第13話 真樹の竜II
レリアーナの魔法が発動すると、樹竜を粉砕した。
樹竜の上部は完全に砕かれ、跡形も残らず、尾と脚だけを残したそれは、動きを止め、微動だにしなくなっていた。
皆が樹竜を注視し、警戒を解かない。先ほどボルヴァラスが破壊したはずの部分が再生を始めたことによるものだ。これで終わることを皆が願う。だが。
「まだ、みたいですねー」
いつものレリアーナのおっとりした声。
半壊し、動きを停止させた樹竜の全身から、光るような何か、塵の様なものが、更に遥か上空に集まり、薄ら光る塊を作り始める。
上空にあって、何が有るのかハッキリと見ることはできないが、それがさらに、分裂して何かを作り上げている。
まだ終わっていない。更なる何かがあるという事はわかる。
そして、上空のそれは、ついに形を変え無数の棒状の何かに形を変えていた。
「あれは、やばいぞ。アウロラ!こっちにきて背を低くしてしゃがめ!」
ボルヴァラスが、私を呼ぶ。初めて名前を呼ばれた気がするのは置いておく。
私にも分かる。恐らくあれが降ってくる。森で見せた枝の矢の魔法よりも大きな矢、というよりも、投げ槍。あれを下に向けて発射するつもりだ。
ボルヴァラスが、その腕を私の背に回して庇う。
その次の瞬間、遂にその槍の雨が撃ち降ろされた。
二メートル位ははあろうかという木製の槍が高速で降ってくる。高音を立て、風を切りながら落下する槍は、地面へ到達すると、槍は、四半分程を大地に沈めて突き立つ。
兵士達は、混乱を招き、ある兵士は、槍に貫かれ、貫通した槍は地面に刺さり、兵士を固定する。盾を掲げそれを防ごうとする者は、その盾ごと貫かれた。
槍の雨は、逃げ惑う者、何とか弾き防ごうとする者を、成す統べも与えず、次々と槍に貫き、串刺しの地獄を作り出す。
「ひぃぃいぃぃいいぃぃぃぃ」
アウロラは、ボルヴァラスの腕の中で悲鳴あげる。
「くそ、これは、持たん、俺の防壁がすでに破られた」
槍が数発、当たり、ボルヴァラスのスキルで発動していた攻撃無効化の防壁が破壊されていた。
アウロラは、ボルヴァラスの言に驚き、顔を上げた瞬間、一本の槍がこちらに向かって降ってくるのを目撃する。
直後、腹部から強烈な痛みが襲った。
同時、身体の中を何かが擦り抜ける感覚を覚える。
何かが刺さり傷口をおし広げながら進んでいく。
「あ、ッ、がっ、あ、いギギギ」
感じたことのない衝撃に、その余りの事にパニックになる。しゃがんで、面を小さくさせていた身体は、膝を折るようにして、膝を地につけると、ガクガクと震わせながら身体を仰け反らせる。
「がっ、あああああああああ」
アウロラの細い身体が痙攣し、さらには、本能的に痛みから逃れようとしているのか、輝きを放つ美しい髪を振り乱し、身体を揺さぶって暴れる。
嫌々するように頭を振るために、降り回された黄金の髪が、全身を打ち、頭を振るのと同じリズムで傷口からは、赤い鮮血が跳ね飛ぶ。
このままでは、さらに傷口が広がってしまうため、ボルヴァラスは腰と肩に回す腕に力を込めて固定し、暴れるアウロラを抱くようにして抑える。
「しっかりしろ!落ち着け!息を整えろ。大丈夫だ」
肩に回していた手をアウロラの後頭部に持っていくと、その頭部を自身の肩に押し付けて固定し、落ち着つかせるよう言い聞かせる。
「いいから落ち着け!大丈夫だ。大丈夫だ」
「んー、はぁはぁはぁ」
なんとか、落ち着きを取り戻したアウロラだが、息が荒い。槍が突き刺さり、その痛みに苦悶の表情のままだ。
「いけるか?」
「う。うん」
いつものような元気さはない。
アウロラが落ち着いた頃には、槍の降雨は収まっていたが、そこいらで、兵士の呻き声が辺りを覆い尽くしている。
周りを見渡せば、幾人もの兵士が槍に貫かれ、血がその周辺を赤く染めている。
何人死んだであろうか、イテングラータがせわしなく動き、命令を出す。
「動けるものは、生存者を救助だ!生きている者がいたらすぐに声を上げろ!魔術師と回復薬を持っていかせる!時間がない!早くしろ!」
生き延びた兵、無事だった兵が救助の為に動く。
まだ、アレに動きが無いものの存在感がなくなったわけではない。
さらにもし、第二の攻撃があるならば、その前に助けられる者は助けなくてはいけない。時間が無いのだ。
「今から、抜くからな」
「う、うん。お願い、痛くしないで、ね?やさしく、やさしくしてください」
「ああ。分かった。行くぞ」
「待って、まだ、心の準備が…、痛いのは嫌だから。ね」
「任せろ」
「ちょっ。まっ」
ボルヴァラスは、私の静止を無視して思いっきって槍を引き抜いた。
「いいいいいたああああああああああああああい!!!痛い、痛いですよ!痛くしないでいったの言ったのに!!なんでですかー」
「一気に引き抜かなければ、もっと痛いぞ?だが、まぁ、そんなに元気なら大丈夫だな」
「嘘でしょ!?なんなんですか、心配してくださよ」
お腹の傷口から鮮血が溢れ、滴り落ち、とても痛い。すっごく痛い。
―それなのに!思いっきりやりました。覚えとけよ!
傷は、すぐにゆっくりと塞がり始め、出血が止まりつつある。
もともと、アウロラは傷の治りが早い。擦りむいただけでは直ぐに治ってしまう。
回復。世界に七人存在するという七彩光、その一人がアウロラの持つ特性であるとされる。
これほどの大きな怪我をしたことが無かったが、問題なく、回復の能力が発動している。一時、パニックにはなったが、目に見える身体の傷以外は、すでに治っているだろうし、治るという確かな感覚が、すでに平常心を取り戻している。
「それはそうと、レリアーナちゃんはなにしてるんですか!」
「貴重な神の加護を受けた血を頂かないわけにはいきませんよー。傷が塞がる前に集めるだけ集めますー」
レリアーナは、私の流す血を集めていた。何かの魔法によって、滴る血が重力に逆らって集まり、血の塊を作っている。
「左様ですか…」
そういえば、魔女でした、この方は。怪しい研究や魔術にでも使うのでしょう。
「さすがの回復力ですねー。オートヒーリングといったところでしょうかー。神力の隠った血。霊液ですー。これで、魔法具をこしらえられますよー」
「そ、それは良かったですね」
―誰も、心配しない。覚えとけよ。
破けて、おへそ丸出しになった腹部を見る。一見は、すでに完治しているが、まだ、腹部に違和感を感じる。
ボルヴァラスの傷は、レリアーナが、回復魔法をかけて直そうとしているが、まだ回復しきっていない。
そして、次に取るべき行動を考える、なんとかして、離脱するべきだろう。
だが、樹竜は、逃げる暇を与えないと言わんばかりに、さらに魔力を集中し始める。上空にまたも、光る塊を作り始めていた。
目線を落とし、樹竜をよく観察してみると、何かに気づいた。
「あれ?アレ、小さくなってません?」
「なるほど、自滅を含めた最後のあがきの様なものか」
樹竜の大きさが縮んでいた。
初弾よりも、さらに大量の塵が集められているように見える。上空に集まる光が大きいのだ。樹竜の大きさもまた削られ小さくなってきている。
一度目よりも大きい、二発目の予兆、だが、兵士は傷つき思うように動けず、怪我人の回収に、悪戦苦闘がつづいている。このままでは、確実に止めを刺される、救助に動く兵士もまた、二度目の槍の餌食になる。生存者は、怪我人を見捨てて退避するしかない。
「私はどうすれば…」
思考する、槍を防がないといけない。どうやって?そもそも、あの魔法を妨害できればいいんじゃないだろうか。そのためにどうするか。何が出来るか。
そして気付いた。
私は、何もしていない?あれ?そもそも、何もできない?
ボルヴァラスとレリアーナの足を引っ張り、ラクーツカに手間をかけさせている。
よく考えて見れば、この件は、私の領地とは関係が薄い。捕虜を返せば終わりだった、それを、私が首を突っ込んだ。何もできない癖に、私が、巻き込んだ。
でも、私はそれを望んだ。つまり、どうしようもなく、我が儘だ。だけども皆、私の我が儘についてくる。その結果、足を引っ張る。
ボルヴァラスは、私を庇ったせいで怪我をした。私が居なければ、きっと怪我などしていないだろうし、もっと早くから、樹竜にダメージを与えられたのではないだろうか。そして、アレに、大きなダメージを負わせたのは、レリアーナ。
レリアーナの魔法である。
レリアーナは、強い。強いから、ボルヴァラスの足を引っ張らない。間違いなく私は、二人の足を引っ張っている。すべて、私が弱いからだ。
全部、私のせいだ。だが、後悔なんてしないし、感謝をすれど、悪いとはおもっていない。
我が儘であるのが私である。
一つ納得できないことがある。
私は、我が儘で、魔王だ。「それなのに!なんで弱いんですか!解せません」
解せません許せません。名前だけじゃないですか。もうちょっと好きなようにやりたいですよ。
やりたいようにやらせてもらおう。
そういえば。魔王といえば、アレは、どうするんでしたっけ?
「レリアーナちゃん、これって?果実?」
いつかの赤黒い宝玉。魔王の宝玉である。
「そうですよー。まだ、食べてなかったんですかー?」
いやいやいやいや、どこに食べる要素あるんですか。
そういうのならと、口に持っていき、すこし、歯を立てて見る。すると、簡単に歯が入った。手に持っている感覚は、宝石である。そんな柔らかいような感じはしなかったはずだ。
爪を立ててもみるが、やはり硬く、傷がつく様子は無い。
理解する。
元来から、口にするためのもの。
この果実を手にして、初めて、口にした。
酸味と甘味の調和した味が、口いっぱいに広がる。果実だ。
咀嚼し飲み込み。喉へ通す。だが、胃に何か入った感覚は無い。
口にしたという事実が重要なこと。物理的に消化をする必要のはない、消化されないもの。だが、霊性的に昇華するものである。
物質世界に物質として存在するものではないからだ。精神や概念のようなもの。霊性。
何かが身体を巡る。下から上へ、その上昇はまるで蛇である。
二重の螺旋を描きながら、二匹の蛇は陰陽を交換しながら上昇する。
果実は、段階を昇華させた。覚醒である。
「アウロラちゃん、どーですかー?」
「目覚めというのでしょうか。変化があったとおもいます」
知識を得た。
槍の防御は考えない。そもそも、あの塊を破壊すればいい。
「あそこまで、私を連れて行ってください」
「なるほどですねー?でも、私の箒は一人乗りですよー?ボルヴァラスに運んでもらうのがいいですよー?」
そうだった、よく考えればボルヴァラスの飛べる。悪魔の羽が生えるので、人前で使うのは躊躇れていたのである。非常事態であるうえ、魔族であることを今更、隠すこともない。
再生と死、相対の力を持ったアウロラが動き出した。
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