第10話 撤退開始
アウロラとレリアーナ、ボルヴァラスの三人は、キャンプへと向かっていた。辺境伯と会い、撤退の指令の要請のためである。
このまま戦闘をつづければ。樹人は増殖を続けるだけで、兵士が全滅するだけである。一刻でも早い行動が必要であった。
キャンプ付近は、まだ樹人が発生していなかった。恐らく、戦闘が起きていないからだろうと思われる。だが、ここも樹人が湧いて出てくるのも時間の問題だろう。そのうち、前線の兵士が戻ってくるのだ。必ず、一緒に押し寄せてくる。
キャンプの入口の騎士に、辺境伯から借り受けた証を見せ、中に通る。残念ながら、ボルヴァラスは中に入れてもらえなかった。まあ、当然ではある。
「戻ってきたか。で、娘は居ないようだが?」
「報告します。単刀直入に言うとフィレイア様は、北の方、帝国並びに森の番人との交戦に入りました」
「は?」
ルミオンはなんだそれはといった風の反応をする。いきなり、娘がどこかで戦闘中など意味がわからないのだろう。それもそうだろう、まっすぐここに戻ってくるはずだったのだから。
ただ、遠くに聞こえる謎の戦闘の発生に、中の兵士はすでに慌ただしく動き、戦闘の準備をしている。
帝国兵の侵入の知らせを受けてのことだろう。
「北のほうで、帝国による侵攻が始まって、戦闘が起きています。これを見たフィレイア様がサー・イテングラータの方へ向かって駆けて行きました」
「止めなかったのか」
「すみません。私たちの力では、止めれませんでした」
「くそ、なんてことだ。ああ、そうか済まない。娘も戦闘訓練をしている。君らのような少女では無理な話だったな」
フィレイアは、戦闘能力がある、普通の少女では敵わない。レリアーナは、ともかく私には、戦いなんて無理ですし。たぶん。
「それで、お願いがあります。森の番人が溢れます。すぐに撤退の命令をしてください」
「帝国の侵攻、北部で戦闘が始まっているのは知っている。だが、相手は帝国兵ではないのか?いや、森の番人とはいったいなんだ?」
帝国が侵攻は知っているが、森の番人の樹人の出現について、まだ報告が届いていないのだろう、森の番人については知らない様である、そうであるならば、やはりまず、樹人について、話さなければならないだろう。
ラクーツカに訊いた話では、樹人は、真樹の大森林の防衛システムだという。森を破壊しようとする者を排除するために動き出す、それは次から次へと生まれ続け、標的を排除するまで機能し続ける。無まれてくるそれを倒しても、また生まれ、また襲ってくる。無尽蔵に生まれるそれは、駆逐するなどほぼ不可能にちかい。
対し、兵士は有限である。いつしか、増え続けた樹人に兵はどんどん数を減らし、押しつぶされるだろう。
樹人は森から森の破壊者を排除しようと動き続ける、ならば、こちらから、森をでて、それが治まるまでは、待つしかない。
「わかってもらえましたか?」
撤退指示を推奨する私たちだったが、トルミオンはすぐにはそれを認められない。
「信じがたい話だが…。だが、我々は、この国の防衛の要である辺境伯領だ、帝国が侵入してくるのを止めなくていけないのも事実だ、真偽不明の情報に動き、このために帝国に占領されるなどあってはならない」
確かにそうかもしれない。無限に地面から湧き出る魔物など聞いたことがない。実は、そんなものは無く、それを安易に信じたために、帝国のこれ以上の侵入を許してしまうことなどあってはならない。
「ですが、何卒。一刻でもも早く、撤収の準備をしてくれませんか。どこにでも生えて出てくるので、撤収が間に合わなくなります」
トルミオンは、簡単には決定できない。生きている森林、その森林による反撃によって樹人が生まれてくるなど…。この話は現実離れしているのだ。そして、そのような、真偽の不明な情報を簡単に鵜呑みにするような人物でもない。トルミオンだけでなく、誰も、小娘の言うことなど聞かないだろう。
その目で見ない限りは。
「そうですねー。その目で見ればはやいのですがー。こちらから、偵察を出すのもいいですが、こまりましたねー」
「直ぐに引かないとここも、間に合わないかもしれないです」
二人の様子は、落ち着いているようで、必死さがあった。アウロラは、真っ直ぐにとルミオンの目を見る。
「嘘ではないか…。わかった。撤退だ、全兵士、伝令に伝えろ、森から撤退する狼煙を上げろ」
トルミオンはついに撤退を決めた。前線へ知らせる狼煙を上げるよう命令する。
兵士達は、キャンプの撤収をただちに開始し、次々と物資を馬へに載せていく。そして、馬が出れる準備が出来ると、次々と森の外へ向かって移動しはじめた。
アウロラ達は、その様子を見れば、兵士は撤退を不思議に思いながらもテキパキとその手を動かしているが、敵が迫っているため時間が無いという意識がないために急ぐ様子はないように感じる。
「出来る限り急ぐんだ」
トルミオンは急がせるが、アウロラは、それじゃダメだと思う。
「出来るだけではない、急いでください!間に合いません」
やっぱり直接見ないと、あれのヤバさは伝わらないのだろう。
それから、数十分の時間が過ぎ、その間これまで順調だった作業もここで終わった。
遂に、キャンプでも、樹人が生え始め兵士へと襲いかかり始めたのだ。
最初、兵士は、一瞬何事が起きたのか理解できなかったために、樹人の攻撃に対応できず、奇襲を受けたような形になった。すぐに樹人へと応戦するが。幾人かは、反応出来ず容易く無力化される。
それから、兵士達は、さらにその脅威に驚かされることになる。倒しても倒しても生えてくるのだ。トルミオンもまた、剣で応戦し、斬り倒すが、直ぐに次が生え、そのキリの無さを嫌でも認識させられていた。
「なるほどこれが、貴殿らの言っていた。樹人か。これは、確かにきつい 」
「はい、前線で大量に発生して、前線は混乱しています」
「撤収部隊は、急いで収拾に集中しろ!攻撃部隊は、その援護だ!」
樹人の発生速度は兵が倒すよりも早く発生し、続々と数を増やす樹人は、直ぐに兵を圧倒し始める。いくらでも後から湧いて出てくる樹人とは、違って兵は、有限。まともに戦っていてはそのうち数で押しつぶされる。
ただの旅人を装うアウロラ達は、兵士への援護をする予定になかったが、そうもいっていられない事態になっていく。
「これは、駄目ですねー。仕方ありません。魔法をつかいますよー?」
樹人は、どんどんと増えていく、このままでは樹人で溢れかえり何もできなくなるだろう。レリアーナは、それを感じとり、魔法を使うこと提案する。
レリアーナの言うことは、アウロラはなんとなく理解する。魔法での一掃である。一度に数を減らし体制を整える隙を作るのであろう。
「わかった。レリアーナちゃん、やって!」
「はいー」
兵士は、一体二体と斬り倒していくが、増殖したその樹人に追い詰めらていく、その手に力が入る。握りすぎてグリップに手形が付きそうなくらいである。幸、剣はそんなに軟ではない。例えの話である。額に汗が滲み、剣を向けたまますこしづつ後ずさる。だが、突如、目の前の樹人が弾け、その動きを止めた。
樹人の破片が燃えて煙を上げながら散らばる。何が起きたか一瞬解らなかったが、周りを見渡せば、同じように破壊され、崩れ落ちる樹人があった。
上空から、赤く輝く何かが連続して落ちてくる。それは、落下すると樹人に直撃し樹人を破壊する。降ってくるそれをよく見れば、火を纏う岩である。複数の隕石が次々と樹人を焼きながら粉砕していく、強力な魔法だった。
流れ星が降り注ぐその様は、遠くから見れば、美しく壮大に見える。だがそれを近くで見るととても恐ろしいものだ。降ってくる火を纏った岩が、地に到達しするとボゴン!と重い音を立てる。
見たことの無い魔法とその威力、そして、その術者があの少女であったことにトルミオンは、驚きを顕にして、その術者であるレリアーナを見て固まっていた。
「ま。まさか、そのような歳で、あれほどの魔法を」
「いえいえー。たまたま魔法の才能があっただけですー」
「しかし、どうやってあのような魔法を?」
「それはですねー。どういえばいいでしょうかー?」
たまたま魔法の才能がった、そう、嘘は言っていないのでしょうが、そのままトルミオンにいろいろ興味もたれ、その後も詮索させれそうで怖い。
アウロラは、ごまかすかのように次にとる行動を言って被せる。
「はっ、今のうちです、見とれてないで、次が来る前に早く!」
「ああ、そうだな、言うとおりだ。今のうちにさっさと出るぞ!」
一瞬の攻撃の止まった隙、その間に退避するため再び一斉に行動を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白い軌跡を残しながら疾走する竜、その軌跡の元は竜の上に乗る白銀の令嬢フィレイア。
フィレイアは竜の上から、魔法を放ち、森を焼き払らった。
簡単な魔法であれば直ぐにでも発動できるが、強力なその魔法ではそうもいかず、魔力の錬成、それに集中するために他の行動を制限せざるを得ない。ゆえに移動しながらでの、上位魔法の行使は難しい。
同じ理由で騎乗での魔法の行使もまた非常に難しく、馬を自由に走らせながらならともかく、馬を制御しながらとなると難しい。そのため、騎乗中にどうしてもとなれば、二人乗りである必要がある。
騎手が必要となるわけだが、今その役を担っているのは、ゴブリンの王子であるラクーツカである。
金銀の装飾品を身に着け、白い外套を纏う。一般的に知られるゴブリン族のようではなく背は長身で、端麗な顔である。
彼は、フィレイアが落ちないよう、フィレイアを支えながら騎乗する。
片手で、手綱を握り、もう片方の腕で、誰かを支えながらの騎乗だ。
どれ程の鍛錬をして来たのか、それとも種族的な能力なのか、その技術と腕力は凄まじい。フィレイアは魔法に集中する。そのためその他の一切がおろそかになるゆえに、ラクーツカの腕力に身体を預けるしかない。
「もう一発行きます、次で、私の魔力が尽きます。気絶するかもですがお願いします」
フィレイアは魔術師ではあるが、専門職ではない、剣士に近く。魔法剣士と言われるような存在に近いかもしれない。
しかしながら、彼女のその本来のメイン武器は、剣ではなくロッド、主となる攻撃手段は魔法である。
だが、現在そのロッドは失われており、その手に在るのは剣、魔力の制御に苦労し、十分な威力を発揮させるために、ロッドの時以上の魔力を消耗させられていた。
気絶するかもというのは、それほどに消耗させられていることを伝えるために敢えて言ったことである。
魔力が尽きれば、本当に気絶するので、強ち嘘ではない。現在騎乗中であり、支えを失えば、高速で後方に流れる地面に激突してしまう。落馬しそうになるならば、しっかりと受け止めて貰わなけれならない。
「ド・フィアマ=テンペスタ・アヴァ!」
最後のフィレイアの魔法が発動し、前方を焼く。
炎は、渦を巻き、次々と灼熱が樹を炭へ変えながら突進しいく。
魔法によって焼かれ燃える森の中を、火に構うことなく走る竜。火の耐性があるのだろう、竜は火を恐れることはない。これが馬であったなら、火を嫌がり前に進まなかっただろう。
幾度かの魔法によって樹人と森が、焼き尽くされ、前方が開けた。その見通しが良くなったその先に、遂に森の出口が見え始め、長く感じた森の距離感からの解放を感じると、すこしの安堵を覚える。
あとは、後続の兵士がその開けた道を抜けて行くだけである。
「後方の援護のために戻ってください」
「駄目だ、このまま出る。閣下からは、お前を守りきり、連れて出るようにという指示だ」
「お願い」
「…」
フィレイアは、後方、つまり、前線に居たイテングラータの方へ戻ることを要求する。ラクーツカには、警護の命令がある。そのため、フィレイアを危険な場所に戻すわけにはいかないのだが。
「…ふむ、どうしてもか。我が、聞かなければ、静止を無視し、自らの脚で戻るつもりか…。いいだろう」
ラクーツカは少し考え、フィレイアの要求を受け入れた。
そして、後方の援護に戻ろうとした直後、轟音とともに大地が揺れ、左右周囲の木々が大きく揺れると、木々の枝の折れ曲がる音を鳴らし始めた。
「なに?どうしたのこの音?」
ベキベキという周囲の木々の悲鳴と大地の轟音の中、炭になった森を走る。
少しして、ひときわ大きな轟音がすると、上空から黒い影を落とす何かが覆い被さる、上空からのその圧力を感じ、何か降ってくるそう思った時、ラクーツカが叫んだ。
「間に合わん!跳べ!」
頭上から落ちてくるそれを寸での所で避けるも、受け身を取ろうとする身体を衝撃で発生する風が煽る。
魔力を消耗し体力を消耗した体では、上手く対処出来ず、地面を転がり木に身体を打ち付け激痛に悶絶する。
「いっ、っつ。はぁはぁ、魔力が尽きてるせいか、クラクラするわ」
地に転がりながら、顔をあげれば、幹の太い大木が転がっていたあ。恐らく、先の地震によって倒れた大木なのであろう。
だがその様子がおかしい地面に打ち付けていた大木は、さらにそこから横にスライドする。
木々が、根本からなぎ倒され、樹人共々その行く先を破壊しながら、大木が横滑りし、その大木が眼前に迫ってくる。
大木が、その様なあり得ない動き見せるとは思ってはいなかったフィレイアは、その予想外の動きに対応が遅れる。
「あ、ダメ」
間に合わない、そう思ったとき、不意に、ふわっと身体が浮きあがる感覚を感じると、上昇し、その下を大木が走り抜けるのを見た。
「なっ?」
浮遊感の正体は、ラクーツカがフィレイアを抱きかかえて跳んでいたからだ。
その状態のまま、フィレイアは、大木の生末を見やれば、さらに大木は動き変化させ、移動する向きを変える。
大木は、さらに木々をなぎ倒しながら、こちらを叩き潰そうとこちらへ向かってとんでくる。
大木を跳んで避ける。
大木が自身で動く、それはまるで、それが、意思を持って生きているかのような動きである。
暴れ回る大木のその根元まで目線を追って見る。
すると、やはりと言うべきか、その大木は、生きていた。
大木と思っていた部分は、尾の部分であり、その根本には竜のような巨体が、そこにあった。
「目覚めたか、一度、閣下に合流したほうがいい、あっちは恐らくもう、大丈夫だ」
あっちとは、イテングラータやノイエの方だ。
「はい……ですが…」
「どうした?」
「…あの、降ろして欲しいです、恥ずかしいです」
幾度かの大木の攻撃を避けていると、業を煮やしたかのように、竜は顔をもたげこちらを睨むと、発光し始め、次第に光が大きくなる。フィレイアは、身構え、その光を警戒する。
その動作は、魔法を使う直前の予備動作ともいえる動き、魔力を練っているからだ。
竜の魔法は発動し、木の枝のような物体が、無数に作られると、それが矢のごとく発射される。
無数の矢がフィレイア達の方に向かって飛翔し始めるを見ながら、ラクーツカは剣を構え、フィレイアに尋ねる。
「プロテクト系の魔法は、使えるか?」
「もう、魔力が…」
使えるには使えるが、枯渇した魔力では満足なものが使えない。
「ならば、俺の背後に隠れろ、打ちもらすつもりは無いが、一応剣を構えておくんだ」
ラクーツカは、魔力を練り始め、そして魔法を発現させる。
「ギア・キオルド」
氷魔法、氷の槍を生み出し、それにより目標に突き刺す攻撃魔法。注がれる魔力が大きければ、硬度を増し、射出される速度も上がる。その魔法の槍をぶつけて枝に対抗するかと思われるたのだが、明らかに矢の雨の数に到底及んでおらず、その数が足りてない。
そもそも魔術師でもないため、生み出せる槍の数も少なく、迎撃には向かないはずであるのだが、少しでも数を減らすためであろう。
フィレイアはその様子をじっと見る。すると、枝にぶつけるのだろうと思われた槍は、予想外の動きを見せる。すぐに縦になると、地面に突き刺さった。
複数の槍が、横並びに刺さって行き、そして生み出されたの氷の柵だった。
「こんな、魔法の使い方が…」
直後、横なぶりの矢の雨が降り注ぐ。
氷の柵のその一本一本の杭が矢を受け止めて突き刺さり、その進行を止める。たまに柵の隙間を抜けてきた矢をラクーツカは、剣で弾き、その矢の猛攻を耐え凌いでた。
矢の雨が止んでもまだ、安心はできなかった、竜の攻撃は、止まることはない、続けて、その大木のような尾を振り上げ、矢を凌いだ柵ごと二人を押し潰そうと、迫ってきた。
「くっ、まだ…」
フィレイアは、消耗し動きが鈍った身体で、避けることができず、大木に押し潰されることを覚悟しかけたが、大木は、頭上で火を吹き上げると、その軌道がずらされ、二人のはるか横に落ちた。
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