第4話 魔王の後継

 エーデルライト王国は再び騒然とする。

 その手紙が来たのだ。


 手紙の運送方法は、大きく二種類ある。

 一つは郵政の郵便職員による配送。そして、もう一つは、鳥などの動物を使った方法である。

 鳥などを使った輸送は、直接やり取りするための輸送であるが、手紙の大きさに制限があるという欠点がある。


 現在、魔国領と、エーデルライト王国には国交が無い。それ故に仮に魔国領との手紙の運送があるとすれば、国交のある国を経由して運ばれることになる。

 とはいえ、魔国領と国交を持つ国は少なく、多くの国は、魔国領との手紙のやり取りはあり得ないといっていい。


 エーデルライト王国に行く、たった一通の手紙は、その為か、通常の郵政を経由しての輸送は行われなかった。



 国王に手紙が渡される数刻前のことだ。

 書記官は、毎日、鳩によって運ばれてくる文書を確認するために鳩舎に訪れる。

 鳩が来ていれば、鈴がなる仕掛けが施されてある。

 書記官はいつものように、その音を確認し、鳩舎へ入ったのだ。


 鳩の巣箱には、一匹の鳩入っていた。

「さぁ、いい子だ、おとなしくしてくれよ。今取るから待ってろ」

 その中のクルックゥと鳴く鳩を撫でながら、慣れた手つきで、その足に括り付けられた筒を取り外す。


 鳩を再び巣箱へもどすと、そこで、鳩では無い別の鳥の鳴き声を聞いた。


 カー、カァァァァァ!


「え?」

 この鳴き声はからすだ。烏がいる。

「何故、烏がここに居るんだ…?」

 何故としかいいようがない、直後に思ったのは、追い払わなくては駄目だ。である。烏は、鳩にとって脅威となり、巣箱が荒らされてはたまらない。追い払うため、何か棒のようなものを探す。そして、ととっさに思いついたのは箒だった。

 部屋の隅にある掃除用具入れ、その中に立て掛けてある箒を取ろうと掃除用具入れへ向かおうしたとき、烏が動いた。

 バサバサバサッ!

「なに、くそ、掃除用具入れの上に!」

 烏は、先回りし、掃除用具入れの上に止まったのだ。

 烏は、頭のいい鳥である。どこへ行こうとしているのかよく観察していたのだろう。先回りして、掃除用具入れの上からこちらを見下ろした。

 すると烏は、用具入れの上で奇妙な行動を取り始めた。


 カァァァ!カンカン!カァァァ!カンカン!


 不審に思った書記官だが、その烏を見れば、その足には、筒が括りつけられていることに気付いた。

 烏の足にあったその筒は、鳩の通信筒とよく似ている。

 烏は、一声鳴いては、足に括り付けられた筒を嘴で叩き、一声鳴いては、筒を叩いていた。


 鳩の運ぶ文書はそれほど長いものは送ることはできない。筒に入る大きさではいけないからだ、しかし、この烏の筒は、大きい。普通の手紙が入る位の大きさがある。

 書記官は、烏が、その動きで、書簡を持ってきたから、早く取れと言っているのだろうことは、直ぐに理解できた。


「あ…」


 だが、彼は直ぐに動けなかった。

 その烏の頭を見たからだ。目が三つあるのだ。

 よく見れば足も三本ある。そして大きい。普通のカラスと比べても、明らかに大きい。見たことのない異常な烏だった。

 それが、この筒の中に有るものは普通の文書ではないことを理解するのに十分であった。

 そして、同時に最近起こったある事案を思い出す。これは、魔王が関わっている、そう思わせた。

 不安と恐れは、彼に筒を取らせることをさらに逡巡させ、手をなかなか伸ばさせない。

 彼は、その場で、暫く硬直し、動けないでいる。その間も烏は、筒を叩きつづけた。


 意を決し、彼は、恐る恐る手を伸ばすと。烏はその筒の括りつけられた足を差し出してきた。

「なんて、頭がいいんだ…。しかし、どうやってここに持ってくるように訓練したんだ」

 これだけでも、魔王の底知れなさを知れるというものだ。

 その筒を外すと、カァァァァと一声なくと、すぐに飛び立ち去っていった。


 信用の置けるものとの直接のやり取りの例外はあるが、通常、手紙を含め、通信筒にはいっているものは、一度、書記官が中を確認する。毒物または、魔法的細工が施されている可能性を考慮してのことである。

 そして、烏の持ってきた筒の中に入っていたものは手紙。その綺麗な字で書かれた宛名。それは国王陛下であった。


 問題はその手紙の差出人。

 その差出人に驚愕した。

 その差出人は、アウロラ・プリズム・ラ・エーデルライト2世。

 囚われの姫であった。




 王城は、二回目の姫を偲ぶ会が人数が増えて開かれ。要人らが意気消沈する。


 国王陛下「皆の者、再び集まって頂き感謝申し上げる」

 宰相閣下「何を仰る、陛下。皆、姫を案じての事、一同同じ気持ちでございます」

 国王陛下「皆の者、まずはこれを見ていただきたい」

 騎士団長「こ、これは…。まさか、姫からの手紙」

 王妃殿下「私も、驚きました。うぅ」

 財務大臣「なんということじゃ」

 魔法士長「本当のことなの!?本物なの…?」

 書記官長「ここにある、姫直筆の物を元に、鑑定した結果、本人のものであると確認されました」

 国王陛下「手紙を順に回せ、皆、目を通すのだ。思うことを述べよ」

 騎士団長「生きて、よかった。う、ぐっ、うぁ、申し訳ございません」

 土木環境大臣「まずは、生存を確認できたことは喜ばしい」

 魔法士長「食堂とはいったいなんなんだ?」

 宰相閣下「分かりません」

 医薬大臣「この文面から、悲痛な様子は伺えません。大事である事は良かったです」

 魔法士長「ああ、本当によかったわ」

 宰相閣下「内容が、今一、理解がおいつかんな。まて、まさか、脅されて…」

 書記官長「この内容は、実際のこととは違うと申すのですか?」

 財務大臣「なんということじゃ。悟られぬよう、誤魔化して書かれたのであれば」

 騎士団長「まさか、食堂、そして、食べちゃいたい。というのは、このままでは、食べられるという暗示」

 国王陛下「なんと!そのような」

 王妃殿下「貴方…。あぁそんな!」

 魔法士長「蔵書室の部分ですが、喋る本とあります。そして、魔女…まさか…」

 財務大臣「なんじゃ。もったいぶらず。はよ、言うのじゃ」

 魔法士長「魔術書は皮で装幀されます。中でも、人皮で装幀された本は無類の魔術書になると聞いたことがあるわ」

 国王陛下「なんということだ。そのようなことが…」

 王妃殿下「あぁぁぁ、貴方ぁぁぁぁぁ、うぁ、ぁ、っく」


 会議室はその後、夜になっても、すすり泣く声は、止むことは無かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 パーティの日がやってきた。


 アウロラは、全く気が乗らない。しかし、行かないわけにもいかない。

 なにせ、相手は魔王である。それに呼ばれたのだ。必ず出席するようにと。

 多分、私の事は、どこのだれかと言うことを魔王は知っている。私の勘である。

 蔵書室から食堂までは、ちょっとしたダンジョンとなっているが通いなれた道なので、迷うことはない。ドラゴンの横を普通に通り過ぎて、レリアーナと歩く。

 レリアーナが居るのは、彼女もまたパーティに出席するからである。

「クスクス、ドラゴンにもすっかり慣れましたねー」

「別に襲ってこないので…」

 横を通り過ぎても、別に襲ってくるわけでもなし、ちらっと見られることはあっても、何もない。最初の頃は、向こうを向いている隙に走り抜けるなど、びくびくしていたものだ。

 いまや、その横を普通に歩いている、もし、近づいて来られたとしても、普通に触ることができる。

「………。いやぁぁぁぁ!完全にわたくし、魔王城の住人じゃないですかー。こんなはずじゃないですわ!これではいけませんわ!」

 慣れとは恐ろしい。


「それにしても、他所から来たものを排除とかないのですね」

「そーですねー。仲間だと思われてるんじゃないですかー?魔王城内に、普通は、人間なんていませんしー」

 え?それはそれでやだ。

「わたし、なんの魔物だと思われてるんですか―?!!」

「魔王城は、いろんな種族が、混在しているので、基本的に別種族がいても何も思わないんですー。でも、縄張りを持っていたりする種族は、そこに侵入すれば、襲ってってきますよー、それと、人を餌にする種族には食べられるので、気を付けないとですねー」

 なんか色々解せない気がするんだけど。私、人間ですよね?

「ドラゴンは、人を食べないですよね」

「食べると思いますよー?」

「…」

「安心してください、そこのドラゴンは貴方に慣れていますよー、さすがですねー」

 流石ですねと言われても、まったく嬉しくない。



「さて、到着しましたよー」

「そうですね」

「どうしたんですかー、浮かない顔ですねー。楽しみだったんじゃないですかー?」

 着いてしまいました。嫌だったです。楽しみだったはずがありません。

「嫌な予感しかしないんですよ!」

「私はー、楽しみですー。アウロラちゃんが、どうなっちゃうんでしょーかー、クスクス」

 だから、その先が、嫌な予感しかしないんですってばー!

 ここから先は、覚悟を決めるしかないようですね。私は、姫です、物怖じしていられません。このような苦境なんてなんども…、苦境なんてそんなにあるわけないじゃないですか!



「アウロラ様はこちらです」

 中に入ろうと進むと、一人の魔人に、引き留められる。

「私は、入れないの?」

 よし、入れない!やった!よし引き返しましょう。

「いえ、特別席ですので」

 おうふ。

「…」


「では、こちらへどうぞ」

 ついて行った先。

「…。ひ・か・え・し・つ!」

 レリアーナと別れ、案内された場所が控室と書かれた部屋だった。

 一体何のですか!何の控室ですか!一体何をさせようというのですか!一体全体どうなってるのですか!

「時間になりましたら、ご席へ案内いたします」

 あー、主賓は、皆が会場に入ってから会場入りしなさいということですか!

「こっそり出て言ったらバレないかしら?――駄目ですわ。扉の前に誰かいますわ」

 そわそわして落ち着かない。

 会場の音が聞こえ、多くが集まっているのがわかった。

『皆さんお集り頂きありがとうございます。魔王、第五千年記念会を開催いたします

 ―――――』

 司会が開催のあいさつをしているのが聞こえ、それから、暫くすると扉が開き、一人の魔人が、告げた。

「では、お席へ案内いたします」


 案内のあとにつづいて、会場に入るとスポットライトで照らされる。

『――――突如現れた、魔王城の妖精!!住人の魂を癒す、これほどのヒーラーが今までに居たことか!そして、今宵はどんな癒しをみせてくれるのか!今後の活躍に目が離せない!我らが食堂のアイドル。アウロラ嬢の入場だ!――』

 そして、同時に歓声が上がる。


「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」

「にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!これはなんですのぉぉぉぉぉ!」


 ここ舞台です。舞台ですよ!?まって、私の席ってあれなの?めっちゃ見下ろしてるんですけど!???特別席っておい!何、今の紹介なによ!なんなのよ!よくも、あんのエロリジジイイ!!

 舞台下では、皆何故かアウロラと書かれた横断幕や、団扇が掲げられている。

 やめて!それ掲げるのやめて、はずかしいです。あと、そのキラキラした。棒を振るのも辞めてください。なんですかそれ!どっこからもってきたんですか!

 そして、舞台上のテーブルにすわり、項垂れる。

 その後、舞台に、幾人もの幹部と思しき魔人や魔物が独特な紹介とともに入ってくると、舞台上のそれぞれの席に着席していく。


 そして、要人幹部紹介も大詰めを迎える。

『―――そして、ついに、やってきました、今宵の主役。幾千もの時を支配し、世界に闇を照らす!漆黒の中の漆黒、暗黒の中の暗黒!魔を統べるそのカリスマに抗うすべはない!今宵もすべての魔のカリス魔となる!我らが魔王、魔王バーーーール!』

 やばい。ついに出た。ハイテンションな紹介もヤバイ。こんなこと毎年やってるんですか?

 エロリジジイイ、違う、魔王バールが入ってきた。

 そして、私を見つけるとニコッと笑う。いや、魔王に笑顔向けられても嬉しくないです。


『今宵も様々なプログラムが用意されております!ですが!!!今年は一味ちがう!魔王直々の特別な催しが予定されております!さあ、皆さん!今宵も上等なコケッコが入っております。それでは、お食事をご堪能ください!!』


 でかいコケッコが運ばれてくる。

 あのコケッコ。見覚えがあるんですが…。

 こんがり焼けたコケッコであるが、あの頭の大きさである。間違いない。あいつだ。あのまま焼いても火が通らないので、ほぼバラバラであるが。

 食事は、ビュッフェ形式である。悩んでも仕方ないのでアレを頂くことにします。

 皿を持って、レリアーナのいる席に移動したい衝動にかられるが、移動はできない。舞台の上、嫌です。ヤバイ人たちが並んでるんです。怖いですやめてください。

 コケッコの元に行くと、熊さんが切り分けて、皆が持つ皿に盛っていた。

「おう、アウロラ嬢か、よし、一番旨いところをやろう」

「ありがとうございます」

 後ろに並んでる人もいるのでさっさと次の品を取って移動。


 とぼとぼと、自分の席にもどり、優雅に座ると、コケッコを優雅に頂く。

 うん、見た目の余裕さと優雅さは忘れない。王女としての誇り。

 これは、コケッコの淡泊な味であるようでありながら、しっかりと肉の油とうまみがある、おいしい。香草と付け合せるとなお、味が引き立てられる。うまい。

 この香草も、ここに来て初めて見たんですよね。お肉と合うのは分かりましたが、祖国では取れないのでしょうか。


「あらぁ。あの時の子じゃぁないのぉ」

 この方は!”知らないわ”の方ですよ。

「ふぅん、可愛い顔してますわぁ。美味しそう」

 前かがみになり顔を近づけてくると。クレパスのように深い双丘の谷間を覗かせる。

「でかい」

「あらぁ、触りたいの?いいわよぉ」

 じゃ、遠慮なく。こ、これが、大人の女性!なんという重みと弾力!揉み心地が素晴らしい。

 はっ、ダメです絆されては駄目です。まさか、これがサキュバスの魔力!?

「おい、アヴェラ!その乳をしまえ!」

 エルフです。肌の黒いエルフが来ました。きっと、ダークエルフとかいうやつですよ!

「あらぁん、嫉妬かしらぁん。無い物ねだりはよくないわぁ、フィシナ?」

「ぶっ殺す!」

「キサマラ。ヤメロ。マオウノゴゼンナルゾ」

 よくわからない金属の塊のような物体が喋る。何アレ?

 全員幹部席である。


 暗黒騎士は全く微動だにしていない。

「全く動いていない?でも、ですが、皿がテーブルにあります、いったい、いつ?」

 いつ取りに行ったのか、自分のテーブルには、空になった皿が置かれている。

 いつ食べたのかさえわからない。


 私を誘拐したサキュバスの相方?の魔人は、女性魔族に囲まれている。すんごいモテている。

 

 魔王の城は、ほんと愉快な仲間がいますね。冷や汗をかきながら眺めることしかできない。その理由は一つだ。


 怖い。めっちゃ怖い。


 その後も、ビンゴ大会があったり、早食い大会があったり、人間の宴会と変わらない。そのことに何か感心した。そして、最後、魔王直々のミッションが始まった。


「最後だ、皆、静まれ、魔王のお言葉だ。傾聴!」

「さて、皆のもの、よく集まってくれた。それでだ。余がもう長くないのはしっておるな。人間と魔族の戦争から二千の年がすぎた。そして、いま一つの節目を迎えようとしている。新たな時代、新たなステージへと進む。運命はそれを告げ、一つの遣いをよこした。その遣いは、ただの遣いに非ず、我らと世界復讐の導となる」

 え?復讐?

「天啓は、その者が次の魔王となることを告げた、余は、それを聞き届け、それに従い、その者を後継にする」

 まさかまさかまさか!

「余の消滅の時期と同時に、天啓とともに遣わされた者の名は、アウロラ・プリズム・ラ・エーデルライト2世」


 あぁぁぁぁぁぁ、やっぱりぃぃぃぃぃぃ!!!


「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」


「なんでですかー!!」

 思わず叫んだ。

 意味が分からない。

 そして、なんで皆、認めてんですか。それも意味がわからないですよ!

「言ったであろう、天啓だと」

「は?」

「石、貰っただろ?」

 そう言われて、魔王の宝玉を取り出すと、赤と黒の禍々しいまでの光を解き放つ。

 その光を見た魔族たちは、畏怖の眼差しを持って、一度に押し黙った。



「まさしく、それは、魔王の波動…」

「なんという力だ…」

 すると、次々に膝を折り始め、会場の皆が一斉に跪いた。


「なんでですか。なんでですか、なんで囚われの姫が魔王になるんですか」



 魔王の宝玉(返品希望)を見ながら項垂れるしかなかった。

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