第9話 戦端

 アウロラとレリアーナがゴブリンの領地にもどると、もうすでに昼がすぎていた。大森林は深い。明日朝、フィレイアとノイエを連れて出る。

 イテングラータも、魔族側との交戦をしないようにするという約束し、その間に、フィレイアを連れて戻る手筈になっている。

 こちらは、当然のこと、ブラターリアには、少数で行く。魔族を多数で入れて、約束は反故に攻勢に出たと思われて、戦線の拡大を招くようなことは避けたい。


 そして翌朝、魔人ボルヴァラスを加え、二人を連れ、再び大森林に出た。

 馬で二人乗り、木々の間を駆け抜ける。今度は、馬を扶助するのは私だ。私は自慢じゃないが馬を扱うのがうまいのだ。伊達に、馬術の天才ではありませんよ。

 だから、フィレイアを後ろに座らせて操る。

 フィレイアが後ろなのは、私の方が小さいために前に座られると前が見えないからで。

 ノイエはレリアーナと二人、ボルヴァラスは一人で騎乗して駆ける。

 フィレイアのさらさらの銀色の髪がふわふわと揺れて、キラキラしている。ちなみに、フィレイアとノイエは今だメイド服のままである。

 辺境伯領側の森に入った頃、状況に変化が起きた。


「アウロラちゃん。たいへんですー魔力反応ですー」

 レリアーナは何かに気づきそれを告げた。

「?。え?」

 その瞬間、右手側、遠くで爆発音が連続で鳴り響いた。

 フィレイアは、その音の正体をすぐに言い当てる。

「魔法攻撃!?」

「そーですー誰かと誰か、いいえ、集団と集団の間で交戦しているみたいですー」

 レリアーナは、肯定し、その原因を断定した。

 魔術での大規模な攻撃。だが、ゴブリンに私はそんなことを許可していない。となれば、誰と誰が交戦しているというのか。

 それを聞いたフィレイアは、その変化にそちらの方へいくように要求する。

「アウロラ様、右へ!あれの方に向かって下さい」

「駄目です、まずはキャンプへ行きましょう」

 直ぐに却下する、キャンプに連れていくと約束したし、戦闘に巻き込まれて死傷したなんてことは、また、面倒なことになりそうだからだ。

「お願い、連れて行って!我が家の領地です、戦っている者が騎士でも、我が領民です、見過ごせません」

「…わ。わたしからも。お願いします」

 フィレイアは、そっちへ行くことを懇願し、さらに、レリアーナの後ろに座るノイエもそれに追随する。

「しかたないですー。アウロラちゃん、いきましょー」

「…ああもう。分かりました、ボルヴァラス、レリアーナ、方向転換です」

「はいー」「いいだろう」


 方向を変え、さらに森の中を突き進むこと数分、次第に魔法の轟音と金属がぶつかり合う音が聞こえ始め、さらに近づいて行くと、辺境伯兵が戦っている相手の正体が判明した。

「敵は、帝国軍です!そのまま走らせて!」

 帝国側の軍がブラターリア側に越境し、領兵と戦闘になっていたのだ。

 その敵を確認していたフィレイアは、そのまま戦場の中へ走らせること要求する。

 左右で兵が剣を打ち合い、怒声と轟音と、金属音が響き渡っている。負傷した兵士が倒れ、または死体が転がっている、鉄臭い臭いが溢れ、そこが戦場の真っただ中にあることがわかる。


 兵士は、突然現れた、騎乗する少女に驚くような様子を見せる。それもその筈、普通、こんなところに馬で突っ込んでくるような少女などいない。

「帝国兵が攻め込んで来た様だな、突然、側面から攻撃をうけ統率を失っているようだ」

 ボルヴァラスの言うように、帝国兵が有利に見える。

 程なくし、フィレイアは何かを見つけたのか、馬から跳びおり自らの足で駆け出した。

「イテングラータ!!」

 部隊の指揮官の名である。前線まで出てきているのですか?

「フィレイアさん、ちょっと待って、って、速!」



「アウロラちゃん、なんだか、まずい気がしますー」

 これでは、フィレイアさんと逸れる可能性が大いに有る。確かにそれはまずい。それに、戦闘が激化し、戦争が拡大する可能性もある。早く、追いかけないといけない。

 レリアーナの警告の直後、何か別の生き物の駆ける足音が近づいてきた。

「閣下!!このままでは、まずい」

「え?」

 駆けて来たのは、ゴブリンのラクーツカ王子である。

 馬に跨るのでは無く、そこにあったのは竜。

 二足歩行で、翼は無く、尾がかなり長い。小型の竜、ツァーガンであり。

 ラクーツカは先日、アウロラ達が、安全に森を抜けられるように、兵の誘導をする部隊を率いていた。何故、彼がここに居るのか疑問に思っていたのだが、彼は、その理由を告げた。

「このままでは、真樹の怒りが起きる」

「え?なんですかそれ!――このタイミングでそれを言うなんて、絶対なんか起きるじゃないですかー。嫌な予感しかしないですよ!」



 フィレイアを追いかけて行ったその先の所で、レリアーナは感心したように言った。


「流石ですねー、嫌な予感的中ですー」

 その時、周囲に変化が起きた。

 辺境伯兵と帝国兵が交戦するその森林一帯の地面から植物が生えはじめる。そして、植物は、急成長を始め上へと立ち伸びる。

 何事かと思いそれをを見ていると、それが、人の背丈ぐらいに成長すると、その枝がうねうねと動き始め、人型を形成しはじめたのだ。

 地面から生えてきたその木は一本や二本と、次々と生え、そして同じように、人型を作っていく。

 何本もの人型になった木は、人の様に歩きはじめると、兵士に近づいて歩く。そして、木は、その腕の様な枝を上に上げ、その枝を振り下ろすと、その目の前にいた兵士の頭を粉砕した。

「ひぃいい。なんですかあれぇ!」


 木は次々と兵を襲い始め、帝国兵共々、その場にいた兵士に混乱をもたらす。

 兵士もまた、その人型の木にやられっぱなしではない、その手に持っていた剣を振り抜き、木を切り倒す。帝国との戦闘が、木の乱入で中断し、彼らのお互いの倒すべき敵は、次第に木にとって変わっていく。

「樹人だ。樹の真の姿であり、この森林の防衛機能だ」

 ラクーツカは、その正体を知っているようだった。

 アウロラは、流石、森の近くに住むだけはあると感心するのだが、ラクーツカはさらに不吉な発言をする。

「これで、終わりだといいがな」

「やーめーてー。まだ、絶対なんかあるじゃないですか!これどうやって収めるのよ、全部倒すんですか?」

「無理だ、幾らでも生えてくる。その数がどんどんと増え、その敵を狩りつくすまで止まらん、そのまでな」



「何を言っておられる。閣下?」

「……」


 今は、こうしていられません。アウロラは、次の指示をだす。

「ラクーツカ、貴方は、フィレイアを追いかけて!私は、キャンプの辺境伯に、兵をすぐに引かせて、撤退するように言ってきます」

 ラクーツカでは、キャンプには近づくことは難しい。恐らく排除対象にされる。話ができるのは、私と、レリアーナだけだ。フィレイアを守って連れ出すだけなら、ラクーツカでも可能であると思われた。

「…わ。私も。フィレイア様の方に」

「いいわ、行って、ラクーツカ!この方もそっちの竜に乗せてください。追いついたら、撤退してください。レリアーナとボルヴァラスは私と一緒にきて私を守って!」

「わかったよー」「御意」「了解した。閣下」





 森林の中でイテングラータは、自軍の指揮をとっていた。

 突如、帝国兵より、側面からの奇襲攻撃を受け兵が統制を崩し翻弄され、苦戦をしいられていた。だがそこで、突如、地面から謎の人型の木が現われ、兵を無差別に攻撃し始めた。

 新たな敵の出現に苦戦し、苦渋される。

 一体一体はそれほど強くはないが、幾ら倒しても、また、生えてくるのだ。

 減ることがない…キリがない。むしろ、数が増えている。このままでは、兵が疲弊し、全滅する。

「くそ、なんだこれは、一体に何が起こっているんだ」

 イテングラータは、数体分の樹人の残骸をまき散らしながら、樹人を次々と斬り倒す。だが、すぐ再び、地面から樹人が育つ。

「サー・イテングラータ。指示を!このままでは持ちません」

 再び、押し寄せてくる樹人の集団、その樹人を斬って破壊する。一振りで樹人を粉砕し、後続の樹人を巻き込んで倒す斬撃である。

 複数の樹人が粉砕され、破片がまき散らされる。だが、それでも樹人の攻撃は止まることがない。

 倒しても倒しても止まらない。敵味方関係なく兵士が次々と無力化されていっているのがわかる。明らかに怒声と轟音が小さくなっているからだ。

 だが、足と手を止めることはできない、減らし続けなければ、次々と現れる敵に押しつぶされる。

 また一人、近くにいる兵士が樹人の一撃を受け倒され、さらに次々と樹人群がる。イテングラータはとっさに援護に向かおうとする。だが。

「くそ、間に合わん!」

「うあぁあぁぁっぁ」

 そしてまた一人、樹人の腕が振り下ろされようとしていた。

 だが、その腕が降り下ろされることはなかった。

 瞬間、黒と白の人影が乱入し、樹人のその腕が斬り飛ばされ、つづいて、群がり始めていた樹人がまとめて吹き飛ばされる。


「イテングラータ!兵を撤退させて!」

 メイド服姿の少女だった。兵士は、謎のメイドの乱入に放心し、固まる。

 頭の中で色々な疑問がせめぎ合っているのだろう。もしくは、その美しさからであろうか。

 銀色の髪を棚引かせるその姿は、見る者を虜にする。

 固まる兵士を、樹人は、待ってくれはしない。樹人がさらに取り囲み、兵を殺さんとする。だがその直後、樹人は、切り刻まれる。

「…ん。撃破した」

 遅れてきたやってきたもう一人のメイドが樹人をその剣で切り刻み、無力化していた。

 イテングラータもまた、その奇妙な乱入者にさらに困惑する。

 なんだ、このメイドは、どこから、何故、やってきたのか。だが、その顔に見覚えがある。

 そして気が付いた。

「あ、あれ?フィレイア様!?いったい、どうして、なぜ、ここに」

 フィレイアだった。何故かメイド服姿である。そして、ノイエ、同じくメイド服姿である。

「兵を撤退させて、私のことの説明は後です!!」





 イテングラータが撤退を指示ると、兵は、隅々までその命令が伝わるように、撤退を大きな声で叫び後退する。暫くしてから、撤退の狼煙がキャンプの方向から上がった。恐らく、アウロラ達が、領主と話をしたのだろう。

 だが、樹人の追撃を躱しながらの撤退は、思うよにう進まず、ままならずにいた。

「また、前に!」

 退路にも樹人が溢れその行く手を阻んでいたからだ、森の向こうまで樹人が埋め尽くし、倒しても、次々と湧いて出てくる。

「フィレイア!乗れ!」

 後ろから、声が聞こえた、フィレイアは後ろを振り返れば、ラクーツカ王子は、竜を操り、後ろから追ってきていた。

 ラクーツカ王子は、手を伸ばしている、フィレイアはその手を取り、ラクーツカは、それを掴むのを確認すると、フィレイアを竜の上に引き上げる。

 イテングラータは、いきなり飛び込んできたその竜とゴブリン王子に警戒感を露わにし、呼び止めようとする。

 フィレイアは、その様子に気づきながらも、敢て無視する。

「先行して、退路確保するので。あとにつづいて!」

 ラクーツカ王子は、剣を片手にして、竜を操り、その後ろでフィレイアは、上位魔法の準備をする。

「前方、一気に焼き払うわ!!」

 魔力の収束。


「ド・フィアマ=テンペスタ・アヴァ!」

 

 フィレイアの魔法が発動する。炎が巻き起こり、渦を巻くようにして前方に放射する。

 凄まじい火力の炎は、森を焼き払う、樹人が炎に焼かれ、炭に変え、熱風がその熱さを伝えてくる。火は、新たに生まれる樹人を焼き、敵の発生を抑える。

 だが、火が燃え盛り、このままでは抜けることが出来なくなっていた。

 その心配は無く、その対策の準備はできていた。

「…そのまま、ついて来て。…氷。鎮火します」


「ド・ギアフィオーレ」


 気温が急速に下がり、火の熱が奪われ、火に重なって氷の花が咲く。氷は解け、氷解した水が火を鎮火する。その後に兵が通る。

 ノイエは、先頭を走り、後続を走る兵のため、氷の魔法を放ち火を直前に鎮火する。こうして、道を焼き開き、辺境伯兵の撤退が開始された。

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