという安堵と希望から一転し、その直後、絶望を現すかのような靄。


【深淵】


 暗闇が吹き荒れ大地を覆う。

 上空から目を離せずずっと見上げていたトルミオンは、その深淵を肌で触れると、その力の大きさに反射的に恐怖を感じとった。

 本能的に身構え、その深淵を慎重に観察し正体を探る。


 ひどく暗い…。これは死だ。死が吹き荒れている。


「なんだ、いったい」

 ここに居る者は謎の黒い靄の正体を掴めず、トルミオンの疑問に誰も答えることが出来ない。だが、これが、あの少女から発せられたものであることは解る。

「サー・トルミオン、一体なにが起きているのですか、なんですかあの者達は?」

「今は、速く兵を下げろ。先ほどの光で傷が回復した者も居るはずだ」

「はっ」


 周囲を見わす。

 深淵に困惑する兵士。

 その中からどことなく、魔王。という言葉が発せられ、トルミオンはまさかという気持ちになった。

 同時、あの見た目のあの少女が?と思い、比喩表現であろうと理解するものの、確かにあの周囲に居た者は魔族である。

 まさかという思いは残る。


 だが、あの少女から発せられた深淵は…。


 あふれた形の定まらない暗黒の靄はやがて、魔力の光の塊を完全に真っ黒に覆いつくしていく。

 次々と辺りを薄く覆っていた靄が、上へ向かって流れると、霧は、真っ黒な塊となり、収縮すると、再び暗黒を周囲に解き放った。

 霧を晴らすように現れた黄金に輝く魔力が球状に膨れ上がり、一気に広がった。

 黄金の爆発。

 黄金の魔力の奔流は、地表に届き、風となって吹き荒れる。

 そして爆風は、木の槍の根を巻き込み、丸ごと吹き飛ばし、原型を留めぬまで、バラバラに根は解体され、跡形もなく破壊された。


 黄金に輝く少女。

 黄金は、気高さを象徴する。

 黄金を支配するその様。それは、まさに黄金の王。

 気高き王:バアル・ゼブル。




 上空。

「レリアーナちゃん!本体!」

「はいー。破壊しますねー」

 身体が崩れて行っていた樹竜は、もう殆ど、ボロボロに崩れている。そこへ、レリアーナちゃんの魔法が直撃する。


【流星】

 

 空を落ちながら、発せられたレリアーナの魔法。その魔法の隕石が樹竜に落ちる。

 ほぼ崩壊していた本体には、最初の強力な隕石程の威力は必要はない。魔力の貯めが少なく発せられた魔法は、いともたやすく樹竜を粉砕した。

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