第12話 真樹の竜戦

 フィレイアとラクーツカが、森を出てきてから幾時間が過ぎて、ようやく森からアウロラ達が現れた。

 ボルヴァラスが、アウロラを脇に抱えてくるのに続いて、レリアーナがあとに続いて姿を見せた。

「無事でなによりですー」

「なんとかなったぞ」


 森から離れた所、攻撃が届かないと思われる所まで、十分距離を置いて振り返って、竜の様子を伺うと、止まることなく森をずんずん進み追って来ていた。

「魔王よぅ。追ってくるようだぞ」

「境界までー、もうそろそろですよー」

「えっと、減速しませんね」

 もうすぐ森を出るというのに減速する様子がなく、なおも真っ直ぐに直進してくる。

「私、嫌な予感がしますよ」

「そう思いますかー?その予感は当たりそうですー。止まらないということは、そういうことじゃないですかー?」

 樹のような竜が、ベキベキと木をなぎ倒しながら、突進してくる。そして、遂に森との境界に達すると、所々、岩の露出した木の少ない草原へ突っ込んできた。


「ぎゃー!出てきました出てきましたよ!こっちむかってくるじゃないですか!誰ですか、森からでないって言ったのはだれですかー」


 慌てふためくのは、アウロラである。アウロラの素は、淑女の欠片もない。

「想定外ですー?」

「ぬうう」

 そんな気は薄々してましたよ!

「仕方ない、迎え撃つしか無いようだ。魔王、指揮を」

「え、また私ですか。私は、ちょっと帰りたいかなーって」

「「駄目」だ」「よー」

 駄目の部分がハモった。


「なんでですかー!」

 アウロラは叫んでいた。




 後方を振り返るアウロラ。

 森を脱出しても、あの大樹のような竜は、尚も真っ直ぐに突進する。このままでは、領都まで到達する。

 城塞の東を通るルート、真っ直ぐいけば領都だ。

 もし、領都まで進入されるとなることまで考えれば、とても恐ろしいことになる。

 領の民間人に被害が出る。

 ゆえに、ここで、食い止める必要があった。

 アウロラ達は、ここで、あれの足止めをすることになった。のだが、どうやってどうしろというのか。

 桁違いの生物にどうすればいいのかわからず、途方にくれそうになる。

「あんなのどうしろって言うんですか。大きすぎですよ。レリアーナちゃん。あれ、燃やせます?」

 本当に大きい。ただの樹のように簡単に燃えるとは思えないが、あるいはレリアーナの魔法ならばと訊いてみる。

「ありったけの魔力で、火の魔法を叩き込めばあるいはー」

「いける?」

「確証は、在りませんがー、一度動きが止まってくれればー」

「えっと、うーん?」

 あれを止めろとか、無理じゃないですか?途方に暮れるしかないですよ。ボルヴァラスは妙案を持っていないですかね。

「ボルヴァラス、あれ、止めれる?」

「無理だ」

 即答じゃないですかー!

「あれ、木ですよね、そもそも、なんで木が動くんですか」

 竜のような形をした樹木である。木が自立して動くなどあっていいのだろうか。

「トレントウや、食人植物みたいな、生き物を補食する植物もありますのでー」

「いやいやレリアーナちゃん。私の国にそんなものありませんよ」

「魔国領にはいますよー?食虫植物の大きいやつと考えればー。ですがー。いつまでもここでお話していられませんー」

 エーデルライトにはいませんしいませんし!

 あれを何とかしないわけにもいかないので、取り合えずやるしかない。

 レリアーナに魔法を叩き込んでもらうことにして、そのために動きを止める必要がある。そうだ、ボルヴァラスに脚を斬ってもらいましょう。

「脚とか、斬れないですか?ボルヴァラス」

「御意に。やるだけやってやろうぞ」


 うわ、イケメン


 樹の竜が加速し接近してくると大木の尾を振り回す。巨木の薙ぎ払い、それをアウロラは、ボルヴァラスに抱えられて躱す。

 ボルヴァラスは、竜に一撃を当てようと、竜に接近するが、大木の脚が、踏みつけようと足踏みをする。踏みつけ攻撃を少し跳んで躱すと、その脚の着地した瞬間を狙ってボルヴァラスは、身の丈よりも長い太剣を強く踏み込んで横に振って斬りつけた。


 大剣の重量を乗せた力強い踏み込みの一撃を、竜の大木へ浴びせる。

 衝撃の風圧が伝わるほどの一撃、だが。

「硬えぞ!くそ、鉄のように硬いぞ」

 大木へ、切れ目を入れることが出来たが、その傷は浅くその頑丈さを伝えてくる、切断には程遠い。


 ボルヴァラスは、竜の踏みつけ後の硬直を狙い何度も同じところを斬りつけて削っていく。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「きゃああああ」「ひいいいいいい」「ひゃあああああ」「いやあああああああ」「ぎやあああああああああ」

 暁の姫、アウロラの悲鳴が何度も木霊していた。高い声が、カルストの突き出た巨大な岩に反響しさらに声が反芻して叫ぶ。

「煩いぞ」

「いやいやいやいや。無理です無理です無理ですよお。死にます死にます死にますってば」

 樹の竜の攻撃のたび、ボルヴァラスはアウロラを抱えて跳んで躱す。その度に脇に抱えた黄金から悲鳴が上がっていた。



 そんなアウロラ達よりもさらに後方、イテングラータ。


 イテングラータの元に一人の騎士が急いで駆けてよってくる。息を荒げており、相当に急いできたことを思わせる。

「どうした」

「サー・イテングラータ。大森林より竜がこちらに向かって進行しています!」

「なんだと!?」

 フィレイア嬢から、竜について聞いている。樹木で出来た竜であるので樹竜と呼ぶことにする。樹竜が樹人の一種であるならば、森林を出れば治まるであろうと考えられる。実際、樹人は森を出てきていない。

 出て来たというのなら、あの竜は例外だったということだ。

「迎撃の準備だ、樹竜を抑える!残った兵の隊列を組め!」


 イテングラータは、森林の方へ向き直る。

 現在、森林から大分離れて位置に居るため、その影はまだ見えない。

 あの少女二人は、一体何者であろうか、印象は、橙と藍。

 藍色の少女は、魔術師だ。しかも、かなりの高位の魔法の使い手である。

 流星を降らせるという、高威力の知らない魔法を行使していた。命中精度もかなりのものだ、あれだけの数の火を纏う岩を制御し、命中させる。こちらの兵はその巻き添えを受けていない、それほどの命中率なのである。

 聖光庁や、魔法庁に聞けば何かわかるだろうか。

 そして、橙色の少女の方、貴族であることは間違いない、が、何処の貴族だろうか。聖光国出身ではなさそうである。

 行動力が有り、とても美人である。そのような娘が居れば話題になっていそうなものであるが。

 二人は旅人だといっていたが、まさか冒険者であろうか。暇を持て余した貴族出身の冒険者も多数存在しているというのだから。


 二人の正体は謎であるが、敵ではないと信じている。

 樹人への迎撃のほか、フィレイア様によれば、森での撤退に手を貸してくれていた。

 考えることは、森から一緒に出ることは出来なかったが、無事に逃げることができたであろうか。


 前方、森の方から、音が聞こえてくる。恐らく樹竜である。

 爆音と轟音。

 その音が近づいてくる。それが告げるものは、つまり樹竜の接近。

「総員、戦闘用意!」

 ついに、樹竜がその姿を現した。


 なんと大きいことかこんな魔物は見たことが無い。



 隊列を組む騎士の上から大木が降ってくる。

 騎士が散り散りに回避し、近くに居た騎士は大木へ剣撃によって反撃する。

 大木の表面に傷をつけるが、ダメージがあったという様子は本体に無い。

 ここまで来るまでに、レリアーナとボルヴァラスは幾度と攻撃を与えながらも、前へ歩を進みめてきた樹竜。騎士団と衝突したときには、すでにいくつかの傷がついていたがまだまだ倒れるには程遠い。

 硬い、しぶとい、そう言う印象。

 あんなものをどうしろというのか。


「ひいぃやああぁぁぁぁああああ!」


 イテングラータの耳に何者かの悲鳴が届いた、それが高速で接近してくるのを感じそちらを見れば、かの橙黄色とうおうしょくの少女が男に抱えられて移動してくるのが見えた。

「おお。無事か、しかし、なぜここに、その方はいったい」

「ゼェゼェゼェ、…ぶ、無事に見えますか?ゼェゼェ」

「い、いや。随分と疲れているな」

「そうですよ。このまま、跳んだり跳ねたり酷いですよ。何度も死ぬかと思いましたよ!イテングラータ様も、彼になんとか言ってください」

 黄金の少女は、男の脇に抱えられている。

 少女を抱えるその男は、巨大な剣を持っており、剣士のようであるが、だが、よく見れば、角?があるように見える。

――魔族…なの…か?

「彼も貴方を守るために必死だったのでしょう」

「ちがいますよ、私ずっと戦場を連れまわされてたんですよ!!私を守って当然なんですよ!!」

「え?」

 まさか、この娘を抱えて交戦していたというのか?この男は…。

「え?じゃないですよ!私、怒ってるんですよ!」

 少女は憤慨しているのは分かった。まだ、声を出していかれるのなら大丈夫なのだろう…?


「もういいですわ。…それはそうと、イテングラータ様、フィレイア様はどこに?」

「フィレイア様は、セノーテ城まで行きましたよ。ゴブリンも一緒ですよ」

「ラクーツカも一緒なのですね。なら大丈夫かしら」

 そんな話をする僅かな時間でも、状況は変化している。

 樹竜が尾を振り、薙ぎ払いの予備動作に入る。

「総員!退避!間に合わぬ者は跳べ!そして、君らは、早く逃げるんだ」

 イテングラータの号令により、一斉に騎士が行動を開始した。


 ボルヴァラスは薙ぎ払いを跳んで避け、跳びながら尾へ一撃を与える。だがやはり、表面を削るだけで、本体にも痛覚があるような反応がない。

 その後も、避けて反撃を繰り返す。主となる攻撃は尾だけのようで、接近してたときには、踏みつけによる攻撃をする。

 他は、森の中で見せた枝を飛ばす魔法攻撃だけのようであるが。

 決定打を当たることどころか、効果的なダメージを負わせることも出来ず、ほぼ回避だけの戦闘がつづく。

 樹竜の猛攻に、後ろに後退しながらの攻防になっている。

 何かしらの有効打を与えたいところだが、全くそのような攻撃が入っていない。


 攻撃を意に介さない樹竜は真っ直ぐに進軍を続ける。

 日暮れが近づいてくるが、樹竜の進軍速度は速く。遠くに街の城壁が見えて来た。



「魔王よ。奴の頭部を狙うぞ」

 脚への攻撃は、何度もしつこく叩いたために、最初よりもかなり深く傷が入っているようだが、まだまだ切断できない。

 だが、脚を斬っても動きが止まるだけかもしれないが、頭部ならそこを斬れば絶命させられるかもしれない。

 だが、どうやってそこまで攻撃しに行けばいいのかであるが…。


「背中に乗って走る」


 ボルヴァラスはとんでもないことを言いだした。

「え?待って、どうやってなのですか!私、嫌ですよ?」

「尾が降って来たら飛び乗るぞ」

 何を言ってるのでしょうか。尾に飛び乗って、その上を走って本体を攻撃するとか、上手くいくわけないじゃないですか。

 それに、なにそのどこかで見たことあるような戦法。

「あの?テンプレすぎやしませんか?」

 巨大な敵を倒すのに、振り下ろした尾や腕に乗って走るとか、どこぞの冒険譚であろうか。そんな簡単にいくとは思えない。

 あれ?でも、まって、そう、テンプレならむしろ必勝?なのでしょうか?

「次は、ある程度、本気でぶっ叩く、そこにレリアーナの魔法を合わるんだ」

「でもでも行きたく無いですよ私。せめて私は置いて行ってくださいよ」

「魔王よ、ならば、あの暴れまわる大木を避けれるのか?」

「無理」

「であるなら、大人しく抱えられていろ。下手に、何処かで潰されミンチになられるくらいなら、抱えられているほうが安全だ」


「どっちも、嫌なんですよお!」




 すぐに背へ飛び移るチャンスは訪れる。上から大木が降ってきたのだ。

 器用に、ボルヴァラスは、大木に飛び乗るとその上を疾走する。

 今更ながら、思うのは、なんて運動能力だろうか。アウロラを抱えたまま、なんども跳び、そして、巨大な大剣を片手で軽々と振り回す。そういった偉丈夫。アウロラを抱えていなければ相当に強い。

 尾を走り、そして、胴体から首、頭部へとたどり着く。

 背にのりそこを走っていたというのに、何の抵抗もなく、素直にたどり着いたでないか。

「絶対に倒されないという自信があるのか、単なる愚鈍か?魔王よ、今度は少しばかり、スキルを使い一気に叩き潰すつもりでいく、力のセーブはしないぞ」

「……」

 振り回され、既に精根尽きたアウロラに返事を返す余裕はなかった。


 ボルヴァラスは、頭と首の付け根に到達すると、跳び上がり、滞空し、衝撃的な言葉を発した。

「一旦、手を離す」

 そして、大剣を上段に構える。剣は上段だが、アウロラにとっては冗談ではない。

「え?、嘘、まっ」


「くらえ!!、破―「いぃぃやああああああああああああああああああああ!!」


 樹竜の頭部が爆ぜる。

 木片をまき散らし、その頭部が砕けた。

「「「おおおおおおおお」」」「「やったぞおお」」―

 その瞬間、約一名が、絶望の声を発する中、兵士の間で歓声が沸き起こる。



「あああああああああああああああああああああああああ」


 アウロラの悲鳴がこだまする中、皆が樹竜の成り行きを注視する。

 だが、様子が普通ではなかった。いやもともと普通ではない生き物ではあるのだが、普通ではない。


 自由落下するアウロラをボルヴァラスが受け止め、地面への激突を回避したアウロラ。

 樹竜を見る。

 信じがたい光景があった。

「再生してるじゃないですか!!」

 頭部を砕かれ、遂に動きを停止させた樹竜であったが、その砕かれた頭部に芽がが生え、急速に成長していく。

 徐々に形を整えながら、元の形へ戻っていくのである。

 兵士の喜びの歓声が掻き消え、そこかしこから、なんてことだ。というような、落胆の声を上げる。ある者は膝を付き祈り、または、絶望する。

 あれほど大きく、硬い生き物にようやく、ダメージを負わせても、再び復活するようなものを、いったいどうしろというのか。

「まだだ、レリアーナの魔法を待つぞ。それからだ」

 まだ、こちらの攻撃は終わっていなかった。動きを止めた隙、そこを狙うように、レリアーナの魔法が発現する。


「魔力開放。魔法力最大強化、三重詠唱、火属性増加領域、土属性増加領域、星天亜空間展開!―第7階級魔法―シューティングスター」


 レリアーナを中心として、魔方陣の様なものが展開される。魔力によって書かれたそれは、光を発している。

 魔法の発動。直後、空が割れた。

 空間に亀裂が入ると、そこからさらに亀裂が広がり、大穴を開ける。

 穴の中のを臨めば、そこにあったのは、暗闇。

 その暗闇の中は、夜。

 煌めきを放つ何かが見え、それが、無数に存在してる。

 それは、星空。穴の中に満天の星空が広がっているのだ。

 この場にいる者は皆、空を見上げ、その星空に釘付けになる。誰一人、正面を向くものはいない。


 大きく口を開けた亀裂、その星を散りばめた暗闇。その星の一つに変化が訪れる。星の一つが更に輝きを増していく、それは次第に大きくなっていくと、亀裂いっぱいに光を照らした。

 直後、強い発光とともに爆発音が響いた。

 赤く熱を発する木片がパラパラと降り注ぐ、樹竜に何かあったことを知らせ、樹竜へ視線を変えれば、その上部から黒煙があがっていた。


 隕石。

 樹竜に直撃したそれは、爆炎と轟音を放ち、樹竜を一部を破壊させた。

 隕石は、それ一つで終わらず、続けて更に、二度の閃光ともに、二度の爆発が起きた。

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