第14話 城塞で

 大きく口を開けた鍾乳洞。その前に建てられたセノーテ城、それを囲う城塞。

 カルスト地形の突き出したような岩が天然の砦を構成し、そこに連なるように城壁が築かれるている。

 内包するセノーテ城自体は、世界一美しいと言われても誰もが納得するだろう。鍾乳洞から続く泉の傍に建てられ、泉の水の透明度はとても高く、底が透けて見えるのだ。

 普段はとても静かで、泉のせせらぎだけが響くような城の周囲は、喧噪に包まていた。

 金属音が辺りから鳴り響き、怒号が響き渡る。

 トルミオン・テリア・ド・ブラターリア。この砦の主であり、ブラターリア辺境伯。その地位にある貴族であるが、代々、この土地をも待ってきた武人でもある。

 過去幾度となく、攻撃の危機に晒されてきた。

 だが今回は守り切ることは非常に難しくなっていた。

「絶対に死守しろ!!!帝国兵に城壁を通させるな!くそ!帝国め、なんてやつらだ、森で苦戦している間に、側面から侵攻してくるなど。だが、精一杯抗わせてもらう」

 森林側の迎撃に出していた兵は、突如の魔物の出現に混乱したため、そちらの援護の移動に出している間に、帝国側が違う方向から攻撃を開始していた。

 その動きに一瞬遅れ、迎撃に出た兵団は、撃破され、要塞へと迫っていた。

 少ない兵力では、この城壁を突破されるなど時間の問題である。

「トルミオン公!もうダメです!」

 

 直後、爆音と轟音とともに門が破られ、兵がなだれ込んでくる。

 破城槌と、魔法による爆撃の波状攻撃。

 城門は、打撃による防御の他、魔法による防壁も必要になる。

 当然この城塞もまた、魔法防壁を張られているのであるが、当然のようにそれには耐久力がある。

 帝国の魔術師による連続した魔法攻撃。こちらの魔術師は、魔法をレジストすることに努め、歩兵と弓兵による迎撃を行う。

 だが、こちらは、圧倒的に兵が足りていない。魔法のレジストが追い付かず。城門へ魔法が直撃してしまう。

 その後のも続く魔法によって、ついに防壁の耐久力が限界を迎え、城門が破壊された。


 破られた門へ兵が次々と殺到し、奥を目指す侵入を始める。

 だが、

 門を通り侵入した集団が突如、吹き飛ばされた。

 侵入とタイミングを合わせた辺境伯側の魔術による同時攻撃である。

 爆発によって、帝国兵を減らされたが、侵入は止まることは無い。

 まだ、続けて侵入してくる。魔法もまた連続して発動させ続けられるようなものでもないからだ。

 トルミオンは、考える。

 聖光国軍の援軍は期待できない。というよりも、時間稼ぎである。恐らくこの城は落とされるだろうと。

 領都まで帝国兵に到達されるまでの、聖光国軍が領都まで来るまでの時間稼ぎにしかならないだろうと。


 帝国兵の数に押され、どんどんと本丸となるセノーテ城へ向かってくる。

 ―どうやって、帝国兵を抑える、後どれだけの時間を抑える。現状時間稼ぎにもなっていないのではないか?私はここで死ぬ。最後にフィレイアの顔を見たかったものだ。帝国のエリューティア王女殿下と顔を合わせた時が最後になった。


「私の剣を」

 従者が剣をトルミオンに掲げると、トルミオンはその剣を手に取る。

「カルタマス 、センターレノ、着いて来い。行くぞ」

「「はっ」」

 トルミオンから離れた位置に待機していた二人の男がトルミオンについて歩き出した。






「ふーん?簡単に終わりそうじゃない?」

「そうですね。バウレーリア様」

 カルストの城壁を構成する背の高い岩、その上から見下ろす赤い髪の女。

 バウレーリアと呼ばれたその女は、つまらないといった風である。

「私としては、もっと強いやつがいて、そんなのと戦いたかったんだけど?」

「強者はいない…ですか?」

「貴方もつまらないんじゃないの?ジュンセシア、見たところ目標も居ないようですし 」

 ジュンセシアと呼ばれた女。戦場にはとても似つかわないメイド服である。バウレーリアの従者であり、身の回りの世話係である。色の薄い茶髪。


「暇すぎて、退屈だわ。紅茶セットを持ってくるべきでなかったんじゃないの?」

「このような場所でどうやって嗜めとと…?バウレーリア様」

「それもそうね。でも、魔法でお湯を沸かして、土の魔法でテーブルセットでも作れば、いいんじゃないのかしら?」

「ちゃんと成り行きをみなくてはいけませんよ?ここを陛下に任せられたのですから、仕事をちゃんとしてくださいバウレーリア様」

「はいはい」

「はいは、一回ですよ」

 バウレーリアとジュンセシアは、ずっと見下ろしてその様子を見ていた。


 幾時間すぎるとその戦場に変化が訪れた。

 帝国兵の何人かがまとめて吹き飛ばされたのだ。魔術師による魔法によるものには見えない。

 剣術、もしくは、なんらかのスキルによるものだ。

「バウレーリア様。強者が居たようですが。どうされますか?」

「もう少し様子をみて、観察してから、行けばいいんじゃないの?かな。ねぇジュンセシア」

「その隙に、うちの兵がやられますが?」

「いいんじゃないの?」

「借り受けた兵です。貴方は、いちよう指揮官ですから、損失は貴方の責任でもありますが?」

「えー。でもでも。指揮とかめんどうじゃない?強者と戦っていた方がおもしろいじゃない?」

「はぁ、そんな理由で、部下に兵を預けて、指揮を任せたんですか?」

「当り前じゃない?しらなかった?」

「ええ、知ってましたよ」




 話し込むその間も、激戦はつづいている。


「ほら、こんなとこで観戦ばかりしているものだから、兵がどんどんどん倒されていますよ、まじめに仕事をしてください。バウレーリア様」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ツァーガンの,ラウラスは、フィレイア・テリア・ド・ブラターリアを乗せて走っていた。

「手を離すなよ、振り落とされるぞ」

 フィレイアの美しい銀色の髪が白い軌跡を残して走る。

 アレス聖光国のブラターリア辺境伯領は、隣接する帝国と魔国領の境界にあり、地政学的に重要な地域。フィレイアは、その辺境伯の令嬢である。

 その美貌と容姿は、エーデルライトの姫に次いで、とても美しいと知られている。

 不要な贅肉などは、僅かにも無く、それに反するように、その胸は豊。その起伏のある美しい身体をメイド服に包んでいる。

 メイド服であるのは、少々訳があるのだが、普段は、このような姿をしているわけではない。

「分かっています!まだですか!急いでください!」

「そうせかすな。精一杯だ。これでも馬よりは断然早い」

 ツァーガンを操るのはラクーツカ、魔国領バール国の属領、ゴブリン治領の王子である。

 その容姿は、良く知られた子供の様に身長が低いゴブリン族とは違う。

 長身の偉丈夫。端整であり、そこに煌びやかな衣装を纏っている。

 アウロラの印象では、いちいちキラキラしていて、目立つので、どこに居るのか直ぐに解る貴公子のような奴、『自信家の貴族にあんなのいっぱい居る』と言う。

 フィレイアは思う、人間族であったなら、普通にモテそうではあるのだが。

 竜から、振り落とされぬよう、腕をラクーツカの腰に回し、しっかりと掴まる。豊かな胸をマント越しに押し付けてしまっているが、緊急事態である、気になどしていない。

 急いで、セノーテ城で戻りたい。早く。お父様の加勢に行きたい。間に合ってほしい。そう思う。

 考えて見れば、ラクーツカはどうして送り届けてくれるのか?…何故?と思う。

 最初に送ると言ってくれた時から、その疑問を持っていたが、その答えは聞けていない。

 急いでと急かすが、そのまえに感謝をしないといけない、といまさらながらに思うが、はっきりと口にすることはできない。

「ありがとう…。でも…。どうして…」

 とても小さな声。魔族に感謝などあってはならないという思いがあったからだ。

「気にするな。我が、やりたいようにやっただけだ。だが、そうだな、イテングラータは何故、話したかわかるか?主人から、口留めされておきながらだ」

「え?」

「それは不敬の可能性もある。そして、其方が、暴走する可能性を知っておきながら、間違いなく暴走するとわかっていながら話したということだ」

「それって、え?どういうこと…」

「だがしかし、同時にイテングラータもまた、自分が加勢に行くことが出来ないことをもどかしく思っていたはずだ。聖光国軍の援軍は間に合わない。おそらく、城は陥落する」

「でも、それでは!不憫に思ったのを優先し、私が死にに行くのを見過ごしたと?」

「そうだな。行く先は、死地だ。あのままでは、死に目に会えない可能性もある。だからだろう。誰であろうと、何者であろうと、別れとは辛いものだ。今生のものとなるやもしれんとなれば尚更である」

「……」

「出来る限り戦闘は避ける、父君に会うことだけを優先する。危なければさっさと撤退する」

「はい…」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 爆発と金属音。


 トルミオンの側近に二人の男が居た、それぞれ、カルタマスと、センターレノと言ったが、戦力もそれなりの手練れである。

 戦力たるその二人は、トルミオンと共に戦場にでると、帝国を蹴散らし圧倒し戦況を変化をもたらす。

 だが、途中から参戦した帝国側の二人によって、その変化は止まる。


 メイド服の女は、センターレノを倒していた。

 女は、男の背後に周ると、頭部を掴み上げ、腕を前に回し、正面からその首にナイフの刃を押し当てる。

「なかなか強かったですが、おしまいです」

 ナイフを横に引いた。赤い血が噴水のように噴き上げさせ、男を死に至らしめる。


 その向こうで、赤髪の女は、剣を振り、その刃を濡らしていた血を切りながら、メイド服の女に言う。

「もうすぐ、終わりじゃないかな?ジュンセシア、じゃ、私は城主殺しにいってくるね」

「はい、バウレーリア様。では、私はお掃除の時間です」



 ジュンセシアは、バウレーリアと、そこで別れると、まだまだ奮戦しているブラターリア領兵へ標的を変える。

 ただのメイドとは思えない強さ。

 目に留めることのできないスピードで動き回り、ブラターリア領兵を翻弄する、そして的確に喉元を狙って次々と手にかけていくのだ。


 戦闘は、完全に終わっていた。メイドは「お掃除の時間」そう言った。

 圧倒的戦力で兵士が殺されていく。

 ブラターリア側は、最高戦力と共にその戦力はすでに失われ、なにも出来ることは無くなりつつあった。

 だが、ブラターリア側は未だ降伏をしない。

 ブラターリアの最後まで戦い抜くという決意、聖光国本陣が出来るまでの時間稼ぎ、出来る限り持ちこたえさせるその目的がそうさせていた。

 だがそれでも、メイドによる殺戮は止まらない。



「くそ、なんだこのメイドは!!」

「遅いわ」

 ジュンセシアのナイフは、いともたやすく重装歩兵の喉を斬る。鎧の隙間からナイフの切っ先が入り、その鉄の装甲の内側の人間の肉を切る。

 血が鎧の中で溢れかえり、鎧の隙間から、血がドバドバと流れ出る。

 そして、支えを失った赤く染まる鎧は、真っ直ぐに崩れ落ちる。

 鎧など無意味と言わんばかりの殺害。メイドは、その技術と戦闘力の高さを魅せつける。

「弱いです。強かったのはあの二人だけですか」


「ジュンセシア!」

 唐突に呼ばれたその方角は、セノーテ城。その上から大声で呼ぶのは、主人であるバウレーリアである。

「もう終わりじゃないの!?早く城まで来て!次の敵が見えます!」

 彼女の主は、セノーテ城まで来いと呼ぶ。

「え?援軍?まさか聖光国軍?早すぎますね」

 城の上からは、援軍が見えているのだろう。そして、来いということは、その敵はそこに迫っているということだ。

 それは、要塞の向こう側から攻め込んで来たということだろうか。つまり、回り込んでいるこちら側の兵は、すべて倒されたということ?ならば、それなりの手練れだと推定できる。

「バウレーリア様に呼ばれたならば、行かないわけにもいきませんね」


 城へ向かったジュンセシアは、その動線にあった領兵を斬りながら進む。


 そして城の入り口そこに差し掛かったときのこと、上の階から声がした。

「ジュンセシア!右から来るメイドです!」


「チッ」

 右から舌打ちとともに炎が噴き出してきた。

 まだ、自分に気付いていない段階で、炎を浴びせようとしていたのだろう。バウレーリアによってバラされたという舌打ち。

 それを聞きながら後ろに跳ぶと、炎が一秒前にいた場所を焼いた。

「炎…?メイド?…魔術師ですか」

「避けましたか。戦場にメイドとは…いったいどうなってるの?」

「それを貴方がいうのですか?」

 術者は銀髪のメイドだった。メイドの癖にメイドを見て驚くとはどういうことでしょうか。

「私はメイドじゃないですわ」

「その恰好でですか?」

「そうよ!」

「変わったご趣味があるのね」

「ち、違」

 メイドではない?意味が分かりませんね。ですが、メイド服を着るという、そういう趣味なら、仕方ありませんが。

 ですが、ここで死んでもらうことに変わりありません。

「死ね」

 ジュンセシアは、高速の移動で間合いを詰めて、その喉元に刃を突き付ける。

 が、その手に伝わる感触は、無い。

 避けられた。

「反応がいいようですね。貴方」

「スキルによる移動?…ですけど、私の首を簡単には切らせませんよ。そこのメイドさん」

 直後、すぐ左手の城の壁が吹き飛び、瓦礫が左から打ち付けてくる。

「がっ、いっ、貴方は、壁を!?」

 瓦礫で顔をしかめて、さらに、ジュンセシアの一瞬動きが遅くなった隙に、銀色のメイドは、移動する方向を変える。


「貴方の相手をする時間はないのです」

 銀髪のメイドは、穴の開いた壁から中へ侵入して逃げた。

 バウレーリア様から倒そうという腹積もりなのですか。いや、領主の救助?だけど、後者はもうすでに手遅れのはず。

「バウレーリア様!そっちへ行きました!」

 追いかけようと、穴を覗いた瞬間、炎が噴き出した。

「ぐっ、上へ行ったと見せかけて?いや、火を放っての足止めですか」




 ジュンセシアは何とか煩わしい火を消すと、後を追いかけ、上の階へ行ったときには、すでに終わっていた。

 メイドは切り伏せられ、その頭を踏みつけにされている。

「遅かったじゃないのジュンセシア」

 ジュンセシアからすれば、さすがの強さといったところである。

「それで、このメイド、なんだったと思う?」

「なんですか。仕えていた領主を迎えに来たメイド。ではなさそうですね」

「娘」

「え?」

「ブラターリア辺境伯令嬢だそうよ」

 メイドの周りの血だまりが流れて、その赤がジュンセシアの足元まで伸びてくる。

 足を後ろに下げてそれを避けると、足元に行っていた目線を、倒れるメイドへ向ければ、その肩がまだ上下している。どうやら、まだ生きているようである。

「この部屋に入った瞬間に襲ったら、簡単だったわ。急いで来たんじゃないのかしら、足音が大きかったから、タイミングとかいろいろ合わせやすかったわ。強者を斬り伏せるのは楽しいけれど、簡単にやられすぎて、面白くないわ」

「はぁ。で、どうするんですか、生き返らせてもう一度戦いますか?」

「あ、それ、いいじゃない?あとは、上から殲滅戦を眺めるだけしかすることがないから、その暇つぶしになりそうじゃない?」

「そうですね」

「じゃ、この子、死んじゃう前に、ヒーラーを連れてきてくれるかしら、ジュンセシア」

「冗談のつもりだったのですが…、本気ですか?」

「本気よ?知らなかった?」

「ええ、知ってましたよ」

 バウレーリアは、地面で倒れるブラターリアの令嬢を蹴って転がす。

 すでに虫の息である令嬢は、抵抗がまったくない。

「ねぇ、見て、ジュンセシア。この子、綺麗な顔してるの。連れて帰っていい?」

「どうするんですか?」

「私のメイドにするの?貴方みたいに」

「……」

「どう?…あれ?返事がない…。昔を思い出したの?」

「違います。少し見とれただけです」

「そぅなの?」

 改めて、令嬢の顔を覗き込んでみる。

「本当に綺麗ね…。コホン、なら、足蹴にしないで、もっと丁寧に扱ってあげてください。泣いてるじゃないですか」





フィレイアの意識はここで途切れた。

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