囚われの姫は、魔王になっていた。

ムムム

魔王(姫)に転職しました

第1話 攫われました

 エーデルライト王国。


 その王城、そこに住まう美しき姫、名をアウロラ・プリズム・ラ・エーデルライト2世。彼女以上に美しく輝ける宝石は、世界を探しても無いと世に唄われる。

 神の光の加護を持つ七人の聖女、七彩光ななさいこうの一人と言われており、この国において私を知らぬものはいない。

 淡く輝く髪は、宝石の煌めき。微笑みは聖女の輝きを放つ。全身からでるオーラは遠くからでもわかるほどの後光をさす。

 第一王女である彼女は、その美しさから引く手数多となり、断ろうとしても、居るだけでもいいからと、幾度となく誘いをうける。


 そして今日も、公務に忙しい!休まる時が無い!と口を尖らせていた。


「殿下、今日はまだ、何もしていませんが」

「これからするじゃないですか」

「まだ疲れてもいない段階で、それですか。いい加減に我がままはお辞めになって頂かないと駄目です。また、国王陛下を困らせるつもりですか?少し、辛抱するだけでございます。貴方の顔を見るだけで、皆さん幸せになるのですから、貴方が居るだけで、人を助けられるのですよ」

 そう宥めるのは、侍女のクレンタ。

 クレンタは、アウロラ姫の着替えを補助しながら、姫に話をしている。

「えー。でも、疲れる。私は何も得しないので嫌です」

「そうでもありませんよ。王国は皆さんの支えによって成り立っています。貴方が、その皆さんを元気づけ、皆さんの活気がよくなることで、王国の活気がよくなるのです。それは、このお城、敷いては貴方の生活に全て帰ってくるのですよ」

 クレンタは、アウロラ姫のコルセットの紐を引き絞める。

「よくわからないわ、ちょっと、クレンタ、きつい!!」

「さぼりすぎて、太ったのではないですか」

「煩いですよ、クレンタ。太ってませんし。ちょっと緩んだだけですわ」

「それは脂肪がついたとどう違うのでしょうか?」

「脂肪は胸に行くから大丈夫ですの」

「じゃあ、もっと締めないといけませんね」

「やめてー」


 着替えが終わると、クレンタを連れ立って、廊下を歩く。


「くっそう。本気で絞めてくるなんて…。一国の姫に対してなんたる悪魔の所業」

「こうでもしないと殿下の脂肪が聞き分けないからですね」

「まだいうか」

 王城の二階のベランダは向かう。朝はまず、必ずここで顔を出す。

 私が顔を見せると、多くの民衆が集まっているのが見えた。その民衆から歓声があがる。

 それを見下ろしながら、にこやかに手を振って答える。なにも言うでもなく、そこで暫く立ち手を振り続ける。


(いつまでこうしてましょうか…。そろそろいいですよね!)

 ベランダからひっこむと、少し屈伸をする。

「ふう、疲れました。もう寝ましょう!」

「そこで、立ってただけではありませんか」

 すかさずクレンタが突っ込む。

「いいじゃないですか!神経が磨り減るんですよぅ、こんなにも重い物着せられて肩も凝るんですよ。あと、お腹もくるしいんですよ」

「さて、殿下、本日のご予定のことですが」

「無視しないでくださいます?」

「……」

「なんかいって!」

「午前の予定はこれから、公爵と会食ののち―――


 クレンタの長い呪文が始まった。それを廊下を歩きながら、聞く。


 ―――午後は、ラス公爵との面談、そして、会食になります。それから、公爵令嬢さまと夜のお茶会となっております」

「……」

(わたし、過労死しないですか?)

 そういえば、いつも、会食とお茶会の繰り返しの気がしますね。

 ちょっとまって、私の脂肪の原因、これじゃないですか!?

「断じて違います」

「心を読んで、否定しないでください」

「きちんと仕事をすれば、脂肪を燃焼して、痩せますよ」

「いやいや、なにを馬鹿な…。はぁ」

「溜息は老けますよ?」

「…。あの、姫に対して、酷くありませんか!?」




 その後は、休みなく廊下を歩き続け、そのまま外にでて、王城の外に待たせてある馬車に乗り込む。公爵との会談のためである。

 居るだけでいいからと言われ仕方なく了承した。わけでもなく、クレンタが知らぬ間に予定に組み込んだ。

 公爵領まで少し距離が離れているので馬車での移動である、そこの役所の視察をして、それから、公爵と会食である。

 朝早くから出るのは、それなりの距離があるために、日が暮れてしまうからである。

 前後を護衛の兵士の戦馬車で挟み街道を突き進む。

 長距離移動用の早馬馬車なので、普通の馬車で行くよりも速い。


 暫く馬車に揺られること数十分。


「後どれ位で、着きそうでしょうか?」

「もうすぐだと思います、殿下」

「“もうすぐ”という返答しか聞いてないですよ、クレンタ」

「なんども、聞くからです。殿下」

 王族専用の馬車であるが、こころなしか、いつもより速い気がする。

「さすが、早馬ですね。こんなに速いものなのですね」

 特注の馬か馬車の性能?違いますね。きっと、私がとても軽いからですね。

 距離のある場所への移動は、こうして高速の馬車を使い移動する。こういうものは、有力貴族や王族くらいのものしか所有していないのであるが、こうして快適に外遊するのだ。

「そうですね。殿下」

 が、それにしても、すっごい速い。


「ねえ。クレンタ…。いつもこんなんでしたっけ?」

「確かに、速い気がします」

「いつもと違う馬車なの?私はそんな話きいていません」

「私も聞いていませんし、聞いていればお耳に入れて差し上げたはずです」


 速いにしても、なんだかおかしくないです?

「ふむ、急いでいるのでしょうか」

「そうですね、殿下。ここまで急ぐ必要もないですね。しかし、殿下も、いつもこれぐらい早くちゃっちゃと動いてくれればいいのですが」

「クレンタは、私にもう少し優しくしていいのですよ?」

 クレンタは優しくない。優しくないったらない。

「それにしても、やっぱり、なにかおかしいですわね。これでは、全速力で走っているようなものです」

 馬車の窓を開け外を見ると、風景が高速で後方に流れ、風が吹き込んでくる。

 その様子は、それなりの高速度で走っていることは間違いなかった。

「なにかあったのですか?」

 馬で並走する騎士に声を掛ける。

「アウロラ王女殿下、申し訳ございません、不安にさせまいとお知らせしなかったのですが、魔物です!危険ですので、頭をひっこめてくだいますよう」

「え?うそ、魔物?」


 注意を無視して、頭をだして、後方を見る。

 そこに居たのは、非常識なほどに、大きな生き物だった。真っ白な羽毛の体躯にその頭には、赤いトサカ。足には毛が生えていないのか赤い地肌の見えた二本の足を繰りながら追ってきていた。


「・・・。なんですかあれぇーーー!?」

「コケッコですね」

 同じように反対の窓から後ろをみるクレンタが答えた。

「いやいや、コケッコがあんな大きいはず無いでしょう!!」

「ですが、見た目はコケッコです」

「大きすぎでしょう!!!あんなコッケコみたことないですわよ!!」

 大きな声をあげる私に気づくと、そいつは、こっちを向いた。


 オエエエエエエエエー!


「ぎゃああああああああああああああああ!あいつ吐いたあああああああ、こっちとんできたああああああ」

「殿下、落ち着いてください。ぷっ、ぷぷっ」

 クレンタは、私を見るなり笑う。

「私…。もうダメです。お嫁に行けません」


 コケケケケケケッケケケケ


 笑うような鳴き声をあげ、鳥は羽で器用に腹を叩くまねをしながら、なおも迫ってくる。

「イイイイイイイイイイ!!!こっち見て笑ってます!!こけにしやがって」

「コケッコだけにですか。殿下」

「煩いですわ」




 エーデルライト王国上空。

 二つの影が見下ろしていた。

 その姿はコウモリのような羽を持ち、頭部にはねじ曲がった角を生やす男。

 もう一人は同じくコウモリのような羽を生やす女。角は、見えない。

「あれか、で、あれは何をしている」

 男はそう口にする

「フフフ、おもちゃを見つけて追いまして遊んでいる、のでしょーうねぇ」

「まあよいか、回収するぞ、お前は後ろへ回れ、方向転換し、後ろへ逃げられると面倒だ」

「はぁいはぁい」

 そういうと、降下を開始し、高速で走る馬車の前方に一人が降り立つ。

「さて、馬車が邪魔だなぁ、ぶった切るか」

 巨大な剣を担ぎ上げる。



「空から人が!どいうことだ!」

 戦馬車の騎士が狼狽える。

 空から人が降りてきたのだ。普通ではない。もしかして、飛行の魔法で飛んできたのだろうか考えるが、問題は、それだけでない、立つ場所が、高速で駆け抜ける馬車の前である。あり得ない、人が馬車に轢かれては生きてはいられない。そうやって立つこと、それは死を意味する。そうやって場所の前にでる者は自殺志願者ぐらいなものだ。

「分かりません!ですが、大変です。剣を抜いています」

「交戦意欲ありか、そのまま馬車で轢き殺せ!」

「はい!」

 そして、騎士は警告を飛ばす。

「直ちにそこをどけ!この馬車が一体誰の物と心得る!即刻死刑であるぞ!」

 立ちはだかる謎の男は微動だにせず、真っ直ぐに見据えてくる、よほど自信があるのか?それともタダの愚か者か?

 迫る馬車の方へ向けて、男は何も言わず剣を振り下ろした。




 騎士は、男が剣を振り下ろす所を見た。

 騎士は、戦馬車から投げ出され、宙を舞っている。

 その視界にうつっているのは、馬車がザシュウウウという音と共に真ん中から、二つに割れていく姿、馬車からは、護衛の騎士が投げ出され、並走していた騎乗した騎士が馬車の残骸に巻き込まれる。

「なんだ、なにがおこっている?馬車が、斬られた。だと?」

 真っ二つに割れた馬車は、それぞれ左右に走る勢いのまま路肩に吹き飛んでいく。

 男のその剣撃は、後方の馬車までも及び、三台の馬車は左右に斬り分けられていた。

 騎士は、放物線を描きなが飛び、重力に引かれて落下した騎士は地面に叩きつけられ、地面を転がる。

 直後、頭に浮かんだのは姫の哀れな姿だ。

「くっそ!!姫はどこだ!!誰か動けるものは、直ちに姫を保護し、退避しろ!!」

 姫の載る馬車も二つに割れて大破した。生きているのかどうか分からない。

 鳥はどうなった?

 後続に付いていた馬車をみて、次に鳥を見る。

 鳥は、羽を生やした女に頭を押さえつけられ、拘束されていた。鳥はバタバタと暴れ砂ぼこりを巻き上げている。

 その視界の手前で、騎士が立ち上がり剣を構え、ある者は、すぐに馬車に駆け寄り姫を引きずりだそうと懸命になる。

 そして、剣を振るった謎の男がなにかを言う。騎士は、その不穏な言葉を聞き逃さなかった。


「よし、そのまま、捕獲して連れていくぞ」


 騎士は、血が沸騰する思いになる。

 なんだと?まさか、こいつらは、姫を攫いに来たというのか。

 なんということだ。

 阻止するのだ絶対にだ!このまま生きては、帰してはならんぞ。


「させん!させんぞ絶対に!この騎士団長カルディウムの命にかえてもな!!!」


 敵は強い一振りで三台もの馬車を両断する化け物だ。刺し違える覚悟で挑まなければ死に、姫を守り切れない。そして丹田に力を込める



 カルディウムは、生き残った残りの護衛の騎士を指揮し、男を包囲する。

 男は全く、動じない。

「なんだこいつらは、めんどくさいぞ、おい、命が惜しければ、そこをどけ!」

「ふふふ、囲まれたね?どうするのぉ?斬っちゃうの、それとも今晩の晩餐にしますぅ?」

「いやいや、まて、こいつら食ったら腹壊すだろ」

「そぉお?でもん、わたしは下のほうも気になるわぁ、おいしそぉう」

「お前、趣味悪いな。サキュバスって種族はこうなのか?」

 敵を前にして、この余裕、それほどに我々が甘く見られているということか。


「おしゃべりとは余裕だな、くせ者め、行くぞ!!」


 そして、騎士が一斉に斬りかかった。




 アウロラは馬車の片割れの中で逆様になった状態になっていた。

「いったい何?」

 端によって馬車の窓から顔をだしていたのが幸いしたのだろう。真ん中を抜ける衝撃から免れることが出来た。

 そして、馬車が真ん中で割れているのを見て、冷やッとする。

「端によってなかったら、私、死んでたわよね。ひぃぃぃぃ。間一髪だったわ」

 身体を起こそうと藻掻くが、それなりのドレス姿だ。布地の多いスカートが絡みついてうまく起こせない。


「誰か。ちょっと誰か!助けて!」


 叫びは通じて、一人の騎士が手を伸ばすので、それを掴み、再び、なんとか身体を起こそうと踏ん張る。

「早く、引っ張って!背中が痛いのです!中に入ってきて!起こしてえぇ、いてててて、死ぬ、死ぬぅ」

 あれ?わたしってすっごく身体が硬い?全然気づかなかったわ!


「はぁ、はぁ、死ぬかと思った」

 馬車が大破してますし、運がよくなかったら、本当に死んでたかもですが!

 痛い思いをしたが、なんとか身体を起こせたのであとは、馬車の残骸から這い出るだけである。

 騎士は手を出したままなので、遠慮なくそれを掴み引き上げてもらう。

「貴方のおかげで、なんとか出られそうですわ!」

「さあ、あともう少しですよ。それにしても、馬車が大破する衝撃…、と、何者かの襲撃。本当に、これはだ」


「あなた、今なんといいましたの…。嘘?本当に?私って、重いの…?」


「どうしました?どうしましたか?姫」

 アウロラは、馬車から這い出ると、そのまま項垂れて動かなくなる。


「重い。私…重い」


「姫!動いてください。お辛いのは分かりますが―――」

 騎士は、アウロラに、直ぐにここから逃げるように促すが動かない。


「私のなにがわかるっていうの…。重いと言われた私の気持ちは!?そうです、私は重いですよ。重くて悪かったですわね」


「え?ぇぇぇぇぇえぇ?」


 騎士は、姫から、もんすごい誤解を受けていることに戸惑い狼狽える。

 被害妄想で項垂れて動かない姫とか、どうすればいいんだよ。泣きたいのは騎士のほうだ。

「何をしているのです!早くこの辛気臭い殿下を引きずっていきなさい!この姫殿下はどんくさいのですから!こら!殿下、はよ歩け!」

 メイド服の侍女と思しき人物から叱咤され、なんとか歩かせようとする。

「姫、行きますよ、ここはまずいです」


 なんとかアウロラは、顔を上げ、やっとのことで周りの大変な状況に気付く。

「げ、なんかまずくないですか!」

「だから、さっきから言っています」


 ドオオオオオオオンンン!!!


 次の瞬間、轟音とともに、まとめて騎士が吹き飛ばされる。

 そして、謎の男が女に向けて叫ぶ。

「はよ、縛り付けろ!」

「はぁいはぁい―  あっ」

 その瞬間、女が押さえつけていた鳥が、今まで以上に暴れ出したあげく拘束が解かれると、真っ直ぐにアウロラの方へ駆け出した。

「まずい!姫が!!!!」「姫はしれ!!!」「くっそ、間に合わん!」「鳥を抑えろ!!」

 

 騎士が叫び、謎の男も叫んだ!

「なにやってる!!」

 女は、おっとりとしたままだったが、その手に持っていた何かを投げた。

「あらぁ、逃がさなぁいですよ!」

 女の手にあったのは、黒い網状になった物。それは、走る鳥の背中を追いかけ、広がった黒い網は、鳥の真上から、落下し覆いかぶさった。


 キャウン!

 ガブッ!

 ばさああああああ!!



 姫の鳴き声と、姫が鳥の嘴につままれるのと、鳥に網がかかるのは同時だった。


「捕獲完了ぉうっと」

「撤退するぞ!」

「りょーうかぁい」

 は、網で絡めとられていた。



 そして、謎の男女は再び翼を生やし、鳥を捕らえた網を持ち上げ、そのまま飛んでいくのだった。

 この場の誰もが、その様子を見上げ悲痛な叫び声をあげる。



「「「「「「「ひめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」」」」


 そして後には、残された騎士達の叫び声がこだましていた。

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