第11話 森の樹

 ―大木に押し潰されそうになり、なんとか危機一髪のフィレイア。


「フィレイアさん。大丈夫ですか?」


 声がした方、そっちを見れば、そこに居たのは燈色の輝きを持つアウロラである。その名が示すように暁の印象がある。

 この見た目で魔王だというのだから驚きである。


「なんですか?あれ?イテングラータ様の様子を見に、森に戻って見れば、なんなんですか。あれをどうしろって言うんですか」

「ええ、何とか。あれが現れて、大変なことに、なんなのでしょうか。私には、あれを、どうすればいいのか私も検討もつきません」


 アウロラ様が憤慨しているが、それを私に聞かれてもなんだかわかりません。

 木っぽいので、あれが、樹人の仲間だというのはわかる気がしますが。

 アウロラのあとに続いて、レリアーナとボルヴァラスが現れた。


「フィレイアさんー、大丈夫ですかー。ただの木ではないよーですねー」


 アウロラとは違い、魔女のレリアーナの方は余裕そうに見える。魔人族のボルヴァラスの方はどうだろうか。


「なんだあれは?見たとこ、危険な生物だな。それと、アウロラ様、余り動き回らないようお願いしたい」


 それにしてもボルヴァラスは、アウロラの護衛である。そのために、アウロラに動き回られると、守りにくいということであろう。

 やはり皆は、謎の樹の竜その正体を知らぬようである。

 だが、あれを知っていそうなのは、ラクーツカである。そのため、その視線がラクーツカに集まった。


「真樹の竜。樹人の最上位だ」


 木の化け物の正体。なんかもうそのまんまだった。


「あんなの反則ですよ。しかも、なんですか、森の番人と言いながら、森を破壊してるじゃないですか!」


 確かに、アウロラ様の言う通りである。どれだけの木がなぎ倒されただろうか。それはただ、なりふり構わず侵入者を排除することだけが目的のモンスターということになる。


「どちらにしても、森からでるしかない。戦うにしても、樹人が無尽蔵に生えてくるような場所では不利だ」

「その樹人の最上位って、つまりまた、倒しても生えてくるのではないですか?」

「樹人も、森の外までは追ってこないようですしー。きっと大丈夫ですよー」

「ああ、そうだな」


 レリアーナは、樹人と同じ様なものであるなら、森の外に追ってこないだろうと言うが、ラクーツカもそれを肯定する。だが、森から出ないという確証はない。


「フィレイアさん、森を出て、大人しくなるのを待ちましょう」

「ならー、私達で、あれの気を引くのでその隙に森をでてくださいー、もうすぐそこですー。幸い、さっきので私にタゲが変わってるみたいですー」

「じゃあ、ラクーツカは、引き続きフィレイアさんの護衛。レリアーナちゃんとボルヴァラスは、あれの陽動でお願い。では、私も逃げます」

「ダメですよー。アウロラちゃんがいるのとで魔法の出力がちがいますからー」


 逃げようとするアウロラを、すかさずレリアーナは、後ろから掴みその逃亡を妨げた。


「いやですよーーー!フィレイアさん、助けてください!いーやー」


 アウロラはレリアーナに無理やり引っ張られていくのを見おくりながら、フィレイア達は森の外へと向かっていった。


「あの方、本当に魔王なのでしょうか…」





 騎乗用の小型竜のツァーガン。よく訓練されており、賢い。竜属の中には、人語を話せるものもいるらしく、全体的に竜属は、賢いのだろう。

 大木に襲われた際に一度、離れていたが、アウロラとの再開の直ぐ後にこちらまで、戻って来た。

 爆音と轟音の中、ツァーガンに乗り、何とか、森の外へと脱出し、後方の森を振り返れば、樹人はそこで動きを止めていたことにホッとする。

「やっぱり、森の外までは、追って来ないようですね」

「そのようだ。だが、まだ完全に安心はするな。樹竜と、森にはまだ閣下が残っている」


 そして、前方に視線を戻せば、その先にある人影に気がついた。

 人影をみるや、フィレイアは、騎乗用の小型の竜であるツァーガンを飛び降りて、人影へと走り寄る。

「イテングラータ!無事ですか?」

「…。い、いや、ふぃ、フィレイア様こそ無事で何よりです」

 人影の正体はイテングラータである。

 イテングラータは、フィレイアが乗ってきた竜とその騎手であるゴブリン族に、戸惑い、口ごもる。見慣れないゴブリン族と竜、それが、貴族令嬢と一緒に現れれば、驚かない方が不思議ではある。

「ノイエも、無事で良かったわ」

「ん。…フィレイア様も」

 イテングラータが、ラクーツカに会うのは二度目であるが、最初は、交戦中だったその時、フィレイアを連れてすぐ離れたので、挨拶もなかった。そのため、まともに顔を合わすのは、今、初めてである。

 そのため、イテングラータへ、ラクーツカの紹介と経緯を話した。


 フィレイアは、その経緯を話し終えたが、イテングラータは終始何か言いたげな表情のままそれを崩さなかった。

 フィレイアが、ゴブリンと普通に話をしていることに何か思う事があるのだろう。

 その気持ちもわからなくもない。


 待っている間は、とても長く感じる。数分程度の時間。アウロラ達が来ないのだ。彼女を置いてくるべきではなかったのだろうか。彼女のことが心配になっている。上手くやれているのだろうか、上手く逃げれるだろうか?そもそも、そんな心配をする必要はあるであろうか。

 だがしかし、よく考えて見れば、彼女は、あの見た目とあの性格であっても、魔王である。同時、他の三人は魔王の配下であることを思い出す。ゆえに本来なら、私達が彼女らを気にかける必要がないはずなのであるが。

 今回の帝国兵の越境行為もまた、彼女らには、関係のない話であり。彼女らもまた、私達を手助けする必要はない。

 けれども、アウロラ様は、私の勝手な行動を許していた。本当なら、許されるはずもなく、無理にでも行動を制限しようものであるはずである。そして、ラクーツカという護衛まで付け、幾度と私に手を貸してくれた。

 だからであろうか、心配の必要のない心配までしてしまっていた。

 政治的に必要が無いことであるが、感情的にはそうはならなかった。


「…」

 そう、考え事をしながら小型の竜を撫でてやると、私の身体に頭を押し付け、頭を上下に動かして気持ち良さそうに目を細め頬擦りをする。

 デカい爬虫類にしか見えないのだが、こうしてみると、意外とかわいいものである。

 こうやって撫でていると、一つ気が付いたことがある。獣臭さがない。竜と蜥蜴を一緒にするわけじゃないが、蜥蜴は臭いが無いと聞いたが本当のようだ。

 ノイエは、離れて見るだけでこちらには近づいて来ない。まだ慣れていないのか、それとも竜が苦手なのか。

 そもそも。竜とは人間と馴染みのある生き物ではないので、得意な人間なんてそうそういるとは思えないのではあるが。フィレイアは、そのことに気付いていない。


「随分、慣れたようだな」

「可愛いですよ、この子」

「そうか、嬉しい限りだ、我が愛竜であるがゆえにな」

「それにしても、よく、無事でこちらに戻ってきましたね。この子」

「訓練されているからな。危ないとこだった。上手く回避できたようで何よりだ。ギリギリだったかもしれんな」

「名前は、あるの?」

「ラウラスだ」

「ラウラス、よく頑張ってくれました。ありがとう」


「イテングラータ、何か言いたいことがあるのでは?なにを逡巡しているのです?」

 フィレイアから離れた位置から、何か言いたそうにその様子を見ていたイテングラータであったが、遂にその口を開いた。

「トルミオン公からも、口止めされていたのですが、ですが、このまま、お伝えしないべきかと悩んだのですが…。フィレイア様、帝国側の騎士がセノーテ城へむかって行軍しています」

「え?」

「そのため、貴方の父上、トルミオン公がセノーテ城へ引き返しました。どうやら、我々が森で足止めされている間に、回り込まれていました。我々が動けぬ間に、城塞を落とすつもりです」

「帝国は本当に、辺境伯領を落とすつもりですか。で、お父様はまさか!こうしてはいられません!私も向かいます!!」

「フィレイア様いけません!」

「何故止めるの!?」

「貴方のお父君の意思だからです、貴方がこう言うだろうから、トルミオン公から口止めされていたのはそういうことです」

「ですが!何もせずここで待つなど出来ません!」

「娘の貴方を死地に送りたくないのです!解ってください」

「でも!」



「おい。フィレイアいくぞ」

 その声は横から聞こえた。ラクーツカである。

「何処へと言うのですか!?」

「さっさと乗れ!馬などより、ツァーガン《ラウラス》のほうが速い」

 どこへというのか。まさか本当に、城へ?何故?どうして?

 聞きたい答えを期待し、ラクーツカの目を真っ直ぐに見た。

 一体何を誰に、何を期待しているというのか、貴族としてあってはならない。敵国に、まして、魔族に期待するなど。だけど、それを期待てしまった。

 ラクーツカは真っ直ぐに私の目を見返して、その期待した答えを口にした。


「城塞まで、我が送ってやろう!」

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