第2話 悲しみの王国

 アウロラ姫が攫われた。


 そのニュースは王国を駆け巡り王国は悲壮につつまれた。

 第一王女アウロラ・プリズム・ラ・エーデルライト2世は、どんな宝石よりも輝ける宝石の姫君、その輝きは夜明けを象徴する。

 王国に置いて彼女の名を知らぬものはいない。その名声は他国にも知られわたっている。どんな宝石より美しき姫がいると。

 彼女への求婚が絶やされることはない。毎日のように口説き落とそうとする手紙が届く。

 そんな姫が攫われたのだ、その悲しみは王国を支配し、すべてと言える商店、事業は、臨時休業となり、悲しみに暮れていた。


 王城で、姫を偲ぶ会が開かれ。要人らが意気消沈する。


 宰相閣下「まさか、姫が攫われるなど…」

 財務大臣「なんということじゃ」

 国王陛下「攫った者は誰かわかっておるのかのう?」

 土木環境大臣「いったいどこに、攫われたのだ」

 宰相閣下「まだ、分かりません。犯人からの要求はまだありませんので」

 医薬大臣「精神は人を病みます、大事であることを願います」

 魔法士長「第二王女のルーナ殿下は、なんとおっしゃっているの?」

 国王陛下「一通り泣いたあと、部屋に閉じこもってしまっての」

 財務大臣「なんということじゃ、おいたわしい」

 魔法士長「騎士から話を聞いているの?」

 宰相閣下「騎士団長、なにかいったらどうだ」

 騎士団長「姫が攫われたのは、私の。う、ぐっ、うぁ、申し訳ございません」

 国王陛下「よい、目の前で攫われたのだ、騎士団長が一番、悔しかろう」

 財務大臣「なんということじゃ、しかし、どんなやつが、攫って行ったのか容姿くらいは話せるじゃろうて」



 護衛の騎士の話をまとめると、曲がった角と翼の生えた男と、翼の生えた女(インキュバスらしい)と、コケッコのような使い魔に攫われたということらしいとの話を聞いた。


「それは、まことなのか?」

 改めて報告を聞かされ、一同は驚愕し狼狽える。

「なんということじゃ」

「たいへんなことになった」

「うわぁ、もう終わりだ…」

「まさか。魔王…」


 魔王、それは、誰もが避けようとしていた名だった。

 誰かが初めて口にして、順繰りに伝播し、

 そして、伝言ゲームのように一人ずつその名をボソリボソリと発する。


「魔王…」「魔王…」「魔王…」「魔王…」・・・・



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「えっと。ここはどこですか?」


 宝石のような女が訊く。しかしながらその顔はやつれ、死人のようだ。動くあたり、ゾンビ化しているのではないかと思えるくらいだ。汚い宝石である。

 もうずっと長いこと、嘴に摘ままれて、ぶら下った状態で、空を飛んで来たのだ、いつ落ちて死ぬのかと冷や冷やしてしかたなかった。その女は、疲れ切って死にそうだった。


「なんで、人間が付いてきたんだ」


 男が人間の女をチラ見して、もう一人の女にそう言う。

 余計なものが付いてきたみたいな、言い草である。


「知らないわ」


 もう一人の女の方は、それに対し知らないと言う。明らかにこの女の網にかかったわけであるのだが。


「改良コッケコを捕まえたのはいい。なぜ、こんなのまで居るんだ」

「知らないわ」

「苛っ」

「知らないわ」

「知らないわしか、言わないのかよぅ」

「知らないわ」

「まぁとにかく、鳥を飼育小屋へ戻すぞ、手間取らせやがって、逃がしたやつは暫く飯抜きだな、いったいどこの誰のせいだろうな」

「知らないわ」

「お・ま・え・だよ!!!分かってんのか、我らが魔王バール様の生誕五千年記念パーティの食材だぞ!」

 女は顔を伏せた。


「あの…。私のことは…」

 恐る恐る手をあげながら、話に割って入る汚い宝石女。

「あ?なんだまだいたのか」

「え?」

 汚い宝石女は思った。あれ、なんだろ?すっごく悲しい。私、攫われ損じゃないですか!そして、続けて訊く。

「私、これからどうすればいいのでしょう?」


「知らないわ」


「まだ続いてたのかよぅ!!」


 男は女にツッコミを入れて、汚い宝石女にも何か言う。

「んま、適当にしておけ、食堂に行けば飯も食えるぞ」

「……」

 汚い宝石女は、憤る。どういうことなんだってばよ!なんで私ここに連れてこられたのよ?

「いや、待って、私、攫われてきたというより、たまたま、運ばれただけなの!?」

「お前なんか攫ってどうすんだよぅ」

 汚い宝石女は、その言葉のあまりの衝撃に順に膝を付いて、手を付いて項垂れた。


「私の価値……」




 というわけで、ぞんざいな扱いを受ける私です。

 気が付くと二人はいなくなっていました。

 私が愕然として放心状態のまま四つ這いになっている間に、二人が居なくなってしまっていたようです。

「私、これからどうすればいいのでしょう?」

 いいですわ。お腹がすきましたし、食堂にでも顔でもだしてみましょう。

 なんとか、重い体を持ち上げて、食堂を求めてあるきだした。




 すたすたという足音は次第に、ゆっくりになり、そして、遂に立ちどまり、叫ぶ。




「広すぎですわーーーーー!!」


 なんなのここ広すぎないですか?

 もう小一時間以上さまよい続けているのである。

 現在地が全くわからない。誰かに訊こうにもモンスターばかりで、怖すぎて近づけない。

 それと、なぜに城の中に溶岩やら、独沼やら、氷の洞窟やらがあるんですか。そこに、モンスターもうろうろしてるしヤバイですよ。

 ここがどのような場所かもわからない。そして、二人の会話を思い出した。


”お・ま・え・だよ!!!分かってんのか、我が魔王バール様の生誕千年記念パーティの食材だぞ!”


「えっと、つまり。魔・王・城ですか!!」


 衝撃の事実に気が付いた。

 どうしろというのか。行くまでの当てがない。どう行けば解らない。

 もう歩き疲れた。

 遂にその場でへたり込み、項垂れる。

「私、一体どうすれば…」


 その場で、へたり込んでいると、杖をもった女の子に声を掛けられた。


「あのーだいじょうぶですかー?」

「へ?女の子?」

「はいー、女の子ですよー」

 頭には先が頂点の長い三角になったトップクラウン、プリムの広い帽子を被った藍色の艶を放つ黒髪の少女。帽子は、大きいリボンが飾り付けられており、いかにも魔法使いか魔女といった姿である。

 

 ぐぅっぐぅぅぅ~


 突如、鳴り響く鳩の鳴き声。その音源は王女の腹である。

「な!?」

 人に会った瞬間に、私のお腹が!?人前で恥ずかしい。王女として恥ずかしい。

「あらー。なにか食べにいきますかー?」

 朝に軽くパンを頂いただけで、それから以後、何も食べてない。お腹減りすぎて死にそうだった。その言葉に恥ずかしさを忘れて何度もうなずいて、これに縋った。


 女の子の後につづいて歩く。今の内に聞いておきたいことがある。


「つかぬことを、お伺いしますが、ここは、魔王城ですか?」

「そーですよー」

「お城なのになんでダンジョンみたいなのがあるんですか?」

「そっちのほうがー、それっぽいから、らしいですよー」

「な、なるほど分かりました」


 それっぽいからダンジョンをつくるとか、意味が分からない。

 魔王城、普通の城と同じ概念で語ってはいけないということですね。


「私からー質問ですー。あなたはーなんの、魔物?みた所ーヒトにみえますねー」

「ギクリ」

 あ、やばい。私、食べられる?

「口でギクリっていう人、初めてみました。私はたべないですよ、ゴブリンやオークの皆さんは、知りませんが―。どちらにしてもー、女の子はゴブリンに近づかないほうが、いーですよー?」

「それは知ってます」

 ゴブリン、アレに捕まったら最後。苗床であるそう聞いたことがある。


 道すがら、あれこれと質問をして、色々と聞きだした。

 分かったことは、ここは魔族の多く住む魔国領であり、その魔王城で間違いないということ。七人いる魔王の一人、魔王バールの城であるということだった。



「ここですー」

 屋根のある教会のような建物で、入口には巨大な門がある。

「でっか!?」

「はいー。とても大きなオークの方や、ドラゴンの方も、いるのでー、入れるように大ーきいんですー」

 あ、なるほど理解しました。

「席は自由ですのでー、先に何か取りに行きましょー。お金もってますかー?」

「な。無いです…」

 お金無い。エーデルライトのエーデ通貨は使えるのでしょうか?このままではの野垂れ死ぬ。

「あー、でもーだいじょーぶですよー。基本は配給ーなのでー、サイドメニューとか、デザートとかーは有料なんですよー」

 と、とりあえずは野垂れ死なないようだ…たすかった…のか?


 カウンターで受け取ったのは、ハンバーグ。湯気が立ち上がり、その匂いが鼻孔をくすぐる。お腹が減りすぎて死にそうだったので、もうたまらない、速くがっつきたい。

 開いてる席に座り、頂いてきた食事、それにナイフを入れると肉汁が溢れる。

 上品に、一口大に切ると、それを口に運ぶ。肉の甘みが広がり、幸せな気分になる。

(あ~生き返る~)


「それー、なんのお肉かーわかりますー?」

「え?」

「弱肉強食とはいえ、ですよねー」

「え?」

「虫を飼うじゃないですかーそれでー、餌をあげずいにいたらー、仲間をおそって食べるじゃないですかー」

「え?」

「お腹すきすぎてー、見境なくなっちゃうんですよー」

「え?」


ってーどんなきもちなんでしょーかーねー」


 え?何を言ってるの?どういうことなの?顔が見る見るうちに蒼白になる。手が震えて、食器がカタカタと音を立てる。


「ま・さ・か」

 アウロラの目の前の少女が、にこやかに笑みを浮かべている。

 対して、アウロラの目は潤み、口がわなわなと震えている。

「じょーだんですー。ただの合い挽き肉ですよー」

「お。驚かさないでください。心臓が止まるかと思いました」

「なんのだと思いますかー?」

 え?


「人と牛のですよー?」


 ブフゥゥゥゥゥゥゥゥ!!


 噴き出した。

「それもー、嘘ですよー?」

 食事中に噴き出すという、王女としてあるまじき痴態を晒してしまったではないか。恨めしの目でその原因である女の子を睨む。

「そんな目でーみないでくださいー。ちょっとした、出来ごころですーそれにー私もー、元、人間ですのでー」

「元?」

「魔女族ですー。すでに人間を超越した存在ですー」

 見たまんまの魔女だったわけだが、人間を超越したというのがよくわからない。

 まあいいか。

「さっきの話にもどりますがーミノタウロス族や、オーク族はどーなっちゃうんでしょーかー」

 た、確かに…。



 食堂内、周囲をみると、なにか飾り付けのような作業をしている魔族の方々がいる。

「あーあれはー、パーティーの準備です。まだ先なので気が早いですがー」

 そういえば、魔王バール様の生誕記念パーティって言ってましたね。

「ところでー、どこからきたんですかー?」

「エーデルライト王国ってしってますか?そこの王女です」

 しまった、正直に言うのは、まずかったでしょうか?と思ったが。


「またまたーごじょーだんをー、さっきの仕返しのつもりですかー?」


「…」


 信じてもらえない。ですよねー。

「アウロラです。貴方の名前は?」

「魔女のレリアーナですー」

「よろしく、レリアーナ」

「こちらこそですー」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「エーデルライト王国に帰るには、かなり遠いですね~」


 レリアーナに連れられて、蔵書室に招かれた。

 そこで地図を広げ、帰る方法を聞いていた。

「現在はここですー。ですからー、魔王城の周りは山に囲まれているのでー。歩きだと五日は見ないとだめですねー。そこから、国境まで一週間ですねー」

「魔王国をでるだけで、大変…」

「最短だとー、ゴブリンの集落を抜けないとだめなのでー、人間の女の子一人じゃ無理ですねー。回り道していくとなると、もっとかかりますー」

「うわぁ・・・」

 ここからの脱出が絶望的である、完全に、魔王城に囚われてしまっていた。

「どちらにしてもー。お金がないとー、途中で野垂れ死ぬだけなので、お仕事したほうがー、いいですねー、お金貯めてから出発することを、おすすめしますー」

「どこで稼ぐのですか」

「飛んだり、力仕事が難しいならー、食堂がスタンダードですねー、この蔵書室で、司書見習いでもしますかー。私ここの司書ですのでー」

「いいの?」

「はいぃ、がんばってくださいー。それで、食堂にも何かできないかー聞いておきますー」

「ありがとう」


 レリアーナが親切でよかったと思う。

 彼女がいなかったら、たぶんもう生きていけない。こんな魔王の城でどうやって生きて行けと、どうやって帰れと。自由であるが、脱出できない時点で、囚われの姫である。

 魔王城に自分の部屋もないので、この蔵書室の一室で寝る。

 ここは、本の量がかなりある、千年以上かけて貯め込まれた本であり、その数は途方もない。

「私ここで、司書みならい?本の数がすごいんですけど…」

 すっごい不安だ。


 次の日。

「よく眠れましたかー?」

「そこそこですね」

 昨日はあまりに色々ありすぎて、即、寝てしまった。

 本の量が半端ないために、調べ物が終わらないと蔵書室で、一夜明かすことはよくあることだそうで、ところどころにハンモックが置かれている。

 で、私は、蔵書室の天井が六角形のドーム状になった小部屋にハンモックを掛けて睡眠をとった。蔵書室は美しく、見晴らしは悪くなく、新鮮な気分になれた。

「本の場所とか、覚えられる自信がないですよ」

「そのうち覚えれますよー。わたしのよーにー三百年は生きれば―」

「え?」

「聞き直さないでくださいねー。女の子の年齢は不詳のほうがいーんですー」

 この子の年齢、すごいことになってなかったですか?

「魔女の知識がたまってー、本の魔力が蓄積して、そのうち寿命ーが延びるんですよー、貴方もそのうち、そーなりますよー」

「ぇぇぇぇぇぇ」



 蔵書室を歩き回る。どこに何があるのかを調べるつもりで歩き回る。

 天井が高く、立体的な迷路のようで、下から上までビッシリ本が詰まっている。交差するように、アーチ上の橋や真っ直ぐな橋、螺旋階段、そして、ところどころにドーム状の小部屋がくっ付ている。

「レリアーナちゃん…。こんなの、すべて覚える自信がありません!!」

 独り叫ぶと、すぐ、背後からレリアーナの声がした。

「だいじょうぶー、私の指示でー、本をとってきたりー、本をもとにもどすだけだからー」

 いつの間にか私の後ろに、レリアーナが居た。

「い、いつの間に…」

「常にどこにでも。私はいますよー」

 それつまり、いつも見られてるってことですよね。魔女怖い。


 そして、その日の仕事が終わり、今日の一日が終わった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 三日後。

「いつも聞きそそびれていましたが、ここに扉ありますよね。すこし、覗いてみましょう」

 蔵書室の一部、本棚と本棚の間に扉があった。

 なんとなくだが、その奥に何かあるのか、その扉が気になって仕方がない。

 今日は、その扉の前に立ち、扉を少し押して隙間から覗こうと、扉に手をかける。すると、どういうわけか、蝶番の軋む音とともに、手に押す感覚が無くなった。

 ギイイイイイイ

「ちょっと、え?」

 扉に体重を掛けようとしていたおかげで、体が前につんのめり、身体が前へと倒れ込んでいくと、

 手を前に突き出した状態で、ビターン!!という、気持ちいい音を響かせながら、正面から全身を床に強打した。

「フギャン!!――――――――またしても、王女としてあるまじき痴態!!」

 痛い。すっごく痛い。傍から見ても痛そうな見事な全身強打である、だが慰めて貰える者はいない。しかし、それはそれで恥ずかしいので誰にも見られていなくて、良かったと胸をなでおろす。

「ともかくです、今、自身で勝手に開きました、この扉!」


 扉の先に続く廊下、左右は、本が敷き詰められている。

「ここも、本だらけですのね」

 扉の向こうへ足を踏み入れ、そのまま廊下を真っ直ぐ歩き続ける。


 真っ直ぐに続く廊下の先、そこにあったのは六角形の部屋。

 その真ん中、その台座の上に一冊の本が置かれてある。

 丁寧に装丁され、金で装飾された本。


「本ですね。当たり前ですが」

 その本がなんであるか確かめるべく手を伸ばす。

 その本に触ると、淡く発光し、ひとりでにペラペラと捲れ始めた。

「なんですかこれ?」

 そして、どこかのページで止まると綺麗な澄み切った声が響く。


『666ページ、叡智の間、安置書物、叡智の書』


「本が!しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 本が光ったと思ったら、ペラペラとページが捲れ、声を発したのだ。驚かずにいられない。

 流石、魔王城。なんでもありですわね。


『本がしゃべって何が悪いというのです!失礼な方ですね!!』


 驚く私を前にして、本が憤慨する。この点滅する赤い光は怒りを表現しているのでしょうか…。

 なんですかこの本は。

「いやいや、普通は本はしゃべりませんので!」

『え?』

「え?じゃございませんよ。そのようなもの聞いたことありませんわよ!」

『またまたー、ごじょーだんをー』

「いやいや、それも無いですから」


『なん…だと?!』


「いやいや、そんなところで、そんな、”決まった!”と思った必殺技が、実は効いていなかったみたいな反応されても困ります」

 この本は、本がしゃべるのは当たり前みたいの思ってるのですか。そんなわけないじゃないですか。

『で、でも、あれです。普段全然、鳴かなくて声が聴けない動物とかいるじゃないですか?例えば、キリンみたいな、それと一緒?』

「え?キリンって鳴くんですの?」

『鳴きますよ。モーゥって』

「またまたー、ごじょーだんを――――――え?…本当なの?」

『はい。牛の仲間ですので』

 今日一番の衝撃ですわ。




『それでは、望みを言ってください?』

「今すぐお家に帰して」

『そんなことできる訳ないじゃないですか。わたくし、本ですのよ』

「ちっ、使えない」

『なーんですって!?』

「じゃあ、帰る方法」

『魔王城をでて、真っ直ぐ南に進むだけです』

 やっぱ、使えないわ。

「・・・。じゃ、私、戻りますね」

『まーって、ちょっとまーってー!』

 踵を返して、部屋を出ようとする私を、本が引き留めようとする。

『たとえば、聞きたいこととか、知りたいこととか、無いの?』

「先ほど言いましたが?」

『そーじゃなくて!行動を要するようなことじゃなくてですね。私、叡智の書ですよ。叡智の書!なんでも書かれているのですよ!』

「じゃぁ、私が知りたそうなこと、なんでもいいから何でも言ってくださる?」

 すると、本は、一息を置いたように一度沈黙し、そしてそれを唱え始めた。

 だが、放たれるその言葉は、忌まわしき呪詛であった。


『アウロラ・プリズム・ラ・エーデルライト、体重**kg 体脂肪量**kg 体脂肪率**%――――』


「ちょっとまちなさい!!やめなさい!!今のとこモザイクいれてーー!!」


 必死に叫ぶ。その呪詛を受け入れるのはあまりにも恐ろしい。精神を追い詰め、感情を奪い、意志を挫く、そういった呪いである。

「ぜぇぜぇ、よし、モザイク入ったわね。叫び過ぎて息ができなくなるかと思いましたわ。なんなんですか今のは!」

『知りたい情報を的確にだしたつもりですが?それにしても、読み手の為に起こした文字にモザイクいれるとはなかなかやりますね』

「やめなさい。そんな情報は要らないですよ。なんですか体脂肪量って、脂肪だけの量をピンポイントで重さを出すものじゃありませんわ!」

 なんという悪魔の所業でありましょうか。

『言っておきますが、貴方、別に太ってもいませんですよ。普通だと思いますし』

「今更、取り繕って誉めても何も出ませんよ」

『むしろ。食べ頃といったところです、知ってますか?お肉は脂が乗ったほうがおいしいのですよ?』

「この本、燃やしてもいいでしょうか…」

『燃やそうなんて、なんという悪魔の所業』

「それは、貴方ですわ!」




 この本と話してたら疲れます。いい加減に、もう、戻りましょう。

『もう帰るんですか。じゃあ、最後に一つ、お近づきに、これを差し上げます。我が儘な貴方にピッタリなものです』

「我が儘ってなんなんですか、貴方がわけわからないだけですよ!」


 本から、何か光る宝玉が浮かび上がる。

 手を触れて、触ることことができることを確認し、それをつかみ取る。

 手元で、近くでみれば、それは、赤く、黒く発光する宝玉のようだ。

 黒い発光の意味がわかりにくいが、光のように黒いものが噴き出すようなイメージ。光の白が噴き出る代わりに黒が噴き出すような。そう表現するしかない。

 そういった赤と黒の光のようなものが、まだら模様のように溢れている。


「なんですかこれ?」

『魔王の宝玉・陸、クスクス、触ることが出来ましたね、思った通りです。他の方は触ることもできないのですよ?』

「どういうことですか、それは」

『そのまんまの意味です。貴方と、しかくがあったということです。運命。面白いものが見れそうです。久しぶりにおしゃべりして、疲れましたので暫くお休みします。ああ。神様によろしくいっといてください』


 バタンッ!!


「……」


 なんだか嫌な予感がするわ!なんだか酷いものを渡されて、そして、嫌な予言をされたような、そんな気がするわ。



 魔王の宝玉てなんですか。

 今すぐ、返したいんだけどコレ。そして、お家帰りたい。

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