第8話 政略
アウロラとレリアーナは城砦に呼ばれることとなった。
一晩ここで泊まり、朝になってから、キャンプを出立する。
ここの城主、つまり、この地の領主、辺境伯の城砦に招かれた。
召喚された理由それは、辺境伯の娘、フィレイアに直接、会ったという少女らから直接、話を聞きたいという辺境伯からの要望からである。
大森林からさらに西へ向かったところに城砦があり、その城砦までの道のりは、馬での移動で、二人乗りである。馬に跨る騎士、その前に座らされている。
小っ恥ずかしいので、「一人で乗れるのでいい」と言ったのだが、ひょいと持ち上げられると、騎士が跨ぐその前に跨らされ、強制的に二人乗りにさせられた。
草原の中に岩が無数に大きく突き出した地形、その合間を走り抜ける。
その風景を見るアウロラは感動して言う。
「レリアーナちゃん!みてみて!岩がすごいよ!」
すると後ろの騎士が答えた。
「二千年まえの大戦により、死んだ魔族や天使族が石化して残ったものだと言い伝えられています」
「へぇ、そうなんですか、すごく大きいですね」
壮大な風景である。大戦の痕跡に、かつてのどれほどのものだったかと考えると、とても感慨深い。それにしても、天使や悪魔デカくないですか?
「雨風が、長年をかけて大地や岩を少しづつ削って出来たんですよー」
レリアーナちゃん…。
地面から突き出した岩の上に櫓が立てられているのが見え、自然の要塞として機能しているのだというのがわかる。
暫く進んでいくと、岩と岩の間、それを繋ぐように城壁が作られている所があり、その門を抜けたその先を行くと見えてくる大きな崖、そのむき出しの岩肌に大きく口を開けた洞窟のすぐ手前、そこに城があった。
出迎えたのは、辺境伯本人、つまり、フィレイアさんの御父さんである。
対外政策における軍事的な要衝であるためか、騎士でもあるようで、騎士団長を除いて、私の見てきたどの貴族よりも鍛えられている。
「ディールクルムです、よろしくお願いしますわ」
アウロラは偽名を名乗り、その本名を隠した。
「レリアーナですー」
「トルミオン・テリア・ド・ブラターリアだ。こちらこそよろしく頼む。よし、こちらまで付いてきてくれ」
城の側面の綺麗に手入れされた庭を通り、そうして案内されたのが、城の向こう側である。
そこは、石のタイルが敷かれた庭であり、そこの向こうに洞窟の奥へと繋がる泉があった。
泉は大変美しく、水が透き通っている。
その澄み切った水は、泉の底がはっきりと見え、その水の透明度がどれほどのものであるのか分かる。
「すごい」
「地下水が湧き出ているのですねー。天然井戸と言ったところですかー」
「どうだ、素晴らしいだろう?」
「えぇ、とても」
屋根付きの石畳みのテラスに備えられたテーブルを案内され、その席に着く。
アウロラは、自然な動きで優雅に椅子へ座る、アウロラにとって、その立ち振る舞いは、自身を構成するものであり、それが自然で、癖のようにして身につけられているものであって、矯正されることは無い。
辺境伯はそれを見逃してはいなかった。
「どこか、貴族であるとお見受けする」
トルミオンは、傍にいる執事に何かの指示をだしながら、そう訊いてくる。
「ち、違いますよ。旅人でしゅよ」
バレた?
ある程度、バレることは予想していたものの動揺し、噛んでしまう。
「なるほど、隠して置きたい事情でもあるのか、で、どこかの旅人か?」
「そう、旅人です。どこから、どう見ても旅人です」
「あぁ、分かった」
肯定すれば、どこの誰とかになって、面倒なことになるかも知れないので、無理にでも隠し通そうとする。隠して置きたいという意思が伝わる。そして、あちらも、隠して置きたいという意思を理解し、尊重してくれそうであるので、ありがたく、それを通させてもらう。
「だが、いくら事情でも、邪険に扱うこともできない。わかるか?」
アウロラはその意味を理解している。相手が正体を隠していても、それが貴族であったなら、それが後にどう貴族間の派閥、抗争につながるか分からない。相手がどこの貴族であるか分からないなら尚更である。ある程度以上は、それ相応として扱う。用心に越したことはないということだ。
「とても、めんどくさいですね」
「あぁ、その通りだ」
「紅茶と菓子をお持ちしました」
執事がティーセットを持って現れ、それをテーブルに置き、三人のカップに紅茶を注いで渡す。その後、彼は、トルミオンの傍にじっと立って控えた。
辺境伯がここまで呼び、テラスに招待したのは、話を詳しく聞きたかったからであろう。そして、この奇妙な二人についても興味があるからだろう。
だが、アウロラとしては、余り詮索されたくはない。フィレイアの現状について、安全に保護されていることを説明しておけば十分だろうそれ以上は御免である。出来る限りの嘘がないように説明し、但し、私やレリアーナが只の人であるということにしておく事にしておく。
あとは、帝国軍のヘイトがこっちに向かないように私の要求を伝え、あとは、私達が、ゴブリンの領地にもどるだけである。
その後に、フィレイア様に、なにがあったのか説明してもらうだけでなんとかなるはず。そう予定を組んだ。
「そうか、傭兵の襲撃か、雇い主が居るはずだな。すでに聖光国と帝国で話し合いの場が設けられているはずであるが」
「ええ。そうね」
「それにしても、君ほどの美人は、私は、今まででに見たことが無い」
「ふふ、ありがとうございます。フィレイア様も相当のものですよ」
「そうだろう、そうだろう。がははは。あれよりも美しい者が有るわけがないな!」
「そうですね。私も見たことがないですよ」
「がははは。そうだとも、貴光国に、どの宝石よりも美しい暁の姫が、居たと聞くが、娘の方が美しいに決まっておるわ」
背中に冷や汗が流れる。
私、私のことですか?やばいやばいです。
このまま、話を合わせてもいいですが、身バレの危険は出来る限り避けないといけません、話を変えましょう。
「あ、そうです。私たちが、戻ってきたとき、スムーズに話が出来るように、身分を保証するようなもの、ください」
「おお分かった。少し待て」
そう言って、屋敷の中に入り、暫くすると、紋章の入ったバッジの様なものを持ってきた。
「これを守衛に見せろ。そうすれば、直ぐに私まで通るはずだ。それでは、キャンプまで送ろう。森の奥のゴブリンの街までも、護衛をつける」
そうして、トルミオンと共にここを出立し、アウロラとレリアーナがゴブリンの領地まで戻るまえに、一度キャンプで一泊する予定。キャンプに着いた時には、すでに日が暮れていた。翌朝そこで、領主と別れ、そこから、騎士団の二人とともにゴブリンの領地まで帰還した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗殺事件から五日後の話。
ジードラス帝国、帝都。王宮最上階。皇帝の間。
月の光が差し込み、ワインレッドの絨毯を照らし、その赤が反射し室内を染める。
そこに佇み、広間のその大きな窓から外を望む女性。
女帝ヘスペーリス・ブライト・ラ・グロリスブルク=シャーディング。
「皆さん、揃いましたね」
広間には他に三人の男女が集まっていた。
第二皇子アーステロ、第一皇女アレトゥーサ、第三皇女ヘスペレティアである。
女帝ヘスペーリスは三人の入室を確認すると、招集したその理由とその件を話す。
「五日ほど前のことです。第一皇子アイグレード、第二皇女エリューティアが命を落としました。国葬の準備をしなくてはいけません。そちらは各庁と貴族院の調整の後行います。問題は、件の襲撃者について、情報の共有とその対応についてのお話です」
「兄と妹が、まさかこのようなことになるなんて。聖光国の工作による攻撃ですか…許せません」
第一皇女アレトゥーサ、赤みを帯びた金色の髪。妹のエリューティアよりも長身であり、その胸の双丘はエリューティアほどではないが豊満である。
動くたびに弾んで揺れる胸の起伏の大きい身体は、とても艶めかしく、見る者を魅了する。
「あぁ、お姉さま…、何故このようなことに…。わたくし、とても心がとてもとても痛く、苦しくて仕方ないですわ」
第三皇女ヘスペレティア、他の姉妹よりも控えめな胸の身体を揺らして、美しい薄い桃色の綺麗な髪を振り、姉の訃報を嘆いている。
年齢よりも幼く見える容姿だが、誰もが認める美少女である。
「同行していたフィレイア・テリア・ド・ブラターリアが生きているという話もあります。エリューティアがまだ生きている可能性もありますが、そのあたりの情報はありません」
女帝ヘスペーリスは、エリューティアの生存の可能性を追加する。
「情報は、聖光国から受けたのですか?お母様」
第一皇女アレトゥーサは、その情報の出所を確かめるように訊く。
「ええ、そうです。フィレイア・テリア・ド・ブラターリアが生きているという話は、辺境伯領に潜めている情報官からの知らせを受けました」
「なるほど、エリューが生きているというのなら、なぜ身を隠しているのか?どちらにしても、暗殺を指示した雇い主を見つけだし、処罰するべきだな」
「首謀者は極刑に、わたくしも、そう思いますわ」
第二皇子アーステロは、首謀者の捜査と処罰を求め、第三皇女ヘスペレティアはそれに同意する。
「お母様。すぐに報復にでるべきです。首謀者の手がかりはありますのですか?」
第一皇女アレトゥーサもまた、つづけて報復を訴えた。
「アレトゥーサ。貴方も強気なのですね。そうですね。雇い主について、事件現場にカルディアのメンバーの死体と聖光国デレストラ騎士団の紋章のついた武器も見つかりました。幾度かの連絡を取っていますが、明後日、聖光国と、話し合いが持たれることになっています」
「帝国内の反政府アルギュロス・カルディアの勢力は、西方、強いては、聖光国の援助を受けているかもしれないとの話はありましたのよね。それは、決定的な証拠ではないですか!」
第一皇女アレトゥーサは、身内を失ったことに憤りを覚えているのだろう、語気が強い。
帝国内の反政府組織は
そして、事件は辺境伯領で起きている。わざわざ帝国から出て活動すれば、足が付きやすい。聖光国と繋がりがあるのなら、隠ぺいや工作に動きやすいはずでそれもクリアできる。
「いま、魔族と辺境伯は、交戦しているのですわよね」
「そうです、ヘスペレティア、現在交戦中と聞いています」
「ああ今。魔族へ攻め入りますと、魔族の皆さんは、たいへんですわ」
ヘスペレティアは、女帝ヘスペーリスに、領軍と魔族の現状を確認する。
「ヘスティ、今は、首謀者の話をしているのよ?でも、そうですね、たしかに、魔国領に攻め入るチャンスでもありますね」
アレトゥーサは考える、ヘスペレティアの言うように、仮に、攻めるなら今がチャンスになりうる。が、国内の反勢力が戦力が割かれる隙を付いてくる場合も考えなくてはいけない。
第二皇子アーステロは、アレトゥーサとヘスペレティアのやりとりを聞きながら、そして、何かにはッとする。
「母上、現在、ブラターリアは魔王領と交戦しています。同地方は、西方への影響力を強める足掛かりとなる地域、反勢力の力を削ぐためにもここは一考すべきかと」
聖光国、ブラターリアへの進出の提案であった。
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