魔王城の寝心地が悪いばっかりに

第6話 ゴブリンの領主

 城下から一度、魔王城に戻ると、イケメンの魔人を呼び出した。


 私を誘拐した一味の一人だ、この魔人の「名前はなんだっけ?」

「ボルヴァラスだ」

 ボルヴァラスですね。覚えました。まさか、私が此処のトップになるとは思いもしなかたので、誰が誰とか全然覚えていませんでした。自分のことで精一杯でしたし。


「北西のセーラン大森林に行きますので、私の護衛をお願いしますね」

「御意」

 さて、どうやって行くのでしょうか、レリアーナが知ってるのでついていけばいいですね。

「ゴブリン治領までの、転移門を使用しますか?そこから行けば最短かと」

「えぇ」

 なるほど転移門。

 便利すぎます。それにしても、ゴブリン治領どこかで聞いた覚えがありますね。



 昼の間は、城下市街をウロウロしていたために、すでに夜。ドヴェルグ地下都市までは、翌朝出発しようと思っていたのだが、領に立ち寄ると連絡すれば、是非、会食をともにしたいとの領主からの申し出によって、その日、ゴブリン領で一泊することになった。


 ゴブリン治領の都は、ブリューセと言う街だ。

 レリアーナと魔人ボルヴァラスをつれだって、転移門をくぐれば、そこは、どこかの神殿だった。

 そこで神官のような恰好のゴブリンが出迎え、髪辺を垂れた。

「ようこそ、おいで下さいました。まさか、本当に魔王様直々においで下さるとは」

 ん?んんん?

「これより領城までご案内いたします」

 神殿をでると、市街で、多くのゴブリンがいた。他の種族も結構いるが、圧倒的ゴブリンである。

 石造りの建物が建ち並び、様々なゴブリンが街を行き交っていたのだ。

 お店の店主は当然、ゴブリン。その客もゴブリン。居酒屋にゴブリンが酒を呑み交わしている。

 ヤバいわゴブリンがいっぱい居るわ、私、大丈夫なのかしら?

 ああ、こっち見ました、こっち見ましたよ!


「アウロラちゃん?キョロキョロしないでくださいねー」

 挙動不審なアウロラは、レリアーナに注意された。


 領城に着くと、偉丈夫が出迎えた。人間族ではない。

「我が城主ロンガタム。わざわざ、ここまで、良く来てくださった。魔王閣下、食事はこの近辺の逸品と言えるものを用意しました、ささこちらへ」

 この城主ゴブリン王ロンガタム、髭を蓄えた長身のゴブリンである。

 同じくその隣で出迎えるのが、その王子である。

「ラクーツカと名乗ります。よくぞ、おいで下さった。魔王閣下」

 ラクーツカ王子。煌びやかな衣装を纏い、目鼻立ちはかなり整っている。このゴブリン、どっかの王子のようにキッラキラしてるんですが、いろんな意味で想像するゴブリンのボスと違います。違和感が半端ない。

 その動きや作法まで、粗暴さが無い。これ本当にゴブリンなのですか!?

 領城に到着すると、早速、広間に通されると、取り皿やフォークなどの食器が用意されたテーブルがあった。

 食事の準備をして待っていたようである。

 長方形の机の辺の短い方にある椅子が給仕係によって引かれ、優雅に座る。

 各々が着席すると、給仕係が、食事を運んできた。

 

 一通りの配膳がおわると、私の傍にメイド服を着込んだ一人の少女が控える。ゴブリンではなく人間。他に人間がもう一人、彼女は、領主の傍に控える。

 私の隣のメイドは、その立ち振る舞いも含め、銀色の髪を流す姿は、とても綺麗であり、どこかの貴族のような雰囲気を持っている。


「お飲み物をお持ちしました、どうぞ」

 給仕係の持ってきたこれは、ワインですか…。

「私はちょっと遠慮しておきたいかなぁ」

「あれー?アウロラちゃん飲めないんですかー?」

「私、未成年というかなんというか、しゅーきょーてきに」

「しかたないですねー」


 レリアーナちゃんとのそのやり取りをみたロンガタムは。

「うちの最高のものを用意したのですが、でしたら。…閣下に例の物をお持ちしなさい」

 例の物とやらを持ってくるように言うと、アウロラの横にいたメイドが部屋を出る。そして、持ってきたものは、黄色い飲み物。

 なにこれキラキラ光ってますよ!飲んでも大丈夫なのですか?

 見たことのない飲み物がそこにあった。

「金のリンゴ?ですかー?あれー?アウロラちゃん、そんなに構えなくとも、毒なんてはいってないですよー。でももし、毒があっても、そもそも貴方に毒や呪いなんて効かないでしょー?」

 ん?私に毒や呪いが効かない?意味が解らないですね。でも、金のリンゴは、聞いたことがありますよ。なぜか、魔王領でしか採取できないって。でも、そういうことなら頂きます。

「真樹の大森林が近い山に生息していますので、そこで採れたものです」

「ああ、これは最高です。口いっぱいに甘酸っさと、香りが広がりますわ。これは幸せな気分になります」

 本当においしい、買い占めて持って帰りたい。

――。


「本題ですが閣下、アレス聖光国のブラターリア辺境伯の兵が越境した件です」

 今、思い出しました。ゴブリン治領にアレス聖光国ブラターリア辺境伯兵が侵入したっていう報告がありました。私と会食をしたかったのはそういうことですか。

 とても、めんどくさいことになっている気がします。

「ブラターリア辺境伯は、何故、越境行為を…」

「帝国の皇太子を乗せた馬車が何者かに襲撃を受けた直後、偵察のため遣わした我々の斥候と件の兵と会敵し、拘束。そして、馬車の襲撃の首謀を我々であると考えたブラターリア辺境伯は、その後、兵を送り込んできた。現在、辺境伯と小競り合いが続いています」

「いまも、辺境伯と、対峙してるのですのよね?皇太子が襲撃されたなら、ブラターリアに対し帝国側が報復に動く可能性がありますね」

「閣下、帝国による侵攻、その場合、我々の領地は最前線となります、兵と物資の援助をお願いしたく」

「そのまえに、ロンガタム、一行の馬車を襲撃したの?」

「いいえ、断じて」

 こちらから、越境して、わざわざ襲撃したというわけではないということですね。

「増援を約束するわ。で、最初の斥候との戦闘の話を聞きたいわ」



「ブラターリア辺境伯地で、街道を走る馬車が襲撃を受けたという情報で、斥候を送り、真樹の大森林にて我々の斥候が兵二名を発見し、戦闘になった。すでに彼女らは手負いだったようだが、戦闘力はすさまじく、こちらの最初の二名の斥候は排除され、その後、精鋭による援軍を出し、さらに二名の戦死。残りの兵によって戦力を削ぎ、拘束しました」

「その彼女らがこの方たちですわね?」

 私の傍に立つメイドだ。ブラターリア辺境伯の名で、目や眉がピクピク動くので関係者じゃないかと思ったけど、やっぱりそうでしたか。

「そうだ」

 彼女らは、こちらのゴブリンが手こずるほどは強い、しかも、万全の状態ではない。すでに手負いだったということは、どこかで戦闘した後…。その相手は恐らく、襲撃者。

「ブラターリア辺境伯地のゴブリンって、そんなに強いのですか?」

「分かりませんが、魔王の加護下にある我々より強いゴブリンなどありえない。本当なら、かなりの上位ゴブリンということに。襲撃者は恐らく訓練された人間だ」

「彼女らから話を聞いたの?名前を伺っても?」


「フィレイア・テリア・ド・ブラターリアです」

 スカートを裾を摘まんでお辞儀をする作法にその名。貴族の方ですね。

「ノイエ・フェンシア。です」

 私の横に居るこちらのメイドさんが、フィレイアさん、あちらが、ノイエさんということですね。辺境伯が攻勢にあるのは、ここに親族がいるからですね。

「襲撃者は、ゴブリンだったの?」

 フィレイアへ、質問を投げかける。

「いいえ、ゴブリンではありません」

「正体はわかる?」

「わかりませんわ、傭兵だと言っていました」

 謎の襲撃者は傭兵だとすれれば、つまり誰か雇い主がいる。

 雇い主は、聖光国側か、帝国側かで話が変わってくる。だが、私も面倒ごとには巻き込まれたくない。

「ロンガタム、辺境伯へ使者を遣わすわ、強行策に出る場合、捕虜の命は無い。兵を引けば令嬢を返すと伝えるのよ。それでいい?フィレイア」

 これで兵を引くとおもいますが、問題は帝国の動きですね。謎の襲撃者がわからなければどうにも動けないわね。どのような者かは想像はつきますが。

「お言葉ですが、閣下。我々で、遣いを出すのも良いですが、戻ってくるとは思えません。相手は我々の一族の話を聞く連中ではありませんよ」

 確かにそうよね、人間がゴブリンの話なんて聞かないわ。

「フィレイア。どうなの?」

「父上は、聞く前に排除するとおもいます」

 つまり、ここに使者として行ける者は居ない、となると、領地外から来た、私だけですか。


「いいわ、私が行くわ」

「閣下いけません!」「閣下!それは!」「だめだよー」「それは許容できんぞ」

 四人が私を止めようとする。

「大丈夫よ、正体は隠すわ。通りがかりの旅人とでも名乗るわ。それが一番相手に警戒されないと思いますわ」

「そうではない。戦場を抜けていくのだ、ただでは済まんぞ」

 魔人ボルヴァラスは、そう言います。なら、安全なルートを確保できないかな?

「なら、俺様が敵の気を引きましょう、部隊を率いて側面を狙うように行軍し、その反対側を抜けるんだ」

 なるほどラクーツカ王子のこの提案は妙案じゃないでしょうか。

「じゃあ、それで行きましょう」

「アウロラちゃん。危険ですよー?色んな意味で」

「レリアーナも一緒に行くのよ。私が、変なこと漏らさないよう監視してて」

 要は、私が魔王であること、さらには、王女であることがバレないようにすればいいのだ。バレなければ上手くいく。

「え?私ですかー?困りましたねー。ですが」

「人間が一番もっとも、心許すのは人間ですわ」

「そーですねー。ここに他の誰が行けそうな人が居ないのもまた事実、仕方ありませんねー」

 渋々、他の面々が了承しました。


 これで、レリアーナと私が使者として行くことで決まりです。あと、少しでもこちらで出来る事態の収拾の手掛かりが欲しいです。とばっちりは御免ですよほんと。


「あと、フィレイアから詳しい話を聞きたいわ、話してくれるかしら」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ブラターリア辺境伯地、魔王領方面軍キャンプ。


 指揮官であるイテングラータは、思い悩んでいた。

 こちらの右舷側から突如として始まった敵の反撃の応戦に追われている。

 先日のことだ、セーラン大森林の中で、襲撃者と思しきキャンプを発見した。死臭が立ち込め、何人分もの死体が転がっていた。そこに、フィレイア様の痕跡を見つけたのだ。

 足跡を追うと、森の中でさらに戦闘の痕跡がり、そこで途切れていた。

 フィレイア様は、恐らくあちらに居ることだろう。辺境伯は、攻勢にでることを望んでいる。辺境伯の心中を思えば、生死を確認するまでは終わられまい。

 だが、このまま攻勢にでていいのだろうか、魔王が本隊を送り込んでこれば、大規模な戦闘になる。少数精鋭での、救助作戦が望ましいのかと思える。

 その前に、生死の確認が必要である。だが、偵察のために魔国へ送ったこちらの斥候が一人も戻ってこない。


「前線より報告!」

「どうした?」

「セーラン大森林から、ゴブリンの使者として二人の少女が、森の奥から出てきました」

 使者だと?いったいどういう事だ。ゴブリンごときが交渉をすることを望んでいるとでもいうのか。

「わかった、その二人をここに通せ」

 しばらくすれば、イテングラータの天幕へと通ってきたのは、二人の少女だった。

 見た目、その印象は、真逆。

 一人は金糸のような淡い燈黄色の輝きを放つ髪、もう一人は黒く、見様には藍色の光沢を放つように見える髪。相対の色をもつ少女が二人だった。

「よう来たな、ふむ、…本当に少女とは」

「ゴブリンの集落から、言伝を持って参りました」

「申せ」

「辺境伯令嬢の命は預かっている、兵を撤退させることを要求する。要求を飲まぬ場合、令嬢は、我々の食卓に上がると」

 本当にゴブリンの集落から来たのか?食われずに?解らん。

 だが、辺境伯令嬢のことを言っている。このことは公にされていない。そのことを知っている、つまり、本当にゴブリン側から来たということか。

 そして、殿下は人質というわけか、こちらの目的は、令嬢の奪還であるのだが…。

「辺境伯令嬢の名をしっているか?」

「フィレイア・テリア・ド・ブラターリア様です」

「ふむ、ご令嬢と話したか?」

「ええ。とても元気そうでした、銀色の髪がとても美しい方でしたね、ゴブリンから酷い扱いは受けていない様子でした」

 この娘は、本当にただの使者か?とても、落ち着いている。度胸が据わっているのか?。

「そうか、…連絡役に伝えろ、早馬の用意だ、辺境伯へ伝える報告がある」

 辺境伯にこのことを伝えなくては、イテングラータは、連絡役に届けさせる辺境伯への手紙を書きながら考える。

 相手は人間ではない。捕虜を取って交換を要求する知能をもっている。どこまで信用出来る?こちらが撤退すれば、本当に令嬢を返還するのか?魔王領のゴブリンは、他のゴブリンより強いとは聞いていたが、どうやら、他とは違って知恵を持っている。

「辺境伯からの返答まで、ここで待てばよろしいですね」

「ああ、寝泊りする場所を用意させる。そこで待て」

「はい」

「ゴブリンは、前たちが逃げることは考えなかったのだろうか、…まさか、親が人質に取られているのか?」

「ええ。そんなところです」

 なんと卑劣なことか、彼女らのことも救ってやらねばならんな。



「サー・イテングラータ、早馬の準備が出来ました」

「分かった、これを届けてくれ」

 連絡役に手紙を渡した、その後の伝令を待つだけだ。

「これで、フィレイア様を取り戻せればいいのだがな…」



 その後、アウロラとレリアーナが、辺境伯の城に呼ばれることとなった。

 ここで一泊し、翌朝の出立である。

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